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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
出雲の一日
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出雲の一日(3)

 店の奥にあるお茶の間に出雲達は通された。そちらは琴子によって綺麗に掃除されており、非常に居心地のよい心落ち着く空間となっていた。

 出雲は琴子が注いでくれたお茶を飲み、甘さ控えめの羊羹を口に入れる。


「琴子もしばらく見ない間に大分大きくなったね」


「態度の方も順調にでかくなっているがね。だが乳は一向に大きくならん」

 味わうということをせず、お茶を酒でも飲むかのように豪快にごくごく飲む深紅。赤い唇についた緑色の汁を右手で一気にぬぐう。エロ親父のようなことを微塵の恥じらいもなく言ってみせると、にかっと笑った。全く君はと出雲は彼女の笑みに笑みで返し。深紅より余程女らしい所作で茶を一口。


「琴子は幾つになったんだい」


「分からん。十三か、四か五か……多分その位だろう。毎年一つ一つわざわざ数えてなんていられないよ。琴子も特に気にしていないしさ。誕生日にも他の人間共のようにこだわっちゃいないし」

 結局思想っていうのは種族ではなく、環境に左右されるものなのさ――そう言いつつ、かしこまった座り方に早くも嫌気がさしたのか、体を横に向け左手をつき、動きやすいように改造された着物から程よく肉のついた右足を晒し、それをたてて美しく悩ましい稜線をもつ山が生まれ。


「そもそも琴子の正確な誕生日をあたしは知らない。勿論、蓮助も。……蓮助があの子を拾ったのが五月の初め位だから、まあ四月の終わり位じゃないかと思うがね」


「琴子は確か……捨て子、なんだよね」


「ああ、そうさ。どこかの建物の前に放置されていたのを、あたしの命令で向こうの世界へ行き、面白そうなもの、珍しそうなものを探していた蓮助が見つけて……こっちの世界に連れて帰ってきたんだ」

 やた吉の問いに答えた後、まさか生きた人間の赤ん坊を持って帰って来るとは思わなかったからあの時はかなり驚いたよと苦笑い。それから懐かしいねえ、と目を瞑り。恐らく当時のことを思い返しているのだろう。


「懐かしい、という程の時間は経っていないが……まあ、うん、懐かしいね。初めは元あった場所に返して来いと言ったんだが。結局、あたしが育てることになった。名前は産着に書かれていたのをそのまま拝借した――あの子への最初で最後の贈り物だろうからね。しかし……まあ、大変だったよ子育てってやつは。何度あの子をこの京の頂上から落とそうと思ったことか」

 実際、蓮助の制止を振り切って紅都京の頂までぴいぴい泣いている琴子を乱暴に抱きかかえて連れて行き、そこからぽんと放り投げようとしたこともあった……ようだ。冗談ではなく、本気で。後は両手を離すだけ、という段階までいったらしい。が、結局情や深紅の中にも一応ある母性がそれを阻止し、琴子は命拾いした。そして今日も彼女は死ぬことなく、生きている。

 そんな、琴子からしてみれば笑い事でも何でもないエピソードを深紅は豪快な笑い声と共に語ってみせた。……深紅にとっては、笑い事なのだ。


「しかし本当、珍しいよね。こちらの世界の住人に、こちらの世界で赤ん坊の頃からずっと育てられている人間なんて」

 出雲は菓子楊枝にさした羊羹をくるくる回す。やた吉とやた郎はそれを聞いて仲良く頷いた。


「化け狐に与えられた道具を使って、こちらとあちらを当たり前のように行き来している人間達も珍しいがね。昔はまだそう珍しくもなかったが」

 羊羹をもぐもぐ食べている出雲を見つめつつ、にやり。それもそうだと出雲もにやり。


「こちらとあちらの世界の関わり方にも色々あるもんだね。人間と妖が愛し合うってこともあれば、商売の為に手を組むなんて話も聞いたことがあるし、人間に育てられたこちらの世界の住人っていうのも少なからずいるらしいし……言い出したらきりが無い。全く面白いねえ、本当に。と、琴子の話はこれ位にしておこう。……あれ、買うんだろう? 今出すよ」

