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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
クリスマス・パニック!
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クリスマス・パニック!(2)

「遅いな……井上と及川」

 三つ葉市にある、とあるコンビニの前。そう呟きながら腕時計の文字盤を見つめるのは奈都貴であった。肩にかけているバッグを何となく叩いてみるが、そんなことをしたところで紗久羅と柚季が来るはずもなく。

 そのすぐ隣に立っているのは一夜で先程から大きなあくびを何回もしていた。

 奈都貴とちょくちょく話をしながら迎えが来るのを待っていたが、一向に来ないので段々退屈になってきたようだ。


 二人から少し離れたところで本を読んだり、果汁入りオレンジジュースを飲んだりしていたさくらが近づいてきた。


「深沢君、紗久羅ちゃん達から連絡は無いの?」


「いえ。さっきからメールしているんですが、全然返信が来ないんです」

 

「そう……」

 指定された時間からゆうに三十分は過ぎているが、紗久羅と柚季が来る様子は無い。遅れるという連絡も無いし、奈都貴や一夜のメールに返信を寄越しもしない。


「結構時間にルーズな人間っていうのはいるけれど……及川はそういうタイプには見えないし」


「紗久羅ちゃんも時間は守る子だと思うけれど」

 とさくらは彼女の兄たる一夜に目を向けるが彼は「俺は知らん」と一言。

 もしかして私達は集合する場所を間違えたのでは、と改めて自分達のいるコンビニが何店であるのか確認したが、矢張り指定された店舗で間違いないようだった。そもそも集合場所の正誤はメール返信の有無にあまり関係は無い。

 ぐっと伸びをしながら再びみっともない位大きなあくびをした一夜が突然ちょっとだけ真面目な顔になる。


「こっちに向かっている途中、妖怪とかに絡まれて動くに動けない状態になっていたりして」

 その一夜の意見に二人は「ああ」と納得。確かにありえるかもしれませんね、と呟く奈都貴。


「及川は毎日のようにこちら側へ迷い込んでしまった、或いはこちらに住み着いている『向こう側の世界』の住人と遭遇しているようですし、井上は井上で『向こう側の世界』と縁が深いですからね」


「返信が無いのはとても携帯を確認したり、メールを打ったりする余裕が無いからってことかしら。妖に会っていたら当然そんなことをする暇は無いわよね。相手がどんな人かにもよるけれど」

 奈都貴とさくらの言葉を聞き、一夜はうんうん頷く。それから組んでいた両腕を解き、自分の携帯を取り出す。今度は紗久羅に電話をするつもりのようだ。

 それにならって奈都貴も柚季に電話をかけてみる。妖達が引き起こす騒動に巻き込まれた時連絡を取り合えると便利、ということで電話番号も彼女から教えてもらったらしい。恐らく紗久羅の電話番号も知っているのだろう。携帯を未だ持っていないさくらは何も出来ず。ただ二人が電話に出てくれることを祈るのみであった。

 しかし結果は芳しくなく。


「駄目だな。電源が入っていないか、電波の届かないところにいます……ってさ」


「こっちも同じです。『向こう側の世界』の住人の中には、他の世界とは隔てられた特殊な領域に人間などの獲物を引っ張り込む者もいますからね。そういう所に引きずりこまれたのかもしれませんね」

 そういう所には電波も届きそうに無いですしとため息。


「あいつらも大変だなあ、あはは」

 まあでもどうにかなるだろう、と気楽に一人笑う一夜だったが突然笑うのをやめ、右手で顔を覆い。落胆している、或いは気がつきたくなかった何かに気がついてしまった様子。

 どうしたの、とさくらに尋ねられた一夜は。


「……事故か事件に巻き込まれたのでは、とかではなく真っ先に『妖怪か何かに出くわしたのかも』という考えが浮かぶとか、その考えを誰も否定せず、当たり前のようにその意見を受け入れて、納得して『ああ確かにそうかもしれないね』とか……俺達相当感覚麻痺ってきているなと思って」

 その言葉に奈都貴ははっとし、そういえばそうだと気がつかない方が良かった事実に気がつき、呻く。一方のさくらはその事実を突きつけられても平然としている。コンビニ前に漂うどんよりとした空気と、ぽわわんとした空気。


 普通の人は待ち人が約束の時間を過ぎても来ない場合、事故や事件などに巻き込まれたのかもしれないと考えることはあっても、妖怪に今頃襲われているのかもしれないなどとは決して考えない。妖怪に襲われたのかも、などという言葉にああ確かにそうかもしれないと本気で返すこともまずない。


