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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
雪洞鉄道
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雪洞鉄道(11)

 一階のロビー奥にあるエレベーターに乗り、三十四階を目指す。エレベーターの内装もさくらが見知っているものとそう変わりの無いもので、特筆すべき点は無い。さくらはふと夢から覚めた心地になり、俯く。


(さっきまで見ていた夢の様な世界が遠く離れていく……)

 それはとても悲しいことではあったが、自分ので天満月に戻らずこの研究所を見学することを選んだのだから、文句は言えない。二人に失礼だと思ったから、なるべく今抱いている思いを顔に出さぬよう努めた。


 エレベーターを出た先にあったものも矢張り夢や幻想の欠片も無い風景。廊下を挟んだ両脇に、ガラス張りの広い部屋がずらりと並んでいる。部屋の中には机や研究資料が並んでいるらしい本棚、見た目パソコンに似ている機械、ホワイトボード等がある。矢張り特別変わった点は無い。特色とか個性とか、そういったものをとことん排除するとこういうものになるのだろうと思う位、平凡で陳腐な部屋だった。

 とてもここが二足歩行の巨大蛙や巨大猫、光る果実や竹林のある海が当たり前のように存在しているような所と同じ世界にあるとは思えなかった。さくらにとっての幻想と現実が混在しているこの世界。幻想しか存在していない出雲達の住む『向こう側の世界』よりもある意味不思議な世界であるかもしれない。


「このフロアが、我々の研究所。幾つかのグループに分かれて研究をしているんだ。それで、この部屋が私と後輩君の主な活動場所」

 男はある部屋の前で止まった。綺麗に磨かれているガラス張りの部屋、その向こう側に広がっているのは他の部屋と何ら変わらないもの。部屋の中には男が三人おり、それぞれこちらに背中を向けて何かしている。

 それでもって、と男はその真向かいにある部屋を指差す。


「そちらにあるのが、別世界から来た人達の話を聞く為の部屋。今日はあそこで話をしよう。後輩君、お茶とお菓子を用意してくれないか。お菓子は私の机にあるものを適当に持ってくれば良い」


「先輩、腐る程お菓子持っていますものね」


「一応腐らせたことは無いね、奇跡的に。お菓子は大好きだ。可愛い女の子よりも甘いお菓子の方が好きな位だ」


「研究とお菓子の場合は?」


「勿論おか……いや、研究だよ。そんな冷たい目で見ないでくれよ、ぞくぞくするじゃないか。いやだなあ旅人さん、そんなどん引きしないでくれよ。それじゃあ後輩君頼んだよ。ささ、私達は先にあちらの部屋へ入るとしよう」

 その子に変なことしたらただじゃおきませんからね、という言葉を残し後輩はその場を後にした。どこかにあるらしい給湯室へ行ったようだ。

 一方男とさくらは、話を聞く専用らしい部屋の中へ入る。その部屋に張られているものだけはくもりガラスで中の様子はあまり見えない。人目を気にせず話が出来るようにという配慮なのだろう。


 部屋の中は他の部屋よりすっきりとしていた。


 部屋の中央にはテーブル、それを挟むようにしてあるのは黒いソファー。傍らには小さな机が一つ。壁には録音器具らしきものがついていた。他には棚が幾つかある位。

 男にうながされ、さくらはソファーに座った。男は反対側のソファーに腰掛ける。足を組み、その上に両手を乗せ、ぴゅうぴゅう口笛を吹き始めた。対してさくらはやや緊張気味である。初めて入る部屋というものは人の心や体をきゅうっと締めつける。少し苦しい位に、強く。


「君の住んでいる世界のことについては後輩君が来てから聞くとしよう。私が聞き手となり、彼女が書記係となり紙に会話内容を書き留める。……そしてその壁についている機械で会話を録音する」


「録音しつつ、紙にも会話内容を書き留めるんですか?」


「ああ。会話内容の録音は後の確認作業に使うんだ。記録漏れが無いかとか、聞き間違えた、或いは聞きそびれた部分などは無いかとか……そういうことを録音したものを再生しつつ確認するのさ」

