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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
出雲の一日
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出雲の一日(9)

 橙と青の光に照らされた地上の世界は眠ることを知らない。後から後から客はやって来て、会場に僅かある隙間を徐々に埋めていく。いずれ少しの隙間も無くなって、それでも人がどんどん来て、膨張し、終いに爆発し、黒い木々を吹き飛ばしてしまうだろうと思う位の勢いだった。

 出雲と鈴は客が極端に少ない店は避け、一定の数の人が集まっている店を順番に巡っていく。


 振ったサイコロの目によって攻撃の種類が変わる闘札、ルール自体は将棋とほぼ同じだが動かす駒が様々な形のフィギュアである遊盤『天の采配』、サイコロで出た数分だけ駒を動かし自分の陣地を増やしていく……という遊盤『天下統一』、女の艶やかな姿の描かれためんこ、サイコロを二回振り一回目に出てきた目から二回目に出た目を引いた数だけ進むことが出来るという『苛立ち双六』、見ただけで腹が減る、美味そうな絵の描かれているカルタ、相手の駒を殲滅するまで戦う遊盤『食うか喰われるか』などなど。

 しかしこうして見てみると、相当な種類のものがあるんだねえと素直に感心する出雲だった。勿論遊盤の絵柄、駒やプレイヤーの役名が違うだけでルールはほぼ同じ、というものも少なくない。しかしそういったものを差し引いてなお数多くの種類のゲームがある。


「系統も色々違うよねえ……単純に運の良し悪しだけで勝敗が決まるものもあれば、頭を使って戦略を練らなくては勝てないものもあるし、嘘をつくのが上手でかつ相手の嘘を見破ることが得意な者の方が有利なものもある。単純明快な遊び方のものもあれば、何度かやってみなければなかなか飲み込めない、複雑なものもある」


「単純な遊び方の方が……かえって奥が深いってこの前胡蝶が言っていた、気がする。出雲、これと同じもの、満月館にあったよね?」

 鈴が指差したのは円形のマスがぐるり一周し、それに囲まれるようにして一際大きなマスが中央にある遊盤。大きなマスには宝箱が描かれており、盤には洞窟や大蛇、色とりどりの宝石等の絵。

 しばらく出雲はその盤をじいっと眺めていたが、やがてその遊盤に関することを思い出したらしく、ああ、と彼にしては珍しく子供っぽい声をあげ。


「そういえばあったねえ。確かサイコロを振って進んで……赤いマスと、中央のマスに止まると裏返しにした宝物札から一枚好きなものを選べるんだよね。それで、その札には得点が書かれていて……全ての札が無くなった時点で合計得点の一番多かった人が勝ちっていう。懐かしいねえ、単純だけれど面白くて、鈴や胡蝶達とよくやったっけ。この前遊んだのは二十年位前だったかな」

 鈴が微笑む。彼女もまた、昔この遊盤で遊んだ時のことを色々思い出したのだろう。最下位の人に色々やらせて盛り上がったねえ、胡蝶の猿の真似はなかなか傑作だったっけと思い出したことを口にすると鈴がこくこく頷く。

 そうして一旦思い出すと、次から次へと色々なことを思い出していく。ずらりと並んだ売り物には目もくれず、楽しく鈴と思い出を語り合った。


「そういえば何十年だか前に、一日中遊盤や遊札で遊び続けたことがあったねえ。主に胡蝶が持ってきたものだったかな。皆で集まってわいわいやったっけ。あの時は時間が経つのも忘れて夢中で遊んだっけ。闘札は鞍馬の旦那が強かった。鬼灯の主人や胡蝶も強かったけれど、鞍馬の旦那は段違いだったねえ……どの闘札でも彼には勝てなかった。戦い方が上手かったんだよね、持ち札を有効に使う方法がよく分かっていたんだ。遊盤や遊札のことを一番知っていると自負していた胡蝶は彼に負ける度悔しがって、もう一回、もう一回やってくれって何度も言ったっけ」


「結局一度も勝てなくて……胡蝶しばらくふてくされちゃったんだよね」

 そうそう、と出雲は苦笑い。今でもその時の彼女の顔をよく覚えていた。あれだけ胡蝶がむきになるということは滅多に無いことだ、だから皆して珍生物でも見るかのような目で見ながら笑ったなあと目を細め。


