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なぜか、勧誘されました。

今後、

※株や仮装通貨の話が出てきますが、さらっと流してください。

 現実世界に近い異世界なみにあてにならない情報です。

※もえの過去(幼少期含む)にR15程度の残酷描写があります。苦手な方は逃げてください。

「なぁ、君。インフルエンサーになる気、ないか?」


やたら整った顔の男が、言う。

子どもが川の中でカエルでも見つけたような、残酷な無邪気さと好奇心で目をキラキラ輝かせながら。


うそっぽく輝くシャンデリアと、寄せてあげた胸で姿を偽った女たちの嬌声があふれているこのキャバクラには似つかわしくない表情だな、と冷めた頭で思う。

そして、にこ、と無邪気に笑って、あまったるい声で言う。


「インフルエンサー?あのネットとかで活躍して、本とか出してる人?えー、憧れるけど、もえには難しいかな。あぁいうのって、炎上とかするんでしょ?」


つけまつげバッチリの目をぱちぱちさせながら、さりげなく男の腕に触れる。

海崎賢人と名乗った男は、自称トレーダー。

イタリアンレストランを経営している山野社長が連れてきた、初見のお客様だ。


イタリアーンな男前の山野社長の友人らしいけど、海崎さんは、どこか押しの弱そうな男だ。

セットされていないさらさらの髪と、洗いざらしのシャツのせいか、20代後半だろうけどどこか学生っぽくも見える。

この店の客は、いわゆる「成功者」の推しの強い男が多いから、彼のような草食系にみえる男は珍しい。

キャバクラに来ることも滅多にないそうで、来店時から物珍しそうに店や女の子を見ていた。

席についた私たちが挨拶をしても、興味深そうに見ているものの会話には参加せず、もっぱら山野社長と女の子たちとの会話を聞きながら静かにお酒を飲んでいた。


だから、とうとつに私に話しかけた海崎さんが、わけのわからないことをいいだした時、酔ったのかなと思った。

海崎さんの顔をうかがうと、顔色は変わっていない。

さりげなく水を勧めると、海崎さんはグラスに口をつけて「うん、いいね」と笑った。


私にむかっての、全開の笑顔にどきりとする。

実のところ、私は水商売なんかやっているわりに男の好みは地味なのだ。

文系男子がそのまま成長しましたって感じの海崎さんは、かなり好みのタイプで、これで眼鏡があれば一目ぼれしていたかもしれないレベルだ。

お客様はお金様と頭で変換しつつ笑顔を振りまいているけど、海崎さんみたいな好みのイケメンに笑いかけられると素でどきどきしてしまう。


すこしだけ、顔が赤くなってしまったかもしれない。

私は営業用の笑顔で「ふふっ」と笑いながら、内心ではデレデレする。

海崎さんは、そんな私を真剣に見つめながら、キラキラの笑顔のままで、


「炎上だって、人気のうちだって。ぜったい、もえちゃんならめちゃくちゃ有名なインフルエンサーになれる。っていうか、俺が、したい」


「したいって、なにがぁ?」


「もえちゃんのプロデュース。……あのさ、俺さぁ、ぶっちゃけめちゃくちゃ金あるの。気が狂ったみたいに、金増やしてたからさ。でも妹が大学卒業してさ、俺の金にはもう頼らないとかいいだしてさ。だったら、この金、どうすればいいんだろって思ってたんだよ」


「いい妹さんじゃないですかぁ」


めちゃくちゃ金がある、なんてキャバクラではよく聞くワードではある。

けど、聞くたびうらやましくてしょうがない。


私だって、このそこそこレベルのキャバクラで、上位の売り上げを誇るキャバ嬢だ。

髪やメイク、勉強のための書籍そのほかにお金がかかるとはいえ、普通ならそこそこの生活ができる稼ぎがある。

ただ唯一の身内である母親が男に貢ぐ金をせびってくるような女だってことと、奨学金の返済が家計を圧迫しているのだ。

狭くてボロい家賃3万円のアパート住まいなのに、先月も家賃を滞納している。

海崎さんの妹さんが、うらやましい。

私も、「もう頼らない」なんて、頼りになる人がいること前提のセリフを言える境遇に生まれたかった。


海崎さんは、私の胸中なんて知らずに、「ん」とうなずいて水を飲む。


「めちゃくちゃいい子なんだ。かわいくて、素直で、がんばりやで。親がはやく死んだからさ、あいつのためにがんばるぞーって思ってたから、俺は今まで幸せだったんだ。なのに涼花に、自立したいとか言われたらさ、俺、どうして生きていけばいいんだろって」


海崎さんは目に涙をためつつ、切々と訴える。

妹さん、涼花ちゃんって言うのか。


「うーん、それは寂しいですねぇ」


てきとうに、相槌を打つ。

てきとうだけど、相手の欲しい言葉をどんぴしゃで言えるのが私の特技だ。


海崎さんは、こくこくと何度もうなずいて、


「だから、もえちゃんプロデュースさせてくれない?インフルエンサーの。もえちゃん見てたら、面白いアイデアがわいてきたんだよね。これだ!っていう。それに没頭してたら、寂しい気持ちがまぎれそうなんだ」


「えー……」


インフルエンサーのプロデュースって、なんなんだ?

女子高生を「君をアイドルにしてあげるよ」って言ってだましてAVに出演させる怪しい勧誘の人みたいなんだけど。


酔っ払いの戯言というには、海崎さんは真剣で、欲しがってる答えは承諾一点ばりだ。

困ったなぁと周囲に目をやれば、面白そうにこちらを観察している山野社長と目があった。


「いいじゃん、もえちゃん。賢人に任せてやってくれよ。有名になれるよ?」


「んー、もえ、有名になりたくないしなぁ」


「だったら、顔とか名前はふせてやるならいい?」


そもそも論で断ろうとしたら、海崎さんに食いつかれた。

ぎゅって、手ぇ握られちゃったよ。……まぁいいけどさ、手くらい握っても。


「頼むよ、もえちゃん。こいつ最近めっちゃ落ち込んでてウザくてさ。今日もむりやりここに連れてきたんだけど、元気になってくれたみたいだし。おい、賢人。タダで協力しろとはいわないよな?月、100万くらいだせるか?」


「100万?もえちゃんになら、余裕でだすよ。……さっきからさ、もえちゃんの接客見てて、思ったんだ。きみ、人が欲しい言葉をさらっと言うよな。きわどい話もてきとうに乗るけど、下品にならない程度で押さえてる。顔もかわいいし、スタイルもいい。いかにも、女の子って感じ。ぜったい、うけると思うんだよな」


海崎さんは、口説くみたいに言う。

熱っぽい口調は、愛をささやいているわけじゃなくて、自分の暇つぶしのおもちゃとしての勧誘だ。

わかっていても、好みの男に焦がれたように言われるのは、悪くない。


……それに、100万あったら、母親に手切れ金代わりに渡して、素早く引っ越せば、しばらくはあの母親と没交渉でいられるかもしれない。


ふむ。

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