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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
赤姫様
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第三十二夜:赤姫様(1)

 赤姫様、という妖がいる。黒く艶やかな髪に真っ赤な飾りをつけ、唇は鮮やかな赤、手の爪も赤く、打掛の色も赤い――全身赤尽くめの身の毛もよだつ程美しい女だそうだ。

 彼女は手燭を常に持っていて、そこにある赤い蝋燭に灯る炎に『花』を入れるのだという。その花というのは魂や力であるらしい。


 邪悪な魂、歪んだ力を好むという赤姫様は人の世を彷徨う妖達の魂をとっては喰らい、とっては喰らいを繰り返すのだという。

 人に害なす邪悪な妖達を喰らう彼女の存在は恐れられる一方ありがたられてもいたようだ。



『赤姫様』


「もう、いい加減にしてよ……」

 及川柚季は目の前に現れた者の姿を見、短い悲鳴をあげ、それから今にも爆発しそうな恐怖と怒りを堪えつつため息をつく。望まぬ邂逅が原因か手に持っているカバンが急に重みを増し、それがまた柚季を酷く憂鬱にさせた。


 十二月、今にも落ちそうな日、薄暗い空。叫びたくなる位冷たい風に吹かれ、柚季の髪は激しい舞を舞う。顔にかかった髪を直したかったが、今はそれどころではなく。

 目の前にいるのは、小柄な男。小柄な人間の男だったならば何の問題も無かったが、彼はどこからどう見ても人間ではなかった。


 土色の肌、定規を使って引いた線の様な瞳、紫色のそれはもう大きくて立派なたらこ唇。両頬についている大きなこぶには小さな目、鼻、口がついており、柚季の方をじろりと見ながらにたにた笑っている。頭に被っている編み笠から生えているきのこには口があり、鼠に似た声でけたけた笑い続けていた。

 墨染めの衣、首に下げているのは数珠ではなく……小動物の、髑髏。


 人間ではない。人間であるはずがなかった。


「儂の姿が見えるのか。おうおう、確かに素晴らしい力を持っているようじゃ。よいの、よいの、喰ったらさぞ美味かろう。それにしても可愛いらしい童だな、細くて綺麗な腕をしておる……折りたいのう、折りたいのう。何度も、何度も、折りたいのう。愛らしい花咲かせる枝を手折るのは、好きじゃ。花のあげる悲鳴を聞くのが、儂は三度の飯よりも好きじゃ」

 冗談ではなく本気で言っていることは、一目瞭然。きっと今まで何度もそうやって人間などを虐め、殺め、喰らってきたのだろう。

 柚季が唾を飲み込むのを見て男と、こぶにある顔と、笠のきのこが先程までより大きな声で笑った。


「逃げんのか、え、逃げんのか。儂を見たら皆悲鳴をあげながら逃げるというのに。ほれい、逃げてみい、逃げて、逃げて、逃げて……最後、疲れ果て、倒れ、その瞳に絶望の色を浮かべてみろ」

 男の首がごきぐきごきりという音と共に不自然な方向に曲がる。

 柚季は叫びたくなるのを必死に堪えながら、右足のつま先で地面を軽く叩いた。逃げる準備でもしておるのか、と笑う男。


「儂は数百年ぶりにここ、人の世へ来た。どうやら境界を飛び越えてしまったらしい。しかし、今の人間共には儂の姿が見えない様子で……おまけに、奴等に手を出すことも出来なかった。触れることも、声を聞かせることも出来なかった。儂の存在はこの世では薄くなるらしい。昔はそんなことはなかったのに。つまらなくて、つまらなくて、死にそうだった。……そんな時お前さんが現れた。お前さんには触れることも出来るじゃろう。うひひ、素晴らしい玩具じゃ。ひひ、思う存分楽しむぞう。ほれほれ、逃げよ、逃げよ」

