第三十三夜:クリスマス・パニック!(1)
『クリスマス・パニック!』
十二月二十三日、天皇誕生日、祝日、冬休み開始直前、快晴。
「いやあ、今日は絶好のクリスマスパーティー日和ですなあ」
買い物袋を両手に持った紗久羅は空を見上げる。水色の空に柔らかな光放つ太陽が輝いている。太陽というのは、夏は一刻も早く引っ込んで欲しいと願うような存在だが、冬になるととてもありがたいものである。口からほうとこぼれる息と同じ色をした雲はぽつぽつと浮かんでいるが、あまり多くは無い。見ていて気持ちの良い空である。
隣を歩く柚季も同じく買い物袋でふさがった両手を小さく振りながら空を仰ぐ。
「パーティー自体は家の中でやるからあまり外の天気は関係ないけれど……でもやっぱり外の天気が良いと、家の中の空気もよりよくなるというか、明るくなるよね。雨とか降っていると、何か色々澱んじゃう」
「しかしこれだけ晴れているのに、外は寒いな。早くこの冷気とおさらばしたい。柚季、寒さに震えるこのか弱き乙女の体をその人肌で温めてくれ」
わざとっぽい調子で言いながら体を柚季の方へさっと寄せる。すると柚季は声をあげて笑いながら彼女にとんと体をぶつける。
「えいっ」
軽く体をぶつけられた紗久羅は少しだけよろめき、それから拗ねる真似をしてみせて。
「ちぇっ、残念」
その絶妙に尖らせた口をみて柚季はぷっと吹きだし、それからすまし顔。
「もう少しすれば家に着く、そうしたら暖房の効いた部屋でぬくぬく出来るんだから。後ちょっと我慢しなさい。……まあ、ぬくぬくまったりしている暇はあまり無いけれどね」
と掲げた買い物袋の中には野菜やお肉などがびっちり詰まっている。確かにのんびりは出来ないなと紗久羅は自分が持っている袋の中を覗きこんで苦笑い。
「ある程度のことは昨日の夜すませたけれど、まだまだやることはあるからね」
「今日は忙しいだろうな。でも料理を作るのは好きだから、いいや。それに柚季も一緒だしな」
「誰かと料理するなんて滅多に無いことだから、今からわくわくしているわ。今の内に大方……夕方ちょちょいと調理するだけでOKって段階まで進めておけば後の時間は自由。皆でわいわい騒ぎながら遊びましょう。深沢君も皆で遊べそうなものを持ってきてくれるって言っていたし」
「あたしも色々持ってきたしな。さくら姉は多分……そういうものは持ってこないだろうなあ。あまり皆で遊ぶようなおもちゃって持ってなさそうだし」
人数は多い方がいい、というわけで柚季とは文化祭の時少し顔を合わせた程度のさくらも今日柚季宅で行うクリスマスパーティーに招いた。ちなみに柚季の両親は祝日にも関わらず仕事があり、夜遅くまで帰ってこない、もしくは今日は帰って来ないらしい。あまり平日も休日も関係ない仕事だとか。
「後のメンバーは……九段坂のおっさんと美沙さん、それから人数嵩増しする為に呼んだうちの馬鹿兄貴」
「嵩増し要員扱いされるお兄さん可哀想……」
と柚季は紗久羅の家へ遊びに行った時ちらっと見ただけの兄・一夜に心から同情する。妹の親友という限りなく無関係に近い人間の家で行なわれるパーティーに半ば無理矢理参加させられることになった一夜。タダで豪華な料理が食べられる、男子は他にも奈都貴他一名いるから安心しろという言葉を聞き渋々参加することを承知した……ということを紗久羅から聞いた時も何だか申し訳ない気持ちになったものだ。
「可哀想なんて思わなくたっていいよ、あんなの。とりあえずなっちゃん、さくら姉、兄貴三人を近くのコンビニで待たせて」
「それでもってその三人を後で私と紗久羅が迎えに行く、と。九段坂さんは地図を元に自力で来るのよね」
「しかしそれだけの人数を余裕で入れられるなんて、柚季の家はすごいよな、豪邸だよなあ」
