クリスマス・パニック!(12)
「全く、しっかりしてよ。あれ位の雑魚婆さん位君の力なら簡単に倒せるはずなのに」
目を瞑っている柚季の耳に入ったのは快活な少年の声。聞き覚えのあるような、ないような。
恐る恐る目を開けてみると、柚季の前に少年の姿があった。彼はしゃがんで、膝を折り体を小さく畳んでいた柚季と目線を合わせている。栗色のセーターにジーンズ。年の頃は柚季と同じ位。悪戯をするのが好きそうな、いかにも明るい性格っぽい顔が柚季の眼前にある。姿形は人間そのものであったが、柚季にはどうしても彼が人間であるとは思えなかった。
「誰、貴方? 初めて見る……」
そこまで言ったところで、柚季は固まった。彼とは初対面であるという思いが薄らいでいったのだ。違う、彼とはどこかで会ったことがある――そう、思った。
少年は柚季の答えをにこにこ笑いながら待っている。柚季が自分のことを思い出してくれるという確信が彼にはあるようだ。
(つい最近、本当につい最近会った気がする)
脳内にはぼやけている上に絶えず揺れ動いている映像。その映像は少しずつはっきりしていき、やがてちゃんとしたものになった。
はっきりとした映像に柚季は思わず「あ」と声をあげる。少年がにかっと笑った。
「そうだ、貴方! さっき紗久羅達に混ざってゲームをしていた……座敷童子!」
彼が去った後、あっという間に曖昧になった記憶が彼と再会したことで再びその形を取り戻す。
「当たり。ま、座敷童子かどうかは知らないけれどね」
「違うの?」
「そうかもしれないし、違うかもしれない。ぶっちゃけよく分からないんだよね、自分が妖怪なのか幽霊なのか、神霊なのか」
「……人間でないことだけは確かでしょうね」
「うん、それだけは間違いないと思うよ」
少年はにかっと笑ってから柚季に手を差し伸べる。柚季はその手をとることを一瞬躊躇ったが、結局観念してその手を握り返す。心落ち着く温もりが、柚季の体を縛りつけていた恐怖などを一瞬で吹き飛ばす。そのことにほっとして再び彼女は崩れ落ちかけたが、少年が体を支えてくれたのでどうにか踏んばることが出来た。
「一体どういうことだ? ここには私が引きずり込んだ者以外は入れないはずなのに」
少年の背後にうつぶせに倒れている賭け婆の姿がちらりと見える。顔を上げ呻くように言った彼女の方をちらっと見た少年が笑う。明らかに賭け婆を馬鹿にしているような笑い方だった。
「こんな所簡単に出入り出来るよ、俺ならね」
両手を腰にやってえへんといばってみせる。改めて空間を見渡してみると、あの赤い液体、つるし雛の飾り、蛇、烏の姿はすっかりなくなっており何もかもまっさらになっていた。邪悪でおぞましい空気もすっかり消えてなくなっている。これもどうやら目の前にいる少年がやったことらしい。
「そうか。ここを包んでいた清浄な気は……お前のものだったのか」
「そうだよ。今頃気がついた? そこそこの力があるものならあれが彼女のものではないってことに簡単に気がつけるはずなんだけれど。それで婆さん、ひと暴れして気は済んだかい?」
その言葉を聞いた賭け婆がきっと少年を睨みつける。
「いいや、絶対に私は……あれ?」
ところがその険しい表情が急に間の抜けたものに変わった。その顔にはもう怒りや憎しみという感情はなかった。しばし無言になった後、賭け婆は困ったような顔つきになって、首を傾げ。
「私は何故、何故暴れていたんだ?」
「はあ!?」
まさかの答えに柚季は驚き思わず大声をあげた。何をふざけたことをと言おうとしたが、本当にどうして自分が暴れていたのか忘れているらしい賭け婆の姿を見たら力が抜けてしまい、結局口に出せなかった。
「かけっこをして、ぼろぼろに負けることなど珍しいことではないのに。何故だか今回は無性に腹が立って、我を忘れて……あり?」
身を起こした賭け婆は思案顔。それを見て少年が笑う。
「あんたはちょっとおかしくなっていたんだ。でももう大丈夫さ。命拾いしたね、婆さん。この子のメンタルがもう少し強かったら今頃この世にはいなかったよ」