 柚季は無言を貫き続ける。本当は一秒たりとも見ていたくない、男の気色悪い顔を睨みながら。視線は逸らさない。下手に視線を外せばよくないことが起きることが分かっているからだ。

 しかしこのまま最も憎悪すべき存在である妖と、永遠に睨めっこをしているつもりは勿論毛頭無く。


(勿論逃げてやりますとも……ええ、逃げますとも。ああそれにしても腹が立つ! 明日紗久羅と深沢君に思いっきり愚痴ってやろう。誰かにぶちまけてやらなければ気が済まない。全く次から次へとこいつらは)

 猛烈な怒りがぐつぐつ音をたてている体内。爆発、噴火は時間の問題。

 口まで出かかった怒りのマグマをすんでのところで飲み込み、柚季は首を小さく振った。


(駄目駄目、冷静にならないと。九段坂さんにいつも言われているじゃない……熱くなって、感情を暴走させても良いことは何一つ無いって。耐えろ、耐えろ私。そして準備をするんだ……)

 爆発しそうな様々な感情を必死に抑えつつ、柚季は心の中で呪文を唱える。

 右足、左足、かかと、つま先で地面をリズムよく叩く。心地良いそのリズムが柚季の心を落ち着かせる。そしてこれはただ心を落ち着ける為だけにやっていることではなく。これからとる行動の準備も一緒にしているのだった。

 男は柚季のその行動を止めようとしない。余裕のある表情で彼女を見守っていた。彼女が何をしようが無駄だと思っているのだろう。


(私が力を持っていることが分かっているくせに、随分余裕じゃない。私より強い力を持っているから? ううん、こいつ、そこまで強くない。最近は大分相手の力量も分かるようになってきた……分かるようになってきてしまっている。ったく、私が人間だからって舐めているみたいね、こいつ。大した力なんてもっていないくせに。とはいえ油断は禁物……)


「なんじゃ、まだ逃げんのか、え、え? 逃げぬというなら……」

 柚季に一歩、二歩と近づく男、伸びる短い手。しかしその手が柚季に届くことはなく。


 大きな悲鳴。突然柚季のあげた声に男は一瞬怯み、体を反らす。その隙をついて柚季はくるり、回れ右。そして、走る、走る、走る。

 男の発した悲鳴のような、笑い声のようなものが柚季の背中に刺さった。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつ柚季が背後を振り返ると、彼女を追いかけるべく男が丁度走り出したのが見える。彼は柚季が力つきるまで追いかけ続けてくるに違いなかった。



 そこから柚季と男の追いかけっこが始まった。男は速すぎず、遅すぎずのペースを保ちながら柚季を追う。すぐに追いかけっこが終わったらつまらないと思っているのだろう。じわじわと獲物を追い詰め、疲れと絶望で体が動かなくなったところを――という寸法らしい。

 柚季がスピードを速めれば自分も速め、遅くすると程よくスピードを落とす。


 どこに向かうでもなく、ただ闇雲に走り続けた。どこへ行こう、次はどちらの道へ進もうなどといったことを考えている暇など、今の柚季には無い。彼女はあることに集中していなければいけなかった。

 五分十分走ってもまだ男は柚季を追いかけ続ける。時々聞こえる奇声が柚季に吐き気をもたらし、また心を揺らす。しかしそれでも柚季は走り続けた。……運動神経が馬鹿でなくて良かった、それなりにあって良かったと心の底から思いながら。


 住宅街、道と道が絡み合う巨大で複雑な迷路。目に飛び込んできた角を右に曲がり、猫が眠っている塀の横を通り過ぎ、小さな公園に入り、遊具の間をすり抜け、反対側にある出入り口から出……。途中バランスを崩し危うく転びそうになった時は心臓が止まりそうになった。

 もう今自分がどの辺りを走っているのか、家からはどれ位離れたのか――そういったことは分からない。そもそもそんなことを考えてなどいられない。考えては、いけない。


(全くもう、今月これで何度目よ! 本当嫌になっちゃう! 妖怪とかと少しも顔を合わせることが無かった日の方が少ないんじゃないかしら!)


