クリスマス・パニック!(14)
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何ともいえない微妙な空気漂う中、柚季と紗久羅は夕食の後片付けをする。
一応食器洗いなどの作業はさくら達が帰った後にすることにし、食器は水の入った洗いおけに沈めておいた。料理に関しては蜘蛛が口をつけなかったものは冷蔵庫に入れて保存し、彼女が少しでも口につけたものは英彦が引き取ってくれることになった。妖が触れたものなど絶対食べたくない、かといって捨てるのも勿体無いと思っていた柚季にとって英彦の提案は渡りに舟。普段あまり使っていないタッパーに料理を詰めながら彼女は何度も英彦にお礼を言った。
簡単に片づけを終えた後はババ抜きと七並べ、大富豪をやって遊んだ。ポーカーフェイスが苦手なさくらはジョーカーを引いたり、相手がジョーカーを引きそうになったりするとすぐ表情が変わる。その分かりやすさに一同笑うしかない。とりあえずジョーカーが彼女の手にずっと残り続けていても面白くないからと英彦がわざと彼女の持っているジョーカーを引いたところ、まあそれはそれは嬉しそうな表情を浮かべたものだから、また笑いが起きる。さくらは笑われるたび恥ずかしそうに俯きながら「感情を表に出さないようにしないと」と呟くのだが、結局改善はせず終始皆に笑われたり、笑いをこらえられたりし……運もあまり良くなかったせいか結果はビリっけつ。
「お前って本当分かりやすいなあ」
「あの馬鹿狐の真反対にいるような人間だよなあ、さくら姉って。あいつはこういうゲームとか得意そうだ。顔見ただけじゃ何考えているか分からないし、嘘をつくのも大の得意だしさ」
「本当、サクちゃんって素直なんだねえ。ゲームの中でも嘘がつけない子なんだね、いいなあ可愛いなあ」
呆れている一夜と紗久羅とは違い、美沙はそんなさくらの馬鹿正直な部分を好ましいと思っているらしく、次の七並べ用に配られた手札を眺めながらにこにこ笑っていた。
「臼井さんほどではないけれど美沙、君だって嘘をつくのが苦手じゃないか。ジョーカーを引いた時顔が微かに引きつっていたよ」
「えへへ、ばれていましたか」
「ばればれだよ。全く本当に可愛いよ、君は」
「まあ、嬉しい」
とか何とか言いながらいちゃいちゃラブラブオーラを放ちまくっている二人を見る紗久羅達の目は冷たい。いい年こいて何やっているんだか……とさくら以外の四人は心の中で思うのだった。
蜘蛛によってケーキと空気が台無しになり、一時は妙に澱んだ空気が家中を支配していたが先程同様、トランプで遊んでいる内そんなものはすっかり吹き飛んだ。クリスマスツリーを彩る飾り、その飾りの灯りが遊んでいる七人の笑顔をますます眩く輝かせ。
トランプで満足するまで遊んだ後時計を見れば、もうすっかりいい時間に。
「おや、もうこんな時間ですか。……そろそろ私達はお暇するとしましょうかね」
「そうですね。あまり夜遅くまでいたら迷惑になりますものね」
最初にそう言ったのは英彦と美沙。それに続くようにして一夜とさくら、奈都貴も「そろそろ帰る」と言いだした。
「明日は学校だし……それにあまり女の子の家に遅くまでいるのも問題だもんな」
「なっちゃんは女の子みたいなもんだから、問題ないんじゃない?」
「阿呆言うな」
「あだ名もいかにも女の子っぽい感じだしさ。皆なっちゃんって呼んでいるもんなあ?」
「誰のせいでそんな女の子っぽい不名誉にも程があるあだ名が広まったと思っている!」
命名者及びその名を広めた張本人はそれを聞きながら口笛吹いて、そっぽ向いて。高校で新しく出会った人達にまで奈都貴が「なっちゃん」と呼ばれるようになってしまったのは、彼女と同じ高校、クラスになったせいに違いなかった。
そんなこんなで。奈都貴は持参したものを片付け始め、紗久羅は一夜に自分が持ってきたものを代わりに持って帰ってくれと色々押しつけた。自分で持って帰れよ馬鹿、とは言ったものの最終的にはしぶしぶ了承する。
全員帰る準備を済ませ、玄関口へと向かう。ドアを開けると冷たい風がひゅうっと入ってきたので皆短い悲鳴をあげて体を震わせた。家の中でずっとぬくぬくしていたものだから、今が冬で、そして外がとても寒いということをすっかり忘れていた。夜になり、余計寒くなっている。