「いつか妖の存在とか全く知らない人相手にも『妖に襲われているのかも』とか『今頃妖と戦っているのかも』とかそんなことを言ってしまうかもしれないなあ……しかも真顔で」


「最初の数回は笑って済ましてくれるかも分からんが、何度もやらかすと周りから痛い人認定されてしまいそうだ。嫌だぞ俺、さくらと同類扱いされるとか」

 その言葉にさくらが憤慨する。怒っているが少しも怖くないし迫力もない。ものすごく怒っていても、ぱっと見そうは見えないのはいつものことである。


「何それ。まるでそれじゃあ私がとても痛い人みたいじゃない」


「みたいじゃない、お前は正真正銘のいたいた娘だ」


「そんなことないと思うけれど。って今はそんなこと話している場合じゃないわ。これからどうする? このまま二人が来るのを待っている? それとも、二人を探しに行く?」

 さてどうしようかと一夜と奈都貴は腕を組み、思案顔。


「探しに行くと言ってもなあ。二人が今どの辺りにいるのか見当がつかないし、変な所に引っ張り込まれているとしたら見つけようが無い。その及川って子の家がどこにあるかも分からないから、その辺りを探すってわけにもいかないし」

 深沢は知っているか、と一夜が尋ねたが奈都貴は申し訳無さそうに首を横に振るのみだった。


「知りません。学校から極端に離れた距離ではないってこと位しか聞いていないです」


「下手に歩き回っても仕方が無い、か。……事故や事件に巻き込まれたという線も否定出来ないし、実は二人が集合時間を間違えているとかそういう理由も考えられるわ」


「もう少し待ってみましょう。それでも来ないようだったら、九段坂さんに相談してみます。あの人のメアドも電話番号も把握していますし」


「でも、ここで待つのは何だかつまらないな。ちょっと移動しようぜ。メールで『ここに移動した』って送っておけば問題ないだろう」

 その意見を二人は却下しなかった。絶対そうしようとも言わなかったが。

 それでは一体どの辺りに移動するか、あまりここから離れすぎるわけにもいかない、適度に時間を潰せる場所が良いなどと話し合いが始まる。


 ごそごそ、がさがさ。一夜がそんな音を聞いたのは移動先がほぼ決まった時のこと。音がした方――彼の背後にあるのはコンビニと、ゴミ箱。音の発生源はどうやらコンビニ前にあるゴミ箱であるらしい。生き物がゴミ箱に入り、中で動き回っているらしい。


「何だ、猫か何か入ったのか?」

 少し気になり、音のする燃えないゴミ用の箱の中を覗き込む。中には弁当箱の容器、パンやお菓子の袋などがあった。生き物らしきものの姿は見つからず、気のせいかと一度ゴミ箱から顔を離す。


 太くて長くて大きな舌がゴミ箱の中から突如現れたのは、まさにその時であった。一夜と、その様子を見ていたさくらと奈都貴の体が固まる。瞬きという言葉を忘れてしまった目はまん丸。

 ゴミ箱から五十センチ程出ているその舌から、無数の何かが一瞬にして生えた。それは小さいが、先端が非常に鋭くなっている歯らしきもの。ところどころ赤い何かがこびりついている。舌は「あかあ、あかあ、あかあ」と烏に似た声で鳴きながら左右に大きく揺れた。


 ようやく我に返った一夜が「うわ、なんだこいつ!?」と真っ先に叫んだ。

 危うくそいつに顔を舐められる……いや、刺されるところだったのだ。恐怖と苛立ちのあまり思わずその舌を殴りそうになったが、そんなことをしたら自分がダメージを受けてしまうということに気がつき、すんでのところで後ろにひいた腕を元の位置に戻した。

 化け物、妖――この世界の住人でないことは明らかだ。


「もしかして、あれ……ちょっと二人共、下がっていて」

 そう言って二人を下がらせるやいなや、さくらは手に持っていた果汁入りオレンジジュースの蓋を開け、えいっという気合が入っているようないないような、なんともいえない声をあげたかと思うとペットボトルに入っているジュースを勢いよくその舌へとかけてしまった。

 何をしているんだ、と一夜が怒鳴る暇など無かった。ジュースを浴びせられた巨大舌は鼓膜を突き破るような、恐ろしく甲高い声で悲鳴をあげたかと思うとみるみるうちに――まるで塩をかけられたなめくじのように縮んでいき、それからあっという間に見えなくなってしまった。


