クリスマス・パニック!(4)
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奈都貴達は家の奥にある広いリビングに通され、ようやくその腰を落ち着けることが出来た。フローリングの床の上にはしゃれたカーペットが敷かれており、左の角の方には大きなTVがある。後は棚が数個とクリスマスツリー、食事用のテーブルがある位。ごちゃごちゃしていない分余計広く見えた。白いカーテンのつけられた大きなガラス戸の向こう側には小さな庭がある。庭、といっても雑草と木があるだけのもので、花壇やプランター等は無い、哀愁漂うものであった。
部屋の右隅に置かれているクリスマスツリーを眺め、感嘆の声をあげるのはさくら。照明を受けて輝く、頂にある黄金の星。その下に広がる濃い緑の葉と茶色の幹、もみの木を模したもの。暗く目立たぬ色をしたその木を華やかに飾るのは金銀青赤の玉、愛らしい鈴、キャンドル、靴下、カラフルなステッキ、リボン、賑やか。
「いいわね、大きなツリー。私の家にあるのは机の上に乗る小さなものだからちょっと羨ましい」
「大きくて重いですから、運ぶのが大変ですけれど。でも大きい分色々な飾りをつけられるから楽しいです。小さいツリーも良いですね……可愛いんだろうなあ」
テーブルの奥にある台所から柚季の声が聞こえる。彼女は早速紗久羅と一緒に料理を作る準備を始めていた。早く終らせて、皆と沢山遊びたいのだろう。
クリスマスパーティーと言っても、何か特別なことをするわけではない。それぞれ持ってきたもので遊んだり、紗久羅と柚季が作った料理を食べたりするだけのものだ。今回はどうしても紗久羅と柚季の遊べる時間が減るから、後日また改めて一日中遊び呆けるという計画もちまちまたてている。
という訳で、奈都貴達は家に着くなりフリーになってしまった。
「TVは自由に使って下さい。ゲームも出来ますし、TVの下にあるラックにはDVDが色々あります。自由に見てくださってかまいません」
オレンジジュースの入ったコップを三人に手渡し、それだけ言うとさっさと柚季は自分の作業に取り掛かり始めた。
完全放置状態となった三人は初めの内、色々遠慮をしていた。一夜とさくらは柚季とあまり関わりが無いし、初めて上がる家だし、奈都貴だって仲が良いとはいえ異性の家へ上がりこむなんてことは殆どないから少しばかり気が引けており、また緊張していたのだ。
しかし人間には適応力というものがある。三人共しばらくすると殆ど遠慮などしなくなり、まるで自分達の家であるかのように振舞うようになっていった。
勿論部屋を汚すとか、そこらにあるものを弄りまくるとか、乱暴に扱うとか、勝手に部屋を散策するとかそんな非常識なことはしない。ただ肩の力が抜け、自然体で動けるようになったのだ。
今は三人でTVゲームをやっている。機械とソフトは井上家のものだ。
最初にやったのはアクションゲーム。可愛らしいキャラが沢山出てくるもので、女の子にも人気がある。ただクリアするだけならそう難しくないが、それぞれのステージに隠されている『きらきら星』なるものを全て集めようとしたり、隠しステージ、隠しボスに挑戦したりすると途端に難易度が上昇し、相当プレイが上手くないとクリア出来なくなってしまうのだ。
まだ空いているデータを使い、はじめから順にステージをクリアすることにし、三人で(といっても実際は殆ど一夜と奈都貴がかわりばんこにやっている感じだっが)交代しながらプレイする。十年以上も前の作品で、一夜も同じソフトを持っている奈都貴もここ数年は全くプレイしていなかったが、操作方法や、特別なアイテムが隠れている場所、ショートカットが出来る地点は意外にも結構覚えていた。
「結構覚えているもんだな、こういうのって。……よし、きらきら星ゲット。いや一瞬ひやっとしたな……スティックの傾き加減とか間違えると駄目なんだよな、ここ」
わざと足場から落ち、そこから小さな足場へ着地し、更にジャンプしてきらきら星がある足場へ移る。これがまた難しい。勢いが足りなくても、逆に飛びすぎても駄目なのだ。