 そう、本来の目的は琴子のことや双方の世界の関係について色々話すことではない。満月館リニューアルの為の道具を買う、それこそが出雲がここを訪ねた理由である。

 深紅は超賑やかなゴミ屋敷……もとい店内から探しだした商品をちゃぶ台の上にぽんと置いた。


 三十センチ位の黒く細い棒。先端の方はいくつか分かれており、ぱっと見、黒い木の枝。枝の部分にはビー玉サイズの玉のついた赤い糸が何本かくくりつけられている。玉の色は桃色、翡翠色、空色等。ちゃぶ台にそれが四本。

 出雲はその内一本を手に取り、くるくる回しながらそれを懐かしそうに眺める。


「これこれ、うん、懐かしいね。……しかし気のせいか、玉が若干汚れているような。傷もついて」


「気のせいさ、気のせい。仮に汚れていたり傷がついていたりしていても、問題は無いさ。使えればいいんだよ、使えれば」


「そりゃあそうだけれど」


「で、今度は純和風のお屋敷にするんだって?」

 ああ、と返事する出雲眼前に深紅が突きつけたのは、薄い冊子。彼女の顔は上機嫌、出雲ははあ、とため息。


「勿論購入するのはこれだけじゃないだろう? 素敵なお屋敷にぴったりな道具を揃えないとね」

 しぶしぶと出雲はその冊子を受け取る。それは簡単にいえば家具や小物等のカタログ。満月館にあるカーテンや洋風の鏡、立派な額縁におさめられた絵画、テーブル、椅子、ソファー諸々はここで購入した物。買うと、木の枝に似た道具を使って家の姿を変えた時、それらの物が屋敷の中、あらかじめ決めた場所に自動的に出現する。

 買わなかった場合、そういったものは一切ついてこない。ただ姿が変わるだけ。出雲が元々所持している物以外は全て消えてしまう。出雲の部屋にある本棚も、ここで購入――レンタルといった方が正しいのかもしれない――したもの。改めて買わなければ、和風の屋敷に変えた途端本棚だけが消滅し、出雲が適当に集めていた本だけが残ってしまうのだ。


 ここで買わず、ちゃんとした店で家具等を一通り揃えるという手もあるにはあるが、ころころと変える建物に合う物をいちいち自分で買っていたらキリが無いし、かさばってしまう。また自分の所有物に関しては、自分で移動させる必要がある。家の姿が変わった瞬間、それらの物が一番ふさわしい所に自動的に移動してくれる、合わないと判断された物は自動的に物置き部屋や空き部屋に片付けられる……なんてことはないのだ。つまり生活に必要なもの――大きな物や重い物を買えば買う程、改装した時面倒なことになる(といっても実際に移動作業をするのは出雲ではなく、やた吉ややた郎なのだが)。

 だから結局出雲は家具や装飾品等の多くを逐一ここで購入レンタルしている。


 それから深紅は三十分近くかけて出雲が前回購入したものをまとめた紙を探しだし、彼へと渡す。出雲はそれも参考にしながら今回買うものを決める。

 やた吉とやた郎はしばらくの間出雲の傍らにぴったりとついていたが、やがて飽きたらしく店内の売り物を物色したり、それらを使って遊んだりし始めた。

 楽しそうにきゃっきゃと笑っている二人の声をこの部屋と店を仕切る障子越しに聞きつつ話を進める出雲と深紅。


「後で建物の構造をどうするかも決めてもらわないとね」


「しかし、相変わらず無駄に強大な力を持っているねえ深紅は。物を創りだすというのは、そう簡単に出来るものじゃない。壊すより創る方がずっと難しい。この店で売っている物の殆どは君が自分の力で一から作り出したもの……全く家一軒をまるごと、しかも一瞬で変化させる道具を創るなんて、なかなか出来ない芸当だよ……本当、大したものだ」

 頬杖をつき、藤の花の色がついた絹糸の如き髪を微かに吹く風で揺らし、カタログ及び注文表と睨めっこしながら、感心している風な、呆れている風に呟く。それを聞いて深紅ははははと男の様な笑い声をあげ、誇らしげな顔を出雲に向け。


