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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
鬼灯夜行
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鬼灯夜行(8)

「鬼灯夜行? それが、この祭の名前なのか? 具体的に何する祭なんだ」

 あたしは、出雲に聞き返した。百鬼夜行っていうのは聞いたことがあるけど、鬼灯夜行なんていうのは聞いたことがない。


「まあ、簡単に言えば、皆で森中を歩いて、とある樹の下で飲み食いして帰るっていったところかな」

 ふうん、とあたしは呟いた。祭っていうよりは、夜の散歩っていったところかな。この鬼灯っぽいもので出来た提灯を持って夜歩くから、鬼灯夜行ってことか。にしても、提灯ぶら下げる棒みたいなのはないのだろうか。さっきから鬼灯にくっついている茎のような部分をつまんでいるから、指が微妙に疲れている。


「兎に角、先へ進もう。妖や精霊達が待っているからね」


「一体どれだけの妖怪とかが参加するんだ?」


「どれ位かな、数えたこともないや。ただ、途方も無い数であることは確かかな。幾つかの集団に分かれて、目的地を目指す。さて、そろそろ着くね。本当、すごい数の妖がいるからね。驚いて気絶しないでね。まあ私としては君が気絶する姿を見るほうが楽しいけどね」

 馬鹿狐が、くすくす笑う。あたしは、何が目の前で起ころうとも決して気を失うまい、と心に誓った。

 

 けれど、その強固な意志も「奴ら」が集まっている場所へ着いた途端、脆くも崩れそうになった。

 狭い広場を埋め尽くしているのは、空想や妄想の世界でのみ存在しているはずだったものばかりだった。

 一つ目にからかさお化けに、子泣き爺っぽいのに、にゅるにゅると首を伸ばしたろくろ首、図体のでかいしましまパンツを穿いた鬼、お岩さんのように顔が崩れている女、のっぺら坊、後河童。ああ、射的でとりそこなった間抜け面の河童のぬいぐるみのことを思い出した。でも目の前にいるそいつは、あの河童のぬいぐるみとは似ても似つかぬ、不細工でぬめぬめした感じで。


 これを見て、驚くなという方がおかしい。人間なんて、どこにもいない。人間っぽい姿の奴らはいるけれど、肌は妙に青いし、足透けているし、血まみれだし、髪の毛の色はありえないものだし。人間の自分がここでは異形の存在だということが、よく分かる。皆、鬼灯の提灯を手にしている。青白いその肌を暖かい光が照らしている。


 さくら姉なら、声を出して感極まって涙を流し、大いにはしゃぐだろう。うん、でも普通の人間は悲鳴を上げて恐怖のあまり涙を流し、滅茶苦茶うろたえて意味不明の行動をとるか、硬直してしまうに違いない。

 あたしはさくら姉のように喜びはしない。ただ、悲鳴をあげることもない。

 けど、できれば悲鳴をあげたい。隣に「さあ、どうする紗久羅」と言わんばかりの表情を浮かべ、にやにやしている馬鹿狐さえいなければ、あたしはきっと大きな声で「ぎょえー」とかいう悲鳴をあげていただろう。


 全く、あんた達にも見せてやりたいよ。この地獄絵図を。え、私は見てみたいって?妖怪とか大好きだから?けっ、そういうことはこの光景を見てから言いやがれ。


「流石の紗久羅も、声が出ないようだねぇ。まあ、ほらこういうのは慣れだよ慣れ。しばらくすれば嫌でも慣れるさ。慣れを越して、君も妖怪になれるかもしれないよ」


「できれば慣れたくないね! ついでに妖怪にもなりたくないね!」


「まあ、凶暴な君はすでに妖怪のようなものだけどね」

 

「うるさい、うるさい、この馬鹿狐! 今すぐその首しめてやろうか!」

 あたしはぶんぶんと鬼灯の提灯を振り回す。あいつは着物の袖で口元を隠し、ほほほと笑いながら、それを華麗に避ける。


「おや、出雲じゃないか」

 後ろから、あいつを呼ぶ女の声が聞こえた。これで後ろを振り返ったら首なしの女がいました、とかだったらどうしようとか思いながら、振り返って見る。

 そこにいたのは、ちゃんと首のついた女だった。人間で言えば三十半ばといったところだろうか。顔にべったりと白粉を塗りたくり、真っ赤な口紅をつけ、派手な赤い着物を着ている。わざとなのか、それを着崩していて、艶かしい肩をはだけさせていた。

