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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
雪洞鉄道
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雪洞鉄道(5)

 部屋の中はほんわか温かい。金や銀を混ぜた氷を砕いて作られたかのような星に満ちた空に抱かれ、冷たくなっていた体がじわじわと温もりを取り戻していくのを感じる。低めの天井には、赤い炎の様な光を纏っている大きなプロペラがゆっくりと回っていた。それこそがこの家に柔らかな温もりを与えているらしい。もしかしたら夏は青い光を纏い、涼しい風を室内に送ってくれるのかもしれないとさくらは思った。


 家の中の壁にも数は少ないが、外壁と同じように石が埋め込まれていた。ここ橙燈では、綺麗に磨いた石というのには魔よけの効果があると信じられているのだと後におかみさんから聞いた。同時に、そこに住む女性の出来の良し悪しを判断する一つの材料にもなっている。

 さくらと老紳士が案内されたのは台所で、大きな調理用のテーブルと小さく丈の低いテーブル、オーブン、石製の流し等があった。調理器具は藤色の石で出来たまな板や、フライパン、鍋、包丁やおたまとさくらの住んでいる世界で使われているものと大差なく。どれもファンタジックな室内に合った色やデザインで、部屋の雰囲気を全く損ねていない。流しも台も汚れは殆どなく、綺麗だった。きっとおかみさんがいつも綺麗にしているのだろうとさくらは思った。


 しばらくして黄色い箱をお供に台所へとおかみさんがやって来て、それを台の上にぽんと置く。中にはアカリモドキ――ランプの形をしたもの、提灯の形をしたもの、行灯の形をしたものが。白光の下にさらされた彼等は未だにそれぞれやや色味の違う橙の光を放っていた。


(どう見ても、実体の無い光――これが実だなんて本当驚きだわ。輪郭も光っているせいかぼやけていて……手を伸ばしても触れることは出来ずに、そのまますり抜けていってしまいそう)


「旦那が運んできたアカリモドキの皮をむいて、実をとって、質の良し悪しを目で見て確認して選り分けて、出荷する。それがあたしの仕事さ。その作業はいつも裏にある作業室でやっているんだが、今回はその一部をここで見せてやるよ」


「ありがとうございます。ところでおかみさん、このアカリモドキってランプや行灯風など、見た目に色々違いがありますが……その形によって実の味が違うとか、質に差があるとかあるんですか?」

 ふとした疑問をさくらが口にすると、うんにゃそんなことは無いとおかみさんは首を振る。見た目に違いはあれど、味や質はほぼ同じであるらしい。


「勿論特別味がいいものとか、ちょっと出来が悪いものとか……質に差は多少ある。全てが平等に、全く同じように育つなんてことはない。けれど、ランプ状のものだから質が良いとか、行灯の形をしているから質は悪いとか、そういうことは無いよ」


「どうして同じ畑で育てているのに、こんなにも見た目がばらばらになってしまうんですか?」


「そんなことは知らないよ。そもそもそんなこと、気にしたことも無かった。同じ場所に同じ種をまいて、同じように育てても成長すると見た目がばらばらになる……けれどそれはいつものこと、当たり前のこと。そういうものっていうのは自分の常識では考えられない物事とは違って目に見えにくいからね。目に映らないから、頭にも引っかからない。引っかからないから、そのことについて考えることなんて無い。ま、そんなもんさね」

 おかみさんは大きな口を開けて豪快に笑ってから、さくらにアカリモドキを触らせてくれた。


 光り輝く実を包む見た目木や紙、ガラス等で作られたようなそれが『皮』であるとは到底信じがたく。しかし実際触ってみると、見た目が紙の部分も、金属の部分もガラスの部分も皆同じ手触り。硬さや温もりも同じだ。


「アカリモドキの実ってどんな味がするんですか?」


「答えを口で説明するのは簡単だけれどねえ。でもさ、相手の口から答えを聞くよりも、自分の舌に直接聞いた方がずっと良いと思うんだよね。とりあえずこいつの皮を今からむいてやるよ」

 おかみさんは箱からアカリモドキを一つ取り出す。ガラスと金属で出来た、おしゃれとは言いがたいデザインのランプの形をしている。家の中に一種の飾りとして置くものではなく、ちゃんと暗い所を照らせればそれでいい、といった感じのものだ。


(この皮を一体どうやってむくのだろう)

