転生チートは魔法少女って違うよね!
月ヶ瀬 雪乃は三人姉妹の長女として、一般的な家庭に生まれた。両親は誠実で優しい性格だったが仕事が忙しく、家を空けることが多い。
ゆえに雪乃は妹の面倒を見ることが多く、中学に入学する頃には周囲からしっかり者の優等生という印象を持たれていた。
だが、それは雪乃の本質ではない。
彼女は年相応に明るくて可愛い、ちょっぴりファンタジーが好きな女の子で、周囲のみんなと同じように遊びたいと願っていた。
ある日の帰り道。
スマフォを弄りながら自転車に乗っている高校生が雪乃の側を走り抜けていった。危ないなぁと眉をひそめた直後、その自転車が小学生の女の子を引っかける。
引っかけられた女の子は転んで車道へと飛び出してしまった。そこはスクールゾーンで速度制限を掛けられていたが、運悪く法定速度を守らない車が迫ってくる。
普通なら間に合わなかっただろう。事実、周囲の人間は誰も行動していない。だが、雪乃は驚異的な速度で反応し、少女のもとへと駈けていた。
周囲の景色がスローモーションに見える中、どうして自分がと自問自答する。
答えは出なかったが、それでも雪乃は手を伸ばした。
必死に伸ばした手で、女の子を安全な歩道へと突き飛ばすことに成功する。だが、間に合ったのはそこまでで――雪乃はブレーキ音を鳴らしながら迫る鉄の塊に跳ね飛ばされた。
◇◇◇
「ここは……どこ?」
雪乃が目を開くとそこは、アニメのポスターがそこかしこに飾られている部屋だった。
「……ホントにどこ?」
ポスターの中でポーズを取っているのは総じて、可愛らしい衣装&杖系統の武器を持った少女。更に見回せば、木製の棚に同じアニメのフィギュアが並んでいる。
凄くオタクの、それでいて少しオシャレな部屋だった。
「雪乃、ようやく目が覚めたんですね」
「え?」
大きな薄型テレビの前、ソファに綺麗なお姉さんが座っていた。モニターに映っているのはやっぱり杖を持った女の子で、可愛らしい衣装を身に纏って戦っている。
お姉さんはリモコンで映像を止めて雪乃の方を向くと、急に気の毒そうな顔をする。
「大変言いづらいのですが、貴方はお亡くなりになりました」
「……はい?」
「貴方は子供を助けて、身代わりになって車に跳ね飛ばされた。……覚えていませんか?」
「…………あ」
驚いた女の子の顔。そして迫り来る鉄の塊。跳ね飛ばされたときの衝撃。雪乃はそのすべてを覚えていた。そして、同時に自分が助かるはずがなかったことも理解する。
ついでに言えば、気の毒そうな顔で告げてきたこの女性はさっきまでアニメを見ていた。
……むろん、だからってどうと言うことはないのだけれど。
「あたしが死んだのなら、ここは死後の世界なんですか?」
「正確には、ここは異世界にある亜空間です」
話を聞くと、彼女は雪乃が暮らしていたのとは別の世界を管理する女神様らしい。
本来、別の世界の死者に干渉することはルール違反だが、今回は特別な理由により、雪乃が暮らす世界の神様と交渉して、雪乃の魂を召喚したとのことだ。
「……その特別な理由って、なんなんですか?」
「貴方にお礼がしたかったんです」
「……お礼? あたしがなにかしましたか?」
「女の子を助けたでしょう? あの子は貴方に救われたことで精神的に成長し、将来素晴らしい物語を作ることになりそうなんです」
「作ることになりそう、ですか?」
「ええ、運命は確定していませんから」
女神様によると、運命は存在するらしい。だがそれらは移ろいやすく、個々の努力で変えることが出来る。雪乃の行動は、あの事故にまつわる運命を変えたらしい。
だから死ぬはずだった女の子が助かり、代わりに雪乃が亡くなった。努力の結果、自分が死ぬことになったって、凄く皮肉だよねと雪乃は自嘲する。
「運命が確定してないのなら、その子が物語を作るかどうかも分からないんですよね?」
「その通りです。でも、彼女は明確な意思を持っているので、運命が歪められる可能性は極めて低いです。あの子はきっと素敵な物語を作ります」
「……そう、なんだ」
「ええ。優しい女の子が、困っている人達を助ける物語で……貴方がモデルですよ」
熱いものが込み上げてくる。
そっか……。あたしの行動が、あの子に影響を及ぼしたんだ。あたしはなにも出来ずに死んじゃったと思ってたけど……生きた証を残せたんだ。
雪乃は目元をそっと拭った。
「話を戻しますが、そんな貴方に感謝の気持ちを込めて、貴方に新たな人生をプレゼントします。いわゆる、異世界転生、年齢はそのまま、です」
「えっ、ホントですか!?」
雪乃の唯一ともいえる趣味。それはネット小説を読みあさること。魔法のあるファンタジー世界で大魔法使いになって、自由気ままに暮らすのが雪乃の夢だった。
もし、そういった物語と同じパターンなら……
「一つだけ素敵な能力を差し上げます。なにが良いですか?」
来た来た来た、き~た~よ~っ!
