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寂しがり屋と思考する転生聖女のお話。  作者: 池中 由紀
傍観する物質と共存する者たち
52/56

◇ 52 ナイフと包丁


 街に戻ってから中古の金属武器を探した。鋳つぶす目的なので特に内容を選んだわけでもないのだけど、殆ど存在しないのには驚く。だってほら、冒険者はここで武器を新調したりもするわけで、中古買取需要はありそうなのに。

 

 話を聞いてみると、どうやらここでは新しい武器が買えるせいで、中古品が安いというか、買い叩かれるらしい。普通に遠い街とかの方が高く買い取ってもらえるらしく、ここでは取り扱っていないとか。

 

 あとそもそも、やっぱり金属武器とか防具とかを使う人が少ない。確かに言われてみるとあの男の冒険者の人が持ってた武器は鉄製の剣だった気がするけど、他の人たちの持ってた武器は木製の槍とか石の斧とかだった。それでも魔力を通せば切れ味はよく、なんなら鉄製以上だったりするらしい。

 

 ……それだと魔力のうまく使えない人だけが金属武器を使ってたりするのかな、なんて思ったりもするけど、普通に魔力依存性の高い魔物に特攻らしいので、使う人も少なくないとか。単純威力の木製や石製の魔法武器か、魔法特攻の金属武器か。まぁ、木製の方が圧倒的に安いらしいし、特攻武器じゃなくても威力でゴリ押しできるらしいので、金属武器が人気ないのも納得ではあるけどね。

 

 そんなわけで中古品は一応、ボロッボロに錆びたナイフだけ手に入れることができた。……結局、鍛治のドワーフには受け取ってもらえず、砂鉄だけ受け取ってもらえたのだけど。量的にそれこそナイフか小刀くらいしか作れないが、と言われたので、ウケの良かった包丁を頼んでおいた。一応、獲物の解体とかができるくらいの大きな包丁でもいいとは伝えて。

 

 割と曖昧な注文にしておいたのは、これで肉屋の包丁みたいなのが出てくるのか、中華包丁みたいなのが出来上がるのかとか、その辺にも興味があったからではあるんだけどね。

 

 それから一週間くらいは錆びたナイフでイェルと遊んでいた。

 

 ……具体的には頑張って研ぎ直してた。

 

 いや、結構楽しかったなぁ。死ぬほど苦労したけど。出だしは順調で、魔法を使って全力で錆びを吹っ飛ばそうと意識するだけで大まかに錆びを落とすことができた。イェルによると、錆びた部分はさほど魔法に抵抗力がなくなるらしい。どんな原理かさっぱりわからないけど。

 

 ただもちろん、それだけで切れ味は回復しないわけで……困るのは研ぐという概念があんまり一般的なじゃないらしいことだ。

 木製とか石製の武器があるなら粗く整えるヤスリくらいあるでしょ、と思ってたのに、どうやら表面に切れ味増幅とか、硬度強化とか保護とか、色々な魔法処理を施しているらしくてそもそも割と研ぎ要らずだとか。便利すぎる。もちろん、金属ではそういうことはできない。不便すぎる。

 

 街中を探し回って、ようやく工房とかが使うヤスリとかを買うことができたけど、刃物を研ぐような細かいヤスリはなかった。

 

 大まかに研いだけど切れ味はすこぶる悪い。……なんとなく面白くないし、どこまでできるか試してみたくなったので試行錯誤をすることにしたのだ。

 

 砥石があれば便利だけど……どれが砥石なのかとかわからないし、ぱっと見でもあのサラサラの肌触りの石とかは見当たらない。

 

 平らで滑らかっぽい岩肌を使うだとか、細かい砂を擦り付けてみるだとか、色々やった結果、多少は切れ味が良くなったり、失敗して悪くなったりを繰り返しつつなんとなくマシになってきた時にはすでに数日が過ぎ去っていた。

 

 切り株の上で水に濡らした砂とか使って研ぐのがマシだったので、石とか色々集めて魔法使って全力で粉々にしたりして、どれが上手くいくかとか試行錯誤しながら研いでいたら、それなりに切れ味が出るようになった。


 ……刃のところじゃない部分がすごい鏡面になるくらいには研げるんだけど、そもそも刃物の研ぎ方をまともに知らないから刃の部分がそこまで上手くいかなかった。まぁでも、確か刃物って研ぎすぎるとすぐ刃こぼれするとか聞いたことあるし、肉が捌けるくらいの切れ味はあるし、と満足するまでさらに数日。

 

 完成して無駄に輝くナイフを見たイェルに、それを磁石にするのはどうだ? と言われ、かなり頑張った刃物を使うかちょっと迷った。本当は鉄線とかがあればいいんだけど、とかなんとか言って話を逸らそうとしたのだけど、イェルは結構楽しそうに魔法でやるからいいとか言ってきたので、諦めて磁化させることにした。

 

 イェルが工夫して強力な電流を流そうをしているのを見て慌てて止めるとかいう一幕はあったものの、磁石になったナイフを使って砂鉄を集めたりしてるのを見てちょっと微笑ましいと思ったりしてしまった。

 

 止めた理由は、ほら、確かネオジム磁石とかってその不純物? とかのおかげで磁化が壊れにくいとかそういう性質があったはずだし、割と純度の高い鉄だと磁石として保たれるってことはない気がする。……いや? 刃物とかって純粋な鉄じゃなくて鋼とかだし、意外と磁石になったりするのかな? まぁその辺は放置しておけばいいかな?