 という説明の後、彼はさくらの緊張をほぐす為か色々な話をしてくれた。

 研究所のこと、自分のこと、同僚のこと、自分の故郷のこと……。


「私は絶えず世界を飛び回る大きな鳥の背にある街で生まれた」


「鳥の背中にある街?」

 不思議なものの溢れる世界だが、まさかそのような街もあるとはとさくらは素直に驚いた。男は笑いながら詳しい話をしてくれた。その話はさくらの心を動かし、彼女の頭に夢の世界を描かせる。


「その白い翼をはためかせ、ゆっくりと、本当にゆっくりと飛ぶんだ。街の住人は彼を愛し、そして彼もまた私達のことを愛し、慈しんでくれた……彼は、時々鳴く。とても大きな声だから、彼が鳴く度皆びっくりしたものさ。体の中にあるものが全部ぐわんぐわんと揺れて、肌がじんじん痺れるんだ。それはすごい鳴き声だけれど、彼と共に生きている私達はその声を少しも不快だとは思わない」

 懐かしそうに目を細めながら、彼は両手を広げその鳥の鳴き声の真似をしてみせた。それから一人、笑う。その時の目を見れば彼が心の底から故郷を、そしてその大きな鳥のことを愛しく思っていることが分かる。


「鳥の背から落ちてしまうということは無いんですか?」


「無かったね。不思議な守りによって、何があっても彼の背から落ちることは無かった。もし守りが無かったら……私は何度か死んでいたね、きっと。昔はやんちゃで鳥の背を駆け回るのが大好きな子供だったから、うん」

 やんちゃで駆け回るのが好きだった――という言葉が俄かには信じられずさくらは思わず「えっ」と声をあげて驚いた。彼の外見はいかにも小さい頃から日に当たらず家の中にこもりっきりでしたという風だったから。さくらの反応を見て大声で笑った男曰く、このことを話すと大体皆驚いたり、信じられないと呟いたりするのだとか。

 彼がさくらの問いに答えたところで、お茶とお菓子を乗せたカートと共に後輩が部屋の中へと入ってきた。


 差し出されたカップに入っていたものは見た目、紅茶である。お菓子はバスケットの中に色々入っている。スティック状のドーナツにあんこが挟んであるもの、ナッツやドライフルーツがちょこんとのっているピンクや緑、茶色のクッキー、鳥の羽を模して作られた砂糖菓子、キャラメルか何かでコーティングされている巨大アーモンドなどなど。どれも美味しそうで、また、とても甘そうだった。


「先輩の机って甘いものしか置いてありませんね。よくこれだけのものを毎日ぱくぱく食べて太りませんよね」


「君と違って私は太りにくい体質なんだよ。君とは違うんだよ、君とは」


「お茶、頭からかけられたいんですか?」


「それは嫌だなあ」

 笑う男を冷たい目で見やった後輩は、書記係専用の机につき筆記用具を取り出す。パソコンもあるがこういう時の記録は基本手書きと決められているらしい。


 お菓子を食べ、お茶を飲みながら男とさくらは会話を再開する。まず男がさくらの住む世界のこと、さくら自身のことについて色々質問をした。簡単な質問だったし、緊張も大分ほぐれていたからすらすらと答えることが出来た。一通り質問が終わった後はさくらが話したいことを話す。男は見た目に反して社交的であるらしく、聞き上手であり、また話し上手だった。人と話すことが苦手なさくらだったが、彼のおかげで随分色々なことを楽しく話すことが出来た。

 最初はどうしても録音機器、後輩が二人の傍らで会話内容を記録している様子を意識してしまっていたが、時間が経つ内すっかりそれらが気にならなくなった。


「……さて、質問はこれ位にしておこうか。君の住んでいる世界――恐らく我々が『A2』と呼んでいる所だろう――のことは分かった。さて、今度は私が君に色々話す番かな。といっても先程言った通り、研究は全くといっていい程進んでいないから……大した話は出来ないがね」