 美人だとは思う。けれど、化粧が濃すぎる。何か、年増の若作りとかそういう言葉が似合いそうというか何というか。とかなんとか言ったら呪い殺されるだろうか。


「白粉か。こんばんは、今日は一人かい」


「ああ、一人さ。今年も鬼灯の旦那は、柳の姐さんと行くんだってさ。嫌になるよぅ、私のことなんて眼中にないんだ、鬼灯の旦那は」

 そういって、白粉と呼ばれた女は口を尖らせた。何かよく分からないけど、この女は鬼灯だかなんだかって人のことが好きらしい。けれど、その男には柳という人がいて、その人といちゃいちゃしているらしい。

 

「仕方ないだろう。彼らは夫婦なのだから」


「え、何。妖怪も結婚するの」

 そう聞くあたしを、白粉が見た。今やっとあたしの存在に気づいたかのようだった。好奇に満ち溢れた眼差しを、あたしに向けた。


「あれ、人間の小娘? あらいやだ、珍しい」

 白粉が、顔を近づける。……首を伸ばして。文字通り、びろんと伸ばして。蛇のようにうにょうにょしている首をあたしに巻きつけ、あたしの顔をじっと見た。

 ああ、何かTVで見たことあるなぁ、首に大蛇を巻きつける男の人とか。その男の気持ちがよく分かる。なんかひんやりしていて、ああ。

 悲鳴なんてあげられない。気絶する余裕も、ない。


「紗久羅というんだ。お転婆なお姫様だよ。おいおい、あまり驚かせないでやっておくれよ。私以外の妖には今日初めて会ったのだから。まあ、面白いからいいけどね。恐怖のあまり固まる紗久羅なんて、滅多に見られないし」

 体が動けば、今頃どついていた。くそ、動けよあたしの体。


「本当に歪んでいるねぇ、出雲はさ。まあ、そこがあんたの魅力なのだから、仕方ないか、あはは。あんたも災難だねぇ、こんな化け狐にとり憑かれてさあ」

 ああ、災難だね。化け狐にとり憑かれて、ろくろ首にまでとり憑かれて。

 白粉は、笑いながらあたしから離れた。


「そろそろ出発じゃないかねぇ」


「だろうね。そう言えば白粉、胡蝶と鬼灯姫と鈴を見なかったかい」

 白粉は、首を横に振った。


「そういえば見てないねぇ。未だ来てないかもしれないねぇ。馬鹿狸の弥助は見たけれど」

 出雲の表情が一瞬にして歪んだ。心底嫌そうな顔だった。余程、その弥助という馬鹿狸とやらのことが嫌いらしい。

 ん、弥助?あたしは眉をひそめた。さくら姉の爺ちゃんがやっている喫茶店に、そんな名前の男がいたからだ。図体のでかい馬鹿力だけが取り柄っぽい奴。色々な面で化け狐と正反対。何度かうちの弁当屋に来たこともあって、出雲とは仲が悪くて……いや、まさかな。


「馬鹿狸のことはどうでもいいよ。あいつの顔など、見たくないよ。まあ、胡蝶達とはいずれ合流できるだろう。鈴、怒っているだろうなあ。私が紗久羅を鬼灯夜行に連れて行くと言ったら、思いっきり頬をふくらませていたし。今度美味しい鯵の開きを買ってあげなくては」

 そういえば、出雲が妖怪ってことは、あのガキも妖怪ってことだよな。あいつ、何の妖怪なんだろう。化け猫辺りか?