期待通りの展開に、雪乃は満面の笑みで言い放った。
「反則級の能力は、魔法でお願いします!」
「……え、転生の特典が世界に存在しない能力で、魔法ですか?」
雪乃の言葉に、女神はパチクリとまばたいた。
「この世界はあなたの感覚で中世のヨーロッパくらい。剣と魔法が支配する世界ですよ? それなのに、世界に存在しない能力で、魔法を望むんですか?」
「だからこそ、反則級の能力で魔法が欲しいんです。それで普段は普通の女の子として暮らして、ときどき魔法で活躍したいんです」
雪乃はスローライフ系で、ときどき事件に巻き込まれるタイプの物語が好みらしい。
雪乃の話を聞いた女神は少し視線を彷徨わせて壁のポスターをチラリ、ポンと手を打った。
「なるほど! だから世界に存在しない能力な魔法ですね!」
「分かってくれましたか?」
「それはもちろん。私も大好きですから、よく分かります。普段は正体を隠して普通の女の子として暮らし、困った人が現れたら魔法で悪を倒す! 良いですよねぇ」
「女神様も好きなんですか?」
「あら、私が好きだとおかしいですか?」
「いえ、そんなことはありません」
雪乃は口でそう言いつつも、ファンタジー世界を管理する女神様も、自分の世界で無双するような展開が好きなんだ、ちょっと意外だよね。なんてことを考えた。
「では、あなたには世界に存在しない能力な魔法を与えます。年齢は……いまのままで大丈夫ですね」
「年齢を変えられるんですか?」
「ええ、変更することは可能です。ただ、あなたは十四歳。ちょうど少女といえる年齢ですし、今のままで良いでしょう」
「そう、ですね?」
子供過ぎると生活が大変だし、大人すぎると遊ぶことが出来ない。自由気ままに暮らすのにはちょうど良い年齢という意味かなと考える。
「では、私の世界に転生させますね。なにか聞きたいことはありますか?」
「えっと……聞いておかないといけないことはありますか?」
「いいえ。必要なことは、向こうで分かるようになっています。転生していきなり詰んじゃうようなことはないのでご安心ください」
「では、このままで問題ありません」
雪乃は説明書を読まないで遊び始めるタイプだ。更に言えば、反則級の能力があるのだから、大丈夫だろうという意識もあった。
「では、転生を開始します。基本的には自由気ままに暮らしていただいて問題ないので、セカンドライフを存分に楽しんでくださいね」
「女神様。やり直しの機会を与えてくださってありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ。それでは、いつかまた……」
雪乃の意識は光に包まれていった。
「異世界転生、したよ~~~っ!」
うららかな日差しが降り注ぐ平原。不意に一陣の風が吹き、草の絨毯が大海原のように揺れている。どこまでも続く幻想的な光景に雪乃は感動していた。
はぁ……凄い。見渡す限りの草原に、見たこともない植物。街道は……踏み固められてるだけかな? 本当に異世界だよ!