「それでも色々お話、聞いてみたいです」

 というさくらの言葉に男は満足気に微笑む。内心自分の考えなどを誰かに話したくて仕方なかったのだろう。男は林檎の様な爽やかな香り漂う茶を一口、それから話を始める。


「世界は一つのようで、一つではない。様々な世界があり、それらは全て重なりあい、幾重もの層を作り上げている……ここら辺のこともまだ完全には分かっていないが……。普通は自分の世界と、それ以外の世界を行き来することは出来ない。しかし君は特殊な道具を使い、隣接している世界へ行くことが出来るようだ。昔は君の住む世界と、その隣接している――恐らく我々が『A3』と呼んでいる世界――の境界はかなり曖昧だった」

 さくらは塩気もある鳥の羽型砂糖菓子をかじりながら頷いた。


「今はそういう世界が本当にあること、その世界の住人……私達が妖怪、精霊と呼んでいるような者が実在することを知っている人は少ないです。そんなものはいないと大抵の人は思っています。昔は良くも悪くも強い繋がりがあったようですが」


「関係が希薄になり、世界と世界の温度差が開いていき、やがて双方の世界の境界ははっきりとしていき、世界を繋げる道は次々と閉ざされ、残った道も特別なことをしない限り目に映らなくなっていった……か」


「はい。それにしても世界って二つだけではなかったんですね……もっと、沢山あったんですね。私が知らなかっただけで」


「別の層にある世界へは場合によっては行けるようだ……君をはじめとした一部の旅人の話を聞く限り。しかし数少ないデータから考えるに、どの世界へも行けるというわけでもないらしい。恐らく隣接している世界、隣接はしていないが限りなく近くにある世界にしか行けないのだろう。……隣接している、近くにあるからといって必ず行けるというわけでも無いようだが。まあ恐らくその関係で、自分達の住んでいる世界と重なり合うようにして存在する世界があることを知っていても、そういった世界が一個二個に限らず沢山あるということは知らないんじゃないかな。正直その辺りのことも殆ど分かってはいないがね」

 部屋にある棚から取り出した資料と睨めっこしながら男はため息をついた。

 

「しかし一番よく分からないのは、この世界のことでね。……どうもこの世界は色々と特殊なようだ。この世界はどの世界とも繋がりがある、それでいてどの世界とも重なり合っていない……そういう世界であるらしい。君もこの世界へ来る前『招き音』を聞いただろう?」

 招き音、と聞かれ首を傾げたさくらに男は「汽笛のようなものを聞いただろう」と言った。あの音を彼は招き音と呼んでいるらしい。合点したさくらが頷くのを見て、男も小さく頷いた。


「ここへ来る者は必ず直前にその音を聞くようだ。そしてそれを聞くと途端眠くなってしまうとか」

 それを聞いたさくらが小さく手を上げる。桜村奇譚集のことを思い出したのだ。さくらは桜村奇譚集のことを説明した上で彼に尋ねた。


「昔は汽笛ではなく、祭囃子だったようなのですが」


「ああ、昔は汽車が無かったからね。汽車が登場する前までは、巨大な駕籠(かご)で旅人を色々な場所へ連れて行ったらしい。ずらり並ぶ駕籠の行列の周りには御囃子隊というのがいて、駕籠が移動している間ひたすら笛を吹いたり、小さな太鼓を叩いたりしていたようだ。それが昔の『招き音』だったそうだよ」

 昔はさくら達の住む世界に汽車が無かったように、この世界にも汽車は存在していなかったらしい。

 桜村奇譚集には祭囃子と書いてあったのに、自分や後輩である環が聞いたものは汽笛だった――その理由が今分かった。答はかなり単純なものだったのだ。


「雪洞鉄道……汽車、線路、駅等はある日突然この世界に姿を現したらしい。本当に突然ぱっと出現したとか。……正直雪洞鉄道のことも良く分かっていないんだよね。あれのことを研究している人もいるが、こちらの研究も順調に進んでいるとは言い難いし。とまあそのことは置いておくとして。この世界へは招き音を聞き、眠りにつくことで来ることが出来るらしい。眠らずしてこの世界へ来る方法は無いようだ」


「この世界は夢の世界なのでしょうか。あらゆる世界の人達が共通して見ることが出来る夢……だから、目が覚めると忘れてしまう。夢で見たことって目が覚めた途端忘れてしまったり、完全に忘れなくてもかなり曖昧になったりしますし」