 火を通したり、水で濡らしたりするとむけるのか、それとも特に何もしなくとも意外と簡単にちゅるんとむけるのか、包丁を使いリンゴをむく時を同じ要領でくるくるとやっていくのだろうか。

 

「まずはヘタをとる」

 ヘタ、というのはてっぺん……ふたの部分のことを指しているらしい。

 おかみさんは横にしたアカリモドキを背が低めのテーブルの上に置き、フタと、灯りを包む部分のてっぺんの境界にカッターに似た刃物をぐっと差し込む。じゅう、という音と共に差し込まれた部分から透明な液体が小さな泡をたてながら出てきて、そのままつとつとと流れていく。同時に溢れるのはレモンに似た甘酸っぱい匂い。おかみさんは刃物を上下左右に動かし、器用にそれで境界をなぞっていく。じゅう、という音に混じって聞こえるのはぎっぎっきゅっきゅっという音。

 フタ、もといヘタはおかみさんの見事なテクニックによって(彼女曰く『アカリモドキの皮むきが世界一上手いのはこのあたし』)取られた。


 だがこれだけではまだ実は取り出せない。アカリモドキの形によっては手をつっこめば取れるそうだが。


「後はこいつを使って」

 と言って取り出したのはどう見ても小型ノコギリ。食べ物の皮をむくのに、ノコギリ。それを見てさくらは思わず「えっ」と驚きの声をあげた。おかみさんはそんなに驚くことも無いじゃないかと言いながら、アカリモドキを今度は縦にし、ノコギリの刃をまだ汁の溢れているてっぺんに当て、ぎいこぎいこと。


 じゅっじゅっぎいぎい、ぎいこ、ぎいこ、しゅっしゅっ。

 ぎい、じゅうじゅう、しゅうしゅう、ぎいぎい。


(か、果実の皮が出す音には聞こえない……)

 アカリモドキの皮は厚さも硬さもあるらしく、小気味良いような気味悪いような、何ともいえない音をたてて。

 ノコギリの刃が半分より下までいったところで、くるっとアカリモドキを回転させ、別の所に刃を入れ、ぎいこぎいことやり、またくるっと……。実を傷つけないよう気をつけつつ、それでいて豪胆に手早く。その手際の良さにさくらと老紳士は見惚れた。

 計五回その作業をした後、おかみさんはてっぺんに手をかけ、切れ目を入れた皮をめくっていく。彼女はいかにも簡単そうに一連の作業をやってのけていたが、実はものすごく力や技術のいるものであったことを、さくらはこの後実際にやってみて嫌という程思い知ることになる。


 おかみさんは宙をぷかぷか浮いている状態になっている実をぐっとつかみ、それをさくらに向かってほいっと投げる。実はすり抜けることなく、慌てて伸ばしたさくらの両手に包まれ。見た目より重く、通しの鬼灯のような優しい温もりをもつそれはただ光り続けている。


「ま、食べてみなよ」

 他人の口から答えを聞くより、自分の舌に聞いた方が良い――さくらはおかみさんの言葉を思い出し、いただきますと一言。それから実を口の中へ入れ、おそるおそるかじってみる。


 かじった途端じゅわっという音がして、さくらの口の中を甘味と仄かな苦味のある果汁が満たす。生温いそれをさくらはごくりと音をたてて飲み込んだ。

 甘味があるが、仄かに苦く、青臭い。瓜に似た味。きっと暑い夏にこれを冷やして、思いっきりかぶりついたらさぞかし美味しいだろうとさくらは思った。

 そのことを正直に口に出したら、おかみさんが笑いながら頷く。


「ああ、美味いよ。アカリモドキの場合、冷やすと青臭さとかが薄くなるからより食べやすくなるし。暑い時に限らず、今みたいな季節でも十分美味しくいただけるよ。だから常に『寒冷(かんれい)(がま)』は冷やしたアカリモドキの実でいっぱいさ」

 と言って指したのは、長方形の(見た目)石釜。どうやら何かを焼く為のものではなく、食物を冷やし、保存する為のもの――冷蔵庫の様な役目をもっている物らしい。


「アカリモドキを使った料理にはどんなものがあるんですか? 漬物とか、サラダに?」


「そういうのもあるね。ただアカリモドキは調味料とか調理方法とかによって味がかなり変わる。甘くもなるし、酸っぱくもなる。青臭さを完全に消すことも出来る。だからお菓子の材料にも、おかずの材料にもなるんだ。……さて。こうして皮をむいた後は、実の質の良し悪しを確認する作業がある。実の良し悪しは見れば大体分かる」