「め、めんた……?」
「精神とか心って言った方がいいか。さて婆さん。あんたは元いた世界に帰してあげるよ。この子達の住んでいる世界よりも、向こう側の世界の方が今のあんたにとっては居心地の良いところだろう?」
賭け婆の目が大きく見開かれる。それから彼女はこくりと首を縦に振る。
「そうだな。昔はともかく、今は向こうの世界の方が住みやすい。私は人間達の住む世界に迷い込んでからというものすっかり疲れてしまっていた。帰れるというのなら、喜んで私は帰るよ。……でもそんなこと、あんたに出来るのかい?」
「出来るさ。こういうどこにも属さない世界からならより簡単だ」
状況がさっぱりつかめていない柚季を置き去りにして二人は勝手に話を進めていく。賭け婆は泣き顔を浮かべながら少年を見、頭をたらして地面へつけた。
「ありがたい、ありがたい」
「でもその前に」
再び顔を上げた賭け婆に対して、少年が手を差し伸べる。彼は何かを欲しがっているようだった。
「あんたが賭けた物を置いていってもらおう。勝負に負けた以上、あれはもうあんたのものじゃない、柚季のものだ」
(それを何故貴方が言うの……)
勝負をした張本人である自分が言うのならともかく、何故第三者である貴方がそれを言うのだと心の中で柚季はつっこんだ。そんな彼女の心も知らず、賭け婆はそういえばそうだった、忘れていたと箱から例の首飾りを取り出すと自分の方へ向けられた少年の手のひらに優しく乗せる。
「何が何だかよく分からないが、すまなかったねえ。け、け、け。くりすますとやら、存分に楽しむが良い。それじゃあまずお前さん達を元の世界に」
その続きを少年は言わせなかった。
「良いよそれは。まずあんたを先に向こうの世界へ帰す。それから俺達は帰るよ」
「しかし」
「大丈夫、大丈夫。あんたがいなくても問題ない。それに俺はこの子と二人きりで話がしたいんだ」
何を勝手なことを、と柚季が言う前に少年は歩きだし賭け婆の体に優しく触れた。途端彼女の体は光に包まれ、それからあっという間にこの空間から消えてしまった。
静寂の世界にただ二人だけが残された。しばし呆然としていた柚季は少年が再び自分の近くに来てしゃがみ込んだことに気がつき、我に返る。
「……とりあえず礼を言っておくわ。ありがと」
「どういたしまして」
「ところであの……本当に大丈夫なの? あのおばあさんなしに本当にここから元の世界へ帰れるわけ?」
「帰れるさ、当然じゃないか。俺がいるもの。行きは楽々、帰りも楽々さ」
「行きはよいよい、帰りは怖いと言うじゃない」
「大丈夫だって。心配性だな柚季は」
まるで十年来の付き合いであるかのような、馴れ馴れしい少年の態度に柚季はむっとする。それを見て少年は苦笑した。
「まあまあ、そんなに怒らないでよ。それにしてもいやあ、ついてきて良かったよ。まさかあんなに暴れるとは思わなかった……あの婆さんが潔く負けを認めて、君を帰していたらこうして姿を現すつもりは無かったんだけれど」
「貴方、もし私が負けていたらどうしていたの? 私が大事なチキン奪われるのを黙って見ていたの?」
「それはない、ありえない。何故なら俺が君に幸運を授けていたからだ」
柚季はその意味をすぐ理解した。
「ちょっと待ってよ! それじゃあ私が圧勝したのは貴方が幸運を授けたから? それってイカサマじゃない!」
「向こうは向こうでルールを破って君を食べようとした。お互い様だよ」
「何がお互い様よ! そもそも私が不自然な勝ち方していなければあのおばあさんだってあれだけ怒って私を殺そうとしなかったはず。私が危険な目にあったのは全部貴方のせいじゃない!」
柚季はへらへら笑っている少年に自分の顔を近づけ、ものすごい剣幕で彼を睨みつける。しかし少年の表情は変わらない。