「昔よくここのきらきら星取ろうとして失敗したのを今でも覚えています。でもここよりももっと取るのが難しい場所、まだまだ沢山あるんですよね」
「ダメージ覚悟で突っ込まないと駄目って場所もあったよな。あれって最終ステージだっけ」
「最後の一個前のステージだったような気がします。それとももっと前だったかな……そのステージまで行けば分かるんですが」
一夜と奈都貴は自分の記憶を引っ張り出しながらプレイを続ける。懐かしいステージ、キャラクターの数々にかなり盛り上がっている様子。
一方のさくらといえば二人のプレイをにこにこしながら見てはいたが、彼等の会話に混ざることは殆どなかった。混ざりたくても混ざれなかったのだ。
「二人共本当上手いわよね」
「俺達が上手いんじゃない、お前が下手すぎるんだ」
一夜がさくらを呆れた風に見る。それに対し、むくれるさくら。
「しょうがないじゃない。私の家には一切ゲーム機なんてないし、一夜の家へ遊びに行った時位しかこういうもので遊んだことがなかったし、それだって随分昔のことだし……」
ゲームの経験が殆どない上、センスが全く無いさくらは最初のステージさえクリア出来なかった。踏みつけたり、アイテムを使ったりすれば簡単に倒せる雑魚敵も、彼女の前ではラスボス級の強さをほこった。押すボタンを間違えたり、ジャンプのタイミングが遅すぎて敵にぶつかったり、それじゃあ駄目だもっと早くジャンプするんだと一夜が言えば今度はジャンプするのが早すぎて、だがもう一度ジャンプする余裕は無くそのまま敵に当たったり……などというパターンを幾度となく繰り返し、挙句一夜から「処置なし」と言われる始末。その後も何度か挑戦したが、結局同じことの繰り返しで。
そんなことがあったから、さくらの抗議を聞いても一夜は少しも怯まなかった。
「それ以前の問題だ、お前の場合は。普通あれだけやれば少しは上手くなるものなのに、一切上達しないとか……」
「一夜の教え方が悪いのよ。私にスパルタ教育は合わないわ」
「深沢がものすごく丁寧に、それはそれは優しく教えてやっても駄目だったじゃないか。お前にザコ敵をちゃんと踏ませる為、タイミングを見計らって手を叩いたり、ジャンプと声に出したり、運よく上手くいく度『成功です、すごいじゃないですか』と褒めたりする深沢の姿を見て俺は涙が出たよ」
しかし一個年下の少年にそこまでやらせても、さくらの腕は全く上達しなかった。その指摘にさくらは言葉を詰まらせ。反論の言葉が思い浮かばないままそこで二人の会話は終了。一夜は再び奈都貴とゲームを交代でプレイし始める。
さくらも最初の内は若干すねていたものの、ゲーム画面を眺める内一夜としたプチ口論のことなどすっかり忘れ、にこにこ笑いながら二人がゲームを進めるのを見守った。
「三人共楽しそう」
台所からリビングの様子を眺めていた柚季が呟く。今は丁度隠しボスと戦っっているところで、コントローラーを手に持っている奈都貴が叫んだり、画面に映っているボスに今は来るなもう少し待っていろとお願いしまくったりしている。
ボスに攻撃が当たる度一夜がガッツポーズし、さくらが歓声をあげる。
「懐かしいなああのゲーム。昔よくやったっけ。柚季はどう?」
「私もやったことがある。友達の家にあったの。私も友達もあまりゲームが得意ではなくて……それでも苦労してようやくラスボスを倒した時は絶叫しながら二人抱き合ったっけ」
「あああたしも早く皆とゲームやりたい! 今すぐにでもあの輪の中に入りたい!」
「駄目よ。まだまだやることはいっぱいあるんですからね。私だって我慢しているんだから、紗久羅も我慢なさい」
ぐずる子を諭す母のような口ぶりだったから、紗久羅はおかしくなって声をあげて笑った。お地蔵様に振り回されてたまった疲れのせいで若干テンションがヘンテコになっているせいか、一度笑い出したら止まらなくなり、柚季にこつんと頭を叩かれるまで笑い続けていた。
そんな紗久羅の笑い声も聞こえない位、三人は大いに盛り上がっている。
今度は落ちものパズルゲームで遊んでいた。
「あ、ちょっと待て! 今連鎖するな、死ぬ、死ぬ!」
「勝負に待ても何も無いわ。はい、これでトドメ」
