◇ 53 闖入者と依頼
静まりかえったギルド中の注目を集める全身鎧男。……というか、あんな全身金属鎧、テカテカだし、っていうかあんなのこの世界にあるんだ。すごい高いんじゃ?
そんなことを呑気に考えていたら、ぐるりとギルド内を見渡した全身鎧の男と目があった。そのままズンズンとこちらに歩いてくる。……男に続いてわらわらと軽装の鎧と武器で武装した集団が入ってくる。全員、金属光沢の輝く装備で。これは……?
ちらりとイェルの方へと視線を動かす。イェルは非常に不快そうに眉を顰めていた。
アイコンタクトを取った直後には、男がわたしとイェルの席の前までガシャガシャと音を立てながら近づいてきていた。ちょっと歩き慣れてなさそうな感じだ。
男は確信を持ったようにして、断言した。
「あなたが新しい聖女だな」
「……違います」
「誤魔化さなくともいい。すでに遺物も確認している」
「…………。なんのことですか?」
「目撃証言がある。ハーピーの呪いを見事に祓ったそうだな」
「っ…………」
あれ、みられてたんだ。誰に…………かは今考えることじゃない。いや、視界の端でニヤニヤしてる男のギルド職員がいるし、多分何か関係してるだろうけど、今はどうでもいい。そうじゃなくて…………どうすればいい? いや、違う、ここはとぼければいいだけだ。
「魔術具を使いましたが、別に遺物ではないですよ」
「ふぅむ? 聞くところによると突然現れ突然消えららしいが。それほど高度な魔術具はそうは目にしない」
「珍しいものなので」
「…………浄化はしたのだな」
う、そこからとぼけるべきった? いやでも目撃証言あると言われて嘘をつくのもどうかと思うし。いや、最悪の場合、ここから全力で逃げれば……って、金属防具ってそういうこと? わたしとイェルが魔法使いだからその対策だったりする? いやまぁ、最悪の場合は店の壁を破って逃げればいいけど…………。
そうだ、最悪の場合は壁を破って逃げればいい。そう思い直して、ある程度素直に話すことにする。
「浄化はしました。みた感じ祓えそうだったので。そうそう使えるものじゃないので痛手になりましたが」
「……そうか。いや、そこまで警戒しないで聞いて欲しいんだが……別に聖女かどうかはどうでもいいんだ。ただ力を貸してくれないか」
なんだか突然トーンダウンして懇願してきた。ここまでの割と有無を言わさない詰問とは打って変わって助けを求めるトーンだ。……起伏が激しすぎて疲れる。こういう人はあんまり信用できない。意図的にやってそうだし。
そう思って、警戒を解かずに会話を続ける。
「いえ、すみません。もうこの街はそろそろ出るので」
「———頼む! あなたなら毒野菜の問題を解決できるかもしれないのだ!」
ざざ、というさざなみのような音を幻聴する。……周囲の人たちがわたしに一斉に注目した音だ。無数の視線が刺さって痛い。そして、これもわざとじゃないだろうか? いや、ナチュラルにこれをやってるならそれはそれでむしろ恐ろしいけど。
視線の色合いは懇願のような、期待のような。少なくとも、わたしはこのフルメタルアーマーの男に翻弄されているのは確かだった。
それでも、可能な限り食い下がる。隣でイェルがどんどん不機嫌を露わにしているのが、ちょっと頼もしかった。
「あんまり過度な期待をされても困ります。無責任なことを言われるのはもっと困ります」
「いや、みてもらうだけで良いのだ! 毒の原因が何か、確認するだけだ! 一緒に同行してくれないか!」
割と切羽詰まった感じを出しながら男が叫ぶ。……狡い方法。意識的か知らないけどさ。そんな叫ばれたら周りの人に全部伝わるし……ほら、あの辺の人たちはわたしたちに期待したような表情だよ。ここでゴネたらわたしたちの方の印象が悪くなるよね。
イェルが限界なのか反論しそうな空気を感じたので、わたしは諦めてイェルを止めた。
「イェル。……はぁ、わたしたちに危険がない範囲で、みるだけという条件でなら、いいですよ」
「っ、そうか! ありがたい! それでは明日、朝にここに来てくれ! では頼んだぞ!」
「え、あ。ちょっ———」
男はそれだけ言い残してガシャガシャと去っていった。わたしの返事なんか聞く気が全くない。……早まったかな? というかこれ、明日の朝、約束すっぽかして逃げた方がいいかも?