「駒を動かして、敵を食べつつ敵将を追い詰める……遊盤は鬼灯の主人が、とても強かった。出雲も敵わなかった」


「私はごちゃごちゃ色々考えることは苦手だからね。すぐ集中力が切れてしまうし、頭が痛くなってしまう。難しいことを考えるのはただただ苦しいだけだ」


「言い訳?」


「酷いなあ、鈴が私にそんなこと言うなんて」

 口をすぼめつつ、ぽふりと鈴の頭に手をやる。鈴は上目遣いでそんな彼のことを見つめつつ小さな舌をぺろりと出した。出雲相手なら何を言っても許されることを彼女はよく知っていたのだ。

 それから鈴は売り場にあった百人一首を指差す。人間が詠んだ歌ではなく、こちら側の住人――妖や精霊達の詠んだ有名なものを使ったもの。


「……ああいうのは、私、得意だった」


「ああいう歌を沢山覚えている女の子というのは素晴らしい。上の句を少し聞いただけで記憶から該当する下の句を探り当て、素早く目当ての札を取る。その姿のなんと美しく、猛々しいことよ。あれをやっていた時の鈴はとても綺麗だったなあ」

 鈴は笑顔でそんなことを言われ恥ずかしくなったのか、あうあう言いながら悶える。それを見て悶える出雲の姿は、子煩悩の馬鹿親のそれそのもの。


「けれど私より、柳の方がずっと上手だった。……とても早くて、全然敵わなかったもの。白粉は弱かった……いつも適当なものを取ってはお手つきになっていた。鞍馬も、あと、あの馬鹿狸もものすごく弱かった」


「白粉も鞍馬の旦那も馬鹿狸も、勢いだけはあったよね、勢いだけは。けれど大抵間違ったものを取るんだ。鞍馬の旦那と馬鹿狸は取り方が酷く乱暴で、彼らが札を取ろうと動く度、周囲の札が他の札と重なったり、札が裏返ったり、どこかへすっ飛んだりして大変だった覚えがある。ただ乱暴なだけなんだよねえ……そういえば馬鹿狸といえば」

 弥助、と呼ぶ気はさらさらないらしい。何か思い出したらしくにやにや笑う。


「あの馬鹿は『疫病神』という遊びにおいて、皆の格好の餌食となっていたっけ。あれだけ考えていることが顔に出る奴もそうそういないだろう。あいつに『疫病神』の札を押し付けるのはとても楽だった。非常に楽だった。楽すぎてつまらなかった位だ」

 人を傷つけない嘘ならつくことが出来る弥助だったが、どういう訳かダウトやばば抜きといった遊びにおいては嘘をつき通せない、ポーカーフェイスを保ち続けることの出来ない男であった。


「……最初は皆面白がっていたけれど、ずっと同じような結果になって……最下位争いが盛り上がらなくて……ああいう騙しあいの遊びをやめることになっちゃったんだよね。駄目狸のせいで」


「そうそう。全く忌々しい奴だ。というかそもそも何であいつまで一緒に私の家に来ていたんだ? 胡蝶が誘ったんだっけ」


「多分。胡蝶……空気読めない」

 思い出しただけで気分が悪いと付け加える鈴に同意し、出雲は話題を弥助から逸らす。


「超巨大遊盤の『人生二巡り』なんかもやったね。あれは兎に角一回遊び終えるまでに相当な時間がかかった」


「途中、柳達が作ったおでんや肉じゃが、おにぎりを食べて休憩して……続きをやって。その前に色々な遊盤とか闘札をやっていたから……皆集中力が切れていて、最後の方は滅茶苦茶になった、よね……」

 人生二巡りというのは早い話が巨大人生ゲーム。はじめは人間としての人生を歩んでいき、死ぬところまで駒を進めた後、人間や妖などに転生をする。何に転生するかはルーレットを回して決める。何に転生したかで、イベントマスで起こる内容が変わってくる……といったもので、一回辺りのプレイ時間がかなり長い。

 出雲は鈴の言葉に頷き、ぽりぽりと頬をかきながら「そうだねえ」と遠い目。


「進む数を間違えたり、マスに書いてある文章を読み間違えたり、別の人の駒を動かしたり、順番がぐちゃぐちゃになったり……」

 集中力に関しては体力ほど人間と差があるわけじゃないからねえ我々は、とその時のことを思い返し、ため息。あの時はものすごく疲れて、皆死人になったよねと鈴も遠い目をしている。