さくらが華麗に連鎖を決め、一夜のフィールドに大量のおじゃまが降る。もうどうにもならない状態、そのまま、負け。もう何度目か分からない敗北に一夜は頭をかき、叫んで、叫んで、叫んで。あっという間にぼさぼさになる頭。
アクションゲームは得意だった一夜だったが、パズルゲームになるとてんで駄目だった。連鎖を組み立てるのは苦手で、何も考えず適当に積んで積んで積みまくる。適当に積む内偶然連鎖が出来上がることもあるが、その前に勝手に自滅したり、相手から強力な攻撃をされたりすることが殆どだった。上手く連鎖が出来たとしても相殺され、相殺されなかったとしても結局その後大打撃をくらって負ける。
四人対戦でも、二人対戦でもほぼ毎回一夜がビリであった。一人でもCOMがいればまだ勝てたのかもしれないが、生憎相手は全員生身の人間。
「一夜は本当こういうのが苦手なのね。何回もやっていれば一回位は上手くいきそうなものだけれど」
アクションゲームプレイ時のお返しとばかりに冷たい目で一夜を見ながら辛らつな言葉を吐く。
「四人の中でダントツのビリ、一番ヘタクソだもんな一夜は」
「うるさい、うるさい! 三人して馬鹿にしやがって」
「俺は馬鹿にしていませんよ」
特に何も言っていなかった奈都貴が困った風に言った。一夜を馬鹿にしているのは奈都貴を除いた二名である。
「さくらはパズルゲーム、そこそこ強いね」
「ありがとう。でも貴方に比べたら全然。深沢君も強いわよね。昔から結構やっていたの?」
さくらに褒められ、少し照れくさそうに奈都貴は頬をかく。
「はい。昔よくやっていて……今も時々やっているんです。一時期はものすごくはまっていて、あんまりやりすぎて風呂に入っている時とか寝ている時とかもゲームの画面が頭に浮かんで、延々と連鎖組み立てていました」
「俺なんて今日初めてやったのに、この腕だ。すごいだろう?」
衝撃の告白にさくらと奈都貴は驚き、経験有りにも関わらず全く上手くない一夜は胸を張ってえっへんいばっている彼の頭をこの野郎とぽかぽか叩く。叩かれた方はやめろやめろと言いつつ結構楽しそうだ。
「さっきのゲームだって俺が一番上手かったもんな。一夜と奈都貴が何十回やっても出来なかった所を一発でクリアしたんだからさ」
「え、ああそういえば……そうだったっけ」
「そうだったじゃん。何さくらってばもう忘れちゃったの、酷いなあ」
さくらはそう言われ、アクションゲームをしていた時のことを思い返す。そんなに前のことではないのに妙にぼやけた映像しか頭に浮かばなかったが、確かにその中には難所を次々とクリアしていく彼の姿があった。
「パズルはやめやめ、今度はこのパーティーゲームをやるぞ! 俺これ超得意だから! 三人共ぼこぼこにしてくれる」
一夜は三人の返答を聞く前に今さしているカセットを乱暴に引っこ抜き、パーティーゲームのカセットをさしこむ。子供から大人まで楽しめるゲームで、サイコロを振ってマップを移動しながらコインを集めたり、ミニゲームで対戦したりするのだ。実力だけでなく運も大事で、ミニゲームの腕が幾らよくても運が悪ければ一位になれない――逆に言えばゲームには殆ど勝てなくても運が良ければ優勝することもある。
「どのゲームでも俺に勝つことは出来ないと思うけれどね」
「言ってろ、馬鹿。……これならさくらも出来るだろう? 昔散々俺や紗久羅と一緒にやっていたから」
「そうねえ。さっきのアクションゲームに比べればまだましかも。深沢君は?」
「俺もこれ、昔よくやっていましたから大丈夫です。結構得意ですよ」
「あ、ずるいあたしもそれやりたいのに!」
台所から四人の様子をうかがっていた紗久羅が抗議の声をあげる。それを聞いた一夜が面倒臭そうに「後で改めてやればいいだけの話だろうが」と一言。
紗久羅はああ早くやりたい、やりたいと言いながら手に持っている泡だて器をぶんぶん回し、またしも柚季に軽く頭をはたかれる。
「はいはいもうちょっと我慢しましょうね。おすわり、おかわり、お手、待て」
「あたしは犬じゃないぞ、柚季」
とすかさず紗久羅は反論。ポニーテール、まるで犬の尻尾のように揺れて。
それからまた料理に取り掛かる。時々作業をしながらゲームを始めたさくら達と、TV画面に目をやり、あれこれ口を挟んだ。