「それは無いよ。きっとあの婆さん、君が俺の力無しに勝っても、負けてもどちらにせよ君を襲っただろうよ。何かと言いがかりをつけてね。まだ大丈夫かなと思ったんだけれどさっきのあれを見る限りだと、ねえ。……あの婆さんは『魔』に憑かれていたんだ」
――魔に憑かれる。その言葉に柚季は聞き覚えがあった。以前そのことについて英彦から教わっていたのだった。
――魔、というものは恐ろしいものです。妖のみに関わらず、人間などにも憑きます。それは強い負の感情を抱いたものに憑き、その人の抱いている負の感情及び持っている力を増幅させます……――
「魔に憑かれた人は徐々に精神を蝕まれ、理性を失っていく。そして最後には負の感情に身を任せ、暴れるだけの『魔物』となってしまう……そうなるともう助けることは出来ない。殺すより他なくなってしまう。あの賭け婆も魔に憑かれていて、だから負けを認めず私に襲いかかってきた? で、でも九段坂さんはあの人を見ても何も言わなかったわ」
気がついていたら絶対に何か言うなり、行動を起こすなりしていたはずだという柚季の言葉を遮るように少年が口を開いた。
「そりゃそうだろう。あの人も気がついていなかったんだから。ああ、あのおじさんを責めないでやってね。仕方のないことなんだ。あの婆さんは魔に憑かれてからそんなに日数が経っていなかった――まだ初期段階だったんだ。最初の内は気がつきにくいものさ。多分あの婆さん自身も気がついていなかったはず。ほら、病気とかにもあるだろう? 最初の内は自覚症状が無くて、気がついた時には大分進行していったってパターンがさ」
だが、この少年だけは気がついていたようだ。だからこそ彼は柚季についていったのだ。
「最初の段階じゃあまりああいう風に暴走することはないんだけれど、まあ一応念の為君についてきたんだ。そしたらあのザマだ。さっきも言ったように、あれを見る限り、自分が勝負に勝とうが負けようが君を襲っただろう。ああ、今は大丈夫だよ。さっき俺があの婆さんに憑いていた魔を浄化してやったから。婆さん、うっかり人間達の住む『こちら側の世界』に迷い込んでからというもの、大分ストレスがたまっていたらしい。昔と違って今は大分妖にとって居心地の悪い世界になっているからね……皆が皆居心地が悪いと思うわけじゃないけれど」
少年に魔を浄化されたことによって賭け婆は理性を取り戻し、態度がころりと変わったのだ。もし柚季が彼女を倒していたら、彼女は魔に憑かれたまま、そして『向こう側の世界』へ戻ることのないまま消えていた。少年の登場は柚季だけでなく、賭け婆にも幸運を与えたようだ。
柚季は改めて少年を見る。少年はにこにこ笑ったままだ。
「……貴方は今日初めて私の家へ来たの? それとも、ずっと前からあの家にいたの?」
「俺のことが気になるの? これはもしや脈あり……いやだなあ、そんな怖い顔しないでよ。冗談、冗談。そうだね……俺はずっと前からあの家へいた。ずっといたって言うと語弊があるかな? ええとねえ、俺は君がもつ力が目覚めた辺りからあの家に居座るようになったんだ」
つまり、鏡女の事件が解決した直後から住むようになったということだ。
「どうしてあの家に居座るようになったのよ」
「面白かったからさ」
あっさりと即答。面白かったってどういうこと、と詰め寄る柚季を制しつつ少年は話を続ける。
「文字通りの意味だよ。あの家に入り込んできた妖怪相手に慌てふためく君の姿を見るのが。家にいる両親に奴等の存在を気取らせないよう必死になる君の姿も、きゃあきゃあ嫌来ないでと妖怪相手に喚き散らす君の姿も全部、全部、面白かった。俺は君のそんな姿を見ながら腹抱えて笑うのが楽しくて仕方無いんだ。これからも笑わせてもらうよ」
そんな話を聞いて怒らない人間などいない。ましてや相手が自分の最も嫌う存在――人ならざる者となれば尚更だ。
「そんなこと……冗談じゃないわ!」
「まあまあ、そう怒らず。君は俺に今すぐあの家から出ていってもらいたいと思っているだろう。けれど、それは君にとっても君の両親にとっても決して良い結果を招かないと思うよ?」