 遭遇した妖達を追っ払ったり、退治したり、彼らから逃げたりする為に力を使えば使う程、柚季が内に秘めていた力はどんどん目覚めていく。結果初めて力が発現した三ヶ月前とは比べ物にならない位柚季は強くなった。


 強い力は妖達を惹きつける。強くなればなる程彼女に絡んでくる妖の数は多くなっていき。幸い遭遇する妖の殆どは人を傷つけたり殺したりするような者ではなかった。人間達にちょっかいをだして楽しむ――という類の者達ばかり。

 しかしそんなほぼ無害な奴にさえ柚季は会いたくなかったし、中には今柚季を追っている男のような者もいるから困る。忌むべき存在と毎日のように遭遇したり、彼らに体を触られたり、悪戯されたり、自宅に侵入されたり、殺されかけたり、喰われかけたり、追い掛け回されたり……散々である。


 それでも柚季が今日(こんにち)まで五体満足無事であるのはひとえに英彦の教えのお陰であった。力をもっていても、その使い方が分からなければ意味が無い。特に強い力は使い方を間違えれば自身の身を滅ぼすことになるから尚更ちゃんと理解していなければならない。力というのは使い方を理解し、コントロールして初めて『力』となる。

 柚季はいやいやながらも使い方などを学んだ『力』を用い、自身の身を守る。

 基本的に自身の身を守る以外のことにその力を使うつもりは無い。この力を用いるような仕事をするとか、すすんで妖関連の事件を解決する為に動くとか――自らの意思で妖達と関わるつもりは毛頭無いのだ。英彦もその辺りのことは理解しているから、彼女に「その力を将来世の為人の為に使ってみてはどうか」といったことは一言も言わないし、必要最低限以外のことを教えはしない。

 

 全神経を集中させた両足を動かし、柚季は走り続ける。足が地面を蹴る度、しゃん、という音が聞こえる。だがその音は柚季にしか聞こえない。数十メートル後ろを走っている男の耳に届くことは決してない。

 何分走ったかとか、数日後紗久羅達と一緒にやるクリスマスパーティーのこととか、もう本当うんざりしちゃうとか……そういったことはなるべく考えないよう努める。集中すること、感情を高ぶらせないことは上手く力を使う上で重要なことだと英彦から常日頃言われていた。


 どれ位走り続けたか。突如背後から聞こえる、呻き声。それを聞いた柚季は走るのをやめ、ばっと後ろを振り返る。

 見ればついさっきまで柚季を追いかけていた男が足を止め、喉を掻き毟り、苦しげな声をあげながら悶絶していた。しばらくの間はかろうじて立っていたものの、やがてがっくり膝を折りそれからあっという間に地べたへ倒れこんでしまった。


「苦しい、体が思うように動かぬ……なんだ、一体なんなのだ」

 自分の身に起きた出来事が理解できず、震え悶えながら血走った目を空へ向ける。それを見た柚季は「やった」と荒い息混じりに言い、笑みを浮かべた。

 少し息を整え、それから両手を腰にやり誇らしげに胸を張ってみせる。


「上手くいった……初めてやったから上手くいくか不安だったけれど」


「どういうことじゃ、なんじゃ、苦しい……他人を苦しめることは好きだが、自分が苦しむのは、嫌だ……」


「いい性格していますこと。ふん、そんなに知りたいなら教えてあげる。……私はね、ただ逃げていただけじゃないの。逃げながら自分が足をつけた場所に妖にとっては毒である清浄な気を『置いた』のよ。あんたは私が走った所と同じ所を走っていった……そして私が置いた気を知らず知らずの内に拾いあげていった。一つ一つは微々たるものだけれど、塵も積もれば山となる。少しずつ、少しずつ体は清浄な気で満たされていき……異変に気がついた時にはもう手遅れ」