「妖でありながら、穢れや魔を浄化出来る出雲も大したものだよ。暗示をかけて、相手の記憶をちまちまいじることだってあたしには出来ない。ふふ、まあ皆違って皆良いってことで」


「それでも羨ましいよ。ああ、その馬鹿みたいに膨大な力が欲しいなあ。……肝、喰べてもいいかい?」


「あたしの肝は高くつくよ?」


「幾らなら売ってくれるんだい? 値段によっては、買ってやらないこともないよ」

 冗談っぽい笑みを浮かべつつ言う出雲。それを聞いた深紅がまた大きな声で笑い、豊満な体を大きく揺らす。


「残念だけれど、今の所はどれだけの金を積まれたってこの肝を売りはしないよ。あたしだってまだまだ長生きしたいんだ。それに、肝を喰らったからって必ずしも力を得ることが出来るわけじゃないしね」


「そりゃあ残念だ」

 本当に少し残念な風に出雲が言ったものだから、深紅が再び笑い声をあげる。

 女らしさのおの字も無い、しかし男らしさのおの字はある笑い。


「あたしの肝よりも、あんたは蓮助の肝の方を喰った方がいいんじゃないか?

そうすればきっとかなづちのあんたもすいすい泳げるようになるし、水中でもずっと呼吸が出来るに違いない」

 実はかなづちであった出雲はそのことを指摘され、決まり悪そうに彼女から視線を逸らす。それから「遠慮しておく」と言って、ゆっくりと横に振る首。


「……ところで彼、河童――ではないんだっけ……――蓮助は今どこに?」


「ああ、また向こうの世界へ行かせているよ。面白い物をどんどん持って帰ってもらうつもりだ」


「また人間の赤ん坊を拾ってきたらどうするんだい」


「その時は……その時さ。いざとなったら琴子に押しつけてやるよ。子育ての予行練習をさせておくんだ……琴子にやたら絡む(たけ)麿(まろ)っていうクソガキがいてさ。あれは絶対琴子に気があるんだ。琴子もまんざらではない風だし……いずれ結婚して、子供を作るかもしれない。育児経験を今の内にやらせておけば後々楽だろう……うん、いいかもしれないね。今度蓮助に言って、赤ん坊を一人、調達してもらおうかな」

 恐らく、冗談である。……恐らくは。


「琴子に子供がもし出来たら、深紅はおばあちゃんになるというわけだね」


「あ、それは嫌だ。何か嫌だ。よし、ここは琴子とあのクソガキがくっつくのを全力で阻止しないとな。琴子生涯独り身作戦を決行せねば」

 深紅とそれを聞いた出雲、二人してあっはっは。

 その声に混じって、障子の開かれる音が、しゅん。開かれた障子の向こう側には、むすっとした顔の琴子の姿が。


「おお、噂をすれば何とやら」


「何とやらじゃないですよ、全く。何が琴子生涯独り身作戦ですか! 自分がおばあちゃんと呼ばれたくないからって、ふざけたことを!」


「あんた、あたし相手にはよく怒るよな。気も強くなるし。後の連中と一緒にいる時は馬鹿みたいにふわふわのほほんしているっていうのに。のんびりしていて、心優しくて、滅多に怒らない――綿菓子みたいな女だって皆言うが、あたしはそんなあんた見たことがないよ。つんつんしていて、態度もでかくて――どちらかというと、毬栗(いがぐり)に似ている気がするんだが」


「深紅様相手だと、何故かそうなるんです! のんびりまったり出来ないんです。私が毬栗になってしまう原因は九割方、深紅様のせいですよ」


「手塩にかけて育ててやったのに、こんなに態度のでかいつんつん娘になってしまって……母さんは悲しいよ」


「普段『母さんなんて呼ぶなよ、深紅様って呼べよ、母親扱いしなくていいからな!』とか言っている人が何言っているんですか、もう!」

 そこから二人、喧嘩という名のじゃれあいを始める。それを傍から眺めている出雲は。


(血の繋がりは一切無いはずなのに、こうして見ていると……何故か、ああ親子だなあ、そっくりだなあって思うんだよねえ)