「どういう意味よ、それ」
「俺がいなくなったら、いずれあの家にとんでもなく強力な妖怪が入り込むかもしれない。あの土地に流れている歪な力が、君の強い力が……強大な力を持った存在を呼び寄せてしまうかもしれない。実際今までに何度か、今の君には太刀打ち出来ないような者が家に入り込んできそうになったことがあった」
実際にそういうことが起きていた。――その衝撃の事実には柚季を黙らせるには充分すぎる効果があった。柚季が何も言えないのを良いことに、少年は口を動かすことを続ける。
「ま、全部俺が追い返してやったけれど。俺は強い。大抵の奴なら追い返せるし、倒すことも出来る。なるべく君の両親と妖怪を関わらせないようにもしている。君が対処出来るような雑魚は無視しているけれど。……そういう奴等も皆追い返しちゃったら面白くないもの」
最後の一言は余計であるとしかいいようがなかったが、それ以外の部分に関しては素直に感謝するより他無かった。そしてそれを聞いた以上、彼に気安く「出て行け」とは言えなくなってしまった。
ただ黙ることしか出来なくなった柚季の肩に、少年が手をかける。
「俺は君のことがとっても気に入っている。だから当分は君の家にいるつもりだ。これからも俺のこと楽しませてね。その代わり俺は君のことを守ってあげるから。君はピエロ、俺はナイト、うんうん」
「ピエロ……ナイト……そういえば貴方、横文字とかも普通に使うのね。服装もまるで現代人だし。着物とか着ないの?」
ピエロと言われたことに対して怒る気力すら失った柚季はそんなどうでもいいことを口にした。
「俺はずっとあの世界にいるから今風の言葉遣いも、文化も世界情勢とかも大体分かる。TVゲームとかの存在だってちゃんと知っていた。実際にやったのは初めてだったけれど、あれ結構面白いね。……服装は気分によってころころ変えているよ。服装だけじゃない、容姿とかもね。俺はどんな姿にもなれる、何にでもなれるから。俺には本当の姿ってものがない。殆どの人が持っているものを俺は持っていないんだ。けれどそのことを辛いと思ったことは一度もない。むしろずっとこのままで良いとさえ思っているんだ」
「そう……」
「柚季、これからも俺は君の傍にいるよ。何か困ったことがあって、俺の助言が欲しい時や手を借りたい時があったら俺の名前を呼んでごらん。そうしたら俺はすぐにでも君の前に姿を現すから。ま、どの程度まで助けるかは気分次第だけれど。ああ、ただ注意してもらいたいことがある。俺のことを家の外へ呼ぶのは本当にどうしても困った時だけにして欲しい」
少年は勝手に提案し、勝手に注意点を話しだした。だがさっきまでとはうって変わって表情がやや真剣なものになっていたから柚季にも彼の話を止めることは出来なかった。
「俺があの家を空けると、どうなるか分からないからね。俺ってばどういうわけか自分の力の一部を残した上でその場から離れるっていうのが苦手でね。ええとつまりね、俺があそこから離れると君の家を守っている力も殆ど離れて消えてしまうってこと。俺が離れている間は、どんな奴でも家に入り放題になっちゃうんだ。それってかなり不味いことだよね?」
聞かれるまでもない。柚季はこくりと頷いた。
「まあ俺が再び家に戻った時に入り込んだ奴を追い出すなり倒すなりすれば解決するけれど。でもそれまでの間に家を滅茶苦茶に荒らされるかもしれないし、色々手遅れな状態になってしまうこともあるかもしれない。だから無闇に俺をあの家から離れた場所に呼ばないでね。俺の名前を呼ぶのは計画的に」
困った時は俺を呼んでくれれば助けてあげる――勝手にしてきた提案だったが、柚季にとって全く不利益なものではなかったから素直に頷く。人ならざる者の手を借りるというのはあまり気の進むものではないが、困った時は何だって利用してやればいいのだ、そう思った。
思ったところで柚季はあることに気がつく。
