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寂しがり屋と思考する転生聖女のお話。  作者: 池中 由紀
傍観する物質と共存する者たち
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◇ 51 山河の鉱石


 次の日。わたしは意外と興奮して寝坊した自分自身に驚きつつ山へと急いだ。

 

 あれだね、身体強化とかのおかげで自由に動けるから不自由な前世との落差ではしゃいでるのもあるし、それどころか疲れ知らずだから冒険とか観光に躊躇がなくなってるんだろうね。山登りとか別に好きじゃなかったけど、景色とか森の空気とかだけを楽しめるのなら嫌いじゃない。洞窟は流石にちょっとは緊張するけど、本命は別にあるし。

 

 ちょっとテンションの高いわたしにイェルは微妙に呆れ気味だったけど、まぁイェルが多少わたしに呆れ気味なのはもはや平常運転な気もしてきた。

 

 そのまま適当に山へ分け入り、ちょっと空を飛んでみつけた古そうな崖へと辿り着く。昨日までは空を飛ぶと目立つかも、ってことで飛んでなかったけど、街から山を見たら結構ハーピーが飛んでて特別目立つってこともなさそうだったので、こうして目的地を探すことにだけ使うことにした。

 

「いきなり崩れたりは……しなさそうだよね?」

「そうだな」

 

 イェルに確認した通り、結構大きな崖だけど、斜面にも木の根がはってたりして、割と安定しているように見える。表面はゴツゴツとした岩肌の場所が多いけど、部分部分で風化しているようだった。

 

「あ、洞窟あるよ? これ、入り口だけ見てみてもいい?」

「……魔物には気をつけろよ」


 どこに行っても魔物はいるらしい。まぁ、洞窟が一つの生態系を抱えていることは結構ある気がするし、そこまで変ではないけど。

 

 わたしは身体強化をきちんとかけつつ、洞窟へと少しだけ入る。子供の体のおかげもあって、特に窮屈さは感じない。直径は三メートルくらいの入り口だけど、中はもう少し広がっていた。

 

 薄暗くて見通しが悪いので、小さい魔法弾を出して灯りにする。あ、洞窟入る前に火とか入れた方がガスの有無とかわかって良かったかも? まぁ大丈夫だったしいいか。

 と、

 

「おおー……あれ、水晶だよね? すごい、こんなのあるんだ……」

 

 光をきらりと反射する一角に目を奪われる。

 ゴツゴツした岩肌からニョキっと生えた透明なクリスタル。氷のようにも見えるそれは、洞窟の所々に密集して存在していた。

 

「珍しいか?」

「うーん……そもそも洞窟に詳しくないけど、珍しいと思う」

 

 驚いて入口付近で立ち止まったわたしの隣から、イェルが訊いてきた。わたしの返答に、少しだけ驚いたようにしている気がした。

 

「水晶の質は悪くないな。採取しておくか?」

「いいの? 権利とかない?」

「お前が寝てる間に色々調べたが、ルールはあるが小規模なら問題はない。ギルドにちょっと納品しておけばさらにありがたいと言われたが、どうする?」

「いつの間に……でも、ありがと。じゃ、あの一角だけ取っちゃおう。魔法を込められたりするんでしょ?」

「すぐにできるものではないが……」

 

 イェルの呟きは華麗に無視して一角に近づく。白濁した結晶もあるけど、基本的には透明なものが多い。……あ、根元の一部はちょっと赤みがかったり紫っぽかったりしてる。アメシストとか呼ばれる類の水晶かな? まぁ宝石にはちょっとできるか微妙な品質な気がするけど。それとも磨けば綺麗になる?

 

「ねね、イェル。色付き水晶だと魔法に影響あったりする?」

「普通の魔法ならない。一部の妖精や力のあるものが好むことはある。だからそういう奴らの力を借りるときには重要で、多少は価値が高い」

「多少はなんだ」

「水晶はありふれたものだからな。ロクシー、お前の認識がどうかは知らないが」

 

 鉄の代わりに水晶が多い。うーん、そんな自然現象はあんまり思いつかないけど……いやでも、たまたまってことはある、のかも? 鉄ってそんなたまたま不足するような物質じゃない気もするんだけどね。

 

 とりあえず疑問は解決しそうになかったので、適当に水晶を岩肌から剥がして採集する。あまり沢山とっても容量を圧迫するだけだし、一角だけ取れば十分だろう。あ、鍛治で使ってた水晶を作ってあげたら喜ばれたりするかな? いや、素人が作ったやつなんて危なくて使えないか。

