表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寂しがり屋と思考する転生聖女のお話。  作者: 池中 由紀
傍観する物質と共存する者たち
49/56

◇ 49 ドワーフと鬼


「……はぁ。それで、鬼はこの世界にいるの?」

「いるが……ドワーフのことではないな」

 

 ため息をつきつつイェルに訊くとそう返答が返ってきた。ため息の理由は荒れた山登りも理由ではあったけど、この体は適当に身体強化をすれば疲れることはないので、理由は他にあった。

 

 ギルドで食事をして、また宿に泊まって次の日、今日の朝。

 さて資金も手に入れたしドワーフの武器でも見に行こうかな、どうすればいいかなぁとギルドに訊ねたところ、どうも極端な職員に当たったらしく、すごい強烈な反応を返されてぐったりした。

 

 曰く、あの鬼どもは我々を害そうとしているだとか。油断するな、何されるかわからんぞだとか。夜な夜な山を燃やして怪しい儀式をしているだとか。

 

 武器が欲しければ直接ドワーフの集落に行けばいい、他の冒険者もそうしてるという最低限の情報はもらえたけど、精神的にぐったりせざるを得ない。いやまぁ、彼の言い分が正しい可能性も別にゼロではないんだろうけど、でもぐったりしてたわたしたちに別の職員がフォローしに来てたしあんまり正しくはないんだろうなぁ……。

 

 一応、同情の余地はある。どうやら身内が毒野菜に当たってちょっと体調を崩したらしく、神経質になっているそうだ。もう回復はしたらしいけど。普段は真面目で優しい人らしい。まぁ……優しさが外側に苛烈になる原因になったりはするだろうし、そういうこともあるかなぁというくらいの感想だけどね。

 

「鬼かぁ……こっちにも、伝承はあったよ。もちろん、空想だとは思うけど……ただドワーフとかと関連づけようと思えばできそうな感じでもあるのは、まぁなんというか微妙な気持ちになるけどね」

「……ほう?」


 端的な言葉でイェルが続きを促す。特に拒絶する理由もないので、わたしは言葉を続ける。

 

「まぁ、民話とか伝承って、何かがすごいねじ曲がったりしたある種の偏見の結実だったりするんだよね。山を燃やすとか、肌が赤いとか、ツノが生えてるとか、人を食べるとか……怪力で金属の棍棒? を持ってて半裸、人間の言葉も喋ったりする。基本的に人に害なす敵役として登場するんだけど……鬼は製鉄をしていた集団とかに対する恐怖や畏怖が元ネタ、みたいな話はあったよ」

「どういうことだ?」

「山で製鉄をするってことは、水もいるし、内容によっては麓の村とかから製鉄の火が見えたかもしれない。製鉄を知らない人が夜に赤い炎に張り付いて製鉄している人を見て、赤い肌だと勘違いしたかもしれない。ツノとかは違う文化の装飾品とかの可能性か、創作か。怪力で金属の棒とかも、まぁ、製鉄で槌とかは握るだろうし、剣とか農具とか、ともかく鉄器を作ったりはしただろうしね。熱さから半裸になることもあるかもしれないし、人間なんだから人間の言葉は喋るよね。……まぁこれは絶対そうだったと言い切れるような話じゃないけど。推測の話でしかないし」

 

 実際、わたしはこの類の話の信憑性は全く知らない。知らないし、あんまり結論の出る類の話でもないとは思ってる。過去を見れるわけでもなければ、伝承の作者に話を聞けるわけでもないからね。ただ、理解はできる説だなぁとは多少、納得できるだけだ。

 イェルはわたしの言説に結構興味を持って耳を傾けてくれた。別に理系的内容以外でも興味を持ってくれるのはありがたい。わたしはどんな知識もふわふわした雑学の域を超えないから。

 

「確かに面白い着眼点だ。こちらの世界では鬼という存在は別にいて、別に人を食う種ばかりではないが……比較的特徴は似ているな。怪力、大柄、異なる文化に製鉄。とはいえ鉄が全然取れない世界だし、ドワーフほど固執しないからか、あまり製鉄という印象はないが。半裸は鬼というより巨人の性質だな。あいつらはそもそも服飾をあまり好まないことが多い。怪力で破りやすかったり、肉体で十分体温が保てたり、服を作ろうとすると多くの布が必要だったり、色々理由はありそうだが」

 

 言われてみると確かに巨人って服を着てるイメージがあんまりない。着てても腰巻きだけとか。実際にそういう存在が普通に生きてる世界でも、こっちの世界の空想が意外と当たってたりするのを訊くと、案外、人間の想像力も馬鹿にしたものでもないのでは、みたいな気持ちにもなってくる。たまたま一致している部分が印象に残るせいで、そういう部分が多いように錯覚してしまってるだけかもしれないけどね。

 わたしがそんなことを考えながら話を聞いていると、イェルがふっ、と思い出したかのように、

 

「鬼といえば、全ての種族がそうだというわけではないが……極端な偏食癖のものが多い傾向にあるな。原因はよくわからないが、成人するまで魔力だけで成長し、成人とともに口にしたものに強い執着を得る、だったか。人喰い鬼は最初に人間を口にしてしまった鬼だとか…………吸血鬼は血を口にした鬼だとか。そういう話しもある。半分くらい、伝承だとは思うが」

「へー……っていうか、吸血鬼も鬼の一種っていう枠なんだ。いや、こっちも鬼って言葉は使うけど、吸血鬼、ヴァンパイアは別枠っぽい印象だけどなぁ……死者とか病に関連づけられる感じだし」