 鈴で思い出した。あいつ、あたしが出雲のことをいじめているとか訳の分からないこと抜かしていたんだよな。出雲がありもしないことを吹き込んだに違いない。よし、今文句を言ってやろう。どういうつもりなんだ、ってな。

 あたしはあいつに文句を言おうと口を開きかけた。が、その口は出雲の冷たい手でふさがれてしまった。


「何か言いたげだけど、少し静かにしていておくれ。彼が来たから」

 彼って何だよ、ていうかその手を離せ。滅茶苦茶冷たい、氷を唇にあてた感じがする。

 世間話に花を咲かせていた妖怪達も、今は黙っている。そして皆同じ方向に顔を向けていた。「彼」というのは、どうやらお偉いさんらしい。


 あたしも、皆が見つめている方を見た。水晶のような、透き通った葉をつけている木の前に、一人の爺さんがいた。爺さんの背は、低い。幼稚園生と同じ位だ。そんな背の低い爺さんが、宙にぷかぷかと浮かんでいた。浮かんでいなければ、こんな後ろのほうから爺さんの姿を見ることは、絶対に出来なかっただろう。頭のてっぺんははげていて、両サイドにふわふわした白髪が生えている。顔は昔流行った、某たれているパンダのような、ぽよんとした感じで、目は閉じられているんじゃないかと思うくらい細い。白い服を着ていて、右手には杖を握っている。「仙人」という言葉がぴったりな爺さんだった。


「皆の者、よく集まった。今日は年に一度の鬼灯夜行じゃ。今回この道の先頭を行くのはこの儂、白羽しらばねじゃ。今宵は、妖も精霊も神も……」

 言いかけて、白羽というらしい爺さんが、(多分だけど)あたしの方を見た。妖怪(や精霊とか神とかもいるのか?)達が一斉に振り向いて、あたしを見る。あたしの意識は危うく消えそうになった。

 

「人じゃ、人がおる」


「先ほどから人間の匂いがするとは思っていたが」


「美味そうな匂いじゃ」


「今日が鬼灯夜行でなければ喰ったものを」


「何故ここに人間がいるんだ」


「変わった着物を着ている。あちらの世界は、あんなものを着ているのか」

 四方八方から、妖怪達のひそひそと話す声が聞こえてくる。けれど、白羽の爺さんはこほん、とわざとらしく咳をすると、その話し声はぴたっと止んだ。


「今年は珍しく、人がいるようじゃが。まあ、関係ない。今宵は妖も精霊も神も人間も関係なく、祭を楽しもうではないか。それ、皆儂について参れ。確りと列を作って歩けよ」

 おう、と皆が答えた。すると、白羽の爺さんの後ろにあった木が消えて、先へ続く道が現れた。

 それと同時に、森中の木が、眩しく光りだした。緑の葉が、青い光を放つ。

 森が、青く光っている。ラムネの瓶の中に入り込んでしまったようだ。

爺さんは、宙にぷかぷか浮かんだまま、先へ進んだ。そしてそれに続くように、妖達が列を作って歩き出した。小学校の遠足みたいだ。


「私と紗久羅は、一番後ろを歩くとしようか。妖の好奇の視線を浴びながら歩くのは嫌だろう」


「へえ、あんたもたまには優しいことを言うんだな。こりゃ明日は雨が降るな。いや、嵐か。嵐ですめばいいけど」


「嫌だね、私はいつも優しいじゃないか」


「今度優しいという言葉の意味を辞書でも引いて調べるんだな」

 そう言い返したけど、出雲はただ笑うだけで反論しない。調べるまでもない、意味は知っている。そして私は優しい。そう言いたげだった。

 あたし達は、列の一番後ろに並んで、歩き始めた。白粉の姿はない。多分、もっと前の方にいるのだろう。


 木が放つ光が地面も照らしている。地面が仄かな青色になっている。緑がかった青い空間に、無数の鬼灯提灯の灯りが見えた。それは、冥府へ向かう魂のように見える。

 星空の下に置かれた、ラムネ瓶の色をした大きな森を、あたしにとっての「常識」ではありえない存在と一緒に歩く。なんか、変な感じだな。

 前を歩く妖怪達は、何か色々喋りながら、歩き続けている。青く輝く木などもう見慣れているのだろう、皆木なんて見ちゃいない。あたしくらいのものだ、物珍しげに木をじろじろ見ながら歩いているやつなんて。