「……あの人を馬鹿にしたような奴の願いを聞く気か?」
「うーん…………正直、迷ってるけど……多分、権力者なのが、ちょっと」
「この街の長か何かか。…………聞いてみるといい」
イェルはちらりと視線を流す。ギルドにはざわめきが徐々に戻ってきていたけど、その合間からギルドの人が歩いてきていた。ニヤニヤしてた男じゃなくて、いつも親切な女の人の方だ。短髪がよく似合っているけど、表情が少し硬い。
「ロクシーさん。すみません、うちのが迷惑かけたみたいで……」
視線だけで誰のことを言っているかわかる。まぁ、それは今話すことじゃない。
「いえ。それで……さっきの人は、誰だかわかりますか?」
「ナイア様ですね。この街の貴族です。あからさまな悪政を強いる人ではないですが、空回りしていることが多い印象ですね」
「……貴族にそんなこと言っちゃっていいんですか?」
「内緒ですよ。……それに、この街はちょっと特殊ですしね。私たち平民があんまり貴族様に頼らなくても生きていける街ですから」
なるほど。そんなこともあるのか……貴族が絶対的な力を持ってるものだと思ってたけど、まぁ確かに地理的にも孤立してるし、ドワーフとかとの関連も複雑だし、特殊な土地柄というのはわからなくはないよね。国として独立したりすることもあったりするのかもしれない。あんまりわたしには関係のないことではあるけど。
わたしがそんなことを考えて納得している間にも、ギルドの人は言葉を続ける。
「今回の騒ぎも、毒野菜問題を早く解決したいんでしょう。ナイア様は農耕推進派ですしね」
「あー……そういう……なるほど」
「狩猟推進派の妹のテス様の方が私達に近くて政治も善かったのですけどね……」
さっ、と表情に影が刺す。貴族様のゴタゴタは複雑怪奇で面倒くさそうだし、あんまり関わり合いになりたくはない。ここは聞きたいことだけ聞いておいた方がいい気がする。
「ナイア様は別に悪い人ではないってことですか?」
「良くも悪くも普通の貴族様ですよ。多少、功を焦ったところとか、人の話を聞いてくれないところとかはありますけど。なので、あとでちゃんとそれなりの報酬は払えると思います。……その程度には信用できますね」
「はぁ……そうですか」
「色々面倒かもしれませんけど……できれば、私としても毒野菜問題は解決していただければ嬉しいです。ロクシーさんに義務とかはないですけど、手伝ってあげてくれませんか……?」
割と心底心苦しそうにしつつギルドのお姉さんが頼んでくる。まぁそりゃあ、自分たちが口にするものに毒が混入してる危険性があったら怖いだろうし、なんとかできる人がいるなら助けて欲しいとは思うものだと思う。わたしだって、できるなら助けてあげたいという気持ちはある。
ただ、それを原因に何かに巻き込まれたり、うまく解決できなかったときに逆恨みされたりするのが怖いだけだ。……イェルが不機嫌さを隠そうともしてないのは、その辺の問題を認識しているからなのかもしれない。わたしと違って、そこまでお人好しじゃないもんね。十分お人好しだとは思ってるけど。
「力不足で解決できる気がしないから、あんまり受けたくないんですけどね………まぁでも、そこまで横暴な貴族でもないみたいですし、参加だけしてきます。手続きとかあったら済ませておいてもらえますか? ……というか、朝っていつですかね……?」
「ありがとうございます……そうですね、そのうち連絡が来ると思うので、またお知らせしますね。……あ、それとイェルさん」
「…………なんだ?」
不意に名指しされたイェルは少し低い声で返す。ギルドのお姉さんが特にそれに反応しないのは、さすが人の応対に慣れてる人だなぁ、なんてことを思った。
「ワイン、お礼に出しますね。赤でいいですか?」
「…………。ああ」
少し予想外だったのか、ちょっとした沈黙の後にイェルが答える。お姉さんはすぐに踵を返し、ささっと赤ワインの入った木製のコップを二つ置くと、ごゆっくり、とだけ言葉を置いて奥へと戻っていった。……二つ?
