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桜町幻想奇譚  作者: 里芽
旅、準備、不可思議
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第二十六夜:旅、準備、不可思議(1)

『旅、準備、不可思議』


「……で、一生懸命あんたはこれを作っていたと」

 ここは教室、今は昼休み。空の弁当箱を机に広げっぱなしにしているほのりは、手である物をつまんでいた。

 白い顔には可愛らしいが妙に歪な形をしている目と口がついており、その上――頭には花柄の青い布を巻いている。シンプルな構造の体を包んでいるのは、頭に巻いているのと同じ布で作った着物。全体的におせじにも上手いとはいえない作り。

 それを作り、ほのりに渡したのは目の前でにこにこ笑っている少女、臼井さくらだ。


「そうなの。お裁縫は苦手だけれど、頑張って作ってみたわ。私の分も勿論あるわ。今、家に飾ってあるの」


「サクは本当こういうのが苦手なのね。所々糸がほつれているし、中に入っている綿の量が均等になっていないからぼこぼこだし……まあ、でもありがたく頂いておくわ。それで、これにはどんな効用があるわけ?」

 文句を言い、それをもう片方の手でサンドバッグの如く揺らす。それからあまり興味はないけれどとりあえず聞いてやるという風にさくらに尋ねた。さくらは彼女がそこまでその人形の効果に興味は無いという事実に全く気がついていない。


「その人形は、長い間自分の家や部屋を離れる時に置くものなの。主の代わりに人形が、自分が置かれた場所を見守り、悪しき者に侵されないよう守ってくれるそうよ」

 普段は腹に力がこもっていない、小さくぼそぼそとした声で話すくせに、こういう時はいきいき、はきはき、大きな声で話すのだった。

 

「ふうん……お守りなんだ。この中に入れたのよね? あたしの髪の毛」


「ええ、体の中に入っているわ、綿と一緒にね」


「全く。数日前あんたに『髪の毛一本頂戴』と突然言われた時は驚いたわよ。それで、よく分からないままくれてやったら笑顔で『有難う。早速お人形の中に入れるわね』とか言いだしてさ。あの時は呪いの藁人形の中に入れて、あたしのことを呪うつもりなのかと思ったわ」


「そんな、とんでもない! 人を呪うなんてそんな恐ろしいこと、私には出来ないわ。それに、そういうのはばれてしまったら意味がないというし……丑の刻参りもその姿を相手に見られると」


「はいはい分かった、分かったからちょっと黙りましょうね!」

 ほのりの冗談を冗談として受け取らなかったさくらは慌てて否定をし、呪いのことについて色々語りだそうとする。ほのりが止めていなければ、今もさくらは延々とそのことについて喋り続けていただろう。

 

「ところでこの人形、他の人に作ってあげたことってあるの?」


「中学生の時、一夜にあげたわね。仕上がりは今回櫛田さんにあげたもの以上に残念なものだったけれど」


「井上、よく髪の毛を素直にくれたわね」


「櫛田さんのように、素直にはくれなかったわ。ろくでもないことに使うに違いないって言って……だから無理矢理引っこ抜いちゃった」

 水筒に入れていたお茶を飲みつつ、淡々と語る。他の人には出来ないことも、一夜が相手だと平気で出来るらしい。ほのりは数年前の一夜に同情した。ついでに、理不尽なダメージを受けた彼の頭皮などにも。


「人形の効果は時間経過と共に薄くなるようだから……一夜用に新しいのを作って渡そうかしら。髪の毛も新たに調達して。ちゃんとした物を作るのは大変だから……てるてる坊主風で良いかしら」


「サクって本当井上相手には容赦ないわね……。それでこのお守りに関する話も、桜村奇譚集とやらに載っていたわけ?」

 

「ええ。何でも遠方から村を訪ねて来た人が、村人達にこの人形のことを教えたらしいわ。この人形を置いたおかげで誰もいない家に悪さをしようとしていた妖を撃退することが出来た……という話も残っているのよ。この人形は最低限、体の中に髪の毛を入れ、室内を見渡すことが出来るように目を描くなりつけるなりすれば良いみたいで……造形は私のオリジナルなの」

