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なぜか、契約社員してました。

「短い間でしたが、お世話になりました」


深々と頭を下げて、挨拶をする。

するとパチパチと小さな拍手がかえってきた。


「もえちゃん、ほんとやめちゃうの?さみしいよー」


「ほんと。森岡さん、データの打ち込みめちゃくちゃはやくて助かったのに。気もきくし。このままうちで働く気、ないの?」


口々に言ってくれるのは、この4か月だけ同僚だった事務所の人たちだ。

みんなダークめの髪をきちんとまとめて制服やスーツに身を包んだ会社員。


……こんな人たちと、自分がいっしょに普通に仕事をするなんて考えたこともなかった。

彼らと仕事をして、うまくやっていける自分がいるなんて。


「私も、皆さんといっしょに働けて、すごく楽しかったです。勉強にもなりました。ほんとに、ありがとうございますー!」


特に仲が良かった佐久間さんと手をとって、「寂しいね」って言いあう。

佐久間さんは、事務員なんてするの初めての私に丁寧に仕事教えてくれて、お昼も一緒してくれて、ほんとラブって感じ。

佐久間さんが「またぜったい会おうねー!」って言いながら首をかしげると、セミロングの黒髪がさらりと揺れる。

小柄な体を包んでいるのは、私と同じちょっとおしゃれなネイビーの制服。

私は「ぜったいですよー!」と返しながら、もう彼女と会うことはないんだろうな、と思った。

この制服を、もう二度と着ることがないように。


ディスクやロッカーに残った私物をまとめて、退社する。

同僚だけじゃなく、ガードマンさんやお掃除のおばさんまで寂しいって言ってくれたのは意外で、嬉しかった。

たった四か月だけど、私はあの会社の一員だったんだなって。

まさかの体験で、初めてのことだらけだったけど、すごく楽しかった。


でも、会社員生活は今日で終わりだ。

だって、この会社員生活自体が、あの海崎さんの指示だから。

私を「株クラスタのインフルエンサー」とやらにするために、この経験が必要だということで。





思い返せば、半年前。

日を改めて海崎さんの話を聞いた私は、限りなくうさんくさい彼の計画に乗ることにした。


私たちの契約は、こうだ。

顔は出さない、ただし一部を隠しての写真はアリ。

本名は出さない、ただしキャバクラ勤めの経験ありとかの経歴は表に出す。

私は、受け入れられないこと以外は海崎さんの指示に従い、「ストーリー」をつくるために必要な過去の話を海崎さんにする。

海崎さんは、私に月に100万円払う。

今後、海崎さんの指示で株の売買をして得た利益は、私のものになる。

私が彼の計画に従った結果、インフルエンサーになれなくても、違約金は発生しない。


わりと、私に有利な契約だと思う。


そのうえ海崎さんは、彼の持つマンションの一室を安値で貸してくれた。

引っ越しも手伝ってくれたうえ、母にも手をまわしてくれて、母からのお金の催促がなくなった。

いつまで続くかわからないけど、この半年、一度も母はお金の催促をしてこない。

かわりに、私の生活を心配しつつ、海崎さんをほめちぎるばっかの連絡を寄こすようになった。


母は、お金が潤沢にあれば、わりとまともな人間だ。

海崎さんが紹介してくれたとかいう一部上場企業の役員をつとめている「彼氏」が、母の見た目にだまされてしばらく母と付き合ってくれることを祈っている。


代わりに、私にはじめに要求されたのはパソコンスクールと簿記のスクールに通うことだった。

そこで2か月みっちりと勉強し、事務職として雇われてもそれなりに仕事ができるようになると、私は山野社長の会社の事務職員として期間限定で雇われた。


仕事は、データの打ち込みがメイン。

他には、こまごまとした雑用。

手取りは、月給で13万。


キャバクラと比べられるものじゃないとわかっているけど、ため息が出るような金額だ。

「普通」の「きちんとした」仕事は、それだけじゃひとりで生きてはいけないようなお給料しかもらえないのかもしれない。

特に、学歴も職歴も頼りになる親もない女の子には。


とはいえ、私は海崎さんに別途100万円をもらえるなんちゃって契約社員だ。

仕事につくにあたって、黒めに染め直した美容院代も、ナチュラルメイクのためのメイク用品のお金も、会社に来ていく用のコンサバめの服も、ぜんぶ経費として海崎さんに出してもらっている。

海崎さんの妹のここあちゃんと一緒に、かわいい系OLの服やメイクを研究するのも、コスプレみたいで楽しかった。

会社員生活も、期間限定だからかもしれないけど、わりと楽しかった。


……だけど、今日までは準備期間。

今日からが、本番だ。


私、まだぜんぜん株の勉強なんてしていないんだけど。

だいじょうぶなんだろうか。


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