「そんなに珍しいかい、光を放つ木は」


「桜の木がライトアップされることはあるけど、木自体が光るなんてことは、少なくともあたしの知っている世界では、ない。で、この森は何で大切なんだ。何となく神秘的な感じ、っていうのは分かるんだけどさ。守り人が守るほどの価値が、大人数でこうして歩く価値がここにはあるのか」


「君達世界には、神話というものがあるよね。国によって、世界を作った神様が変わっているらしいけれど」


「神話? ああ、ギリシャ神話とかそういうの? あるよ。日本にもあるな。どうたらこうたらっていう女の神様と男の神様が黄泉の世界でうんちゃらかんちゃらみたいな」

 随分アバウトだね、といって出雲が笑う。しょうがないだろう、そういうのにはちっとも興味がないんだから。


「君達の世界に、そういった物語があるように、この世界にもそういうのがあるんだよ。私達が今向かっているのは、この森のどの樹よりも大きいカガキミの樹のある場所だ。カガキミというのは、私達の世界で最も尊い神様って意味だよ」


「ふうん。最も尊い、ね。つまりその樹はあんたらにとって、一番尊いってことか。……あんたも敬っているのか」


「あはは、私は誰のことも敬わないよ。他人を尊敬するなんて、反吐がでる」

 そう奴は、それはそれはいい笑顔を浮かべながら言った。はあ、馬鹿馬鹿しいことを聞いたあたしが悪かった。そうだよな、この馬鹿が誰かを、ましてや樹なんかを敬う訳がないよな。奴ほど、天上天下唯我独尊という言葉が似合う奴はいない。褒めているわけではない、嫌味である。


「まあ、それは置いといて。まあ、この世界に伝わる話はこういうものだ。『昔、一つの樹があった。その樹はある日二つの実をつけた。それは赤く熱い実と、青く冷たい実だった。十月十日後、その実は樹から落ちて二つに割れた。赤い実からは炎をまとう男神、青い実からは水をまとう女神が生まれた。樹は男神にカラドウ、女神にアマルテと名づけた。そして、二柱にありとあらゆるものを作らせた。そうして、この世界は作られていった。二柱は交わり、何柱もの神を産んだ。そしてその後、母なる樹と一体となった。樹と一体となった今も、カラドウとアマルテは、この世界を見守っている』と、まあこんな感じさ」


「つまり、その樹から生まれた神様がこの世界を作ったということか」


「そういうことになるね。だから、その神様を産んだカガキミの樹はこの世界の母ということになる。だから、この世界で最も尊いものなんだよ。私達は、毎年その樹を訪れ、その木の枝にこの鬼灯提灯をあちらで配られる紐を使って、くくりつける。これはね、魂の象徴なんだよ。貴方のお陰で、こうして私達は存在することが出来ているのです、これは貴方によって作られた一つ一つの魂です……そういう感謝の思いを込めて、つけるんだ」


「で、あんたはそういう感謝もせず、ただ適当にくくりつける、と」


「嫌だなあ。一応感謝はするよ。表向きね」


「表向きとか馬鹿正直に言うなよな。ったく」


「何、それじゃあ嘘でも『それは勿論、私は母なる樹のことを敬い、常に感謝しているよ、嗚呼なんて素晴らしい樹なんだろう』って言ってほしかったのかい」


「いや、遠慮しておく。吐き気がするからな。……こっちにも、そういう神様とか、そういうのに感謝する祭とかってあるんだな。何かあんたらって全然そういう気持ちとかってなさそうってイメージがあったから、意外だな」

 そう言うと、あたしの前を歩いていた、牛の頭で三つ目の化け物が後ろを振り向いて、あたしをじっと見つめた。


「当たり前よ、人間の小娘。俺達は、姿形こそあんたらと違いこそすれ、その本質は大して変わりないのよ、これが」

 その右隣を歩いていたおかめのような顔をした男の妖怪がけらけら笑った。


「左様。人間と妖怪なんて、実は大した違いなどないのですよ、娘さん。住む世界や暮らし、考え方に多少の違いはありますけれど、そんなこと、ほんの些細なことなのでございますよ。ほほほ、まあ少し肩の力を抜きなされ」