 自分でも作れるような、単純な形にしたのだとさくらはお茶を飲んだ後、付け加える。言葉通り、その造形はシンプル過ぎる程シンプル。だがそれだけシンプルなものにしたにも関わらず、出来は微妙である。


「それじゃ旅行中はこいつを部屋の中に置いておくってことで。……そうだサク、帰りに本屋寄らない? ガイドブック、まだ買っていないでしょう」


「そういえばそうね。買いに行こうとして何度か本屋に寄ったのだけれど、いつも他の本が置いてあるコーナーを見に行っちゃって……本来の目的を忘れてそのまま帰ってしまっていたから」


「あたしがあんたの首根っこ掴んで旅行コーナーに連れて行ってあげるから、安心なさい。準備は早めに済ませておかないと。しおりに書いてあった物もちゃんと家にあるか、持って行ける状態か確認して……無い物があったら、それも買いに行きたいわね。ま、それは明日とかでもいいけれど」

 さくらから貰った人形をカバンに入れ、代わりに机からしおりを引っ張り出す。来週ある修学旅行のしおりだ。最後の方のページに、準備する物の名前とチェック欄があった。

 もう一週間後なのね……とさくらが感慨深そうに呟いた。


「本当、あっという間よね。先月には文化祭もあったのよね……あれからもう約一ヶ月。月日が流れるのって早いわよね」

 しみじみ。さくらも一ヶ月前のことを思い出し、目を細める。


「文化祭のことでどたばたした後は、修学旅行のことでどたばたして……修学旅行が終わったら、あっという間に冬休み。年末年始の準備……本当忙しないわね。でも、とても楽しいわ」


「まあ、こういう忙しなさは嫌いじゃないわね」


 二人、来週の修学旅行に思いを馳せながら昼休みを過ごすのだった。


「……これが臼井先輩の作った人形」

 あの不恰好な人形を今つまんでいるのはほのりではない。文芸部の後輩、御笠環だ。ほのりやさくらから、人形の効能等についての説明を受けながらそれを見つめる目に宿っている光。その光の名は恐らく「呆れ」である。男子にすら微妙な顔をされるレベルの出来なのだ。


「縫い目の長さや間隔もばらばら、しかも所々斜めになっていて……これちゃんと縫えているんですかね……? おまけに綿が均一に入っていないからぼっこぼこ、目や口は歪つで着物らしきものも何か変ですね」


「流石環、容赦ないわね」

 いつもはそんな彼の口の悪さや容赦の無さを、肉体言語によって矯正しようとするほのりだったが、今回は特に何もしない。

 さくらは恥ずかしいやら悲しいやら。ただ曖昧な笑みを浮かべつつ、俯くことしか出来ず。まあ僕も偉そうに言う程裁縫とか得意じゃないですがねと精一杯のフォローをしてから、ほのりに人形を返した。


「しかし臼井先輩もよくやりますね。昔話に出てきた物を実際に作って、おまけにそれを他人に寄越すなんて」

 言っておきますが、褒めていませんからね、褒めては。けなしてもいないですけれどと普段通りちょっときついことを平気で言う。生意気坊主め、とほのりに言われても彼はちっとも気にしない。


「まあ、いいじゃない。これで『言い伝えに載っていた呪術を試したい! だから櫛田さんには実験台になってもらうわ!』とかなんとか言いだされたら流石にあれだけれど」


「そういうことは臼井先輩、絶対しないでしょうから安心ですね」

 こちらは恐らく褒め言葉だろう。また、さくらに対する信頼感の表れでもある。彼女は決して人を呪い、貶めない。そう思っているからこそ自然と口からその言葉が出てきたのだ。