雪乃は両手を広げ、クルクルと回った。
クルクルクルクル、長く艶やかな黒髪をなびかしてクルクルと回る。あまりにもクルクル回りすぎて、そのまま草原に倒れ込んでしまう。
「――むぎゅうっ」
突然、草原が悲鳴を上げた。
「痛い、痛いよ、雪乃! 潰れる、潰れちゃう~~~っ」
否、小動物の上に倒れ込んだっぽい。それに気付いた雪乃は慌てて飛び退く。そこには真っ白な小動物が――ぺちゃんと潰れていた。
「つ、潰しちゃった!?」
ま、まさか、異世界での最初の殺生が事故による圧殺? ど、どうしよう!? と雪乃が慌てていたら、その小動物はまるでぬいぐるみのようにムクムクと膨らんだ。
「はぁ……びっくりしたぁ~」
ぷるぷると頭を振る。濡れたワンコのような仕草だが、その姿に該当する動物を雪乃は知らない。あえて言うなら白いキツネのぬいぐるみ、だろうか。
「い、生きてる? というか、しゃべってる?」
「生きてるししゃべってるよ。ボクは見た目よりずっと丈夫だけど、潰されたりしたら痛みだってあるんだ。気を付けてよね、雪乃」
「ご、ごめんね。というか、大丈夫なの? って言うかなんで人語を話せるの? なんであたしの名前を知ってるの?」
「キミは質問ばっかりだね」
ぬいぐるみもどきは器用に肩をすくめて見せた。
「ごめんね、ちょっと混乱してて」
「良いさ。キミの質問に答えるのはボクの役目、だからね」
「……あなたの、役目?」
「そう。ボクはセンちゃん。雪乃のサポート役さ」
「……センちゃん? サポート役?」
女神様のサービスかなと首を傾げる。
「キミが望んだ、世界に存在しない能力の一部だよ」
「あたしの望んだ反則級の能力の一部? 使い魔みたいなものかな?」
「どっちかって言うとマスコットかな」
「へ~、そのマスコットがあたしの暮らしをサポートしてくれるんだ?」
「もちろん。ボクの役目は、キミのサポートだからね」
「へぇ~」
雪乃は説明書を読まずに始めるタイプだが、なにがなんでも読まないわけではない。という訳で「そう言うことならよろしくね」と、センちゃんの存在を受け入れた。
「それで、雪乃はこれからどうしたいの?」
「うぅん……そうだね」
これからの生活について考える。
雪乃は魔法のあるファンタジー世界での自由気ままな暮らしに憧れていた。
具体的な望みとしては、普通の女の子として街で暮らして友達と遊んだり、冒険者になって凄い魔法で無双してみたり、ちょっとしたお店を開いてみたり。
いくつか思い浮かぶが、どれか一つに絞ることが出来ない。
「取り敢えずは……街にいってから考える、かな。街がどこにあるか分かる?」
「うん。あっちの方に街道が見えるかな?」
「あぁ……うん、丘の方に続いて……あぁ、街が見えるよ」
途中が少し丘になっていて全貌は見えないが、それほど遠くではなさそうだ。恐らくは徒歩で、一、二時間くらいの距離だろう。
「それじゃ、さっそくあの街へ向かおうか」
雪乃が歩き始めると、その隣をセンちゃんが早足で歩く。ぬいぐるみのような身体なので、速く歩くのが苦手なように見える。
「おいで、センちゃん」
雪乃はセンちゃんに手を伸ばした。
「良いのかい?」
「うん、あたしの案内役、なんでしょ?」
「じゃあ、お言葉に甘えて――」
センちゃんが腕を駆け上がって肩に乗る。
雪乃はセンちゃんを肩に乗せて歩き始めた。
「ところで、センちゃんはあたしのサポート役、なんだよね?」
雪乃は街道を歩きながら、肩の上に乗っているセンちゃんに尋ねた。
「うん、そうだよ。サポート役のマスコットだね」
「じゃあじゃあ、あたしに魔法の使い方も教えてくれるの?」
「もちろん、教えるのもボクの役目だよ。いま、教えようか?」
「うん。歩きながらで可能なら教えて欲しい」
街道とはいえ、それほど交通量は多くない。ときどきすれ違う人がいるときは黙るようにしながら、雪乃はセンちゃんと話をする。
ちなみに、女神様の計らいで、雪乃は一般的な村娘が着るような服を身に付けている。
少女が一人、それも肩に謎の生き物を乗せて旅をしていることには違和感があるが、ちょっと無防備な女の子の一人旅、くらいのレベルで収まっている。
「あたしの魔法、普通とは違うんだよね?」
「うん、そうだね。雪乃の魔法は他の魔法とは根本的に異なるよ」
「たとえば?」
「普通は詠唱――無詠唱の場合もあるけど、魔力素子を魔力へと変換して、その魔力を持って超常現象を引き起こすんだけど、雪乃の魔法は魔力素子を杖で操るんだ」
