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寂しがり屋と思考する転生聖女のお話。  作者: 池中 由紀
諦念する少年と森に住む者たち
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◇ 09 会話


「ね、みてみてこれ」


 食事を終えて、遺跡の中のわたしの部屋の中。


 わたしはイェルに向かってクパの実を見せる。さっき外で取って持ってきたものの一つだ。人差し指と親指でつまんだ赤いサクランボのような果実に魔力を込めていくと、じわぁ、と黄色に染まっていく。そこからもうちょっと魔力を入れ、破裂するぎりぎりまで入れると、金色になって淡く光りだす。


 そこからわたしはクパの実から入れるときよりゆっくりと魔力を抜いていく。イェルにもらったクパの実を食べたときに体内でやったことを、指先でやるだけだから簡単だ。


「それがどうかしたか?」

「まってまってこれからこれから」


 せっかちなイェルは待たせておいて、わたしは徐々に魔力を抜いていく。黄金の実の色は全く変わらない。それでもじわじわ魔力を抜いていくと、ある瞬間に不連続にその色を、―――緑色に変えた。


「ほら! 色が変わった! どう? 知ってた?」


 ちょっと驚いた様子のイェルの反応を見て、自慢げに言ってみる。驚いたってことは知らなかったてことだよね?

「知ってたが……青色にせずに緑色にできるのは器用な証拠だな。少し驚いた」

「なんだ知ってたの……しかも次にやろうとしてたことのネタバレまでされた……」


 そう、ここからさらに魔力を抜いていくと青色になるのだ。抜くというよりは空洞を作る、マイナスにするイメージが近い。無理やり魔力を入れて広がった分から魔力を抜く感じだ。

 でも知ってるらしいので、腹いせに思いっきり魔力を抜いて紫色にする。そして、


「えいっ」


 イェルに緩やかに投げつけた。きれいな放物線を描き、イェルがキャッチする。呆れたような、楽しむような、そんな表情をイェルが見せる。


「こちらのことについてはまだまだ知らないことも多そうだな?」

「いやむしろ何一つ知らないよ……というかやっぱりそれも知ってるんだ」


 わたしはイェルのつかんだ手を指さしながら言う。無理やり魔力を抜いたクパの実は、うかつに触れると魔力がその分抜かれる。量自体は大した量じゃないんだけど無理やり身体から魔力が抜ける感じは嫌な感じだし、わたしには結構つらい。というか遊んでたら何回か血を吐いた。


「有名だからな。大体、お前が小手先で作ったものなど大したことはない。むしろ……」


 といって、イェルは緑色の実をつまんでわたしの方へと見せつけるようにする。あ、なんだか嫌な予感。


 予感に引きずられてわたしが見つめていると、しばらくして、すぅ、と脱色するように白色になった。そしてそのあとすぐに、銀色に輝きだす。金色の時よりもずっと強く輝いている。


「白いクパの実はあまり魔力を持たない人間は触らないほうがいいといわれる。環境によっては野生でもクパの実は色を変えるからな。まぁ私やお前が触れてもちょっと魔力を吸われる程度……お前の場合は急激な変化に慣れてないから血くらいは吐くかもしれんが」


「…………銀色は?」


「銀色を人に投げたらそれは殴りかかるのと同じくらいの意味を持つ。基本的に純粋な魔力ダメージだから死ぬことはないだろうが、魔力欠乏で失神したりくらいはあり得るだろうな。……さて」


 イェルがじっとわたしを見つめる。人差し指の先にふよふよと銀色のクパの実を浮かべながら。……魔法って何でもありだね。


「お前は私に紫の実を投げた。まぁ私に向かって銀色の実を何百個投げつけてこようが鬱陶しいだけだろうが、私も同じように実をお前に向かって投げても自由だな?」

「い、いやー……―――お手柔らかに?」


 ふっ、と笑いながらイェルがわたしにむかって実を飛ばした。人差し指を振るだけで飛んできてあんまり山なりじゃないのがひどい。避けようとしてよけきれないのが怖いので、軌道が読みやすいように自分から前に出て右手を伸ばしてキャッチした。


 つかんだ、と思った瞬間、身体を絞られるように魔力の流れがクパの実の方向へ流れ込んで、ぱちゅん、と実が弾けた。そしてわたしは案の定、力が入らなくなってその場にへたり込む。


「―――こほ、かは……げほ」


 想像以上につらい。腕が動かないので吐血を掌で隠すこともできず、その場にくのじに身体を折る。


「ばか、なんでわざわざ前に出てつかんだっ」

「い、いや―――むぐっ」


 イェルが慌てて近寄ってきて、わたしの口を押える。と思ったら口の中にゴロゴロと何かが入ってきた。


「食べておけ。多少は不味いだろうが我慢しろ」


 ああ、またイェルの魔力で染めた実か……うう、不味い…………? あれ? そうでもない?