「あの時って結局誰が勝ったんだっけか……」


「そもそも最後まで出来た……?」

 他のことは詳細に覚えていたのに、そのことに関しての記憶が朧な二人だった。

 それからも別の日、また皆と集まって遊んだこと、鈴と二人で色々遊んだことを思い出し、次から次へと口から珍エピソードや微笑ましいエピソード、苦いエピソードなどが溢れ出る。それを周りで聞いていた客達の中には二人の会話に感化され、会話に出てきた遊盤や遊札を買いに行く者もいた。

 会話をしている張本人達も、話している内に段々盛り上がっていき、殆ど無くしていた遊盤や遊札に対する情熱を取り戻していく。


「何だか、無性に遊盤とかで遊びたくなってきた。遊ばなくてはいけないというような気持ちになってきた。不思議なものだねえ」


「時々、ああいうもの、ものすごくやりたくなる。……出雲、折角だから今日の市で色々買って……遊ぼう」


「ああ、そうだねえ。遊ぼう、遊ぼう。死人になる位まで遊び倒そう。そうだ、紗久羅達人間組も招こう。こういう遊びならすぐ彼女達も覚えるはずだ」


「やろう、やろう」

 興奮している鈴は、紗久羅達人間に対する嫌悪感も忘れ元気よく頷いた。

 そうと決まれば、と二人げんこつを作り、ごっつんこ。


「市を巡って、色々買おうではないか」


「買おう、買おう」


「それじゃあ俺の店で何か買っていってくれ」

 出雲達が今いる店の主が満面の笑みを浮かべてアピール。


「いや、ここのは買わない! 琴線に触れる様なものが無いからね!」

 またしても即答。がっくりと肩落とす店主。しかし最初に二人が訪れた店の主よりずっと立ち直りが早かった。ため息をつきつつ今にも店から立ち去ろうとしている二人を呼びとめ。


「それなら兄ちゃん、一番右の列にある『菖蒲(あやめ)屋』に行ってみるといい。あそこは独自の技術を使ったものが沢山売られている。常に新しいものを生み出し、売り出しているんだ。……それに今回は、他の店では見たこともないような独特の絵の描かれた遊盤とかが売られているらしい」

 それを聞き、興味を抱いた風にふうんと一言。


「そういえばその名前、聞いたことがあるような。以前その店で何か買ったかもしれない。うん、とりあえず行ってみよう。商品は買わないが、その情報は買おう。あ、勿論代金は支払わないけれど」

 分かっているよとただ苦笑いするしかない主人と別れ、目指すは菖蒲屋。


 会場内に整然と並ぶ店の列。その両端には特に人気で有名な店が集中している。それだけあって、混み具合が他の場所の比ではなかった。沢山の妖にもまれ、購入した遊盤等を入れた袋等に攻撃されつつ、目的の店を目指す。

 到着した菖蒲屋には一際大きな人だかりが出来ており、商品を見ながらわいわい騒いでいた。屋台の大きさも他の店より大きい。


「さあさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、菖蒲屋の新作商品、まだまだ沢山残っていますよ!」

 そんな客寄せの言葉も客達の声にかき消され、殆ど聞こえない始末。

 出雲は鈴の手を決して離すまいと強く握り、深呼吸してから妖達の波をかき分け、どうにか商品が見える位置まで行くことに成功。


 菖蒲屋には成程、他の店には無い斬新な商品が多かった。遊ぶ度マスの配置の変わる双六、戦いの場に出すと立体的な光の像(早い話がホログラム)が札から飛び出す仕掛けになっている闘札、時間が経つごとに盤に描かれた絵柄が変化するもの、描かれているものの匂いを発する札、遊ぶ度絵は変わらないが能力が変わる闘札等等……。