このパーティーゲームで選べるプレイヤーが操作するキャラクターは、色々なゲームの主人公や準主役キャラ、敵キャラだ。それぞれ好きなキャラを選択しゲームを進める。
このゲームは兎に角盛り上がる。
「やっぱりこういうのはCOMより人間と戦うのが一番楽しいよな」
「確かに。一人でやっているとすぐ飽きちゃいますけれど、皆でやっているといつまでも遊べる感じがします。……あ、井上先輩……コイン二十枚貰いますね」
「おう好きに……え、ちょっと待て深沢! 今俺二十枚とられるとこの先にあるクリスタルがゲット出来ない!」
「ゲットさせない為にとるんですよ」
「お前俺は年上だぞ、学校が違うとはいえ先輩だぞ、いいのかそういうことをして!」
「先輩後輩関係ありません」
奈都貴は少しも遠慮せず、すました顔で一夜からコインを奪う。ああ非情、無常……だがこれこそがこういったゲームの日常。がっくり肩を落とす一夜を見てさくらが笑う。
「アンハッピーイベントで折角集めたコイン全部失って、その後も残念なマス踏み続けて、ようやく二十枚ちょっと集めたと思ったら深沢君にとられて。災難ねえ、一夜」
などと笑っているさくらは矢張りというかなんというかミニゲームがヘタクソで、滅多に勝てなかった。また二対二のミニゲームの時彼女とペアを組んだ者は必ず負けた。
「くそ……仕方無い。とりあえずまたちまちまコインを貯めて……クリスタルをゲット出来るチャンスを待つしかない。その為にはまずミニゲームに勝たないとな……今回は二対二か……ってうわ、さくらとかよ……ああ負けた、この死神女と組んで勝てるわけがない!」
「まあ、死神なんて失礼ね!」
「そうだよ失礼だよ、この貧乏神め」
「貧乏神って何だよ貧乏神って!」
言った通りの意味だと笑う声。案の定さくらに足を引っ張られ、一夜はそのミニゲームに勝つことが出来なかった。
そのミニゲームが終わった直後、さくらが立ち上がる。
「飲み物、おかわりをもらいましょう。私コップを持っていくわ。トレイがあるから全部運べるし」
そう言ってさくらは柚季が置いていたトレイに空っぽになったコップを置いていく。一つ、二つ、三つ。全部置き終わった後さくらは「あら」と声をあげた。
「コップ……一つ足りない。誰かコップ台所に返しちゃった?」
今ここでゲームをしているのは四人なのに、コップは三つしかなかった。そのことを不思議に思い尋ねてみれば、原因はすぐ明らかになった。
「ああ、俺ほらさっきジュースいらないって言ったから。それで一個足りないんだよ。今回は俺も飲みたいな、ジュース」
一人が手を挙げた。そういえばそうだったっけとさくらは頷き、トレイでコップを運び台所へ。柚季がそれに気がつき、冷蔵庫からオレンジジュース入りのペットボトルを取り出す。
「ごめんなさい、飲み物おかわりもらえるかしら?」
「あ、トレイそっちに置きっぱなしにしちゃっていたんですね。ごめんなさいわざわざ、お客様なのに」
「そんな、気にしないで。ああ……後コップもう一つ追加で。彼、今回は飲み物が欲しいのですって」
分かりました、と柚季は新しいコップを一個取り、それをトレイに置いた。
しかしその後急に彼女は動かなくなってしまい。さくらは首を傾げる。
「どうしたの?」
「え、あ、いえ……なんか変だなと思いまして」
「変?」
「ええ。何かもやもやするんです……人……ううん、気のせいよね……勘違いよね。ごめんなさい、なんでもないです」
柚季はそれだけ言うとコップにジュースを注いだ。そのままトレイを向こうまで運ぼうとしたが、さくらが「私がやるからいい」というので結局彼女に任せることにした。
それを見送った紗久羅が、まだ微妙な表情を浮かべている柚季を見つめる。
「どうしたんだよ柚季。何か気になることでもあるのか?」
「うん……でも変ね。自分が何に対して疑問を抱いたのか、もう思い出せないの。さっきまであった考えが頭から吹き飛んじゃった。ま、きっとたいしたことじゃないのよ」
それから中断していた作業に取り掛かる。柚季も紗久羅も料理は得意で、手際が良いから作業は順調に進んでいる。早く皆と遊びたい――その気持ちも二人のペースを早くする要因の一つ。