 そう言われても、簡単に力を抜くことはできない。本質は似たようなもの、なんて言われても。はいそうですか、って納得できるほど、あたしの脳みそはもう柔らかくない。これがガキだったらまた違うのかもしれないけど。

 やがて二人は、肩をすくめ、また前を向いて歩きだした。


 特に話すこともなく、あたしと出雲はしばらく無言のまま歩き続けていた。あいつはあたしに話しかけられない限り、口を開く気はなさそうだった。提灯が照らすその顔には表情がない。楽しそうでもない。かといって、つまらないという風でもない。


 黙々と歩くことは、あまり好きじゃない。なんか、気まずいし。他の妖怪達の会話は、ほとんど耳に入らない。ただ無言の世界が続く。無言の世界というのは、本当に忌々しいものだ。なんだか体を見えない何かに締めつけられたような感じがする。

 かと言って、馬鹿出雲と話すのも気が進まない。話しかければ話しかけたで、意地の悪いことばかり言うし。


 聞きたいことは、多分沢山ある。けれど、なかなか言葉としてそれが出ていかない。


 ぼうっとしながら歩く。目の前にある無数の灯りを見ていると、何だか眠たくなってくる。そういえば、今は何時なんだろう。まだそんな夜遅いというわけではない気はするけれど……。いや、もしかしたら本当はものすごい時間が経っているかも……ああ、そういえば、あざみと咲月はどうしているだろう。あたしがいつまでも姿を現さないことを、不思議に思っているかな。祭なんて、とっくに終わっているかな。帰りが遅くなったら、婆ちゃん達心配するかな。というか、何も言わずにこんな所に来ることになっちゃったけど、大丈夫なんだろうか。


「大丈夫だよ、安心おし。菊野にはあらかじめ言ってあるからね。お転婆紗久羅姫をお借りします、ってね」

 あたしはぎくっとした。何だよ、この野郎。あたしの心を読んでいるのか。


「君を待っていた友人達の記憶もちょこちょこっといじってあるから、そこらへんも心配ご無用さ。私はちゃんと、そういうところも考えているんだ。優しいだろう」

 そういって、あいつはにこりと笑いながら胸を反らした。


「どこが。そもそもあんたが、こんなところに連れてこなければ、そんなことする必要もなかったんだ」


「いやいや、元々は君のせいだよ。君が私のことをいじめるから」

 わざと、いじけたような表情を浮かべる。


「だから、あたしはいじめてなんかない! ていうか、どちらかというと、あんたの方があたしのことをいじめているんだろう!? あの鈴にも、変なこと言ってさ。あたしは何もしていないよ!」

 あたしは思いっきり怒鳴って、あいつに殴りかかろうとした。

 その時、またあいつが急に冷たい、いやどちらかというと悲しそうな表情を浮かべたから、あたしはどきっとしてその手をとめた。


「本当に? 本当に君は、何もしていないのかい……」


「し、していない! な、そ、そんな顔したって無駄だからな!」

 あたしは、自分がとても悪いことをしたような気に一瞬なってしまった。けれど、あたしは何もしてないない。断じて、していない。

 出雲は、しばらくあたしの顔をじっと見つめていた。けれど、ため息をつくと顔をそらし、また歩きだした。


(なんだよ、意味が分かんない)

 あたしも、あいつを殴ろうとした手を引っ込めて、また歩き始めた。


「あ」

 あたしは声をあげた。

 

 前方……光り輝く木々の向こう側に、一際大きくて、青く光っている樹を見つけたからだ。ほんのついさっきまでは、そんなものなかったのに。

 その樹は、水晶を彫って作られたんじゃないかと思うくらい青く、また透き通っていた。ものすごく、綺麗な樹。


「あれが、カガキミの樹だよ。さあ、後もう少しで着くよ。間近で見ると、あれはもっと美しい」


「まあ、私の方が美しいけどね……ってか」

 あたしは、じと目であいつを見た。

 あいつは、腹が立つほどいい笑みを浮かべて一言言った。


「ああ、それは勿論。君は大分私のことが分かってきたみたいだね」


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