 そう言ってから彼女は箱に入れていたアカリモドキ十五個の皮をむき、実を取り出す。さくらはこの時、おかみさんにやり方を教えてもらいながら皮むきに挑戦したのだが……結果は散々、ずたぼろ。老紳士も挑戦したが、さくらよりはましだった程度で結局最後までやりきることが出来ず。おかみさんは、最初はそんなものだと笑った。最初どころか、何回、何十回やっても私には出来そうにない……とさくらの心は自分が(途中まで)むいた皮のようにずたぼろべろべろ。

おかみさんの手によって取り出された実が、大きなテーブルの上に横一列に並ぶ。


「まず、こいつ。こいつは形が歪だ。ちゃんとした球体になっていないだろう? こういうのは旨味っていうのが全く無いんだ。おっと、こいつも駄目だねえ。こいつはほら、部分的に光っていないところがあるだろう? そう、この灰色の部分さ。こいつは『無灯病』にかかっちまっている……これはオオカミトリのエサ行きだねえ。色の濃淡がばらばらなのもあまり良くない」

 彼女は該当する実を指さしながら、分かりやすく説明してくれた。さくらはこれなら私にも出来るかもと思い、まだおかみさんが見ていない実を手に取り、あちこち眺める。


「ええと、これは……結構良いものだと思うのですが」


「ん? いや、それもあまりよろしくないねえ。光の色がちょっと黒ずんでいる」

 ……どうやらこちらも簡単ではなかったようだ。思わずあうう、と嘆き唸るさくらだった。

 老紳士がまあまあ、とさくらの肩を叩きながらおかみさんに話しかける。


「確かアカリモドキの皮は色々なものの材料になるのでしたよね。装飾品や食器、洋服……」


「まあ、この皮が?」


「そうさ。この皮を溶かして作る液体にね、色々なものを混ぜる。混ぜるものによって、こいつは金属にも布にも粘土にもなるんだよ。あたし達アカリモドキを栽培している家に行き、皮を買い取って液体にしてそれを職人達に売るという仕事もあるんだ。いつも宵日が終わる頃に大きな木の車を引いてやってくる」

 橙燈には、アカリモドキの皮を用いて装飾品や食器を作る職人の工房が集まっている場所があるという。


「まだ時間はあるんだろう? もし何なら見ていくといい。音と光と歌に満ち溢れている、なかなか面白い所だ、見て損はないはずだよ」

 歌? とさくらは首を傾げる。職人さんの集まる場所なのに、何故歌で溢れているのだろうかと疑問に思ったからだ。


「ああ、職人達は色々な作業をしながら歌を歌うのさ。工房によって、歌詞や調子が全く違うから面白い。それぞればらばらな歌をばらばらに歌う。あたしも昔はよく歌ったものさ。……元々あたしはアカリモドキの皮で作った糸を使って布を織る機織(はたおり)だったからね」

 おかみさんは懐かしそうに目を細める。


「その歌、少し歌ってもらっても良いですか? 私、とっても聞いてみたいわ!」

 仕事をしながら代々伝わる歌を歌う――その光景を想像して俄かに興奮したさくらは目を輝かせながらおかみさんに迫った。私も聞いてみたいです、と老紳士までお願いする始末。

 それを聞いたおかみさんは皮むきの時には殆ど流していなかった汗をだらだら流し、顔を真っ赤にしながら首を横にぶんぶんと振った。


「無理、無理、無理! あたしはあれが大の苦手で、仲間からは『あんたの機織の技術に狂いは無いが、仕事歌の音は狂いまくりだ』なんて言われていたんだよ! それにほら、もう歌詞もうろ覚えだし、第一恥ずかしい! 仕事をしながら歌っている時はあまりそういうのを感じないけれど……ああいうものを歌うには、空気とか場所とか色々な条件が色々必要……ええい、あたしの歌を聞くよりも、実際工房の集まっている場所に行った方がずっと早い! うん、そうだ、その方が良いに決まっているんだ! あたしもこれからあの大量のアカリモドキの皮をむかなくちゃいけない……あ、お土産をやろう、あたし特製のアカリモドキのパイだ!」


 おかみさんは顔をアカリモドキの実の光なんか足元にも及ばない位顔を真っ赤に輝かせながら寒冷釜からパイを取り出し、それを木の箱につめて布で包み、さくらに押しつけると、そのまま二人を追い出してしまった。

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