◇ 45 怪しい店
「色々あるのは分かったけど……イェルはどう思う?」
「掘り出し物ではあるだろう。買わずとも私が作れる程度のものだが」
「…………なんだいあんたたち、冷やかしなら帰んな」
わたしは街のそれなりに大きな通りに無造作に構えられていた露天を覗いている。テンプレっぽいおばあさん、それこそヒッヒッヒとか言いそうな店主が、怪しげな物体を布の敷物上に乗せて陳列しているのはなかなかにインパクトがある。まぁその、現代でも結構こういう良くわからない路上販売者とか海外の観光地だと割と見るらしいけど。
フメルの街はそれなりに発展した街だった。
中央に砦のような施設があり、そこから曲がりくねりつつ放射状に広がる道沿いに様々な店舗や露店が並ぶ。街は川と用水路で囲われて、多少の外敵の侵入を防いでいる。その外側には城壁…………いやこういうのって市壁っていうんだっけ。とにかくそれなりに立派な壁で囲われていて、それだけでも街がそれなりの規模であることはわかった。わざわざこれだけの壁を作って守る価値があるってことだよね。
実際、あれから冒険者から報酬をもらって、サイクロプスの討伐報酬とか採集報酬とかももらった。ギルドはなんというか、ガラの悪い酒場っぽい雰囲気だった。絡まれたりはしなかったけど、割と遠慮なくジロジロと観察する雰囲気はある程度には面倒臭そうな場所だった。実際、酒場には宿屋も併設されているらしい。……冒険者の人たちには絶対に使うなって言われているけど。危ないから。
とはいえそのガラの悪い人たちが食べていた料理も結構美味しそうなくらいには食料はあるらしいし、なんとなく石とかで舗装された道も、アスファルトほど滑らかではないけどさほど身体強化をかけなくても痛くない程度には整備されている。総合的に見ても街は結構発展していると言っていいはずだ。人や馬車もそこそこ見るしね。
そんな道の片隅に店を構える怪しいおばあさんは、わたしやイェルの発言に気分を損ねてシッシッ、と手のひらを払っていた。
これで立ち去るのもなんだか悪いので、最後に少しだけ気になっていた商品について訊いてみる。安かったら買おう。
「すみません。ちなみに、このつけると親指が人差し指に見える指輪って、いくらですか?」
「あぁ、こいつかい。こいつは影の世界に一度落っことされて———なんだい、文句あるのかい!」
じぃっと見つめるイェルの視線の温度が下がったことに気づいたのだろう。怪しいおばあさんは解説を途中で中断してイェルへと食ってかかる。
「ちょっとした幻惑魔法に随分と大層な能書きを準備しているのだな、と感心していただけだ」
「……はぁ、あんたみたいな本物の魔法使い様が買うようなものはうちにはないよ。隣のこの子は弟子か何かかえ。何も買わないのなら商売の邪魔だ、帰ってくれ」
「イェル。そういうのはあとで聞くから。……それで、いくらですか? あとそういう解説もしてください」
「なんだい、あんた、弟子に自分で教える手間を横着する気かい? はぁ、せめて何か買っておくれよ?」
心底嫌そうにするしわくちゃのおばあちゃんにはちょっと悪いことをしているけど、こういう道具の値段と売り文句には非常に興味がある。イェルはネタバラシみたいな解説ができそうだけど、売り文句自体を聞くのも面白いものだと思う。それ自体を売り物だと思って楽しんでも良いよね。
「一度影の国に落とされ、隠された指輪だ。指輪には妖精が住んでいてな、恐ろしい魔物から身を隠すために魔法を刻み込んだ。だがその妖精は未熟で、逆によく目立つ幻惑魔法を掛け違えてしまった。まもなく妖精は魔物の犠牲になったが、やがて魔物が討伐され、その時に腹の中から手に入れられたのがこいつだぁな。値段は金貨八枚。まけやしないよ」
一息で解説してくれるおばあちゃん。意外とお人好しだったりするんじゃないかな。とはいえ金貨八枚って……物の価値が現代とちょっとズレてたりして金貨一枚がいくらかは大体でしかわからないけど、銀貨が一枚数千円くらいでその十倍らしいから、一枚数万円くらいのはず。ってことはこの指輪は十万とか二十万くらいの価値はあるらしい。
実用性のない指輪なのに高すぎる……。幻を見せるって、魔法ならそこまで不思議ではないのに。いやまぁ、魔法弾とか魔法剣くらいしか使えないわたしにはできない芸当だけどさ。
「えっと、じゃあこっちの丸い透明なカプセル……なのかな、ボールみたいなのは?」