「ああ、良かった……上手くいった」

 殆ど空になってしまったペットボトルを握りしめながら、へたりとその場に座り込むさくら。ゴミ箱は哀れ、オレンジジュースで橙色に染まってしまっていた。

 恐る恐る一夜が再びゴミ箱の中を覗き込むと。


「あれ、スズメ?」

 よく目をこらしてみると一羽のスズメらしきものがゴミに埋もれていた。ジュースまみれになったそれは明らかに絶命していた。

 それを聞いたさくらが「ああ、やっぱりそうだ」と小声でぼそり。一体どういうことだと一夜がさくらの方を見る。


「桜村奇譚集に載っていたの、歯が生える舌の妖の話が。それはスズメとかウサギとか、小さくて可愛らしい動物に化けて人間や動物などの前に現れるらしいわ。その姿に相手が油断している隙に本来の姿に戻り、歯を生やした舌でべろっと舐めるのだそうよ。その時歯についた血を養分にして生きるのですって。……後、肉に歯を刺してぐぐっとやった時の感触とか、相手のあげる悲鳴とかを楽しんでいるとか。でもこの妖は柑橘系の果物に弱いのですって。たまたま蜜柑を手に持っていた人がこの妖の一撃を避けた後、とっさにそれを投げたら悲鳴をあげて逃げ出したそうよ。このジュースの中に入っていた果汁の量は大したものではなかったでしょうけれど……相手を倒すには十分だったみたいね」


「今回はお前の無駄知識が役にたったってわけか」


「無駄なんかじゃないわ。ええ、ちっとも」

 心外だとさくらが立ち上がったところで、コンビニから店員が出て来た。その人はオレンジジュースのかかったゴミ箱と、ペットボトルを持っているさくらを交互に見やり「あのう」と声をかけてきた。

 慌てたさくらは馬鹿正直に舌の妖のことを話しそうになったが、一夜が軽く彼女を突き飛ばす形でその話を無理矢理止める。代わりに一夜が店員に説明をした。


「あの、いきなりこいつの前に変な……というか大きい虫が飛んできて。こいつ虫が嫌いなものだからパニック起こして、思わず虫のいる方にペットボトルの中身をかけちまったんです。虫は逃げていきましたが、この有様で……本当すみませんでした」

 ぺこぺこ頭を下げる一夜に合わせ、さくらと奈都貴も頭を下げる。どこまで店員が一夜の話を信じたかは分からないが、とりあえず後片付けはその店員さんがしてくれることになった。三人は改めて謝罪の言葉を述べると、まるで逃げるようにその場を去るのだった。


 さてさて時間は戻りまして。かつてこの土地を守っていたらしいお地蔵様によって変な空間に閉じ込められ、挙句買い物袋を奪われてしまった紗久羅と柚季。

 しばらく呆然とその場に突っ立っていた紗久羅が怒りの雄たけびをあげ、頭を滅茶苦茶にかきまわす。あっという間にぐちゃぐちゃに乱れてしまった髪、それ以上に乱れているのは紗久羅の心。


「何だよあのクソ地蔵! 人間に仇なす地蔵なんて聞いたことないぞ、畜生! 最近の人間は自分の前を通りかかっても何もしてくれない? 知るか、そんなこと! 神聖な存在だけれど超かまってちゃんか、え? 面倒臭い奴だな! あの野郎見つけだしたら殴り飛ばしてやる」

 紗久羅の不用意な発言もお地蔵様がこんなことをした原因の一つなのだが、今の彼女は怒りのあまりそのことをすっかり忘れてしまっている。

 一方彼女の隣にいる柚季のテンションは低い。がっくりと落とした肩、死んだ目、顔色は悪い。


「……駄目よ紗久羅、相手はお地蔵様よ、石製なのよ。そんなものを殴ったら紗久羅の方が怪我しちゃうわ。どこかの家にかなづち……ううんハンマー、ハンマーがいいわね……そういうの、無いかしら。それで何回も殴ってやればいずれ粉々に砕けるんじゃないかしら」

