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寂しがり屋と思考する転生聖女のお話。  作者: 池中 由紀
諦念する少年と森に住む者たち
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◇ 08 自分の身体


 イェルに運び込まれたのは遺跡のちょっと奥のほうの一室で、ベッドも何もない部屋だった。少し待っていろ、と言われそこに置き去りにされたので、徐々に動くようになってきている手足を動かしながら立ち上がった。ふらっと立ちくらみのような感覚があったけど、身体は動く。……よかった。


 数分後くらいにイェルが戻ってきた。あれ、また袖長の服着てる。あぁ室内はこっちが着たいんだろうな。あの服を外で着るのは動きづらそうだもんね。


「すぐに回復させられるところ、クパの実をはじけさせるところを見ると、魔力の扱いはうまそうだな。褒めてもいい」

「褒めてほめて」

「………………」


 軽い気持ちでいったら、イェルが困ったような顔をした。ふはは、うかつなことを言うから困ったりするのだよ。


「さて。準備するから少し待っていろ。……何か面白い話はあるか?」


 イェルはわたしの要求をなかったことにした。ちぇー、まあいいけどさ。


「面白い話…………? 例えば?」

「なんでもいいぞ」


 それは一番困るやつですよ。実際、わたしの妄想はトリガーがあってこそ走るものだしさ。しかもお題が面白い話って、芸人でも困るのでは?

 でもイェルはそれが答えになっていると思っているらしく、短い棒を袖から出して地面に丸とか文字みたいな、……ああ魔法陣みたいなのを書いてるのかな? 光り輝く線で描かれる模様は奇麗だ。


「それは魔法陣?」


 わたしの質問に、イェルは手を止めることなく答える。


「なんだ、見たことがあるか?」

「ううん、わたしがもともといた世界には魔法もなかったし魔法陣ももちろんなかったけど…………たくさんのフィクションにはあったかな」

「フィクション…………小説とか吟遊詩人の歌とかの類か」

「そんなかんじ。でもわたし、いつも疑問に思ってるんだけど、なんで魔法陣って文字っぽい模様を描くんだろうね? わたしたちのフィクションだと、意味を持たせるとかそういうことを言うんだけどさ」

「お前たちのフィクション事情は知らんが…………この魔法陣の文字のような部分は基本的に術者への補助のようなものだ。異論もあるが、魔法は想像力が重要だといわれていて、それはおそらく一定のレベルでは正しい。だから、意味のある文字を並べたら効果があるような気がする、という想像力のブーストとして使う側面が大きいな。別になくても動くぞ」

「無くても動くんだ……」


 それはちょっと驚きではある。だって魔法陣といえばあのにょろにょろしてなに書いてあるかわかんない文字だと思わない?


「とはいえ欠かせない部分もある。基本的に構造があれば問題はないが、文字でその構造自体を補っていることがほとんどだからな。そして構造を理解するのは難しいが、文字を書くなら簡単だろう? だから面倒な時は私も文字で横着をすることにしている」

「へー…………なんだか電気回路みたいだね」

「電気回路? なんだそれは」

「あれ、この世界には電気はある?」

「翻訳を信じるのなら、一般には神の火とか呼ばれているものだな。雷とかが一例か……一部の妖精とか魔法の道具なんかで利用されてたりはするが、そこまで一般的なものではない」

「そうそう、そのびりびりバチバチする電気ね。空中放電だと青白いイメージがあるかな。とにかくその電気を使っていろんなことができる道具がわたしのいた世界にはあったんだよ」

「どんなことができたのだ? 魔法なしではさしたることもできないだろうに」


 む、その言い方はいただけませんね。正直、魔法がどの程度か知らないけど、用途によっては科学とか工学のほうがすごいと思うんですけどね。


「んー……星の裏側にいる人に自分の虚像と音声を届けたり、音速を超えて移動する乗り物とか、一秒間に何万何億の計算を正確にしたり、空気とか水の温度を変えたり、食べ物が痛まないように低温に保ったり……あとなんだろ、勝手に画像を認識して種類分けしてくれたり?」


 わたしが可能な限りすごさを強調していうと、それまで会話しつつも魔法陣を書いていたイェルが手を止めてこちらを見た。


「…………魔法ではないのか?」

「少なくとも魔力とかそういうのは使ってないよ。呼び方が違うだけかもしれないけど、たぶんそれもなさそうだと思う。だって想像力でどうにかなる話じゃないからね。基本的には電気と、あとはもちろんいろんな物質の性質を利用しているはずだけど」

「ふむ……魔法でならどれも絶対に無理とは言えないが……それでも莫大な魔力か構造が必要な気がするな」

「あ、こっちの話もものによっては大量の電気とか複雑な構造が必要だからそこは同じかもね。電気はひとところにためておけるものでもないし、ものすごい大規模な設備で発電して使ってたし」