「こいつは音を捕まえる入れ物さ。妖精の残滓に音を覚えさせ、それを再生する道具だ。魔力さえあれば録音と再生することができる。使っているうちにすぐに壊れるが、気まぐれな妖精の残滓しか残っていないのだから期待する方がおかしい。内部の色が消えたら使えない消耗品さ。しかしこれは有用な道具だからそれでも高いよ。金貨五枚はもらう」
蓄音機? と思ったけど、なんだか違う気もする。音を保存するとかかなり便利だし、そんなものがあればもっと発展しそうな物だけど、これはなんというか、オウムに言葉を教えて再生するみたいな感じじゃないかな。だとしたら録音とは言い難いし、人を使って言葉を伝えるのとさほど差がない。大体、気まぐれな妖精とか言ってるし録音も正確にできるのか怪しい物だと思う。
「じゃあこっちのちっちゃい水晶は?」
「……あんた、こんなものも知らないのかい? そっちのはキチンと面倒くらい見てやるんだよ。……これは自由契約魔術の閉じ込められた水晶さ。とんだ田舎者のあんたは知らないかもしれないが、うちはこれが一番の売れ筋でね。悲しい時に一緒に泣くだとか、嬉しい時に一緒に喜ぶだとか……そういう害にならない契約が保存されている。友人との馬鹿騒ぎや恋人との戯れに人気さ。これは銀貨一枚さね」
突然安くなった。……ていうか、え、ここってなに、ちょっと怪しげだけど恋愛とか友情とかそういう系の店だったりするの? この契約魔術って、イェルとちょっと試しに結んだやつと同じだよね? わたしとイェルのやつは強制契約で、でも内容は悲しい時に一緒に泣くっていう全く同じやつだったし。
「強制契約のやつはないんですか?」
「あんたバカかい? それとも貴族様なのかい? そういえば随分身なりも良い。わたしを殺したら呪ってやるからね。……強制契約はうちは取り扱ってない。高すぎるし、失敗した時に文句が入るのが面倒だからねぇ。大体こんな冗談のためのアイテムにそんな金を落とす奴の気がしれないよ」
「ありがとうございます。じゃあ、えーっと……そっちの録音魔術の玉をください」
「……なんだい? 冗談ならやめておくれ」
「いえ、本気ですけど……あ、別に貴族じゃないです。冒険者なのでお金はあります」
「…………そうかい。面倒ごとだけはやめておくれよ」
おばあちゃんは何か言いたそうにしていたけど、わたしが金貨を渡すと一言だけそう言って録音の玉を渡してくれた。……イェルが止めてこないってことは、別に買っても良いってことだろう。途中までだいぶ怪しい店だと思ってたけど、パーティ系ジョークグッズを売ってる店っぽいので試しに一個買ってみることにした。お金は気にしなくていい。報酬で結構まとまった額を貰えたのだ。
さて、ピンポン球くらいの水晶は、透明な殻状の内側に薄く色づいた層が閉じ込められていてカプセルとか何かのコアのようにも見える。この色づいてる部分が妖精の残滓だったりするんだろう。おばあちゃんは話を盛ったりするかもしれないけど、嘘で詐欺っぽいことはしてなさそうだし。……解き放ったら復活したりしないかな? ほら、封印されてるだけだったら復活するかもしれないし。
わたしのそんな妄想はおばあちゃんにすらバレバレだったらしい。呆れたようなため息と共に忠告してきた。
「あんた、それはあくまで残滓だ。割ってもちょっとした魔力が出てきて終わりだ、やめときな。そもそもそんなものを買うのが勿体ないが、割るのはもっと勿体無い。一応、声色まで保存できてそれなりに需要もある道具だ、欲しがるやつも探せばいるさね」
「……そうなんだ。ありがとうございます」
忠告にガッカリしつつお礼を言って、わたしはイェルと店を後にする。
歩きながら水晶を観察する。いろんな方向から録音水晶を眺めていると、なかの色づいた層が揺らめいているようで綺麗だ。
「そんなもの買ってどうするつもりだ?」
「え……いや別に、お土産? 記念品? みたいな」
「それは色が薄いからダメだろうが、本来は遺言に使ったり、遠くの親戚に声を届けたりするための需要のある道具だったはずだ。それで告白するのが流行ったりしたこともあったらしいが、気まぐれではないものは高いせいで貴族の戯れとしてしか流行らなかったそうだが」
「告白とか連絡はともかく、遺言……」
「色の濃いものは安定したものが多いからな。声をそのまま保存するために偽装も難しい」
そう言われると確かにそういう需要はありそうではある。偽装が難しいっていうのはどうかとも思うけど。現代技術で音声加工ってできるし、割と偽装できちゃいそうだよね。まぁ、録音の方法からして全然違うから関係ないかもしれないけど。
「それにしても、そんなに録音が珍しいか?」