 

 そんなことを思いつつ、キラキラとひかる水晶を採集した。

 もちろん、近くの岩肌を眺めて黒っぽいところがないかなぁと探したりはしたけど……あんまり見当たらない。鉄鉱石って多分黒っぽいよね? なくはないけど……量としても微妙だった。

 

「……水晶だけでいいのか?」

 

 わたしが少し壁を見てすぐに諦めて外に出たのを見たイェルが、わずかに不思議そうな声色で訊いてくる。だんだんイェルの声色で感情が読み取れるようになってきた気がする。

 

「鉄鉱石、言われた通りにあんまりない気がして」

「もう少し探すかと予想してたが、諦めが早いな」

「大丈夫、まだ諦めてないから。ということで次は川にいこう。多分上流の方がいいはずだけど」

「川? ……ああ、川の鉄を取る気か」

「あ、やっぱり普通に知ってるんだ」

「魔法使いなら何もしないでも気づくことだからな。場所によるが」

「魔法使いは便利だね……」

 

 イェルの言葉にちょっと呆れつつ、一緒に川へと向かう。面倒なので空の散歩で、ちょっと気持ちが良い。

 

 製鉄の原料として砂鉄が浮かぶのは、まぁ日本で育ったからかもしれない。確かたたらって砂鉄使ってることが少ない特徴の一つだったような気がする。まぁ大体、子供の時に磁石使って砂鉄が取れるか、見たいなことをする人もいたしね。

 

「量が取れないという問題はどうする気だ?」

「まぁ砂鉄の量は少ないけど……どうなんだろ? 水を使って適当に重いやつだけ残せば砂鉄が取り出せたはずだけど、ダメかなぁ。あと一応、魔法でズルする方法も考えてきたんだけど」

「……鉄の有無を魔法で調べることはできるが、集めるのは難しいぞ」

「あ、有無とかどれくらいちゃんと鉄が取れてるかだけでもわかるならありがたいよ。見ただけで鉄かどうかとかわからないしね……と、ついた。結構勢いあるね」

 

 割とゴツゴツした地面に、それなりの流量と勢いのある川が流れている。水音がそれなりに鼓膜を振動させていた。

 水自体は透明で澄んでいる。えーっと、川底の砕けた岩とか、地面の砂とか、その辺を集めればいいのかな。

 

 ざぶん、と川に躊躇なく入る。う、ちょっと強めに魔力使わないと寒いかも。でも体を温めながら入ればひんやりとして気持ちいいくらいの温度だ。……ってそうか、適当に種類ごとに分けてイェルに見て貰えばいいのか。

 

 岩とか粘土とかを適当に河岸に並べて、イェルに訊いてみる。

 

「どれが鉄が多そう?」

「……この赤っぽい岩と、その砂だな」

「岩は砕かなきゃいけないし、砂でいいや、じゃあ……」

 

 鏡から木の桶を出して砂を集めてくる。そこに水を入れて、米をとぐようにして、濁った水を流す作業を続けた。確か本当は流れを使って大規模にやるはずだけど、まぁ、そんな大規模にやる気はないし、そんなことしたら土砂とかがすごい川に流れ込みそうだしやめておく。そもそもやり方知らないしね。

 

 しばらくそれを続け、軽い砂つぶも捨てるようにして続けると……だんだん黒っぽくなってくる。

 

「おおー、これ、鉄ってことでいいんだよね?」

「……そうだな。だがその桶一杯でそれだけしか取れてないが」

 

 確かに、それなりに大きな桶を使った割に、そこに砂鉄が少し溜まっているくらいの量だ。

 それでも集めれば小さめの砂鉄泥団子くらいは作れる量だし、何回かやればナイフくらいは作れそうな気もするけど。

 

 まぁでも、単調で気疲れするし、あまりやりたいとは思わないけど。でも、一応、ズルの方法は考えてきた。できるか微妙だけど。

 

「これを利用して砂鉄を集めようと思います。それで質問なんだけど、イェルの電気って紐に沿って無理やり流したりできる?」

「電気? あぁあの神の火の魔法か? ……できなくはないが、一瞬で焼き切れるぞ」

「一瞬でもいいから流れるってことだよね? なら大丈夫。ということで……」

 