 

 少なくとも和風と洋風っぽい区分けはあるし、あんまりおんなじ枠で語られるものではない。まぁ世界中にいろんな形の吸血鬼伝説はあるし、ヴァンパイアに限った話でもないから、そもそも吸血鬼という枠が広すぎる気もするけどね。

 わたしのそんな微妙な疑問を聞いて興味を持ったのかもしれない。イェルが割と瞳を興味に光らせて訊ねてきた。

 

「……どういう印象だ?」

「うーん……血液が重要で、不死性とかが強調されることが多いかな? あと、わたしが生きてた時代だとよく使われてた設定はあったよ。ニンニクや十字架……ええと、宗教が苦手とか、流れる水が苦手、鏡に姿が映らない、日光が苦手で夜行性、コウモリになったり、あとなんだろ、銀が苦手とかかな。……どう? そういう吸血鬼がこの世界にもいたりする?」

 

 わたしの言葉にイェルは呆れたような軽い笑いを見せる。

 

「呆れるくらいに逞しい想像力だが、それが的を得ていて始末におえないな。まぁ、鏡に映らないとか銀が苦手とかよくわからないものもあるが、日光が苦手だとか強い匂いのものを避けるみたいな話は有名だ。真名を知られてはならないだとかな。ということは、ヴァンパイアは恐れられているということか」

「まぁ、死や死体、夜、病に対する恐怖から生まれた伝承、みたいな話もあったし、元々はそうかな。現代だと別に本当に恐怖されてるなんてことはなくて、普通に物語のネタにされてるだけみたいなところはあったけどね。普通に仲間というか、普通の人と同じように扱われてる話もたくさんあったし。淫魔とかと混ざったのか、夜の象徴だからなのか、女性でも男性でも美形、みたいな設定もあったから、結構人気はあったと思うよ」

「死と病の象徴扱いされていた存在が、人気…………?」


 かなり明確な困惑の表情を浮かべてイェルが疑問を示す。

 まぁ、確かに言われてみると元ネタがかなり深刻な割に、現代ではいいように使われている設定の一つかもしれない。死への恐怖とか、病への絶望みたいなものが産んだ存在が、創作で大人気になっているわけだし。まぁでも、そういう影の側面があった方が物語が盛り上がるみたいな側面はあると思うけどね。別に病の恐怖が去ったわけでもない時代にだって、吸血鬼の物語は描かれていたわけだし。

 

「現代だと、実際にヴァンパイアがいると信じている人は稀だったしね」

「ロクシーは信じていたのか?」

「わたし? わたしはまぁ信じてはいなかったかな?」

「会ってみたいと思うか?」

「鬼とかヴァンパイアに? ……うーん、友好的に関係が持てるならあってみたいとは思うかな? 文化とか価値観とか違うだろうし。でも異なる文化とか価値観とか持ってるってことは、それだけすれ違いとか衝突の可能性も高くなるから、軽率に会いたいとは思わないかなぁ。というか、会えるの?」

 

 軽い感じでイェルが訊いてきたので思わず答えたけど、街にはほとんど人間しかいなかったし、鬼とかヴァンパイアとかにそう気軽に会えるものでもないと思う。大体、ギルド職員がドワーフを鬼とか言って蔑んでいたわけで、となると鬼はさほど身近に暮らしている存在ではないのだろうし。

 

「もう既に会っているかもしれんぞ?」

「え?」

「…………ふ、いや、別に敵対する存在ばかりではないが、平穏な生活のために人に化けているものはたまにいる。あの街ではまだ見かけてないが……ロクシー、お前が気づかないだけですれ違った存在が鬼や吸血鬼だった、なんてことはあり得る話だ」

「……まぁ確かに言われてみれば別にさほど見た目は人間と変わらないし、バレないか」

「見た目など魔法でいくらでも変えられる。いや……肉体と言った方がいいか。幻惑魔法は妖精などの力を使わないと難しいが、肉体を偽る方法は少なくない。人族が繁栄しているからな。人化の方法はさまざまに試行錯誤されているものだ」

 

 それは……どうなんだろう。まぁ害がなければ別にいい気もするけど、事故が起きたらひどいことになりそうで怖くはある。ふとした瞬間に人化がバレたりしたら、人々はそれを受け入れられるだろうか。多分、無理だから人化しているわけで。

 

「すごいけど、割と綱渡りっぽくて聞くだけでもちょっと怖くなるよ」

「まぁ、事件や事故もないわけではないが、珍しい話だからな。あまり気にするな」

 

 イェルはそう言って、話を区切るためか、ちょっとだけ歩みを早める。わたしは置いていかれないようにパタパタと追いかけた。……この幼女ボディともずっと付き合うことになるのか。まぁいいけど。いや待てよ? 人化の魔法があるのなら大人になる魔法だってあるでしょ。多分。

 

 わたしはイェルに追いついて、人化の術の応用で大人になれるかを訊きながらドワーフの集落を目指す。

 そんなに大人になることが重要か? みたいなことをイェルには言われたけど、別に趣味の話じゃなくて大人の方が見た目が短期間で変わらないから便利、みたいな話をしたら納得させることができた。まぁ、人化すると能力が下がるとか言われて、教えてはくれなかったけど。大体、見た目と年齢が一致しない種族も少なくないし、だから二人とも子供扱いをあまりされることがないのだとか言われて逆にちょっと納得してしまったりもした。

 

 そんな感じでイェルと話をしながら、ドワーフの集落を目指して歩き続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