 でも良いですよね、修学旅行……と環が話題を少し変える。


「櫛田先輩達は北海道に行くんでしたっけ?」


「そうそう。動物園とか、色々な所に行くのよ」

 と言ってほのりはしおりを取り出し、環とその隣にいた陽菜に見せてやった。

 二人はまるで自分達のしおりであるかのように、食い入るような目でそれを読み始める。ここへ行くんですね、ここ行ってみたいなあ、集合時間やっぱり早いですね……等と仲良く話す様子を見て、さくらやほのり、皆の会話を黙って聞いていた佳花が噴出し。


「何かこういうしおり読んでいるだけでも楽しいですよね」


「わくわくしちゃいますよね」

 環の言葉に陽菜が同意する。


「確かにそうよね。しおりもそうだけれど、ガイドブックを読んでいる時も頭の中が馬鹿みたいに盛り上がるのよね。未だ見ぬ地に思いを馳せて、体も心も浮いちゃって、地に足がつかない気分になってさ。……そういえば、それに関して面白い話があったわね」

 面白い話? と皆が聞くとほのりが笑いながら頷いた。


「あれは中学三年生の時にあった修学旅行当日のことだったわねえ。同じ班の女子が、昨日おかしな夢を見たことを話してくれたのよ。何でもさ、修学旅行を目前に控えていて全然眠れなかったそいつは、ガイドブックを舐めるように見ていたらしいの。そこに載っているあらゆる観光スポットや、昼食を摂る予定の店、オススメの甘味処とかを眺めては色々想像して……兎に角うきうきわくわくしていて、地に足もつかない状態だったらしいの。そんな時、自室の窓を誰かがこんこん、と叩く音が聞こえたんですって」

 その窓を彼女は開けたらしい。自分の部屋が二階にあることを忘れ、そんな所にある窓を叩く者など本来いるはずが無いという事実にも気づかないまま。


「窓を開けたら、大きな羽を持った変な虫が入ってきて、そいつが大きく開いていた彼女の口の中にダイブ。あまりに驚いた彼女はそのままその虫を飲み込んだ。……そしたらあら不思議、その子の体は突然宙に浮き、そのまま開けた窓を飛び出してしまったんですって。それから彼女の体は猛スピードで上空まで飛び、それでもってやっぱりとんでも無いスピードで移動を始め、街を出……終いに彼女の体は修学旅行で行く予定だった――京都まで飛んでしまった」

 地に足のつかない気分だった少女。そんな彼女の足は本当に地面から離れ、体は宙へ、そして京都へ……。


「あまりに目の前に広がっている情景がリアル過ぎて、彼女は逆に怖くなってしまった。帰りたい、帰りたいと念じていると『ここに来たかったのではないのか』っていう声が腹の中から聞こえ……。それからその腹から聞こえる声と問答を繰り返し……しばらくしてようやく彼女は京都から、家へ戻ることに出来た。彼女の体内に入った虫はそれと共に外へ飛び出し、いずこへと消え去って……というへんてこりんだけれど、なかなか滑稽な――そして妙にリアルな夢だったそうよ」

 それを聞いた皆の反応といえば。環は顔をしかめ「変な夢ですね」と一言、陽菜はにこにこしながら「面白くて、素敵な夢ですね。絵本とかに出来そうです」と絶賛、佳花は何も言わずただ曖昧な笑みを浮かべるのみだった。

 そして、さくら。彼女は何故かその話を聞いて、妙に興奮しており、ああ、とか、ううとかそんな声をあげ、それから隣に座っていたほのりの両手をいきなりつかみ、握りしめ。


「それきっと、浮き虫だわ!」


「え、あ、はあ?」


「桜村奇譚集に、似た話があるの。ある村人が桜村にやって来た、各地を練り歩いている旅商人から旅の話を色々聞いたの。旅先で見たものや、食べたもの、変わった文化……兎に角、色々。それを聞いた村人は、大層興奮したそうよ。村の外へ出たことは殆ど無かった彼にとって、旅商人の話はとても魅力的なものだったのでしょうね。彼は行ったことの無い……恐らく一生行くことも無いであろう場所に思いを馳せ、自分がそこにいる場面を想像したそうよ」