茶化すように言った紗久羅、それに対し柚季は頬を赤くしながら首を横に振る。
「そんな、全然豪邸とかじゃないから。紗久羅は何度か遊びに来ているんだから、分かるでしょう? 豪邸っていうのは九段坂さんの家のようなものを言うのよ」
「充分豪邸だよ、あたしからしてみれば。あたしの家七人も中に入れたら爆発しちまうもん。五人でさえギリギリ。狭いとはいえ、個室があるのが奇跡な位だ。柚季も見ただろう、あたし達家の狭さは」
そう問われ、言葉を詰まらせる柚季だった。そんなことないよ、充分広いよとは決して言えなかったのだ。結局その問いには答えず、咳払い。
「ま、まあ……それなりの広さはあるわね、私の家は、うん。もう少し呼んでも大丈夫だったかもね、ちょっと材料買いすぎちゃったし、椅子も両親の仕事仲間が時々すごい人数来ることがあるから一応あるし……折角だから、紗久羅の小さい頃からのお友達も呼べばよかったのに。あざみちゃんと咲月ちゃんだっけ?」
柚季は紗久羅と初めて会った日、あざみと咲月の顔をちらっとだけ見ている。
輪郭も目鼻口の形などもかなり曖昧な顔を思い浮かべながら聞くと、紗久羅は何故かあははと笑いながら頬をかく。
「いや、あの二人が来ると何かと面倒かなと思って」
「面倒?」
「パーティー中、家の中に妖怪共が現れたら面倒じゃん。あの二人は向こう側の世界のことも、その世界の住人のことも知らないんだから。それにあの二人とは二十五日一緒に遊ぶし」
その言葉に柚季はひそめ、口を歪め、それはそれは嫌そうな表情を浮かべた。
「妖達が現れて色々騒動起こすの前提なの?」
その言葉にあっさり頷く紗久羅。柚季よりは妖達に耐性があるのだ。耐性がある、というよりはただ単純に色々諦めているだけなのかもしれなかった。
「柚季の家に着くまでにも何か起きるような気がする。……柚季、今回のメンバーを考えてみろよ。向こう側の世界に遊びに行ったり、妖怪関連の事件に巻き込まれたりしているあたしやなっちゃん、さくら姉や兄貴と霊力を持っていて、しょっちゅう妖怪に絡まれている柚季と化け物使いとしてあいつらと色々関わっている九段坂のおっさん、おまけに本物の妖怪である美沙さんだぜ? こっちとあっちの境界をより曖昧にし、妖怪達をこっちに呼び込む装置みたいなのになっているのがわんさかいる。何も起きない方がおかしい位だと思うよ」
自分の言った言葉に自分で納得している風にうんうんと頷く紗久羅。一方柚季はといえば、その場にしゃがみこみ頭を抱えて唸り始める。
考えることを避けていた、目を背けていた事実を突きつけられたからだ。
しばらく唸った後、さっと立ち上がり。
「もう、紗久羅の馬鹿、馬鹿。最初からそんな考えでどうするのよ。もっと前向きに考えてよ。今日は、今日『こそ』は何も起こらないって。紗久羅は私と違って妖達のことが嫌いじゃないから、そういうこと平気で言えるのよ」
目を閉じ、腕を組みぷいっとそっぽを向いた柚季を見て紗久羅が力なく笑う。
「あたしだって妖なんて好きじゃないよ。特にどこかの化け狐のような奴はな。あいつらのことが好きな奴なんてさくら姉と九段坂のおっさん位のものだ。そりゃあ人間らしいところもあるし、害の無い奴も多いけれど……それでも、好きになれるかと聞かれたら」
答えはNOだ、と手でかいた頭、髪が乱れ。風がぴゅうと吹いてますます乱れるのを感じて慌てて修正。
だったら、とちょっと怒り気味に柚季。閉じっぱなしの目の上にある眉はきっと吊りあがっており、割と本気でご機嫌を損ねている様子。妖のことが絡むと怒ったり、ご機嫌斜めになったり、弱虫になったりかと思いきやものすごく強気になったり……と感情が激しく動くのだ。
