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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
クリスマス・パニック!
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クリスマス・パニック!(9)

「――成程、そんなことがあったんですか」

 リビングにあるテーブルに座り柚季がくれた温かいお茶入りの湯のみを片手に英彦は、紗久羅達から今までに起きた出来事を色々と聞いた。

 自分を迎え入れた柚季や奥にあるリビングにいた奈都貴達がまるで死人のようになっていたので、英彦は約束の時間を大幅に過ぎてしまったことを謝ったり、自分の身に起きた出来事を話したりするより先に「一体何があったんですか? 大丈夫ですか?」と彼女達に尋ねたのだ。はしゃぎすぎて、料理の仕度が大変でへとへとになっていた――とは到底考えられない様子だったから、心から心配したのである。


「まさかこんな時間になっていたなんて……九段坂さん達が予定の時間を過ぎても来ていなかったことに今の今まで気がつきませんでした」

 死人のようにくたくたになりながらも(肉体的な疲労というより、精神的な疲労であるようだ)ケーキのデコレーションをどうにか終えた柚季は話を聞き終えた英彦の「遅れて申し訳なかった」という言葉を聞き、ようやくその事実に気がついたのだ。奈都貴やさくらも部屋に飾ってある時計の指している時間を見てぎょっとする。自分達が思っていた以上に、追いかけっこや大掃除に時間がかかっていたからだ。


「お地蔵様に鋭い歯の生えた舌で人を襲う妖、座敷童子、甘いものを食べると酔っ払う妖……まあ、君達が平和な時間を過ごせているとは最初から思ってはいませんでしたが。ここで全員集まる前にもそれぞれ妖やらありがたい存在やらに絡まれていたんですね。流石というかなんというか」

 その言葉を聞いた柚季が顔を曇らせ、それからふてくされたように頬を膨らませる。自分達が妖に絡まれるのを当たり前のように思われていることが面白くないのだ。しかも今日は彼のみではなく、紗久羅や奈都貴にも同じことを言われている。

 それを見た美沙が柚季にぎゅうと抱きつく。


「そんな怖い顔しないでよゆずちゃん。折角の可愛い顔が台無しだぞ」

 そんな風に言われながら柔らかくて温かい彼女の体に抱きしめられると、そのままぷんすか怒り続けることが出来なくなるらしく、自然と柚季の頬の筋肉は緩んだ。美沙も妖ではあったが、柚季は彼女のことを嫌ってはいない。むしろ好意を抱いているから、抱きつかれたからといって不愉快な気持ちにはならない。もし出雲に抱きつかれたら良くて失神、最悪心臓停止しただろう。その様子を見て英彦が苦笑する。


「まあ、こればかりは仕方の無いことですね。私もこの街に引っ越してきてから、昔以上に彼等と深く関わるようになりました。ある程度護身というか、彼等を引き寄せにくくする術を自分にかけてはいるのですが……効き目は残念ながらあまり無いようです。高校の図書準備室に張っている結界もすぐ駄目になってしまいますからこまめに張りなおすというか、かけなおさなければいけませんし……使鬼の力を相当借りてやらないと不十分なものになってしまいますし」

 この辺りの土地に、魔を寄せつけない結界を長期間張り続けることは至難の業であるらしい。この土地に流れているらしい歪な力が、結界をすぐ駄目にする原因なのだろうと英彦は続けて語る。こういった土地はここ以外にも幾つかあるようだが、数は相当少ないこと、ここまですごい土地となると更に限られてくるだろうということなども話した。

 よりにもよってなんでそんな土地に引っ越してきてしまったのだろう、と柚季は肩を落とす。三つ葉市に引っ越してきてからというもの、幾度となくこの街に来たことを嘆いた。


「それにしても羨ましいわ、紗久羅ちゃん達。学校に妖と深く関わっている人がいるなんて。しかも司書さんなんて、素敵」

 話の流れを一切無視したさくらの発言に、その場にいた全員が呆れもしくは困り顔。


「本当、お前の頭の中は一年中春だな」

 一番呆れている一夜。彼は今不自然な位皆から離れた場所に腰を下ろし、あぐらをかいている。入って来るなりいきなり抱きついてきた美沙から距離を置いているのだ(一夜だけではなく、他の人も全員ハグの餌食となった)。喜びなどで感情が高ぶるとつい抱きついてしまう癖が美沙にはあるのだと英彦から説明され、美沙からもごめんねと謝られはしたのだが。何純情少年ぶっているんだよこの馬鹿め、と紗久羅に悪態をつかれ、うるさい馬鹿と返した後もそうしていた。