「え、あの、サク、これ夢の話……」


「話に出てきた場所に行きたいという思いが、彼の中でどんどん大きくなっていったわ。色々想像して楽しむ彼の体や心は宙をふわふわ浮いていたでしょうね。……そんなある日、彼の住む家の戸を誰かが叩いたの。何だろうと思って戸を開けると、大きな羽を持った虫がものすごい勢いで中に入って来て、驚いた村人の口の中へ入ってしまったの。後に村人は、あれはとても人が口に入れられる程小さな虫ではなかったと語っているわ」


「確かに似ているけれど、あの」


「虫を飲み込んだ村人の体は突然浮き上がり、勢いよく外へ飛び出してしまったの。そして彼の体は空を飛び――彼の頭や心を支配していた場所まで行ってしまったの。彼は飛び続け、ありとあらゆる場所を見て回り……最後、桜村へ戻ってきたそうよ。彼が自分の家に戻ってくると、途端、お腹の中に入っていた虫は体から飛び出し、どこかへいなくなったそうよ……。ちなみにその虫は多弁で、村人が空中を旅している間、色々話しかけてきたとか」


「話を聞きなさい、バカサク!」

 ほのりが握られた手を激しく振ったことで、ようやくさくらは話すのを止めた。環は呆れ顔……ぐったり。

 

「浮き虫はある一定の場所に強い思いを抱いている人の前に現われると云われているわね。ここに行きたいとか、早くここに行きたいとか、ここに行くのが楽しみだ……そういう思いは心や体を浮かせる。そんな人に浮き虫は惹かれ、とり憑き、願いを成就させようとする」

 そう言ったのはさくらではなく、佳花であった。ほのりや環は素直に「へえ」と感心した様子を見せる。さくらが言うのと、佳花が言うのでは心象が大分変わるようだ。


「桜村奇譚集に載っている話には、旅商人等、外部から村へやって来た人が関係する話が結構多いわよね」

 

「ああ、美吉先輩、そのフリ余計です」

 ようやっと落ち着いたさくらを再び燃えあがらせる燃料を、佳花が穏やかな笑みを浮かべながら投入。それを受け、さくらの瞳に再び無駄に熱い炎が宿る。


「はい! 多いです! 村を訪れた人の中には妖等も混ざっていたとか。色々な話、不思議な力を持った商品、簡単に出来るまじないのやり方、お守り等の作り方……そういったものが彼等によって沢山、村に伝えられてきて」

 そこから延々と彼女の話が続く。ほのりと環は最初こそ一応耳を傾けていたものの、しばらくするとうんざりしてきたらしい。もう何も言わず、目の前にあるノートや原稿用紙に物語を書き始める。陽菜は真面目に聞いていたが、やがて、笑顔浮かべながら眠ってしまった。佳花だけが最後まで真面目に聞き、相槌を打ったり、質問をしたり。


「――物食み(ものはみ)という妖は、行李等に入り込んで中にある物を一つ残らず食べてしまったらしいわ。各地を旅している人がよくこの妖の被害にあったとか。被害を受けないようにする為には、桃を描いた紙、もしくは桃を模した何かを中に入れれば良いの。そうすると物食みは他の物には目もくれず、それを食べる。彼は桃が大好物なの。ところが彼、桃は少ししか食べられないの。何でもそれを食べるとすぐお腹がいっぱいになってしまうそうなのよ。だから彼は桃を描いた紙等を食べただけで満腹になり、去ってしまうんですって……あ、修学旅行の時持って行くバッグに桃を描いた紙、入れようかしら……――」

 

「環、お土産はどんな物がいい?」


「ご当地キーホルダーとか嬉しいかもしれませんね……ああいうの結構集めるの好きですし」


「お菓子とかは?」


「買ってくださるのでしたら、ありがたくいただきます」

 ハイテンションで現実離れした物語を語るさくらの声。その傍らで聞こえる、シャープペンシルが紙の上に文字を書く音。たんたん、しゃっしゃ、しゅっしゅ……その音に合わせるように淡々と会話を進める二人。


 結局この日、さくらが原稿用紙に何かを書くことは無かった。

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