「それって……普通の魔法は杖がいらないってこと、だよね?」
「そうだよ」
「もしかして、あたしの魔法って不便なの?」
普通の魔法は杖を必要としないのに、自分の魔法だけは杖を必要とする。普通より威力が高い分、制限があったりするかなと思った。
「ひゃ、くすぐったい!」
センちゃんが肩の上でもぞもぞしたので思わず悲鳴を上げる。
「あ、ごめん。首を横に振ったんだ」
「……えっと、それは不便じゃないって意味?」
「うん。杖は魔法も使えるし、魔力を帯びた武器にもなるんだ。更には魔力素子で構成された衣装(防具)も一緒に呼び出されるから、攻守ともに強くなるんだよ」
「わぁ、さすが反則級な魔法だね!」
魔法使いといえば、撃たれ弱いとか、近接に弱いのが一般的なのに、魔法だけじゃなくて近接戦闘も出来るなんて凄いと雪乃は感激した。
「へぇ~、それじゃこの世界は、機械の代わりに魔導具が存在してるんだね」
うららかな風が吹く昼下がり。平原を二つに分ける街道を歩きながら、雪乃は肩に乗ったマスコット、センちゃんから話を聞いていた。
中世のヨーロッパくらいの技術しかない世界だが、魔法がそれを補っているらしい。
具体的には、医療技術の代わりに回復魔法。コンロや湯沸かし器、上下水道、灯りなんかの代わりとなる魔導具。
回復魔法は魔法の使い手が少なく、魔導具の使用には魔物が体内に宿す魔石を消費する必要があるなどの制約もあるが、雪乃が最初に想像していたよりは快適な世界のようだ。
「あたしの魔法でも、同じようなことは出来るの?」
「雪乃の杖はレーヴァテイン。炎を司る武器だから、水を出したりするのは無理だよ」
「炎か~」
水を用意すればお湯は沸かせるのかなと考える。日本で生まれ育った年頃の少女にとって、お風呂事情は死活問題であった。
「実際にためしてみるかい?」
「……良いの?」
「うん。いまは周囲にも人はいないし、試してみるにはちょうど良いんじゃないかな」
「なら、やってみたい! ……どうすれば良いの?」
センちゃんに視線を向ける。
「首にネックレスが掛かってるでしょ?」
「え? あ、これだね」
いつの間にか、宝石のついたネックレスが掛かっていた。雪乃はそれを手のひらに乗せる。
「ボクが呪文を教えるから、それを復唱してみて」
センちゃんが肩から飛び降りて見上げてくる。
「う、うん。分かった!」
まずは杖を呼び出すんだよね。どんな杖なのかな? その杖で、どんな魔法が使えるのかな? 凄くわくわくするよと雪乃は胸をときめかせた。
「灼熱の炎を秘めし形無き神器を振るう」
「――灼熱の炎を秘めし形無き神器を振るう」
雪乃は凜とした声で復唱しながら、炎の杖のことかなと考えを巡らす。
「美しく、愛らしく、魔力素子の衣を纏う光りの乙女」
「――美しく、愛らしく、魔力素子の衣を纏う光りの乙女」
……あれ、なんだろう? 結界かなにかも同時に展開しちゃうのかなと首を捻った。
「セット、レーヴァテイン! リリカルマジック、ウェイクアップ!」
「――セ、セット、レーヴァテイン! リリカルマジック、ウ、ウェイク……アップ?」
なんの魔法か全然分からなくなったと混乱しながらも最後まで言い終える。
そして――
「な、なになになに、なんなの? なんか音楽が流れてきたよ!?」
どこからともなく鳴り響く格好いい感じのBGM。
雪乃の足下を中心に、光り輝く魔法陣が出現し――
「服っ! あたしの服が消えちゃう!?」
ブラウスが光の粒子になって砕け散り、続いてスカートが砕け散った。雪乃はリボンのついた純白の下着派だった。
「いやあああああっ!?」
下着までもが光の粒子になるのを見て、慌てて両手で隠す。
「ダメだよ、雪乃! そこで視聴者サービスのポーズ、両手両足を広げないと!」
「なななっ、なに意味の分からないことを言ってるのよっ!?」
露出した肌を赤く染めて叫ぶ。
「大丈夫。レーザー級の光が上手く隠してくれてるから!」
「意味分かんないよ!? ――って身体が勝手にひゃああああっ!?」
身体を隠していた腕が勝手に広がり、身体が浮き上がって背中を反らしたようなポーズになる、素っ裸な月ヶ瀬 雪乃、十四歳。
センちゃんの言葉通り、周囲からは光りで隠されているのだが……雪乃自身の視点では大草原を横断する街道に素っ裸で浮かんでいる!