 目をきらきら輝かせている彼女を無視して紗久羅が英彦に話しかける。


「おっさんもここへ来る途中妖怪に絡まれたんだな」


「正確にいうと、妖ではなく精霊ですがね。大変でしたよ……力の差がありすぎて」

 それから彼は自分たちが出会った小さき人々のこと、彼等と遭遇したことでどんな目にあったのか詳しく語り始める。桜村奇譚集の内容をほぼ把握しているさくらは彼の話に聞き入っており、いいなあとか何て素敵なんでしょうなどと人の苦労も知らずに暢気なことを言っている。一方の柚季は英彦の話に出てきた場面を想像したのかうんざりした顔。


「――たけのこの塔を下りた後も色々ありました。着物を着た小さな女の子の持っている超特大の羽子板に乗せられてそのままぽんぽんつかれたり、えらく重い毬を転がして道に並べられたやや軽い反物十反を倒す……というボウリングを強制的にやらされたり、生き物のように動くししおどしにおいかけ回されたり、狸が自分の腹叩く度に空から降ってくる湯飲みや陶器の置物、皿なんかを避けたり……で、落ちて割れたそれらが鳥に変わって私達の体を突き始めて。その鳥を捕らえる為に巨大な老婆が鳥籠を落として」


「その鳥籠に私達まで捕まって。鳥籠に囚われた鳥はハンマーとか斧とかに変わって。それを使って鳥篭壊して逃げたら巨大なおばあさんが怒りだして唐辛子か何かが入っているお手玉を投げつけてきて。後は大きな箸にはさまれて、危うく突然現れた巨大すきやき鍋の中に突っ込まれそうになったり、あけびお化けに襲われたり、ごぼうで出来た弓で大根の矢を飛ばしてくるおじいさんに襲われたり……」

 英彦だけではなく、美沙も語りだした。柚季の顔が段々死人の顔に近づいていく。最後の方はもう殆ど聞こえていない、という風だった。

 それだけのことをいたって冷静に語れる二人に紗久羅や奈都貴は感心するやら心臓に気が生えているんじゃないかと呆れるやら。


「なんか、俺達が文化祭準備の時に遭遇した『お祭り騒ぎ事件』に似ているな。訳の分からないことが次から次へと起こる感じが。あの時は本当大変だった」

 紗久羅はそれを聞いて、先月起きたその事件のことを思い出す。お祭り騒ぎが大好きなお面が生徒会長にとり憑き、色々やらかした事件だった。その場に居合わせていた紗久羅達はそれを止める為お面の幻術に振り回されつつ奔走したのだった。

 三人は後日英彦にそのことを報告したが、今の彼等のように落ち着きはらった態度で話すことは出来ず、我先にと自分の言いたいことを言った。比較的落ち着いている奈都貴でさえそうなった。


「向こう側の世界の住人、人ならざる者がやらかすことは大抵滅茶苦茶です。滅茶苦茶で、非常識……何をしでかすか分からない。だから怖い。……さて、私達はしばらく小さき人々の放っていた力の粒によって大変な目にあっていました。それが静まったのは予想通り、彼等の宴の仕度が一段落ついた後。音頭をとっていた女の歌のリズムが最後随分ゆったりとしたものになって」


 (さい)に飾られ(さい)(さい) (さち)が並び(こう)(こう)