「確かに、他の店では見かけないものが多いね。そういえばあの店の主人、他の店では見たことが無いような絵の描かれた商品を今回売っているとかって話をしていて……」

 自分が今立っている辺りには見当たらなかったので、また波をかき分け移動する。と、一際盛り上がっている場所を見つけ、そちらへ向かった。

 その先に主人が話していたものがあった。出雲と鈴は最前列までやってくるとその商品に描かれている絵を見て……固まる。後、ツッコミという名の感想の嵐を巻き起こす。


「うわ、何これ目でか! 顔の半分位を占めているじゃないか!」


「……しかもものすごくきらきらしている」


「全体的に色濃い! 鮮やか超えて何か濃い!」


「着物の丈、短い……手に変な杖持っている……胸、ものすごく大きい」


「足細すぎ! 折れる、絶対これ折れるよ!」

 兎に角普段見慣れている絵とは明らかに違うものであった。


「目を大きめに描いている所とか、独特な衣装を描いている店とかあるけれど……なんというか、その程度が……段違いだ。しかしどこかで見たことが……ああそうか」

 向こう側の世界で見たのか――と受けた衝撃の強さに未だ体を小さく震わせつつ、どうにか出雲はそう呟く。


「気まぐれで足を運んだ……向こう側の世界の本屋で見た『こみく』とやら――漫画とも言うんだっけか――絵そっくりだ。あの時も衝撃を受けたっけ」

 あまりに大きな衝撃だった為、今の今まで忘れていたと言いつつずらりと並んでいる絵を凝視。

 細かい部分まで描かれた線、異様に大きい瞳、変な髪形、肩幅と同じ、或いはそれをも超える大きさの顔、えらく強調された胸、えらく濃く明るい色、細い手足、胴。遠い地でもお目にかかることの無さそうな独特な衣装。一度見たら最後、その強烈さに目を奪われる。

 出雲や鈴に限らず、他の客達もその強烈な絵柄に大きな衝撃を受けているようだった。


「この絵、何でも人間達の世界で絵の描き方を学んだ妖が描いたものらしい」


「向こうの世界はこんな絵を描いているのか。しかし不思議な絵だな……この娘、目の上にひじきを沢山乗せているぞ」

 ……どうやらマジカルステッキらしきものを握りポーズを決めている娘の目の上に描かれている睫毛(まつげ)のことを指しているらしい。確かに一ヶ月程前食べた煮物に入っていたひじきにそっくりの太くて長い弓形をしている。


「まさかひじきということはあるまい。……ひじきをつけた人間など、俺は見たことが無かった」


「馬鹿、そりゃあ数百年前のことだろう。もしかしたら今の人間共は目の上につけているのかもしれないぞ、ひじきを。流行のおしゃれなのかもしれん」

 流石にそれはないない、という出雲の心の声など聞こえるはずも無い妖の一人はそれを聞いて納得。成程そうかも知れないと頷き。


「しかし最近の人間はすごいな。こんな強烈な服を当たり前のように着て、歩いているのか」


(歩いていない、歩いていない)

 とこれまた一人、心の中でツッコミを入れる。それからもし紗久羅がこの絵に描かれている衣装を着ていたら……と色々想像。

 ツインテール、大きな赤いリボン、ハートに羽の生えたもののついたピンクのステッキ、赤いリボンや白いレースのついた露出度の高い(胸が結構見えている。最も貧しい乳の紗久羅が着ても大して見えないだろうが)ピンクの衣装、白いニーソ、羽つきのピンクの靴、肩に黒猫……。

 その姿で、その絵の下に書いてある技名『リリカル☆プリティーエンジェルラブ』をウインクしながらノリノリで唱える紗久羅の映像が克明に浮かび上がり、出雲は噴出した。上品さのかけらもないふきだし方に傍にいた鈴はびっくり。


(これはすごい破壊力……可愛い、ものすごく可愛い、だが滑稽だ。紗久羅の破壊力も相当だけれど、この格好をもしサクがやったら? あのぼさぼさの髪で、馬鹿みたいに大きな眼鏡をかけたままでこの格好をしてここに書いてあるよく分からんものを唱えたら)

 ……紗久羅以上の破壊力であった。笑いが止まらない、腹筋崩壊、美しい化け狐は今や死にかけの油虫。これには流石の鈴も引き。

 ひじきがどうこう話していた客達もなんだなんだと訝しげな表情を浮かべたが、すぐ会話を再開させた。


「しかし人間は随分目が大きくなったのだな」


「きっとよく見えるだろうなあ、この目。視野も広がりそうだ」


「これだけきらきら輝いていれば、夜でもよくものが見えるだろうな」


「妖は何も変わらないが、人間というのは随分変わったのだな……世界はおろか、姿かたちさえ変わっていっている。面白いと思う反面、何だか寂しいなあ」

 