「紗久羅ちゃん、柚季ちゃん今日は本当にありがとう。そしてご馳走様。とっても楽しかったわ」
笑みを浮かべながらさくらが口を開く度、白い息が現れては消え、また現れては消える。その色が寒さをよく表していた。奈都貴や一夜も一言ずつ礼を言った。もっとも一夜の場合お礼はあくまで柚季に対してのみ言っており、彼女と一緒に料理を作った自分の妹の存在はスルーしたが。紗久羅としても兄に心からお礼を言われても気持ちが悪いだけだったから、文句も何も言わずただ大きなあくびを一回だけした。
「それじゃあね、ゆずちゃん、紗久羅ちゃん。本当今日は美味しい料理をどうもありがとうね」
「美沙さんこそ、素敵なお土産ありがとうございます。美沙さんの作るお菓子ってとっても美味しいから、今から食べるのが楽しみです」
赤いりぼんで口のところをきゅっと結んだ二つの袋は、今台所で長年連れ添った夫婦のように寄り添っている。
「井上さんも及川さんもあまり夜更かししてはいけませんよ。明日は学校ですからね。……まあ午前中で終わりますが」
二人は「はあい」と笑った。その表情と伸ばした声からして「夜更かしするな」という英彦の言うことを聞くつもりは全く無いいうことは明確。全く仕方ありませんね、とそんな二人を見て英彦はただ苦笑いするしかなかった。
「まあ、後は……色々気をつけてくださいね」
「大丈夫、大丈夫。どんな妖怪が来てもきっと柚季が何とかしてくれるさ」
「気をつけてってそういう意味なの?」
と柚季の表情が曇る。泥棒、変態といった駄目人間に気をつけろという意味ではなく、真っ先に妖に気をつけろという意味にとらえてしまう辺り、矢張り紗久羅達の感覚は麻痺しているようだ。
玄関前であまりいつまでもぺらぺら喋っていると近所にも迷惑になる……ということで皆話を適当な所で切り、またいずれの機会にこうして集まってめいっぱい遊ぶことを約束して皆帰っていった。これにてハプニング続き、というよりハプニングしかなかったようなクリスマスパーティーはお終い。
一気に五人が消えた家の中は怖い位静まり返っていた。彼等の温もりも、室内を満たした笑い声や話し声も、七人で過ごした時間も全部開け放たれたドアから出ていってしまったらしい。それらと入れ違いに入ってきた風が室内の温度を少し冷やした。
「何だかさっきまでここで皆で遊んでいたのが嘘みたい。全部夢だったのかな」
自分と紗久羅以外誰もいなくなったリビングで柚季がぼそりと呟いた。それを聞いた紗久羅はそうかもしれないな、と答えてから台所へ行ったところでくすくす笑い出す。
「いや、でもどうやら夢ではないようだ。あたし達間違いなく七人でゲームをやったりご飯を食べたりしていたみたいだ、うん」
紗久羅が見たのは洗いおけの中で山を作っている食器の数々。それらが先程までの時間が確かに存在していたことを示す何よりの証だった。美沙がくれたクッキーの袋、英彦からのクリスマスプレゼントの存在も。
続けて台所へ足を運んだ柚季もそれを見て、笑った。それから二人して意味も無く腹を抱えて爆笑したのだった。
「何だか変に感傷的になっていたのが馬鹿馬鹿しくなってきた。さて、片づけを始めますか」
「片づけをちゃんと終えるまでが料理だもんな」
二人で仲良く食器を洗ったり拭いたり片付けたり。そうしながら今日は楽しかったねとか、またやりたいねとか色々話すのだった。
「でもさ、今日みたいに皆で集まってわいわいやったらまた妖怪とかがわんさか出て来てハプニングの連続になるかも」
紗久羅の言葉に柚季はしかめ面。
「こ、今回はたまたまよ、たまたま! 次こそは絶対大丈夫よ。大丈夫だったら大丈夫なの!」
「はいはい、そういうことにしておいてやるよ……って痛い!」
紗久羅の馬鹿、と強かに足を蹴られた紗久羅は皿を握りしめつつ、悶絶。
口をせわしなく動かしつつもてきぱきと体を動かし、二人は割合早く片づけを終わらせた。面倒なことはさっさと終わらせたかったのだ。片づけが終った後はお風呂タイム。まず客人である紗久羅が入り、その後柚季が入った。
灰色のスウェットに身を包んだ紗久羅は柚季が風呂に入っている間、彼女の部屋にあった漫画を適当に読んでいた。少年漫画ばかりがずらりと並んでいる紗久羅の部屋の本棚と違い、彼女の本棚に並んでいるのは少女漫画や小説が殆ど。その中から有名な少女漫画を選んで読み始める。ギャグ漫画でもないのに度々「ぶふっ」と吹きだしたのは、臭いセリフや甘すぎるにも程があるシーンの数々を見て小っ恥ずかしくなかったから。そういうものを見るとにやにやを通り越して吹きだし、笑い転げてしまう紗久羅だった。少年漫画に比べ、あまり少女漫画を読まないせいかもしれなかった。