 

 そんな感じで一週間くらい遊んで、ドワーフのおじさんが結構驚いてたのはちょっと面白かった。あんなボロボロのナイフをそんなに研いたのか、どうやった? と聞かれて魔法を使ったと言ったらちょっとがっかりしてたけど。

 

 渡された包丁は、肉切り包丁っぽい感じで緩やかに湾曲した綺麗な刃物だった。金貨で払って、ついでに風の水晶石をその場で作ってあげたら少しだけ感謝された。……具体的には小さい砥石をもらった。砥石、あるんだね。いや、よく考えたら当たり前だけどさ……。

 

「猪肉、普通に美味しい。もっと獣臭い肉だと思ってたんだけど」


 さて、そんなわけでひと段落した今は、ギルドで夕食を楽しんでいた。


 一応、ナイフを研ぐためだけに山とか森に行くのもどうかと思って、適当な害獣駆除とか食料確保の依頼を受けた上で過ごしていた。今日は、ぼたん鍋だ。いや、別に和風の味付けではないけどね。蛇をスープに入れていたように、似たような味付けでぼたん鍋が提供されている。味は豚肉だ。獣肉っぽさはないものの、なんとなく肉々しさが強い。もう少し濃い味がいいかな? ワインとかで煮込んだ方が美味しそう。


「ちゃんと血抜きしたからだろう。経験があるのか?」

「ないけど、みたことあったから。見様見真似だよ」

 

 それも十五年は前の記憶で曖昧だけど。

 豚の屠殺現場みたいなのを見たことがあった。首を掻っ切ってヤカンが沸いたような悲鳴をあげる豚の鳴き声が妙に耳に残った記憶がある。バケツで血を集めるのは、やっぱり利用価値があるからなんだろう。血液のソーセージとか割とポピュラーな食べ物だしね。

 

「まぁ、ギルドの人も褒めてくれたし、間違ってはなかったみたいだね」

「そうだな。そのおかげで美味しい料理が楽しめるのなら、悪くはない」

「うんうん。もうちょっと濃い味でもバランスがいい気もするけどね」

「私は味じゃなくてワインが欲しいが」

「この国にも年齢制限はあるんでしょ? ならしょうがないよ」

「……こういう時だけは人化の術を使うか迷うな」

 

 イェルは一度ワインを頼んで断られている。この国は一応、小さい子供に酒を提供しないというルールがあるらしい。人間以外の見た目だけ幼い人はどうするんだ、みたいな問題がありそうなものだけど、この街はそこまで異種族がいないせいか、割と杓子定規な対応をしてきた。イェルもあれば、くらいの気持ちだったらしくすぐに引き下がっていたけど。

 

「そんなことに……というか、イェルはそういう狩猟の経験はないの?」

「優れた魔法使いは食事を必要としない。まぁ…………いや、そういうことだ」

「…………へー?」

 

 そうはいうけど生まれながらにして食事が必要なかったわけでもないと思うんだなけどね。まぁ、わざわざ濁したところを聞くのも微妙かな。

 

 わたしの内心はやっぱりある程度イェルには筒抜けらしい。猪肉を咀嚼仕切った後に、ため息をついてイェルが指摘する。

 

「単純に狩猟が必要な暮らしをしていなかったからな。ロクシー、お前も実感しているように、魔法使いが金銭を稼ぐことはさほど難しくない。食料は買えばいいだけだ」

「あー……まぁ確かに」

 

 実際、冒険者の集める街とはいえ、右を見ても左を見ても冒険者ということはない。武器を持っているかどうかで大体の判別はつくけど……今ギルドを見渡してみても、わたしたち以外だと四、五組くらいしかいないしね。席は二桁はあるんだけど。

 

「お酒、好きなの?」

「赤ワインは嫌いではない。特別好きでもないが」

「お酒かぁ……飲んだことないなぁ」

「向こうでもか?」

「未成年は飲酒禁止だったから。あとあんまりいい印象ないし」

 

 養護施設とかに預けられた子供の中には、親がお酒で狂った子もいた。詳しい事情までは知らないけど、いい印象はない。

 

「酒に狂う魔法使いは三流だがな。わざとならともかく」

「なんで? ってあー、毒扱いして抜くってこと?」

「完全に抜けるわけではないが、そうだ」

 

 魔法使い、ズルすぎる。こういうちょっとしたところに適当に魔法を使うだけで万事解決してしまう。魔法以外の創意工夫が発達しない理由が割とわかってしまうよね……。

 

「じゃあ今度、一回くらいは楽しんで———」

 

「———失礼する! ここに聖女はおられるか!」

 

 入り口をバンッ、と割と乱暴に開け放った人物が大声で呼びかける。

 ギルド内が静まり返り、全員の視線が集中する。そこには全身金属鎧の人間が立っていた。


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