◇ 46 簡単な討伐
美味しい料理を食べて、それなりの宿に一泊した。
料理は期待以上のものだった。薄いパンの上に野菜とか肉とかチーズとかを乗せて焼いたピザっぽいものがあって、これが相当美味しい。トマトがないのか、基本的にはチーズとか油の味っぽくて、どちらかというとフラムクーヘンとかその辺のピザに近い料理という感じがしたけれど、でも美味しかった。野菜の質も悪くないし、肉も普通の獣肉らしい。なんの肉だか具体的にはちょっとわからなかったけど、聞いた感じだと豚の一種っぽかったかな。
味自体は想像通りで、想像を超えないものではあったけど、まぁ毎回予想だにしない味ばかりでも脳が疲れるだけだしね。王道の食べ物はそれはそれで美味しいし。イェルも一緒になって食べていたし、そんな感じで食事はとても楽しいものだった。
宿はそこから少し中心へとより近づいた場所にあった小さめだけど落ち着いた雰囲気の宿屋に泊まった。なんでも近くに駐屯所? みたいな交番に近い建物があるらしく、治安はこれ以上望めないくらいには良いらしい。……まぁ交番の近くが治安悪かったら困るよね。テロとかあるならちょっと怖い気もするけど。
割と狭いが寝るのには十分の部屋で、ふかふかとは言い難いベッドで眠った。ガラスがないのか窓は木窓で通気性が悪かったのは少し気になったけど、まだ秋だし寒くもなく普通に眠れたので、旅の疲れも取れて調子も良い。イェルはベッドに死ぬほど不満そうな様子だったけど。イェルの遺跡にあったレベルのベッドと比べたら不満なのは理解できるけどね。
さて、そんなわけで日が変わって、適当なパンを食べて朝食を済ませて。
これから旅をするにあたって金銭の問題は重要だ。今回は運よく? 適当な討伐ができて、助けた相手がお人好しだったりあのサイクロプスは意外と有名だったりで結構なお金をもらうことができたけど、これからも継続的に金銭を稼ぐ必要性がある。お土産も買いたいし。あのおもちゃみたいな録音水晶で十万円くらい使うわけだし、もっと面白そうなのはもっと高いに違いない。
そういうことで、適当な討伐依頼を受けてきた。ハーピーと喧嘩にならない部分の森に現れる巨大な蛇とか、蜘蛛とか、その辺りの生き物が確認できたら排除する。これらの生き物にはハーピーも困っているはずで、だからハーピーに邪魔されたりすることはなく、むしろ感謝されるかもしれないとは言っていた。
「と、いうわけで山から外れた森に到着したわけだけど……これ、ハーピーの縄張りとはちゃんとずれてるよね?」
「いきなりどうした。ハーピーは……そもそも大して明確な居住域を持たない種族だが。比較的、享楽主義、刹那主義のものが多いし、そうでないものはこういった場所に居を構えず別の種族と共存したりする。理由はよくわからんが」
街を出て農地や平原、その先の荒地を抜け、山の麓から溢れるような森へと辿り着いたとき、思わず声を出したところイェルからそんな答えが返ってきた。
そのままイェルが歩き出したので、後ろについていく。
「ドワーフは頑固でハーピーは享楽主義ね。……なんだかステレオタイプって感じがして微妙な気持ちになるけど」
「ステレオタイプ?」
「固定観念。とか偏見とか。別に、ドワーフ全員が頑固なわけじゃないだろうし、ハーピー全員が享楽主義なわけでもないでしょ? 多分。ちなみに、人間はどういうふうに言われるの?」
「…………。なるほど。ちなみに人間はそうだな……狡賢いとか、ほっとくと増えて暴れる邪魔ものとか、そういう感じか。器用とか言われることもあるが」
なんとなく想像はつく。まぁこの世界だと別に人以外にも人型だったりそうでなかったりする知的生命体はいくらでもいるっぽいけど、それでも手先は確かに器用だろうし、色々ずるいことを考えたりはできるだろう。勝手に増えるっていうのは……別に人間がそれほど効率的な生き物ってわけでもないと思うけど、社会を組織したりすることで爆発的に人口を増やすのはよくあることだよね。
「まぁ別にいいけどね。そういうジョークもよく知ってるしさ。それよりイェル、さっさと蛇を探して倒しちゃおうよ。便利な魔法でパッと探索して見つけたりできないの? ソナーみたいなさ」
「ソナー?」
「魔力の波紋? みたいなの使って、跳ね返って来た様子でどんなだったか探るとか」
「こっちに気づかれて逃げられるだけではないか? いや……捕食される生き物に擬態すればいけるか? ……いや、余計なやつまで引っ掛けて面倒だ。やめておけ」
「そんなバレるんだ……」
確かに、魚群ソナーとかってソナーに魚が気づかないから成立するものではある。頑張って開発すればバレないレーダーを開発することはできる気がするけど、生き物がそんなに魔法に敏感なのは予想外だよ。まぁでもわたしやイェルだったら気づくからそこまで不思議ではないのかな?