「現実と人々が呼ぶ世界とは違う所に位置していることは確かだろうね。招き音を聞き眠りについた人々の意識とか精神とか、そういったものだけが現実の層を飛び越え、この世界へやって来るのだろう。まあ簡単に言えば君の言う――夢の世界というものなのだろうね、ここは」

 男はそう言ってクッキーをかじる。さくらも同じものを手に取り、かじる。

 小豆ののった抹茶クッキー。生地は苦いが小豆は甘い。二つが合わさり程よい味になる。


(私は今眼鏡をかけていないけれど、周りの景色がはっきりと見える。眼鏡をかけている時よりかえってはっきり見えている位。それに、さっきから色々なものを食べているけれどお腹が全然いっぱいにならない。食べようと思えば幾らでも食べられる気がする。面の郷へ続く階段を上った時もそんなに疲れなかったし……それはきっとここが現実の世界ではなく、夢の世界だからなんだ。現実ではないから、何だってありなんだ)

 そのことを話すと、男はこくりと頷いた。


「歩けない者がこの世界では歩けたり、目が見えない者がこの世界ではものをみることが出来たり――という例もある。後は言語だね。我々は我々の世界の言語を話している。が、どの世界の住人にも我々の言葉は通じる。その逆も然り。そして別々の世界から来た旅人同士も何の滞りもなく会話することが出来る」

 確かに、考えてみれば妙な話だった。全ての世界の言語が全く同じなんてことはまさか無いだろう。同一の世界でも地域によって言語が変わるというのに。


(でも、出雲さん達『向こう側の世界の住人』とは普通に会話が通じるのよね。あれって昔は双方の世界の人達が深く関わりあっていたからかしら。だから言語も共通のものになっているのかも。私達世界でいうドイツがある辺りに住む妖達はドイツ語を話すのかしら。その辺りのこと、今度出雲さんか弥助さんに……ああ、でもここであったことは殆ど忘れてしまうんだっけ……って今はそんなこと関係なくて。ええと、隣接していてかつ関わりをもっている世界同士の言語がほぼ同じになるのはまだしも、全く関係の無い世界の言語が同じになるっていうことはあまり考えられないわ……)


「夢の世界だから、もう何でもありなんだよねきっと。夢の世界だから相手の喋った言葉が自動翻訳されて自分の耳に届くんだ、うん。夢とか現実とは違う世界とか、そういう言葉って便利だ、大変便利だ」

 論理もへったくれも無い言葉である。現実世界の論文に「夢だから何でもありなんです」などと書こうものなら「こんなものを論文と呼べるか!」と怒られるだろう。

 半ばヤケクソのように笑っていた男の表情が突如陰り「けれどねえ」と大きなため息をついた。


「意識や精神だけがこの世界に来る、この世界は夢の世界であって現実の世界では無い……という考えを阻害するものがあってね」

 男はゆっくりと右手の人差し指でさくらの右手を指した。さくらは自分の右手にあるものを見「あっ」と小さな声をあげる。


「車掌さんが押してくれたこれ……ですね」

 意識や精神と呼ばれるものだけがこの世界に来るのなら、現実の世界に残した体(右手の甲)に車掌である猫が押したスタンプが残るはずが無い。


「それだけじゃない。君が今着ている服は衣森で借りたものかい?」


「え、ああ……そうです」


「この世界に二度来たという旅人から以前話を聞いたのだがね。その人は借りた服を脱ぎ、自分がこの世界に来た時着ていた服に着替えようとした――がまさに服を脱ごうとしたその時、彼は目を覚ましてしまったらしい。そして目を覚ますと」


「もしかして……」

 そうなんだよ、と男は再びため息をつく。目を覚ましたのと同時にこの世界を旅したことを忘れてしまったその旅人は、見覚えの無い服を自分が着ていたので大層驚いたらしい。


「再びこの世界を訪れた瞬間、あああの時着ていた服は衣森で借りていた服だったのかと納得したようだ。勿論その話が本当なのか嘘なのか、それを判断する術は私はもっていない。だがきっと、本当のことだったのだろう。しかしだとすると、意識などだけがこちらの世界に来る……という考えは間違っているということに……」