しばらくして柚季が風呂場から戻ってきた。レースのついた水色のパジャマ、紗久羅には決して似合わないような代物も柚季にはよく似合う。
柚季は漫画を読んでいた紗久羅の髪を指差し微かに笑む。
「なんか、紗久羅が髪下ろした姿って新鮮。下ろすと結構長いんだね」
「うん。意外と長いんだな、これが。でもこうして下ろしていると邪魔だし、そもそもあたしにはこういう髪型って似合わないからいつもポニーテールにしているんだ」
「なる程ね。確かに紗久羅といえばポニーテールって感じ」
伸ばした髪を縛らずそのままにするスタイルは似合わない、という紗久羅の言葉を決して柚季は否定しなかった。実際彼女の顔や快活な性格にはポニーテールの方がずっと合っていたのだ。逆に柚季の場合は下手に結ぶより下ろしたままの方が断然良い。顔や人となりによって似合う髪型って違うんだな、と柚季は紗久羅のその姿を見て改めて思うのだった。しかし全く髪を下ろしている姿が可愛くないということはない。また、普段見ない姿なせいかちょっとだけきゅんとした。ほんのちょっとだけ。
「あ、そういえば柚季。テーブルの携帯さっき音鳴っていたよ。メールか何か着たんじゃない?」
紗久羅の言葉を聞いて、柚季は勉強机の上に置いてある携帯に目を向けた。
確かにメール着信を知らせるライトが光っている。何となく送ってきた相手に見当はついていたが、一応確認。
「やっぱり母さんからだ。二人共今日は帰って来られないんですって」
「そうなんだ。祝日まで夜遅くまで仕事とか……大変だなあ」
「仕事していないと死んじゃう病気にでもかかっているんじゃないかと時々本気で思うわ。尊敬はするけれど、真似はしたくないわ。ああ、それにしても今日は本当に疲れた。とっても楽しかったけれど、ものすごく疲れた」
メールに返信し終えた柚季が、ベッドの上に座っていた紗久羅のすぐ隣に座った。風呂にゆっくり浸かっても洗い流せない位の肉体的及び精神的疲労が彼女の体にはたまっている。それは紗久羅も同じであり、全くだよ本当にと彼女の言葉にため息をつきつつ同意。
「全く次から次へとうじゃうじゃと。折角のクリスマスパーティーを……全く少しは空気読みなさいよって感じ」
「仕方無いよ。あいつら空気なんて読めないもん。誰かを思いやる、相手の都合を考えて行動しようって気持ちさらさらないんだから。あの馬鹿狐を見ているとそれがよく分かる」
「馬鹿狐……あの出雲さんって人ね。でも紗久羅ってあの人のこと嫌っているくせに、あの人の家によく行っているわよね」
「美味しいお菓子が食えるし、時々面白い場所に連れていってくれるからな。ただそれだけ。あいつに会いたいってわけじゃない」
その答えを聞いて柚季は呆れ顔。美味しいお菓子を食べたい、遊びたいという理由だけで妖のうじゃうじゃいる異界へ足を運ぶなんて信じられないと思ったのだ。妖のいる世界で楽しく遊べることもまた信じられなかった。
隣にいる彼女の表情の変化には気がつかずに紗久羅は再び口を開く。
「あいつの家前はレトロな感じのする洋館だったのに、先日遊びに行ったら和風の屋敷に変わっていてびっくりしたよ本当。さくら姉と一緒に行ったんだけれど、最初見た時は二人してぽかんとしてさ……あれ、あたし達もしかして道間違えた? って本気で思った」
出雲はそんな二人を腹を抱えて爆笑しながら出迎えた。想像通りの反応を見られて大満足だとかなんとか散々言って二人を馬鹿にしまくり、鈴も間抜け面見せてくれてどうもありがとうなどと言った。
「あんまり悔しかったから脛の辺りを思いっきり蹴飛ばしてやったよ。本当向こうの世界って滅茶苦茶だよ。洋館を和風の屋敷にぱっと変えられるなんて。ああ思い出しただけで腹がたつ。あの馬鹿狐、いつか泣かせてやる」
そこからしばらく出雲に関する話が続く。話、というよりは文句という方が近いかもしれない。いかに彼の性格が悪いか、自分に対しての嫌味やセクハラ発言の数々、彼の容姿やら体温の低さのことやら……。
それを半分は聞き、半分は聞き流しつつ柚季は思う。
(紗久羅って本当は出雲さんのこと好きなんじゃないの……?)