「ってことは、魔法使う生き物がたくさんいるってこと?」
「必ずしも魔法を使わずとも、魔力の感覚器だけ優れた生き物はたくさんいる。光る生き物は少ないが、目を持つ生き物は多いだろう」
「……確かに」
そう言われて見るとそうだ。聴覚は発信もできる器官を持ってるけど、光は……一応、見た目とかで利用はしてるし、太陽光を反射して利用してるけど、光自体を出してるわけではない。匂いとかがいい例なんだろうか。鼻を持っていても、フェロモンとかそういう機能をさほど重要なものにしていない生き物っていると思うし。
そんなことを考えているわたしを少しだけ面白そうにイェルが眺める。ちょっとだけ呆れたように息を吐き、
「普通に視覚を強化したり、五感を利用した方が早い。———ほら、あっちだ。見えるか?」
ついっ、と指さした方向には、ただただ森が広がるばかり。何も見えないし、木が乱立してるだけだ。木々が何かを隠しているようにも見えた。別に本当に意思があるわけではないだろうけど。
指を刺したことにすぐに満足したのか、イェルがてくてくとそちらへと進路を変えて進み出す。
「……流石に視神経に魔法使ったりするのはちょっと怖いなぁ」
「なんだ、ロクシー、お前でも躊躇するものがあるのだな。腕を景気良く吹っ飛ばすような人間だというのに」
「まぁ回復する間、ちょっと面倒が増えるだけだし。でも視覚はなぁ……正直、怖いよ」
ぶるり、と思わず体が震える。
腕が吹っ飛んだりするのは別にいい。いやよくないけど、吹っ飛ばされても話せるし、聞こえるし、見える。触覚の一部がなくなるけど、不便なだけだ。怖くはない。悲しくはなるけどね。
でも、視覚は怖い。失いたくない。
視覚に限った話ではないけどさ。聴覚も、嗅覚も、味覚も触覚も完全に失うのは怖い。特に視覚は、ほとんどトラウマみたいなものだ。十五年間の植物状態で、視覚と触覚はほぼ完全に奪われていた。そう思うと腕が吹っ飛んでも大丈夫なのは自分でもちょっと驚きな気もするけど、でもまぁ完全に触覚が消え去っているわけではないしね。でも暗闇は怖い。あの時の闇は、一度慣れてしまったからこそ、もう二度とは耐えられない気がする。
「……なるほど。確かに治療ができる時の方がいいな。聴覚や視覚を鋭敏にするのは便利ではある。今でもいいが、気持ち的にも暇な時に練習でもしておくといい。ロクシーなら、多少失敗したところで私が治療してやろう」
「…………ありがとう。でもイェル、結局遺跡の外に出てもロクシーは全然すごい魔法使いのままだね? 昨日だって火とか凄かったし」
「あの程度の炎を出すのにすら魔法陣を描いただろう。外に出ればそれなりの準備が必要になる。ロクシー、お前よりは色々できるというだけで、不便なものだ」
ひらひら、と手を払うイェル。心底不便そうな表情だし、手の動きが気だるげだ。
そのまま人差し指を立てて口の前に持っていく。……それ、静かにしろというジェスチャー? だとしたら共通なのすごい驚きだけど。
なんとなく空気を読んで、イェルの後ろを黙ってついていく。