 集まった砂鉄を水を捨てて取り出し、さらに布を使って水を切る。そのまま円柱状に布で包んでまとめて固めた上から、丈夫な紐をぐるぐると巻きつける。

 それをじっと見つめていたイェルは、わたしが遠慮なく紐を巻き付け続けているのを見て、少しぐったりしながら、

 

「ロクシー、お前、その紐に沿って雷を流せという気か……」

「あー……やっぱり無理?」

「いや……できないわけじゃないが、何がしたいか説明してくれ。やる気が出ない」

「素直な感想だねぇ。でもイェルには近い話をしたことはある気がするよ?」

「何? ……鉄と電気の話なら、磁石とモーターの話だったか?」

 

 一瞬だけピクリと表情を動かして驚いたイェルは、すぐに話を思い出す。出会ってすぐに話した内容だし、多少は印象に残っていたのかもしれない。


「そそ、それそれ。……というわけで、この紐だけに沿って一瞬でいいからなるべく電流を流すと、多分、磁石ができます。きっと。おそらく」

「随分自信がなさそうだな」

「…………やったことないし、聞いたこともないし?」

「まぁいい。離れていろ。雷は……地面に逃がす。近づくなよ」

 

 言われて距離をとると、イェルがわたしに渡された円柱状の物体を片手で握りながら目を閉じる。……集中してる? 結構難しいことを頼んでしまったかもしれない。


 大丈夫かなぁと少し心配になってきた次の瞬間、カッ、と光が一瞬漏れたかと思うと、バンッ、と何かを叩いたような、爆発したような音が響いた。……って、握ったままやったけど大丈夫なの……?

 

「できたぞ。ここに置くがまだ熱い。触るのはやめておけ」

「……イェル、それ自分の手は火傷してないの?」

「なんだ? 自分の体は省みないくせに人の体は気になるか?」

「いや、別にそういうわけじゃ…………」

「安心しろ、火傷はしないようにした。魔法で身を守るのはそれほど難しくはない」

 

 ひらひら、と手のひらを見せつけてくる。小さくて整った手のひらには傷一つついていなかった。なんなら、砂鉄で黒くなった布を握ってたのに一つもついてないし。

 

 近づいてみると、巻き付けた紐は完全に燃え尽きていたけど、布が全く傷ついていない。すごい。魔法、便利すぎる。

 しばらく待って……待ってる間にもう一回桶を使って砂鉄集めて量を増やしておいた。

 

 冷めた物体を握る。ちゃんと磁化してるかな……?

 

「あ、イェル、これ、この形で魔法で固めちゃうこととかってできる?」

「固める? それは……布から準備してきたなら別だが、今ここでやるのは難しいな」

「そっか。じゃあもう一個布を出して……」

 

 川底からとった砂を、大雑把に桶で洗った後に岸にばら撒く。その上で、桶に水を溜めて準備は完了だ。

 

 ばら撒いた砂の上から布を被せて、その上から磁石を近づけた。

 意外と強い磁石ができていたらしく、黒い砂が布越しに引き付けられている。

 

「やった、ほら、これで磁石、できてるよ。崩れたら壊れちゃうけど」

「……電気を流すだけで磁石ができるのか。確かに、言われてみるとそういうこともなくはなかったか……?」

「イェルみたいにみんなが電気の魔法を使えたり、鉄がありふれてたらもっと知られてると思うけどね。イェルって結構すごい魔法使いなんでしょ? 出力が大きくないとこんな乱暴な方法で磁石とか作れないと思うし、そんなに知られてなくてもおかしくはない気はするよ」

 

 わたしがそういうと、イェルは一人で唸りながら思考に没頭し始めた。ああ、楽しそうだ。わたしはイェルをそっとして、その間に砂鉄を集め続けた。

 

 磁石を使った収集は、いうほど効率が上がったかは疑問だけど、イェルが楽しめたということだけで価値はあるだろう。布に引き付けられた鉄を桶にためた水で洗って溜めることを続けて、しばらくするとそれなりの量の砂鉄が集まった。具体的には桶に入れた砂鉄の重さを感じるレベルで、まとめたらインゴット二つ分くらい。まぁここから鉄を取り出したらどのくらいになるのか知らないけどね。

 

 ひとまず包丁くらいは作れそうな鉄が集まったことに満足しつつ、わたしとイェルは街へ戻った。


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