と。確実に彼女がへそを曲げてしまうので、口には出さないでおいたが。
嫌よ嫌よも好きの内、可愛さあまって憎さ百倍。恋愛的な意味でないにしても、本当に心の底から彼のことを嫌っているわけではなく、憎からず思っているのではと思わずにはいられない柚季だった。
「あの邪悪な狐、誰か退治してくれないかなあ。柚季なら出来るかな」
「出来るわけないでしょう。ていうか絶対嫌、無理! そもそもあの人と関わりたくない!」
一応柚季にとって命の恩人の一人である出雲だったが、だからといって彼女は彼に好意を一切抱いていなかった。それどころか鏡女を追い出した直後や東雲高校文化祭へ紗久羅と一緒に行った時、お祭り騒ぎ事件時に見た彼の姿を思い出しただけで恐怖と嫌悪感に身を震わせる始末。出来ることなら顔を合わせたり、言葉を交わしたりしたくないと柚季は常々思う。だからこそ彼と普通に話が出来る紗久羅の神経が彼女には理解出来なかった。
「悪い悪い。九段坂のおっさん……にもきっと出来ないんだろうなあ。あ、この家に住み着いているとかいう座敷童子はどうだろう? 滅茶苦茶強いんだろう?」
紗久羅の言葉を聞いて柚季はあの少年の笑顔を思い浮かべた。人ならざる者ではあるが、彼の笑顔を思い出しても嫌な気持ちにはならなかった。むしろ心が温かくなる。人ではない者、この世にいるはずのない者を嫌う彼女も何故か彼のことは嫌うことが出来ない。
「らしいけれど……よく分からない。会ったのも今日が初めてだし」
彼がこの家に住み着いていたことも、今の柚季の力では対処しきれない位強い妖をこの家へ入れないようにしていたことなども今日初めて知ったのだ。
今まで彼の存在を感知したことはなく、その存在を知った今も彼の気配を感じることは出来なかった。どうやら意図的に彼が自身の気配を消しているらしい。
「まあもしかしたら出来るかもしれないけれど」
「そうか。よしいざとなったらそいつに頼み込んでみよう。どうかあの化け狐を退治してくださいってね。でも良かったなあ、そいつがここから離れない限り、百人力じゃん柚季」
「そんなことないよ。私の思い通りになるものじゃないし。あの人私の力でもどうにか出来そうな妖は放っておいているらしいし。おまけに私が妖相手にあたふたしているさまを見て笑っているんですって。蜘蛛が私達の前に現れた時もどこかで爆笑していたに違いないわ、腹がたつわ、本当に」
ふと柚季は自分の体を風がくすぐるのを感じた。紗久羅もそれを感じたらしい。温かいその風。
(きっと私達の会話を聞いて笑っているのね、全く本当に嫌な奴)
むっとしたら、またくすぐったい風が室内を包んだ。
「けれど柚季が心から助けを必要としている時に名前を呼んだら出て来てくれるんだろう、そいつ。いざという時は頼りになるんじゃない? 普段は姿も気配も隠しているみたいだけれど。……そういうものを消すと柚季にも気がつかれないとなると……もしかしたら柚季、入浴している姿とか覗かれているかもよ」
「もしそんなことをしていたら、ぶっ潰す。ぼっこぼこにしてやるんだから」
「いやだ柚季ったら怖い。女の子がそんな乱暴なこと言っちゃ駄目なんだぞ」
「どの口が言うのよ、どの口が!」
しょっちゅう乱暴なことを言ったりやったりしている紗久羅の頬を思いっきり引っ張ってやった。紗久羅はやめてやめてと言いながらも笑っている。それからふざけ、じゃれあう。散々遊んだ後は二人して大笑い。疲れで若干テンションがおかしくなっていた。
「……またやろうね、クリスマスパーティー」
「うん、またやろう」
天井にある太陽にも似た輝きを持つ丸い照明を見ながら二人そう呟いた。
面倒なこと、嫌なことなども沢山あったがそれでもクリスマスパーティーをやったこと、皆で集まったことを後悔はしていなかった。
それから色々なことを二人で話した。次の日が学校であることを思い出すまで、ずっと。
十二月二十三日。どたばたパニック、クリスマスパニック、クリスマスイブイブ、これにて、お終い。