しばらくして徐々に森の色が深くなってきた頃、遠くに巨大な蛇が見えた。体長は十メートルくらいは少なくともある。見た感じ、人一人くらいの直径はありそうな巨大な蛇だ。こげ茶っぽい濃い色をベースに、背中に黒い波打つ模様が、横腹には黒い点々とした模様がある。結構ガッツリ黒くて風格があった。
イェルが声を潜めて、
「アレには毒はない。巨大な蛇はその全身を使った打撃などが脅威だが……森の中では不自由をする生き物でもある。遠距離攻撃ができるわけではなく、距離を保てばさほど危険はない。遠距離で駆除すれば安全だろう。やってみるといい」
「……なるほど、ちょっとは危険だと」
「油断して丸呑みされると面倒だからな。あの図体を立てた状態から全身を使って進むときは結構早いぞ。距離感を間違えず、前に立たないこと。前に立ってない時は尻尾の方向を意識して振り払いに気をつけること。遠距離攻撃のあるロクシーならさほど面倒はないだろうが、あんな生き物でも近距離攻撃しかできない場合は厄介な敵だ」
イェルが結構丁寧な解説をしてくれる時点で、それなりに危険な生き物なのはわかる。だってこの間の森では特に何も解説せずにただやってみろって言ってきたし。あ、でもこれってわたしの信頼がないってことかも? 前回、適当に突っ込んで結構危なかったし、心配してくれてるのかもしれない。
ズルズルと体を引きずって巨体が動く。あんな大きな生き物がいたら森が荒れそうだし、食料全然足りないでしょとか思わなくもないけど。魔力食べれば食事量がいらないとかを利用してたりするのかな。わたしとかイェルもそういうことできるし。
「じゃあ———っ!」
早速、魔力弾使って気絶させようとしたところ、投げる弾を作った時点でピンッ、と蛇の体がたった。そのままこちらを見据えてくる。蛇って視覚に頼った印象はないけど、睨みつけられているような気持ちになる。
イェルに言われた通り、そこから斜めに軸をずらしながら接近する。しっぽとは逆方向の横腹あたりを目掛けて。
頭は結構自由に動いてしまいそうだし、狙うのはちょっと外しそうだなぁ。そう思って、地面につき始めるあたりの動かなそうな体の部分目掛けて、全力で投擲した。
キンッ、と音を残して、バァン、とちょっとした爆発音。拡散して浸透するイメージのせいで爆発したのかもしれない。蛇は特に耐えたりすることはなく、あっけなく前のめりに倒れ込んだ。途中で木の枝を巻き込んでパキパキという音が耳につく。
ゆっくりと歩いて近づいてきたイェルに向かって、わたしは声をかける。
「……なんだかやっぱり魔法って便利すぎる気がするよ、イェル」
「それでいい。わざわざ危険を侵す必要性はないだろう。自分のできる範囲ギリギリを攻める必要性はないな」
「それもそうか。で、えっとこれってどうすれば良い? そのまま全部鏡で持ち帰ってもいいけど、そんなことしたら面倒ごとが増えそうだよね? 適当に解体して持ち帰るってことでいいかな? 蛇肉って———」
「———ロクシー!」
突然至近まで近づいてきたイェルが、ガッ、とわたしの腕を掴んで強引に引き寄せる。ちょっと痛いけどそんなこと言ってる間もなく、甲高い鳥の鳴き声が背後———上空から響く。
体勢を立て直しながら振り返る。
腕の代わりに翼を持った生き物が、空を切り裂きながら突っ込んできていた。