「お前の魔力に多少は似せているから死ぬほど不味くはないだろう」


 わたしはこくこく涙目でうなずきながら、必死で味が薄いクパの実を嚥下する。というか基本、吐いた血の味がするだけだった。

 すぅ、と魔力を果実から引き出して体にいきわたらせると、もうそれで元通りだ。ああこの体は魔力さえあれば動いて便利でいいね。


「……もう大丈夫。ありがと」


 ぱたぱた、と左手を動かしてアピールすると、イェルがあきれたように息を吐いた。


「悪かったな。直前で止めて驚かせてやろうと思ったんだが、まさかわざわざ取りに来るとは思わなかったぞ」

「避けようとして準備できないままにあたる方が怖かったし……せいぜい失神くらいなんでしょ?」

「まぁそうだが……」

「それよりどうすれば銀色になるの? わたし結構いろいろ遊んだけど、銀色にはできなかったよ。やっぱり金から緑にするときみたいにゆっくり抜くの?」


 魔力を抜いていくと近くの魔力を吸い込む性質は見つけてたけど、白とか銀とかにはできなかった。


「いろいろ方法はあるが……手っ取り早いのは一度中心に圧縮してからそれを抜き取る方法があるな。外郭に構造を入れるだとか……他は自分で色々試してみるといい。明日からは望むのなら魔法を教えてやろう」

「本当? それはすごくありがたいけど……」

「けど、なんだ?」

「これも気まぐれ?」


「…………。不満か?」

「いや、えっと、なんていえばいいんだろう……あまりにもいろいろ面倒を見てくれすぎてて、申し訳ないというか、あとで対価を要求されたりしたら怖いというか…………してくれてることに、わたしがイェルにできることでつり合いが取れるか不安」


 わたしは別にイェルに何か支払ってるわけでもないのに、何から何までしてくれるのは何故か、よくわからない。

 わたしの疑問に対して、イェルは少しだけ目を細めて、


「知的生命の間になされる交流は、すべて対価や契約がなければ成立しないと?」

「わたしは必ずしもそうは思わないけど。でも、そういう価値観をわたしは知っているし、採用している人もいることは知ってるから。だから不安なの」

「お前がその価値観を採用していなければ問題ないだろう?」

「イェルは? イェルが採用してたら問題だよ」


 微笑を浮かべながらイェルが答える。


「私も必ずしもその価値観を採用はしない。だが……そうだな、お前が対価を要求された方が安心できる、というのなら要求してもいい」

「もし対価が浮かぶなら教えてほしいかな。あとで要求されるのとか、無理難題だったら今のうちに断っておきたいし」

「そうか。ならば今、明示してみよう。……お前はいつかここを出ていくな? その時、私もついていっていいか?」

「え?」


 かなり斜め上の要求だ。ここを出ていくときについていく? わたしに帰る場所とかがあるならそれなりの要求な気もするけど、わたしはとくに行く当てもないわけで……。


「別にいいけど、それが要求? そんなのわたしの許可を取らずとも個人の自由じゃない?」


 思ったままをわたしが口にすると、イェルは少し虚を突かれたような、それでいてうれしそうな表情を見せた。


「自由…………自由か。ふふ、まぁ私の要求はそれだけだ。まぁ別に、反故にしてくれてもかまわんがな」

「しないよ。わたしは意思とかは尊重したいしね」

「まぁいい。そういうことで、明日から魔法を教えてやろう。興味はあるんだろう?」

「もちろん! というかあれだよ、未知の物事があったら興味を持つのが知的生命の義務みたいなものだよね」


 結果的に理解できなかったりするとしても。

 わたしが少し興奮気味にそういうと、イェルは少し肩をすくめて笑う。


「まぁ、張り切るのもいいが……とりあえずは眠って休んではおけよ」


 そういうと、イェルはわたしの部屋から出て行った。


 さて、残されたわたしのすることは寝ることしかないけれど、今日の睡眠には期待している。何せベッドですよベッド。触った感じがふわっふわだし雲とか綿菓子を連想する。……いや綿菓子は却下かな、べたべたしそうだし。


 とにかくわたしは期待しながら布団に寝転がり、枯れ葉や土と比べるのもおこがましい掛け布団をかける。焼きたての食パンみたいな白くてやわらかい感触があって、あぁ…………これこそがわたしの求めていた睡眠ではないでしょうか?


 思えば植物状態の時の睡眠はまず睡眠を定義することに全身全霊を使って、自分の意識というものが消えないように……いや、そんなことよりこの感覚すごい……ふわっとしてて………ふかっとしてて…………ぽかぽか……。


 考え事を霧散させるレベルの快適さに、わたしは全く耐えられず眠りに落ちた。


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