片方のコップを除くと、赤い液体がゆらゆらと揺れている。魔法で光る電球のような水晶の光源があるとはいえ、節約なのか割と薄暗いせいで血液にも見えた。……最近、解体とかして血を見慣れたせいかも。慣れてきて特に嫌な感じもしないね。
「……ふむ。悪くないな」
イェルはそう言って、少しだけ表情を和らげた。ワインの良し悪しなんか絶対わからないけど、うーん……イェルが楽しんでる飲み物を飲めないのもつまらない。
そう決意してコップを持ち上げると、
「お前の国では犯罪だったのではなかったか?」
「ここ、わたしの国じゃないし。あと、出してきてる時点で、多分、バレてるってことでしょ?」
「ん? ああ……そういうことか。どうだろうな。まぁ、可能性はある」
「ってことは、現地の法律的にも問題ないってことでしょ? 体に悪影響もないって言ってたし、なら別に問題ないでしょ」
見た目幼女だけど現地法で問題なければ犯罪じゃない。つまり人間じゃなければ問題ない。大体、禁止する理由は体に悪影響があったりするからというのが大きいわけで、魔法で取り除けるのならそこも揺らぐ。まぁ……あんまりお酒って美味しそうじゃないから、イェルが飲まなければ飲んでなかったけどね。
勢いよくコップを持ち上げてから……口をつけて、恐る恐る口にいれた。
きゅっ、と舌に残る感覚。なんというか……なんだろう。独特の渋みと苦みの奥に、葡萄ジュースっぽい雰囲気が隠れている。甘くない葡萄ジュース。香りはいいからそこは楽しいかな? 味は独特で、嫌いではないけど好んで飲むものかは怪しいところだ。……なんとなく、渋みと苦みに慣れたら美味しく感じられる飲み物な気もする。わざとらしく甘くない葡萄ジュースの雰囲気は、結構好きな気もするから。
「味覚が子供の可能性があるけど……これは美味しいワイン?」
「不味くはない。こういう嗜好品は、それ以上は好みの問題が大きい」
「ふーん……まぁ確かに珈琲とかもそうかな? じゃあ感想だけど、他で味わったことのない味だけど、渋みと苦みがもうちょっと弱い方がいいかな。甘くない葡萄ジュースっぽい味は良かったから」
「渋みと苦みにはそのうち慣れる。それこそ二口目には慣れてるかもしれないぞ?」
ニヤリ、と笑うイェル。……なんというか、黒い弱ゴスロリ服も相まって、ワイングラスとか持ってたらすごい絵になりそう。ガラスは見てないけど、水晶で作ったりできないかな。まぁちょっと今は暇がないから無理だろうけど。
促された通りにワインにちびちび口をつけていると、まぁ確かに味がだんだん分かってくるね。いや、これ、逆に味がわからなくなってきてるのかな? 苦みとか渋みだって味なわけだし。無視されやすい味とかあるんだっけ? あった気がするけど。甘いジュースの甘さに慣れたりってあんまり聞いたことない気もするしね。
それからイェルとお酒についての雑談をした。
と言っても、わたしは飲んだ経験はないのでいろんな種類があるということを話しただけだったけど。
しばらくしてお姉さんが明日の朝の時間を大体教えてくれて、昼前らしいことがわかった。
一応、何があるかわからないのでちゃんと休憩しておこうということで、それからすぐに宿へと戻って早めに寝床についたのだった。
ちなみにイェルは雑談の合間に一度席を立って赤ワインをもう一杯もらってきていた。結構好きなのかもしれないし、覚えておこうかな。