さて、一方さくら達は。
「よしクリスタルゲット。へへん、これで六つ目だ」
所持しているコインの数も、ミニゲームで勝った回数もコインと引き換えに貰うクリスタルの数もダントツ一位。悪いことが起こるマスにも殆ど止まらず、死神女ことさくらとミニゲームでペアやチームを組むこともほぼなく、他の人によって引き起こされたアンハッピーなイベントに巻き込まれてしまうこともなく。兎に角運の良い男であった。
「いや、もう俺まじすごいよね。吉兆の固まり、吉祥の権化って感じ。それに比べ一夜君の運の悪さといったら無いね」
自分の運の良さを自慢しつつ、一夜に嫌味を言うことも忘れない。歯軋りする一夜。彼の言う通り、今回一夜はとことん運に見放されている。
「運が悪すぎるせいで、私よりも持っているクリスタルの数が少ないものね。このままいくと一夜、ビリになるんじゃない?」
さくらは地道に貯めたコインでクリスタルを交換したり、マスに隠されていたクリスタルを手に入れたりしていた。ミニゲームに殆ど勝てなくても運が良ければこうしてビリを免れることが出来る。
結局最後まで一夜は散々で、順位も当然のことながらビリに。
それからもしばらくミニゲームだけをひたすら遊んだり、別のゲームをやったり。その後、一度休憩をとることにした。
「ああ、楽しかった」
「お前すごかったな、本当に。どのゲームでも負けなしだった」
素直に感心する奈都貴。
「ふふん、すごいだろう。俺は最強なのだよ。……いや今日は本当に楽しかった」
「楽しかったって……過去形? 今日はこれで終わりじゃないわよ」
「楽しかったで間違っていないよ、俺の場合はね」
彼がそう言った刹那。さくらと一夜、奈都貴は強烈な眩暈に襲われ。
直後柚季がペットボトルを手に三人の所までやってきた。わざわざ注ぎにきてくれたらしい。あっという間に空になっていたコップに、ジュースを注いでいく。一個、二個、三個。
「あら? コップ……四つ? 何で四つあるんでしょう」
「え?」
三人はコップの数を確認する。確かに柚季の言う通りコップは四つあった。
しかし今この場にいるのは三人。他には料理をしている柚季と紗久羅しかいない。
「それはもう一人一緒に……あれ? 私達って三人でゲームやっていたんだっけ?」
さくらの問いに二人は「あれ?」と首を傾げ。
「三人でしたっけ?」
「いや、四人だったはず……COM無しで四人対戦した覚えがあるし。さっきのパーティーゲームって俺がビリでさくらが三位、深沢が二位だったんだよな。だから当然一位の人間がいたはずで、でもそいつはCOMではなかったはずで……いや、でも……四人なんていたか、ここに」
三人は各々の記憶を辿る。しかし『四人目』の存在はかなりぼやけており、いたかいなかったかさえついに思い出すことは出来なかった。いた気もするし、いなかったような気もした。柚季とさくらはコップを四人目の為に一つ追加したくだりも殆ど忘れてしまっていた。
「もしかしてこれって……」
「座敷童子……?」
いつの間にか一人増えている、だが誰が増えたのか分からない。今回起きた出来事はそれにどこか似ているような気がしたから、さくらと奈都貴はその名を思い浮かべた。
柚季の顔が青白くなり、それから真っ赤になった。
「つまり妖が勝手にこの家に上がりこんで、ゲームして、オレンジジュースを飲んでいたってこと!? ゆ、許せない!」
「落ち着け及川! 座敷童子じゃいいじゃないか座敷童子なら!」
「そうよ、柚季ちゃん。座敷童子がいる家は栄えるんだから、良かったじゃない」
最も私達の中に混じって遊んでいた『四人目』が本当に座敷童子だったらの話だけれど、という言葉は飲み込みつつ柚季をなだめる。しかし妖が関わると冷静さを途端に欠いてしまう柚季は聞く耳持たず。
「幸福を招く存在だろうが嫌なものは嫌! もう、冗談じゃないわよ、最悪、最低、嗚呼もう! 妖は私の許可なくこの家に入ってこないでよ、もう、もう、もう!」
その様子を実はさっきまでさくら達と遊んでいた『四人目』が見ていること、柚季の姿を眺めながら腹を抱えて笑っていることは誰も知らないし、気がついていないのだった。