「一体なんなのよおおおおおっ!」
愛らしい悲鳴が街道を駆け抜けるなか、虚空から炎を象徴するような大きな杖が効果音と共に出現、雪乃の右手に柄が収まった。
続いて新たな下着が装着された状態で出現。続けてファンシーなデザインのアーム&レッグカバー、靴と装着。
ブラウスが出現して、最後になぜかワンテンポ置いてからスカートが出現した。
ひとまず裸の状態から逃れた雪乃は安堵するが、身体は引き続き勝手に動き、空中でターンを決めて、ビシッと杖を構える。
謎の盛り上がりを見せていたBGMがちゃらっちゃーちゃ! と締められた。
「――雪乃、変身成功だよ!」
「へ、変身?」
「そう。これでキミも立派な魔法少女ユキノだ! さぁ、困っている人を探し出し、いますぐ魔法少女として助けに行こう!」
「うん、分かった! 魔法少女として……って、ちがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああうっ!」
魔法少女ユキノの突っ込みが大平原にこだました。
「えっと……違うって、なにが?」
「あたしがお願いした反則級の能力は魔法! 魔法少女って違うよね!」
「魔法少女はちゃんと魔法を使えるよ?」
「そうだけどそうじゃないでしょ!」
もうもうもうっ! と、ユキノが地団駄を踏み、愛らしい衣装のミニスカートを翻す。スカートの中がチラチラするが、謎の光で下着は見えない。
魔法少女ユキノが持つ特殊技能の一つ、レーザー級の効果だ。
「あたしはちゃんと言ったよね? 反則級の能力は、魔法でお願いしますって、ちゃんと言ったよね!」
「そうだね。雪乃は世界に存在しない能力で魔法を使いたいって言ったね。だから、この世界には存在しない魔法少女への変身能力が選ばれたんだよ?」
「……この世界に存在しない?」
どういうこととセンちゃんを問い詰めた雪乃は、チートという単語に対する認識にズレがあることに気がついた。
「……つまり女神様は、あたしがこの世界にない形態の魔法を望んだと思ったのね」
「そうだよ?」
なるほど、それならば従来の魔法とまったく違う魔法が選ばれたのは理解できる。だが、なぜよりによって魔法少女というチョイスを……と、そこまで考えた雪乃は思い出す。
女神様のいた空間のポスターやフィギュア、それにアニメの内容に、救った少女が将来作るという物語のストーリー。そのすべてが魔法少女に繋がっている。
つまりは、女神様の趣味!
「ええっと……能力の変更は?」
「残念だけど、もう転生は終わっているから変更は不可能だよ。そもそも女神様が贈るのはこの世界にない能力だから、普通の魔法はもらえないよ」
雪乃は――いや、魔法少女ユキノは大草原に突っ伏した。この世界に降り立った最初の魔法少女の、最初の苦境である。
「どうしてそんなに落ち込んでいるんだい?」
「だって……魔法、あたしは魔法を使いたかったんだよ」
「魔法なら使えるよ?」
「……え、本当に?」
「もちろん、魔法少女なんだから当然だろ?」
魔法少女ユキノは苦境を乗り越えて復活した。
「どんな魔法? どんな魔法が使えるの?」
「ショートレンジからアウトレンジまで色々あるけど……派手なのはやっぱり、レーヴァテインに炎をまとわりつかせる付与魔法や、遠くの敵を打ち抜く狙撃魔法。あとは大空を飛翔することの出来る飛翔魔法とか、かな」
「え、空を飛べるの? どうやって!?」
雪乃は食いつく。
「浮き上がろうと思ってごらん」
センちゃんが再び肩に飛び乗ってくる。それと同時、雪乃はふわりと浮いた。
「うわぁ、凄い凄い!」
「慣れないうちはあんまり早くは飛べないかもしれないけど、すぐにイメージ通り飛ぶことが出来るはずだよ」
その言葉に従って、雪乃は大空へと舞い上がる。
「うわぁ……あたし、飛んでる、飛んでるよ!」
普通なら足がすくみそうな高さだが、雪乃は少しも恐いと感じなかった。いまの自分なら大丈夫だという確信すら抱く。
「形状が変化するレーヴァテインによる物理攻撃も可能だし、コスチュームは布が覆っていない部分にも力場による護りがある。この世界で暮らして行くには、最高の能力だよ」
「そうかも!」
最初は魔法違いだとショックを受けた雪乃だが、いまは飛行魔法に大興奮。これなら、思う存分に異世界ライフを満喫できそうだとはしゃぐ。
「ちなみに、この状態に制限とかあるの? たとえば変身していられる時間とか」
「うぅん、特にないよ。あえて言うのなら、雪乃が意識を保っているあいだしか変身していられないってことくらいかな」
「じゃあ、冒険者にもなれるね?」
「もちろん、キミがその気なら問題ないよ」
「やったっ! なら、さっそく冒険者ギルドに行ってみよう」
雪乃は遠くに見える街に向かって飛び始める。すっかりご機嫌な彼女は完全に忘れていた。いまの自分がどんな恰好をしているのかと言うことを。
この世界に魔法はあれど、魔法少女は存在しない。馬車が街道を行き交うような世界で、魔法少女ユキノの衣装は思いっきり浮いている。
雪乃がそのことを思い出すのはもう少しだけあとのことだった。