 弓手(ゆんで)におなご 馬手(めて)におのこ

 一番前におわすのは 我等が姫様

 延々宴じゃ 休む暇なし

 いざ行かん 姫の下へ


 てんてこ舞い てんてこ舞い

 これで仕舞い 終いじゃ


 一度聞いただけの歌をしっかり覚えていたらしい美沙が可愛らしい声で歌った。


「そしたらそれまであった塀の海や、屋根の上にあった畑なんかがあっという間に消えましてね。同時に用意してあった料理なども消えました。宴の場に送られていったのでしょうかね……。小さき人々はすぐに消えず、女を先頭に再び行列を作りました。私と美沙は女に話しかけました。彼女は今の今まで私達が宴の準備の場にいたことに全く気がついていなかったようです……視界に入っていなかったのでしょうね、音頭をとることに夢中で」


「私達は急いでいるのでここから出して欲しい、と言ったらただ一言『そうか。それは悪いことをしたな』とだけ言って。それから皆ぞろぞろと歩き始めて、あっという間に私達の前から消えたの。途端世界はすっかり元通りになって、ようやく私と英彦様はここに辿り着いたってわけ。今頃は宴の場の飾りつけを仕上げているか、もしくはもう宴を始めているかもね」


「私達も彼らに負けない位今日という日を楽しまなければ。妖関連の話はこれ位で終わりにしましょう。ああ、そうだ。皆さんにプレゼントがあるんですよ……とてもささやかな物ですが」

 彼がそう言った途端明るくなる空気。プレゼント、という言葉には嫌な空気や疲れをぽんと吹き飛ばす力があるらしい。何、何くれるのとまるでパンくず入りの袋を持った人に群がる小鳥のように紗久羅や柚季が英彦にぐいと近づく。

 さっきまで死んだような顔をしていた人と同一人物とはとても思えない、と苦笑しつつ英彦はカバンからクリスマスカラーの包装紙に包まれた図書カードを渡した。


「図書カードです。これで本なり漫画なり買ってください。ほらそこの……臼井さんと、一夜君でしたっけ? 貴方方も是非受け取ってください」

 図書カード、という単語に一番反応したのはさくらだった。彼女にとって図書カードというのはどんなものよりも嬉しいプレゼントである。しかし彼女も一夜も初めの内は遠慮し、英彦からそれを受け取ろうとはしなかった。別の高校で勤務している司書と彼女達は何の関わりも無い。無関係度でいえば柚季と同等、或いはそれ以上であるかもしれない。

 だが英彦が何度も構わない、遠慮する必要は無いと言ったので最後は二人もありがたくそれを頂戴した。あまりしつこく拒否するのも逆に失礼だと思ったし、何より二人はその贈り物が欲しかったのだ。漫画も小説も買える万能アイテム。


「それではありがたくいただきます」

 言いながら図書カードを受け取るさくらの顔は晴れやか。皆して早速中を開け、思っていた以上の金額分のカードに驚きを隠せなかった。だからといってこれは多すぎる、もらえないと言うものは誰一人いなかった。さくらといえばあの本買おうこの本買おう、いつか出る本の為にもとっておこうとこれから先の予定を口に出し。一番貰うのを遠慮したのも彼女だが、一番はしゃいでいるのも彼女だった。


「君は本が好きなんですね。何か好きな作家さんや本のシリーズとかってあるんですか?」


「はい、沢山あります!」

 とさくらはまるで呪文のようにお気に入りの作家や本の名を言い始める。

 その中に英彦も好んで読んでいるものがあったらしく、二人してその本について語り合い始めた。もうこうなると誰の言葉も耳に入ってこない。二人だけの世界に入ってしまった彼女達をしばらくの間は皆見ていたがやがて飽き、TVとゲーム機の電源を入れて遊び始める。

 二人が皆の輪に加わったのがそれから大分後であることは想像に(かた)くない。


 全く皆先程までへとへとで死にそうだったのに、ゲームで遊ぶ内すっかり元気になっていた。プレゼントがある程度吹き飛ばした空気や疲労、その残りはゲームを通じて完全に消えてなくなったらしい。いや実際は消えていないのだろう。ただ表向き消えたように見えているだけで。遊びが生み出す力が感覚を麻痺させているだけで、遊びが終わり、パーティーが終われば疲労がぶり返し皆再び死んだようになるのだろう。ただ、妖関連で受けた精神的ダメージに関しては消えているだろう。