 イェルは再び手を動かしだしつつ、


「面白そうではないか。電気とやらはどうやって作る? 魔法はないのだろう?」

「モーターってこの世界にある?」

「少なくとも翻訳はされてないぞ」


 翻訳されてないって。この翻訳もすごすぎて意味わかんないね。


「えっと、鉄と磁石で作るんだけど……んー、ほら、鉄って磁石に引き付けられるよね? で、電気を使って磁石の方向を変えたり強さを変えたりできるんだけど……?」

「そうなのか? 聞いたことはないな」


「まぁそれで、モーターっていうのは、ありていに言ってそういう性質を利用して、電気を使って車輪をぐるぐる回すような機械、構造のことかな。で、実はこの仕組みは逆転させられるから、車輪とかをぐるぐる回すとモーターの仕組みで電気が生まれるんだ。モーターの回し方は風とか熱とか水とか色々あるけど……単純に言うとそんなかんじかな」


「ふむ。しかし鉄に磁石か…………」

「何か問題が?」

「お前の世界では知らんが、この世界ではあまりないものだな」

「え? 何が? 鉄が? うそでしょ?」


「本当だ。一応貨幣なんかには魔法を散逸させる性質を買って使われているが、それも結構無理して混ぜ物とかしてるしな。日常生活で鉄を使うのは、貨幣だけだろう。武器とか防具に使うとよい性質だ、とはされてるものの、大量の鉄やそれを作る技術に比べて魔法でほかのものを強化したほうが安上がりな上に簡便だとされているくらいだ」


「いや…………まってまってまって」


 いや、だって鉄だよ? 知ってますよね、地球の構成要素の結構を占めてるのって鉄だったよね? 酸素とかシリコンがすごく大量にあって、まぁそうだよね酸化物とか石とかそうだし、でその次あたりが確か鉄……というかほら、鉄とかシリコンが多いのは何かの文脈で一番安定な物質だからのはず……ええと、なんだっけ、ビックバンとかでできるのはほとんどがすごく軽いヘリウムとかリチウムくらいまでで、あとは星形成とかの段階で核融合を起こして炭素とか鉄くらいまで作れるんだよね。で、星の崩壊とか超新星爆発とかでもっと重い元素が大量に爆散するけど、そう、こいつらはどんどん鉄に崩壊していくから、宇宙全体で見ても鉄はそれなりにあるんじゃなかったっけ。もちろん水素とヘリウムくらいまでがほとんど占めてるってのはよく言われてることだと思うけど。


「おい、何か考えているなら口に出してみろ」

「えっと……間違ってるかもだけど」

「いいから」


「じゃあ……いや、鉄って地球の構成要素の、っていや地球じゃダメかな? あぁそうかその可能性があるかも……ほら、この星がどうかは知らないけど、わたしの住んでた星は、酸素とかシリコン、石ころが大量にあって、その次くらいに大量にあるのが鉄とかあとアルミだっけ……? とにかく電気を通すような、いや酸素を抜けば電気を通すような物質のはずなんだよね。その理由は宇宙の始まりのビックバンとかでできる元素と、そのあとで星形成段階でできる元素と、崩壊でできる元素とが関係してて、鉄っていうのは核分裂とか核融合とか―――」


「待て待て待て。お前は何を言っている? 宇宙? この星……というのはいいが、宇宙とはこの星の外側の、星や太陽が存在する空間のことか? だとしたらなんでお前はそんなことを知っている? というかそれはいつの話だ?」


「え、っと…………宇宙は星の浮かんでる空間であってるよ。なんで知ってるかっていうと……なんでだっけ、光を見るんだっけ。光が伝わるのは有限の速度だから、それで過去が見えるんだよね。例えば太陽は八分前くらいの太陽が見えてるとかいうし、たぶんそれで見てて……で、いつの話かというと、宇宙は少なくともわたしの世界では138億歳くらいだったはずで、ビックバンはその初めだし、星の形成はそれから今までの間だけど……」


「ふむ……確かに光の速度が有限だという説はたまに聞くな。根拠に乏しかった記憶があるが……それはいいが、ということは宇宙は考えられないほど大きいということになるが、お前はなぜそれがわかる?」

「……なんでだっけ? 確かに光が飛んできてることは分かっても距離までは分からないよね? ああいや、あれだ、たぶんほら、宇宙って膨張してるっていうのがまた別の文脈で分かってて、その膨張率でドップラー効果とか起こすからわかるんだっけ? たぶんそんな感じ」