「うーん……珍しくはないし、コレを録音というのはちょっとどうかとは思うけど。誰かの話したことをそのまま返す鳥とかと同じようなものだし」
「ふむ。ではロクシー、お前にとって録音と呼ぶのはどういうものだ?」
「ものだけを使って作るからくりみたいなものかな。せめて蓄音機くらいの構造は欲しいなぁ。音って空気の振動なんだけど、これを針とか使って何かに対応する溝を掘ることで音を保存できる。で、再生はそれをなんとか逆にできれば良いはずだけど…………蓄音機ってある?」
「ないな。作れるか?」
「いやぁ……無理じゃないかなぁ…………レコードの素材ってなんだろ……金属のやつ見たことあるけど、樹脂っぽいやつもある気がするし……こっちはなんだか、素材がたいてい石とか木とかで、金属系とか樹脂とかは珍しいというかなかったりするよね」
「その分、魔法が発達しているのだ、なんとか誤魔化せそうなものだが」
「まぁすぐには難しいよ。イェルはそういうのに興味あるんだろうけど……こう、わたしがよく知ってるのは円盤状の———」
イェルに蓄音機の説明をしてみる。硬い、でも割れやすい円盤状のレコードを回転させながら針を当てることで、溝の深さとかで録音する。再生は、逆にちょっと柔らかい針とか使うのかな? それで、針に伝わる振動をラッパみたいな部分で音声を増幅して音として再生していたはずだ。すぐできる気はしないけど、確かに魔法で補助すればできそうな気はしてくる。木とか石とかでできたレコードなんて見たことないけどね……。
わたしの適当な解説でも、イェルは楽しんでくれるから良いよね。こんな知識、テレビとかネットとかで見たり聞いたりしただけの内容だから、ちゃんと覚えてないけどさ。
「面白いな。しかし原理は単純だ。……なぜこの程度の道具が開発されていないのだろうな」
「……あれ、確かに。こっちでも蓄音機ってあんまり古い印象ないなぁ……ってことは何か理由がありそうだし、やっぱり結構難しいんじゃないかな? よく考えたら割れやすい金属とか展性とかああいう性質考えたらあんまりなさそうだし、樹脂とか使ってそう。樹脂とかの歴史は多分近代だろうし、だから録音もそこまで発明されなかったとか? あとほかの録音手法考えても、CDとか磁気テープとかハードル上がるだけだし……いや単純に録音技術が必要なほど社会が老成していなかった? 情報伝達自体は伝令とかで済むしなぁ……」
「……やはりそちらの魔術は面白いな。科学と言ったか。さまざまな物の性質を最大限利用しようとするその姿勢は此方にはないものだ。魔法がないせいで魔法技術が存在しないところが惜しいが」
「でも、魔法があるせいでこっちはそういう視点が成長しないってこともあるかもだし、魔法があったら科学は発展してないかもだよ? こっちの世界に関しては金属が少ないとかいう謎の性質のせいもあるだろうけど。文明にとって金属ってすごく大事だと思うし」
「まぁ良い。そのうち暇な時に試行錯誤してみることにしよう。それで、お前はどこか目的地があって歩いているのか?」
イェルに言われて気づく。別に目的地なんか定めず周りを眺めながら歩いていたのだけど、それはイェルにとってちょっと奇妙にうつったのかもしれない。
「特には。ほら、観光だよ観光。旅行先でぶらぶら目的もなしに歩き回るの、自由って感じがしない? まぁあんまり危なそうなところは避けたほうが面倒がなくて良いと思うけど、大通りなら大丈夫じゃないかな?」
「あぁ、なるほど、そういえばロクシーは旅行目的か。それならあっちはどうだ、そろそろ腹ごなしをしつつ宿でも見つけたほうがいい」
イェルは少し先に行ったところで曲がる道を指さした。その道も広く、放射状に広がるメインの道に直行するような円形の道なのだろうことがわかる。
「じゃ、そうしよう。こっちの料理は知らないから、イェルのおすすめで」
「別に私もこの地域の料理に明るいわけではないが……まぁいい、では行くか」
わたしはイェルに先導されるようにして道をすすむ。
実の所料理は結構久しぶりだ。エルフの二人は結構食生活が雑というかなんというか、適当に野菜とか果物食べて終わりみたいな食生活だった。そのくせお茶会とかではお菓子とか出てきてたけど。エルフ、あんな生活しててあれだけの肉体を維持できるとか、各方面から恨まれそうだ。人間が同じ生活したら生活習慣病でメチャクチャになりそうなレベルだったし。
そんなことを思い出しつつ、まだ見ぬ料理を期待しながら道を歩くのだった。