「いや、変わっているといえば変わっているけれど、この絵のようになっているわけでは……」

 と向こう側の世界を知る出雲は小声でぼそりと呟くも、二人の耳には届かない。


「……出雲、この絵柄の闘札、少しだけ買いたい。何か、可愛い」


「可愛い!?」

 その強烈な絵柄にあまり可愛さを感じていなかった出雲(札に描かれている人物の衣装を紗久羅に着せたら可愛いと思ったが、絵自体は可愛いと思っていない)は鈴の言葉に衝撃を受ける。しかし辺りを見渡してみると、この絵を可愛いと思っている者は結構多いらしく、みるみる内に売り場に並べられた商品が消えていく。といっても消えた傍から新たなものが補充されていったが。

 この絵を見ると何だか胸がどきどきする、何かに目覚めそう、癖になる……そんな言葉があちらこちらから聞こえ。出雲は困惑しつつも、鈴の為に幾らか買ってやるのだった。

 そして自分はその強烈な絵柄のものではない、独特ではあるがずっと馴染みのあるものに近い絵の描かれた遊盤を幾つか購入。音や声を出したり、プレイヤーの指示通りに動く駒を使ったり、遊ぶ度マスの配置などが変化したりするものを色々と。


 出雲と鈴は菖蒲屋を離れ、再び店巡りをする。古物専門の店、簡単には行けない遠い地(向こう側の世界でいうイギリスやドイツといった国と重なっている場所にある地)の遊盤や遊札を扱っている店、やたらルールが複雑なものばかり扱っている店、それとは正反対のものを多く取り扱っている店……巡る内、ますますテンションのあがってきた二人はまあ兎に角よく買った。

 とりあえず落ち着くと、店巡りに疲れてきて、今度は広場の奥にある食べ物を売っている屋台の並ぶ場所へ移動。深夜に物を食べたからって何ら体に悪影響の無い体質である妖達……何も気にせず、リンゴ飴やカルメ焼き、焼きそば、いか焼き、焼き鳥などを買ってはぱくり、買ってはぱくり。


 そういった屋台の並ぶスペースの隣には、ずらりと木製のテーブルが並んでいる。ここもまた人がよく集まっている。

 そのスペースは休息所では無い。そこは、買ったり持参したりした遊盤や遊札で遊ぶ為の場所。勿論闘札の交換も出来る。


「……皆、楽しそうだね」


「水を得た魚の様に生き生きしているよ、本当。私達もやってみるとしようか……胡蝶もここにいるのかな」

 確か後で持参した闘札で遊ぶんだとかなんとか言っていたよねと目をきょろきょろ、顔を忙しなく動かし。テーブルについて遊ぶ者、その周りで色々喋りながら観戦する者、沢山いる。

 勝利の雄たけび、敗北の悲鳴、誰かの好プレーを讃える拍手……。


 大勢の妖達から胡蝶の姿を探すのは大変だった。彼女が「やった!」という大きな声をあげなければ、途中で探すのを諦めていたかもしれなかった。

 闘札で対戦していたらしい胡蝶は立ち上がり、万歳しながら勝利を喜んでいる。彼女らしく無い無邪気で子供っぽい笑顔。周りにいた妖達の拍手に合わせぴょんぴょん飛び跳ねている。


「ものすごく喜んでいるねえ、胡蝶」


「あら、出雲じゃない。私の勇姿見てくれていたの?」


「いや、君がやったと叫んで立ち上がったところからしか見ていないよ。それにしても随分喜んでいるね」

 当たり前じゃない、と出雲の言葉に対しうきうきした声で胡蝶が返す。


「今回私、賭け札をしていたの。勝った方が、あらかじめ指定した相手の持っている札を貰うことが出来るのよ」

 今敗北に打ちひしがれている一つ目の牛の角生やした男が、自分がずっと欲しいと思っていた札を持っていることを知った胡蝶は賭け札を申し込み……そして見事勝利したそうだ。観戦していた妖達の話によれば終盤までは相手が押していたそうだが、諦めず戦い続けていた胡蝶にツキが回り始め――最終的に逆転勝利したらしい。


「ああ、楽しかった。……ささ、約束通り所望していた札を頂くわよ」

 と胡蝶は男の妖方へ手を差し伸べる。しかし男は未だ敗北のショックに打ちひしがれているらしく、顔もあげないし返事もしない。ただぶるぶると体を震わせている。今度は身を乗り出し、再度催促をする胡蝶。