 途中いつの間にか紛れ込んでいた座敷童子とやっていたパーティーゲームを皆でやる。といっても四人までしかプレイ出来ないから、紗久羅と奈都貴、柚季と美沙、一夜とさくらでペアを組みちょくちょく交代しながら遊ぶことになった。英彦だけ、一人で全部やった。

 コンピューターがいない戦いというのは本当に盛り上がる。戦いの場においては全員が敵、相手が年上だろうと親友だろうとクラスメイトだろうと容赦はしない。


「あ、柚季ちょっとあたしばかり攻撃するなよ! こら、ああ、やられた! 馬鹿、柚季の馬鹿馬鹿!」

 お前あんまりコントローラーを乱暴に扱うなよという奈都貴の言葉を無視し、理不尽な攻撃を自分のプレイするキャラにしてきた柚季に抗議する。しかし柚季はどこ吹く風、すまし顔。


「ふふん、勝負の世界は厳しいのよ。……って九段坂さん酷い!」


「油断大敵ですよ及川さん」

 相手のライフを削ってゼロにするというミニゲーム、勝ったのは英彦だった。

 このミニゲームにおいてビリだったのはさくらで、一夜に思いっきり責められ、だってしょうがないじゃないと涙目になりながらも反論。一夜がコントロールを握っている時はミニゲームも勝つ時があるが、さくらがやる時は殆ど勝てず、しかも大体はビリになってしまう。一番になったものといえば運要素が絡むもの位。


 座敷童子がいない今、勝負はかなり白熱していたが英彦が若干リードしていた。子供の頃から読書なども好きだったが、TVゲームも結構好きでよく遊んでいたのだと言う。


「英彦様、インドア系人間ですものね」


「インドアっていうか、ただの引きこもり男だったんじゃないの」


「失礼な。そんなこと言っていると、先程差し上げた図書カード取り上げてしまいますよ」

 冗談ぽく英彦が言うと、紗久羅はぺろんと舌をだし。


 美沙もゲームは割と得意であるらしく、ミニゲームでの勝率も悪くなかった。

 彼女はゲームで勝ったり、クリスタルをゲットしたりするとものすごく喜んだ。そして喜びのあまり味方である柚季に抱きつくのだった。奈都貴や一夜はそれを見て、彼女とペアにならなくて本当に良かったと思うのだった。

 今もまたミニゲームに勝ち、やったやったよと言いながら柚季に抱きつく。

 一方またビリになったさくらはがっくりと肩を落とす。根本的に彼女はゲームと相性がよろしくないらしい。きっと誰がどう教えたって上手くならないだろうとその場にいた全員が思う位彼女はこういうものが苦手であった。


「本来この世界の住人じゃない……妖怪よりもゲームが下手くそとかお前って本当にすごいよな」


「う……ゲ、ゲームに人間も妖も関係ないわ」

 と言い返す声に力は無い。もしさくらが座敷童子とゲームをしていた時のことをもっとはっきり覚えていたなら「一夜だってさっきの座敷童子にコテンパンにされていたじゃない」と反論しただろうが。

 そんなさくらを擁護するように美沙が口を開いた。彼女は妖だが、こちらの世界に住み始めてから結構長いらしく、TVゲーム歴もそこそこらしい。


「よく家で他の使鬼達とも遊んでいるしね。ゲームセンターとかにも結構行くよ」


「ふうん。妖怪が当たり前のようにTVゲームとかやっているのって……なんか変な感じ」

 一夜の呟きに美沙が微笑む。


「ま、現代日本でずっと暮らしていると自ずとこうなるんだよ」


 パーティーゲームで遊んでいる時は特に妖は出てこなかった。

 最初の内はまた彼等が家の中に出てきたらどうしようと気をもんでいた一同だったが、遊んでいる内そのことを全く気にしなくなった。


 果たして平和なまま、クリスマスパーティーを終えることは出来るだろうか?

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