 かといって、体ごとこの世界に来るという考えはどうしてももてないのだそうだ。それは後輩も同じであるらしい。


「考えれば考えるほど頭の中にある脳がぐるぐる回る。研究とは脳を回すこと……これ、この世界の有名な研究者の言葉ね。この都市の名前の由来でもある。本当、この世界のことはよく分からないよ。データも少ないし、そのデータだって全てが確実なものであるとは限らないし、それが本当であることを確かめるにも私達は別世界へ行く術を持っていないし、その方法を見つけるにはまずこの世界と他の世界との関係を調べなければいけない……色々考え、ああこれが正解かもしれないというものを導き出したとしても……それが本当に正解であることを裏づけるデータが必要となるし……いや、もう本当に困ったものだ」

 でも、と男は言いそれから笑った。それは気味の悪い笑みでも、弱弱しい笑みでもなかった。心の底から現状を楽しんでいるという風な、見ている者をどきりとさせるような、力強い笑みだった。


「だからこそ、面白い。今私は永遠に近い時間続くかくれんぼの鬼になっている気分だ。世界の仕組みやら秘密やら理やらを見つけ出すことは相当難しいことではある。だが、楽しい。それらを見つけ出すまでの過程も面白くて仕方が無いよ……嘘じゃない。強がって言っているわけでもない。私も後輩君も、このどうしようもない現状を楽しんでいる。ねえ、後輩君?」

 ふられた後輩がにこりと笑う。それを見れば、彼女も楽しんでいるというのが男の勝手な考えでも何でもないことが容易に分かった。

 

「毎日絶えず脳がぐるぐると回っている。色々考え、色々な話を聞き、悩み、苦しみ……その時、私は自分が生きているということを実感するんだ。勿論何か新しい発見をした時、今まで見えなかった世界がほんの少し見えた時も。ま、これからもそれなりに苦しい思いをしつつも、気楽にやっていくよ。この分かっていることより分かっていないことの方が多い世界の中を、大きな翼広げて飛び回り続ける……我が故郷であるあの大きな鳥のように」


 それからまた、三人で話をする。この世界の理について、今まで旅人から聞いた中で特に面白かった、興味深かった話について、この世界に住む生き物のこと、この世界の文化などについて……。

 バスケットにあった沢山のお菓子はあっという間に消えていき、ポットを満たしていたお茶は完全に冷めてしまう前に無くなってしまった。

 色々話を聞けば聞くほど、自分の知らない世界がどんどん広がっていくのをさくらは感じた。それが楽しくて仕方なく、彼女は柄にもなくはしゃいだ。


「この世界にあるものって、私達の世界にもあるようなもの……正確にいうと性質とか大きさとか色々変わるんですけれど――が多いって印象があったんですけれど、場所によっては私の世界には全く無いようなものもあるんですね」


「名前や性質云々は違えど、同じようなものが複数の世界に存在することもデータがある程度証明している。世界は似ているように違うもの、違うようで似ているものなんだね。遠く離れた層の世界でも色々共通点がある場合があって……不思議なものだよね」


 ここへ来て一体どれだけの時間が経ったか。さくらはふと天満月がもう少しでこの都市にある駅を出発する、と思った。何故だか分からないが、不思議と汽車の出発する頃合を察知することが出来るのだ。

 さくらはもっと話をしたいなと思ったが、これ以上いれば汽車の出発に間に合わないことが分かっていたから、仕方なく二人に別れを告げ、立ち上がる。


 ここから駅までの道がはっきりと分からなかったので、さくらは後輩に道案内をお願いした。男と別れ、二人でぽつぽつ話をしながら道を歩く。

 後輩さんは研究のこと、自分の故郷のこと――後は先輩である男の話をしてくれた。あの人は本当にどうしようもない人だとかなんとか悪態をつく彼女の顔は心なしか赤くなっており、また少し嬉しそうだった。


 駅の近くで彼女とも別れた。最後にさくらはこれからも研究頑張って下さいと彼等を激励する言葉をかけ、駅へと向かった。


 この世界での旅も、後少しで終わる。

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