「名前を呼んだらすぐ私の前に現われるというけれど……貴方名前はなんというの? それが分からなかったら呼びようがないわ」
「ああ名前? 無いよ、俺には」
「はあ!?」
即返ってきた答えは衝撃的、というか意味の分からないものであった。無い名前をどう呼べというのか。
「真の姿が無いように、俺には名前というものがない。だから好きに呼ぶといい。君が心から俺の助けが欲しいと思いながら口にした名前、それが俺の名前になる。俺を呼ぶ度違う名前になってもいい、どんな名前だっていい。太郎でも二郎でも、ジョンでも花子でも」
柚季に向ける温かな笑み。これからもあの家の中に妖が現われ続けること、自分が慌てふためくさまを見ながら彼に笑われ続けることは癪だったが、その笑顔を見るとそんな思いも吹き飛んでしまう。
「それじゃあそろそろ俺達も帰るとするか。今あっちは俺の守りがなくなっている状態だから早く戻らないと心配だ。……と、そうだその前に。ほら柚季、これ」
少年は一度離した首飾りを再び手に取り、それを柚季に差し出した。
「いらない。別にそれが欲しくてゲームをしたわけじゃないもの」
「貰っておきなよ、これ結構いいものだよ。それに柚季にきっと似合う。変な呪い(まじな)とかもかかっていないし、俺が清めてやったからもうあの婆さんや向こう側の世界の匂いも気も消えている」
確かに、目の前にある首飾りから感じるのは清らかなものだけだった。あの賭け婆が垂れ流していた妖気は少しも感じられない。
別段欲しくはなかったが、仕方が無いから貰っておこうと手を差し出したが少年は柚季の手にそれを乗せなかった。彼は膝立ちするとそれを頭上にやり、それから柚季の首に紐をかけてやった。その所作のなんと優しく丁寧なことか。
まるで柚季を慈しむかのように首飾りをその首にかけた少年は、眩い笑顔を彼女へと向ける。そのかけ方に、笑顔に思わず柚季はときめきかけ、それから慌てて紅に染まった頬と、動揺を隠せぬ瞳を伏せるのだった。
「あ、ありがと……」
「どういたしまして。それじゃあ帰ろう」
少年が柚季の手を優しく握った瞬間世界が優しい光に包まれ、その光が消えたと同時に柚季は元の世界へと帰ってきた。少年の姿はもうなくなっていたが、きっと笑顔を浮かべながら自分のすぐ傍にいるに違いないと思った。今までは気がつかなかった、気がつこうともしなかった彼の気配それが今ははっきりと感じられる。
ありがとう。もう一度、柚季は心の中で彼に礼を言った。
何もせずじっと座って柚季の帰りを待っていた紗久羅達は彼女の姿、そして笑顔でピースサインをした彼女の首にかかっているものを見て安堵の息をついた。
「ああ良かった、無事戻ってきて。しかもその首に下げているものを見る限りだと……勝ったんだな、あの賭け婆って婆さんに」
「うん。まあ色々あってね」
柚季は賭け婆とやった幸集めのこと(美沙もこのゲームの存在は知っていたらしい)、賭け婆は魔に憑かれており勝負が終った後自分に襲いかかってきたこと、殺されかけた自分を助けてくれた者――この家に住み着いている少年のことについて色々話をする。
「そうでしたか。――気がついていれば何もせずそのまま貴方を送ることもなかったのですが」
英彦が申し訳無さそうに言った。ところで少年がこの家から離れている間のことだが、幸い強い力をもった妖が入り込んできたということはなく皆柚季の帰りを待つことに集中出来ていたらしい。それを聞いて柚季はほっと一息。
「柚季、まだ夕飯の支度まで時間があるし人生ゲームの続きをしようぜ。ほら、すぐにでもまた出来るようにちゃんとそのままの状態にしていたんだ。あたしもこのままおっさんに逃げ切られたら悔しいし。絶対挽回してみせるよ」
「やろう、やろう。私だって逆転一位を諦めているわけじゃないわ」
似たようなゲームをやった直後命の危機に直面したばかりだというのに。少年の登場によりその時抱いた恐怖というのはすっかり吹き飛んだらしい。
そして再び皆でわいわいきゃあきゃあ騒ぎながらゲームを楽しむのだった。