 しかしそんな柚季の方が紗久羅以上に怒っているようだった。お地蔵様を粉々に砕かないと気が済まない様子。

 小さくぼそぼそとしていて、それでいて紗久羅以上に激しい感情の沢山詰まっているその声を聞いた紗久羅はほんの少しだけ冷静になり、深呼吸。


「兎に角ここで突っ立っていても仕方が無い。クソ地蔵を探そうぜ」

 今日の夕食用の食材を取り戻し、この世界から出る為にはそうするよりなさそうだ。その言葉に力なく頷く柚季。


 ここから、地獄のお地蔵様探しが始まった。桜町よりもずっと広い街から一体のお地蔵様を探すのは至難の業である。しかもお地蔵様は外にいるとは限らない。市内に数多くある家や建物の中にいる可能性もあるのだ。外観だけにとどまらず、家具や日用品、電気、壁紙、床、何もかもセピア色に染まってしまっている家には誰もいない。最初こそ二人は見知らぬ人の家(厳密にいうと現実世界にあるそれとは違うのだが)の中へ勝手に入ることを躊躇っていたが、何回か家の中に入ってはお地蔵様を探す作業を繰り返している内、感覚が麻痺してきたのかすっかり気にしなくなっていった。幸いどの家にも人はいなかったので、二人の行為を咎める者は誰もいなかった。


 紗久羅と柚季がこの世界に閉じこめられた時にいたのは住宅街で、見渡す限り家、家、家……家しかない。その家をしらみつぶしにあたってみたが、お地蔵様は未だ見つからず。

 相当な数を回り、相当な距離を歩いたつもりだったが実際のところ、スタート地点からそれほど進んではいなかった。そのことに気がついてしまった二人の体を襲う疲労。


 とある家の中、紗久羅はこたつの前にあった巨大招き猫に寄りかかりながらため息をついた。どの建物も住人の代わりにそういった置物があった。


「このままじゃあ埒が明かない。この街にある全ての家を探し回ったら……一体どれだけの時間がかかるんだ?」

 

「一度家や建物の中を探すのは諦めて、外を探す?」


「それもありかもな。くそ、早くしないと。なっちゃん達と合流する時間を過ぎてしまう。連絡もとれないから、現状を伝えることも出来ないし」

 無駄だと分かっていながら携帯電話を度々弄るものの、結果は芳しくない。

 怒り、苛立ち、そこにあせりが加わり心は乱れるばかり。


 結局紗久羅と柚季は家を回るのを一旦やめ、外を探すことにした。近くの家の玄関前(一応その家の中を調べたが、矢張りお地蔵様の姿はなかった)に置いてあった二台の自転車を拝借し、あちこち走り回る。走りながらも周囲にはきちんと目を向け、お地蔵様の姿を見逃さないようにする。車も走っていないし、通行人もいないからちょっと位余所見をしていても事故にあうことはまずない、というのは不幸中の幸いであった。


 しかし二人手分けして住宅街の中を自転車で駆け抜け、探し回ってもお地蔵様の姿は見当たらず。そこから少しずつ場所を変えていったが、矢張り彼は見つからなかった。

 重く暗い気持ち――あせり、怒り、絶望などが体にずっしりと乗っかってきて二人の体を重くする。段々ペダルを漕ぐのさえ億劫になってきた。仮に地蔵を見つけ、元の世界に戻ったとしても二人にはまだやることがある。奈都貴達を迎えに行ったり、食事を作ったりしなくてはいけない。皆とボードゲームやTVゲームで遊ぶ予定もある。疲れのあまり、楽しみにしていた二人でご馳走を沢山作ることさえ嫌だ、面倒だ、やりたくないと思うようになっていく。


 合流した柚季と結果を報告しあった紗久羅が自転車についていたベルを乱暴に叩いて鳴らす。それからセピア色の空をきっと睨む。


「畜生、あの地蔵野郎絶対に許さん! くそう、さっさと出てきやがれ!」

 音という音が消えている世界に、その声はよく響いた。自転車をこいでいる内すっかり火照った体はもう冬の風位では冷めやしない。


「今頃自分の姿を必死になって探しているあたし達の姿を想像して、にやにやしているに違いない。……くそ、一体どこへ行きやがったんだあのクソ地蔵」


 どこかの建物にいるのか、道端にいるのか、実はルールを無視して街の外に出ているのか。このまま何の考えもなく探し回るより他無いのか。

 幾ら考えても、冷静さを完全に失っている紗久羅の頭には何も良い案が浮かんでこない。柚季は乾いた笑い声を零しながら空を見つめていたが、一応色々考えてはいるらしい。


 それからどれ位の時間が経っただろうか。生気のせの字も無かった柚季の顔に『生』が蘇る。何か思い浮かんだらしい。


「もしかしたら……」


「もしかしたら?」

 紗久羅は柚季に顔を近づける。


 それから柚季は自分の考えを紗久羅に話してやるのだった。

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