 柚季の解説に、男が呻き声を返す。


「まああまり強い妖には効かないらしいし、獲物をじわじわ追い詰めるようなことはせず、すぐさま襲いかかってくるような奴相手には使えない手だけれど。……あんたみたいに大して強くなくて、いやらしい性格しているような奴とは相性がいいみたいね。ま、あくまで厄介な相手から逃げ切る為の手段であって、相手を倒す為のものではないらしいけれど」

 言って、くるりと男に背を向ける。その場から立ち去ろうとしているのだ。


 妖とはもう一秒たりとも関わりたくなく、少しでも早く忌々しい存在から離れたかったのだ。後ろに転がっている男がこの世界でも存在を保つことが出来、かつ人間に色々悪さをしているようだったらトドメを刺したが、そうでないならわざわざこれ以上彼の相手をする必要は無い。柚季の目的は彼から逃げることであって、彼を退治することではないのだ。

 男は何の力ももたぬ普通の人間に触れるが出来ない。それならば人間が彼に触れることも出来ないだろう。


(一応後で九段坂さんに報告しておこう。それと『化け物帳』に今日の出来事を記入して……ああ面倒くさい)

 化け物帳というのは一冊のノートで、自分が遭遇した妖のことについて記入するもの。それを定期的に英彦に見せ、彼からこれは恐らくこういう妖だとか、またこれと会った時はこうするといいとかそういった話を聞くのだ。


――及川さんには酷なことかもしれませんが……自分の身を守る為には、彼ら『向こう側の世界』の住人達のことも勉強する必要があります。より適した行動をとる為にはどうしても必要なことですからね。貴方が彼らを嫌っていることは百も承知ですが……こればかりは仕方が無いことなのです――

 と申し訳無さそうな顔をしながら英彦が言ったのを柚季は覚えていた。


――記録しておけば、何かあった時に読み返すことも出来ますしね。それに、紙に自分の体験した出来事を書く事で……ほんのちょっとだけ気が晴れるでしょうし。日記とかと同じような感覚ですね――

 などと言われて書き始めた『化け物帳』……すでに大量のページが文字でびっちり埋まっている。この先もずっと書き続けたら、死ぬまでの間にどれだけの冊数になるだろうか、と考えただけでぞっとする。


「それにしても……ここ、どこなんだろう? あまり足を運ばない方へ来ちゃったのね」

 柚季はもう後ろで倒れている男のことなど頭にない。完全に油断していた。


 だから自分の胴に何かが巻きつき、勢いよく後ろに引っ張られた時は一瞬何が起きたか分からなかった。思いっきり地べたに叩きつけられた柚季の体。幸い頭はぶつけなかったが、お尻を強く打ってしまった。


「いたたた……な、何!?」

 叫ぶのと同時に何かが柚季の眼前に現れた。男が息を荒げながら柚季の顔を覗き込んだのだ。たらこ唇、顔つきのこぶ、どくろ製数珠、血走った目、鼻水、よだれ。

 柚季の胴にからみついているもの。それは笠についていたきのこが伸びたものであった。男の体力が限界なのか締める力はそこまで強くない。


「お前さんを喰らったり、その細い手を折ったりする程の力は無い……じゃが、ひひ、ちょっとした嫌がらせをすることは出来る。その顔を舐めまわしてやろうか、その口を儂の口でふさいでやろうか、ひひ、ひひい……油断大敵じゃ、小娘が……ひひひっ」


 男のその行動は、自身の人生を完全に終了させることになる。

 妖怪に思いっきり触られた上、舐めまわしてやるなどという言葉を聞いた柚季は平静を失い、大きな悲鳴をあげた。同時に彼女は自分を捕らえているきのこが伸びたものを握り、それに力を注ぎこんでやる。今度は男、及びきのこが悲鳴をあげる番だった。きのこは柚季から離れ元に戻り、男は倒れ。