「ドップラー効果?」

「救急車……じゃなくて、うーん……あ、魔法でものすごく高速で動けたりする? その時、音の聞こえ方が変になったりしない?」

「…………するな」

「それ。それをドップラー効果っていうの。ドップラーさんが見つけたのかな?」

「それでどうして距離がわかる?」


「多分、膨張の仕方がわかってるってことは、距離によって速度が違うことがわかってて、それは必ず遠くに離れる方向になるはずなんだよね。ほら、風船……てあるかな、ないかも、ええと……とにかく革袋? とかを思いっきり膨らませると、二点間の距離は必ず遠ざかるでしょ? で、宇宙は大体ある一点から始まったと思われているから、膨らみ方がわかっていればそれで距離がわかるんじゃないかな? あとは近ければ地球の公転のずれとかで三角測定みたいなことができると思うけど……」


「なる……ほど…………納得……はすぐには無理だが…………」


 イェルがものすごい渋い顔をして言う。手は動かしたままだけれど、ちょっと遅くなってる気がする。


「本当はこう、数式とかでかっちりわかってることなんだと思うけど、わたしはそこまでは分かんない」


 言い訳のようにそういうと、イェルは少し残念そうに、そうか、と言ってから、


「まぁいい。お前はいろいろなことを知っていて面白いな。……話を戻すが、理由は分からんがこの星に鉄や磁石は少ない。だから電気とやらをうまく使うのも難しそうで残念だ」

「……貨幣が作れるならちょっとは作れるんじゃないかなぁ。磁石さえあれば」

「本当か? ふむ……覚えておこう。―――さて、準備ができたぞ」


 イェルが言うと、ぼう、と魔法陣が光る。うわーファンタジック。映画やアニメみたいだねこれ。


「どうすれば?」

「その上に立て。服は着たままでいい。あとは……力を抜け。くすぐったかったり痛かったりしてもなるべく動くな。見づらいからな」


 なんだかアヤシイ感じに聞こえなくもないね。まぁいいや、とりあえず言われたとおりの場所に立って、力を抜く。


「そのまま動くなよ。―――ふむ」


 とか、うーんとか、たまに唸りつつイェルがわたしを見る。たまにピリッとした感覚が肌とか身体の中に走ったり、くすぐられたような感覚だったり、つんつん突っつかれる感覚だったり……あの、遊んでませんよね?


「えーと……いつまで?」

「もうちょっと待て」


 イェルはわたしの声をほぼ上の空で聞いている。

 それから数度催促をしたところで、やっとわたしは解放された。


「それで……どうだった?」

「やはりお前は魔力に依存しているな。というか、最悪の場合、魔力さえあれば生きていられるんじゃないか? 逆に魔力が枯渇すると身体にすぐダメージが入りそうだが、それも魔力回復すれば元通りになる程度には頑丈のようだし……血を吐く程度の状態は大して問題にならなそうだぞ」


 いやいや血を吐くのは問題でしょう。吐血って結構病気のステージ的には末期だと思いますよ、普通の感覚でいいますとね。


「でもおなかすくし、のども乾くよ?」

「もちろん、肉体にダメージは入るだろうさ。だが多分、死なない。魔力が尽きない限りな。まぁ飢餓状態じゃあ魔力もどんどん減っていくだろうし、そこは別に普通の動物と大差ないだろうが」

「じゃああんまり役に立たないね。正直今もものすごいおなかすいてるしのど乾いてるよ」


 私がいうと、イェルは少しだけ申し訳なさそうな音程で、


「……ふむ。確かにお前がここで目覚めてからは何も食べていなかったな。もう身体は回復したのだろう? クパの実でも食べるといい」

「イェルは?」


 わたしが何気なく聞くと、イェルがちょっと自慢気に返してきた。


「わたしは食べなくとも生きていられる優れた身体だからな。食べる必要性がない」

「…………わたしは食べなくても生きていられたとしても、食べたいよ。特に美味しいものとか、甘いものとかさ」


 そう、植物状態の時は、食べなくても生きていられたけど、それがうれしいことだとは全く思わなかったから。


「ふむ…………なるほど。それもそうか。ならば私もついて行ってやろう」


 わたしの言葉が妙に暗かったからかもしれない。イェルがついてきてくれるらしい。


「本当? えっと、何から何まで面倒を見もらって申し訳ないけど」

「気まぐれだ。気にするな。思えばお前はクパの実を爆発させるようなやつだったな。放置して怪我をさせるのもかわいそうだ」


 すたすたと歩きだしたイェルの後を追いかける。

 わたしはそれから、たまに力加減を間違えて黄金の実を破裂させつつ、イェルと一緒に食事を楽しんだ。


 もちろんそれは、食事とも呼べないようなただの果実を食べるだけだったけれど。


 それでも、無駄話をしながら、甘い果物を食べる経験は、わたしにとってはかけがえのないものだと思えたのだった。


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