「そんな不吉なこと、言わないでよね。今日は大丈夫、何も起きない。起きるはずが無い! 無事に家に着いて、お客さんを迎え入れて、料理作って、ゲームして、お食事して……紗久羅はこの家に泊まって、次の日私と一緒に登校する。その間、妖にちょっかいを出されることなんて無い、絶対無い、あるはずが無いの!」
思いを言葉に乗せ、口にすれば言霊の力でその通りになるかもしれない。いやきっとその通りになる。それを信じ、柚季は強い口調ではっきりと、大きな声で言った。
しかし世の中には強く願えば願うほど、それとは正反対の出来事が起きてしまう――という残念な例が数多くあり。
目を瞑り、その場で仁王立ちしたままの柚季。分かった、分かったからそろそろ機嫌を戻してくれよ、なと困ったように笑いながら彼女のご機嫌をなおそうとする紗久羅だったが。柚季に色々話しかけていた紗久羅が「あ」と何かを見て驚いたような声をあげる。
「……なあ、及川さんや」
「何よ」
「今日は妙なこと、普通じゃありえない出来事は起きないんだよな」
「ええ、そうよ。起きるはずがない」
「及川さんや。……目の前にあるあれを見ても、そう言いきれるかね」
疲労とため息混じりの声を聞き、ようやく柚季は目を開ける。そして紗久羅が言った通り前を見た。そして口をぽかんと開け、目をぱちくりさせることとなる。
何の変哲も無い、ブロック塀に囲まれたアスファルト製の道路。そのど真ん中に――お地蔵様が一体、あった。
特筆する点など一つも無い……全国どこにでもありそうな、膝丈位のサイズのお地蔵様。目を瞑り、穏やかな笑みを浮かべながら二人の目の前にいた。
道路のど真ん中にお地蔵様があるというのはどう考えても『普通』のことではない。柚季はそれを見た瞬間軽い眩暈を覚え、その場でふらりよろめき。叫ぶことも何かしらの言葉を発することも出来ず、かといって口をかたく閉じることも出来ず、エサを食べる鯉のそれ同様ぱくぱくと開けては閉め、開けては閉めるを繰り返す。その姿の間抜けっぷりは半端無い。
一方の紗久羅は柚季よりかは冷静で、ううむと唸り右手を腰、左手をあごにながら目の前に鎮座しているお地蔵様を凝視する。
「お地蔵様だ。紛うことなきお地蔵様だ。普通……のお地蔵様に見えるけれど、まあ、普通じゃないんだろうな」
最後のだろうな、の部分は言葉というよりため息という方が近い。
外に飛び出していた魂を体に呼び戻した柚季は首を激しくぶんぶん振り、それから力なく笑った。魂が戻ったというのにその瞳にはおよそ生気というものが無く。
「き、きっと誰かがどこかでお地蔵様を買って……この道を通って帰る途中うっかり落としちゃったのよ」
「あんなに重そうなものを? ここまで運んできたのか?」
「車か何かで運んだのよ。トランク辺りにでも積んで」
「トランクに積んでいたのに、落ちたの? 道のど真ん中に、しかもうまく立った状態で?」
いつもならばありえない位冷静な口調でツッコミを入れる紗久羅に対し、柚季の声は上擦っており、額からだらだらと汗を流している。ええと、ええととどうにか上手い理由を考えようとし、それから「そうだ!」と大声あげ、手をぽん。
「も、もしかしたら買ったのではなく、つい出来心で盗んじゃったのかも! けれど途中、ああやっぱりこんなことはするべきじゃないという考えに至って……この場に置いたの!」
「あんなどう見てもくそ重そうなお地蔵様を手で運んだわけ?」
「手じゃなくて、自転車のかごに乗せてとか」
「あんなものを乗せて? 運転し辛いだろうし、第一目立つだろう」
「それじゃあ車で運んで、途中止まって」
どうにか目前にある光景を『向こう側の世界の住人』と結びつけることなく説明しようと必死である。そのあまりに必死な姿に紗久羅は彼女をただひたすらに哀れと思うのであった。