「いや、いや、いや、触らないでこの化け物!」

 力を込めた柚季の拳は男の頭に直撃。……トドメ。


 男は白目を剥き、それからぴくりとも動かなくなった。

 がちがち震え、肩で呼吸をし目に浮かんだ涙を拭き、もう動かない男に罵声を浴びせまくり。ややあってからようやく落ち着いた柚季は男が死んだことを確認するとため息をついた。


「ああ……死んでいる。蚊とかは叩き殺しても何も感じないけれど……なんというか、一定の大きさがあるものを殺しちゃうと……なんか気が咎めるのよね。全くもう、そのまま黙って私が去るのを見送っていれば……運が良ければ死ななかったかもしれないのに。ああそれにしても気持ち悪かった……」

 頬が冷たい何かがついているのを感じ、それを拭う。最初は涙かと思っていたが、どうやら男のよだれであったらしい。またも短い悲鳴をあげ、手の甲についてしまったものを地面にこすりつける。かなり痛かったが、それ以上に一刻も早くこれを手から離したいという気持ちが強かった。


「後でしっかり体を洗わなくちゃ。汚らわしい。ああもう嫌い、嫌い、大嫌い! 妖怪嫌い、大嫌い!」

 男と追いかけっこしていた時は必死に抑えこんでいた感情を爆発させ、妖怪に対する恨みつらみを吐きまくる。

 それからしばらくしてようやく落ち着いた柚季はその場から去ろうとした……が、あることを思い出し動かしかけていた足をぴたっと止める。


「こいつ、一応『葬送』しておこうかな。幾ら人目につかないとはいえ、死体を放置するのは……ああ嫌だなあ、こいつに触らないといけない」

 柚季は男の前でしゃがみこみ、その手を彼の体へ伸ばす。葬送――それは早い話、死体の後始末。退治した妖達をそのまま放置することも出来ないので、力を注ぎこむことでその体を灰化させてしまうのだ。

 それが終わったら今度こそ帰ろう。そう柚季は決心していた。


 りん。


 鈴の鳴る音が、聞こえた。聞いた途端体が冷たくなり、伸ばしていた手がそこから先動かなくなった。その手が痙攣しているのを見て柚季は自分の体が震えていることに気がつく。


 りん。


 もう一度その音は聞こえた。途端まだ薄暗いという程度だった世界が、完全に暗くなった。家も、電信柱も、空も、何も目に映らない。自分と男の死体を残し、世界が消えた。いや或いは世界から二人の姿が消えたのかもしれない。

 がくがく震えつつも柚季は全身に自分の力を送り込むイメージをし、それによって立ち上がろうとする。


(何かの領域に引きずり込まれた? また妖……? しかもこの男なんかよりもずっと強い力を感じる……今の私ではたちうち出来ないような。ああ心臓がばくばくいっている、今にもはちきれてしまいそう。怖い、嫌だ、もううんざり……でも駄目、感情を高ぶらせちゃ駄目。そうしたら何も出来なくなる。お願いせめて、せめて立って私……!)

 徐々に何かが近づいてくる気配を感じ、柚季は慌てる。しかし慌てたら出来ることも出来なくなる。英彦の教えにより、以前に比べると多少は妖と会っても冷静でいられるようになった。三ヶ月前の柚季だったら今以上のパニックを起こし、ただきゃあきゃあ悲鳴をあげているだけだっただろう。……まあ、今も冷静に対処出来る時より、パニックを起こし、感情を高ぶらせ、ぎゃあぎゃあ喚いてしまう時の方が多いのだが。


 百メートル程先に、小さな赤い光が見える。炎かもしれなかった。それは少しずつ近づいてきている。闇の中で輝く赤い花。その向こう側、微かに見える人影。

 やっとの思いで立ち上がった柚季だったが、それ以上動くことは出来なかった。逃げることはおろか、顔にへばりついた髪を剥がしてやることさえ……。


 じりじり音をたててゆっくりと進む時間。

 そして……。

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