 深紅が琴子をむんぎゅと押さえ、更に彼女の上にどんと乗ってみせた。きゃーきゃーどいて重いとじたばた手足を動かす琴子。勝負あり、母は矢張り強し。


「……良し、終わった。ほら」


「はいはい……ふふん、結構頼んだね。いいねいいね、嬉しいよ。それじゃあ後は建物の構造とかをある程度決めて……情報をこの道具に組み込めば、お終いっと」


 それから出雲は家の具体的な外観、内観等を決める。その情報と、出雲が購入すると決めた物の情報を深紅が道具の中に入れている間、出雲はやた吉やた郎と一緒に店内を歩き回り、色々物色した。


「何これ、塗り薬? ええと、これを本に塗ると……本が開閉を繰り返しながら鳥の様に飛びます……?」

 蛤の容器に入った緑色の薬。その貝殻が収納されていた箱に書かれていた説明文を読み、出雲が顔をしかめる。

 その隣にいるやた吉が手に持っているのは、はたいた埃を全て花に変えるというはたき。試しにその辺りの棚をはたくと、確かにぼふっと舞った埃がポップコーンが弾けた時の様な音と共にたんぽぽや撫子、秋桜などに姿を変えた。


「これ……綺麗には綺麗だけれど……結局落ちた花をかき集めて処分しないといけないんだよね。かえって仕事を増やすことになるじゃん」


「深紅の姐さんが作った道具の殆どはそういうものじゃないか。意味が無い、役に立たない、けれど面白いっていう物が殆ど。今日出雲の旦那が買った物とかは別だけれど。……俺が持っている独楽(こま)も何が何だか」

 緑色の独楽をやた郎は床に置き、ぐるんと回す。独楽はげこげこげこという蛙の鳴き声をどこからともなく出しながら回っている。独楽のサイズは色々あり、大きさによって出す声の高さが変わるようだ。一気に沢山回せば、見事ながらも騒々しい蛙の合唱を聞くことが出来る。……ただ、それだけ。


「全く、彼女は天才的な変態だよ。あまりちんたら投げると爆発してしまうお手玉、とてもひんやりしているけれどぬめぬめしていて異様に生臭い金魚型枕、紙に押すと、その紙の中を自由に泳ぎまわる鯉の判子、一日一個だけ言葉を覚えるやじろべえ……まあ、嫌いじゃないがね、こういう物は。しかし彼女は頭がおかしい。そのおかしさは桁外れだ」

 やた吉がそれを聞いてあはは、と感心と呆れの混じった声で笑う。


「創造する力をこういうことに惜しげもなく使っちゃうって、すごいよな」


「確か翡翠京にある金魚亭でやっている金魚捕り……あれで使われる景品に姿を変える金魚もここで創られたものなんだよね。金魚から姿を変えた景品も、深紅の姐さん特製で」


「確か(うつろ)(みず)も深紅が創ったんじゃなかったかな。全く羨ましい力だよ。……で、これは……ひたすら結んで開いてを繰り返すだけの蓮の花か。しかも何か壊れかけているし……ぎいぎいいっているよ」

 出雲がはあ、とため息。


 そうして深紅の桁外れの力が生み出した珍アイテムの数々を見ている間に、深紅の作業がすっかり終わったらしい。

 深紅は風呂敷包みに包んだ(包み方及び端の結び方がかなり雑だったので、恐らく深紅が包んだのだと思われる)あの道具を出雲に手渡した。出雲はそれを受け取り、代金を支払う。


「それじゃあ、私はそろそろ行くとするよ」


「温泉とかには今日は入らないのかい」


「今日はね。……いずれ私の玩具達、もとい紗久羅――通しの鬼灯を与えた人間達をここへ連れて来た時にでも入るとするよ」


「ほう。もしそいつらを連れて紅都京へ来たら、この店へ絶対寄ってくれよ。その物好きでお馬鹿な人間達の顔を見てみたい」

 勿論、構わないよと微笑みながら出雲は頷く。


「それじゃあ、またな」


「ああ、また」

 出雲は手を振り、やた吉とやた郎を連れ深緋屋……そして、紅都京を後にした。


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