あれこれ考え、もう何がなんだかよく分からないことを散々言った挙句柚季はとうとう考えること、無理矢理説明することを放棄した。「ああ、もう!」と叫び、両手を天へと突き上げ、爆発。
「兎に角! もう目の前にあるあれが何であろうと関係ない。無視して先へ進んじゃえばいいのよ。邪気みたいなのは感じないから、きっと害は無いわ、害は」
と言うやいなや駆け出す柚季。果たして本当に無事彼の横を素通りすることは出来るのだろうかと疑問に思いつつ紗久羅もそれに続いて走り出す。
もともと割と近くにあったお地蔵様との距離はぐんぐん縮まっていき、あっという間に彼の横を通り過ぎた。それから二三歩程進んでも特に変わったことは起きず。
ああ良かったと一瞬二人は安堵した。そうほんの一瞬だけ。
「待てい」
背後から聞こえた、随分年のいった男の声。びくんと揺れた後一気に冷えた肝、ぴたり止まる足。柚季は今にも泣きそうな顔、紗久羅はやっぱりかというような顔をしながら嫌々後ろを振り返る。
見ればこちらに背を向けているはずのお地蔵様の体は百八十度回転しており、二人に正面を向けていた。瞑ったままの目からはちくちく刺さる視線が放たれているように感じられる。おまけに全身からは強いオーラを放っていた。それは出雲達妖怪の放つ邪悪なものではなかったが、清らかで落ち着く癒し系オーラと呼べるようなものでもなく。他人に強いプレッシャーを与える、とても息苦しいものであった。
「紗久羅、空耳よね。今の空耳よね」
両手で顔を覆い、力なく言う柚季に何も言うことが出来ない紗久羅。その言葉に答えたのは柚季から生気を奪った張本人。
「空耳なものか。私は喋っている。そしてお前達はこの私の声を聞いているのだ」
えらく尊大な口調。自分のことをとても偉いものだと思っていることがびしびしと伝わってくる。紗久羅は顔を歪め、それから嘆息。何かあたし達に用でもあるのか、と会話が出来ないレベルまで落ち込んでいる柚季に代わって聞こうとするのよりも早くお地蔵様が喋りだす。
「何故私を無視した」
「はあ?」
「私を前にして、手を合わせることも声をかけることもなく、あまつさえこの私を関わってはいけないもの扱いし、走って私から逃げようするとは」
何が何だか二人にはさっぱり訳が分からないが、兎に角目の前にいるお地蔵様は相当怒っているようであった。
「今の人間達は皆、そうだ。私のことを路傍の石ころと同じに見ている。昔は何かある度私にお願いします、お願いしますと頭を下げ、私がその願いを叶えれば心からの礼を述べてくれた。特に用が無い時でも私の前を通る時は必ずといっていいほど立ち止まり、手を合わせてくれたものだ。それなのに今は、今は」
「誰も自分に構ってくれない、寂しいってか? はん、知るかよそんなこと」
面倒なのに絡まれ、随分といらついていた紗久羅はついつい本音を漏らしてしまう。
それがいけなかった。お地蔵様の放つオーラが変わる。近くにいる者の身を焼き尽くさんとするそのすさまじいオーラをまともに受けた紗久羅はぎょっとし、身を縮める。可哀想に、隣にいる柚季などぶるぶる震え悲鳴とも呻き声ともつかないような声をあげている。
「この私に向かってそのような口を……ええい、何と生意気な小娘だ! 昔は何かと私を頼っていたくせに、妖達の数が減り、私の守りが無くてもある程度平穏に生きられるようになった途端見向きもしなくなり、私の存在を忘れ、敬意を忘れ、私がいかにありがたい存在であるかも忘れ……散々利用した挙句、必要なくなれば即捨て、忘れる愚かな生き物! 許すまじ」
お地蔵様は突如数十センチその体を浮かせたと思うと、急降下。どおん、という音、衝撃、揺れる地面。それを何度も何度も繰り返す。地団駄なんてそんな可愛いものではない。