「非情かもしれないけれど、これが賭け札なのよ。私だってお気に入りの札を賭けて真剣に戦ったの。それに戦いを受けてたったのは貴方自身。文句は言えないはずだわ」

 その言葉を聞き、頭をあげる男。胡蝶に自分の札を渡す決心をしたらしい……と胡蝶及び周囲にいた者達は思っていたのだが。


「……知らん」


「は?」


「知らん! 俺は賭け札を受けた覚えは無い! 妄言吐いて人様の札を取ろうなんて! 闘札愛好者の風上にもおけない奴め!」

 野太い声で叫んだかと思えば、胡蝶をずびしと指差す。胡蝶はぽかん、周りの者もぽかん。一瞬沈黙、後、響き渡る怒号。


「何を言っているこの野郎!」


「確かに姉ちゃんは賭け札を申し込んでいた! あんたはその勝負を受けてたち、姉ちゃんの札から欲しいものを一枚選んでいた!」


「風上にもおけないのはあんたの方だ!」

 全てが胡蝶を擁護する言葉。目撃者多数。しかしそれでも相手は怯まない。


「うるさい、うるさい、うるさい! それはきっとこの女が見せた幻覚だ! 騙されるな! 兎に角俺は何も知らん!」

 そう言いながら男は自分の闘札をかき集める。


「きっと勝負だって正々堂々とやっていなかったに違いない! 卑怯な手を使い、勝ったんだ! 途中まで俺が勝っていたのに……あんな急に戦況が……あんなの絶対におかしい! 全くなんて女だ、嘘をつき、周りの奴等を誑かし、挙句ずるをして勝利するなんて……!」

 お前ふざけるな、往生際の悪い奴だ……怒鳴る妖達。一方胡蝶は何も言わず、ただ両手を組み、男を睨んでいる。


「反論出来ないようだな? そりゃあそうだろう、全て真実なのだからな! 嘘つき女、八百長女、お前みたいな奴に闘札をやる資格など無い!」

 いっそ清清しくなる位の阿呆。胡蝶は無言のまま。


(あ、これは相当怒っているな)

 出雲には分かっていた。胡蝶がものすごく怒っていることが。

 

 男は胡蝶が何も言わないのを良いことに好き勝手なことを言いまくり、挙句飛び上がり、空へと逃げていった。

 出雲は無言でその手から青い炎を生み出し、男めがけて放とうとしたがあることに気がつくとその火を手のひらから消し去り、微笑む。楽しそうな笑み。


 胡蝶がその体内に飼っている(全ての蝶を体内で飼っているわけではないが)とても小さな蝶を外へ出し、男の体にとり憑かせたのを見たからだった。


「どんな蝶をつけてやったんだい?」

 出雲が聞くと胡蝶が冷ややかな笑みを浮かべ、答えてくれた。


「……体内を、肉や臓器をちびちびとかじりながら移動する蝶よ。あいつは体内を巡る原因不明の痛みに七転八倒することでしょう。そしてそれを七日繰り返した後、蝶は頭の中に侵入し、そこを同じように移動し……ま、最終的にあの男は死ぬわ。その後、あいつを殺した蝶が私の所望する札を取り、帰ってくる……あの子は私の考えていることをちゃんと理解してくれているから、取ってくる札を間違えることは無いわ」


「それは面白い……いや、恐ろしい」


「面白いで合っているわよ。ふふん、どれだけ欲しい札があってもいきなりこんな手段で奪うことはしないけれど。正々堂々の勝負をした挙句、苦しい言い訳をして逃げるような相手には容赦しないわ。私、遊盤や遊札とは誠実なお付き合いをしているのよ。卑怯なことなんて絶対しない」


「だろうねえ」

 愉快そうに出雲は笑う。胡蝶も同じように笑い、それから出雲と鈴にこれから一緒に遊盤とかで遊びましょうよと遊びのお誘いの言葉をかける。二人は今すぐにでも遊びたかったから喜んでその誘いを受けた。


 そして胡蝶、初対面の妖達と共に朝日が昇るまで遊びふけるのだった。


 これが出雲の一日。勿論毎日全く同じことをしているわけではないが、いつもこうして気ままに、どこまでも自由に生きている。

 これからも、そうして自由に、生きていくのだ。

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