揺れる地面の上、まるで海底で漂うワカメのようにゆうらゆらと体を揺らす紗久羅と柚季は大混乱。妖以上にある意味面倒そうな存在の登場にただただ戸惑うしかない。
ようやく飛んだり跳ねたり状態から元に戻ったお地蔵様は今の今まで閉じていた瞳を開け、二人を睨みつける。その目の迫力といったら無い。人々を妖達の魔の手から守っていた者の目とは到底思えない位だ。
「お前達には今から、この街のどこかに今から移動する私の姿を探し出してもらう。私のいる場所を見つけたら、この私に手を合わせ、心から謝罪し、そして同時にこの私に対し、感謝の意を述べるのだ」
突然の壮大(?)な罰ゲーム実行宣言に二人は目をぱちくり。ややあって我に返れば、当然出てくるのはその宣言を拒否する内容の言葉。
「何訳の分からないこと言いだすんだ。そんなこと言われて、はいはい分かりましたやります、やればいいんでしょうと言う奴なんかいるもんか。あたしはやらないぞ。もう、さっさと行こうぜ柚季」
「そ、そうね。私達にはこれからやることが沢山」
そう言ってその場から立ち去ろうとしたのだが、そう簡単にそんなことが出来るはずもなく。
「渇!」
お地蔵様が唐突にあげた声。聞いた途端体内で爆弾が爆発したような衝撃をうけ、二人は痺れ、固まる。内蔵が衝撃でぐわんぐわんと揺れている。あんまりびっくりして思わず抱き合った二人をお地蔵様は怒りに満ちた目で睨み続け。
「お前達の意思など関係ない」
お地蔵様の体が再度、浮く。今度は数十センチどころではなく数十メートル上まで。途端青空――お地蔵様の頭上を中心に――がセピア色に染まっていく。
惚れ惚れするほど素早く変わっていく色。最初は空だけだったのが、やがて建物や道路、電信柱諸々までセピア色へと。同時に鳥の鳴き声、遠くを走る車の音、人の話し声等……音や声が消えていく。
世界の全て――紗久羅と柚季、お地蔵様を除いて――がセピア色になり、生き物が住んでいることを感じさせる音が全て消えてしまうまで、そう時間はかからなかった。勝ち誇ったような笑みを浮かべるお地蔵様。もし出来るなら、今すぐあの顔にパンチを入れてやりたい、という紗久羅の思いに彼は恐らく気がついていないだろう。
「お前達を『閉じられた世界』に閉じ込めてやった。お前達人間が自力でこの世界から抜け出すことは出来ない」
柚季が悲鳴をあげ、頭を抱える。
「数日前と同じような展開じゃないの……」
「ああ、そういえばこの間気持ち悪い妖怪と、赤姫様と、気持ち悪い変態に出くわしたんだっけ」
「何をぶつぶつ言っている? 兎に角、この私のいる場所を探せ。家や店など全ての建物には自由に出入りすることが出来る。この世界にある道具も自由に使うことが出来る。私は街からは決して出ない。街のどこかに必ずいる。……ああ、後」
とお地蔵様が言った途端、紗久羅と柚季は急に体が軽くなるのを感じた。
その原因が、お地蔵様の両脇にぷかぷか浮かぶ買い物袋であることに二人は程なくして気がつき、叫び声をあげる。今日のクリスマスパーティー用の食材がたんまり詰まった袋。それが今自分達の手を離れ、お地蔵様のところにある。
二人は変な世界に閉じ込められた上、人質(物質?)をとられてしまったのだ。二人の驚く顔が余程愉快だったのか、お地蔵様は高笑い。最早守り神のすることではない。
「返して欲しくば、私のいる場所を探すことだな」
謝罪の言葉及び自分に対する感謝の言葉を聞く為なら、手段は選ばず。無理矢理言わせる言葉に一体どれだけの意味、価値があるのか分からない。しかし今の彼はそんな意味があるのか分からないものでも、欲しいらしい。
天高く飛んでいった地蔵様、あっという間にいなくなって、消えちまって、さようなら。