◇ 44 聖女の服
「その……ロクシー様は聖女様なのですか?」
割と狭い馬車の中で冒険者の男と情報交換の会話をしてしばらくした頃にそう聞かれ、わたしは失敗したことに気づく。
情報交換自体はとても有意義だった。
フメルの街はドワーフの集落近くにある人間の街で、ドワーフやその武具を求めた冒険者との交易で栄えている。冒険者が集まる性質上、取りまとめるギルドが存在し、一定の規模を持ち街を取りまとめている。武器は質が良く、冒険者需要のおかげで道具も質が良い。周辺に暮らすハーピーとは特に敵対はしていないが、気まぐれなハーピーと交易ができると、美味しい果実などが手に入るので運が良ければ楽しめる。などなど。
そういう街の情報もくれたし、冒険者としての常識とかも話してくれたりした。道に迷ったら川沿いに旅することが定石だとか、不毛の土地ごえには十分な食料がいるだとか。イェルみたいな突出した魔法使いは珍しいので、自分たちの知識はいらないかもしれないといっていたけれど、ありがたい知識だった。
ただ、男の仲間の女性の一人が、助けに入る直前に竜から飛び降りたわたしたちを目撃していたらしい。
はちゃめちゃに修飾された美辞麗句で表現していたけど……要はわたしとイェル、特にわたしの格好が神々しく見えたらしい。
まぁ確かに、今まであまり気にしてなかったし誰も反応してなかったから問題ないと思ってたけど……遺跡で無理やり? 着せられた服は、白と基調としたいかにも聖女然とした服装だった。それだけなら目立つから着ないという選択肢があったのに、魔力を通すとか、汚れがつかないとか、意識するだけで着脱可能だとか……あとイェル曰く防御力すらあるらしい。そのせいであれからずっと同じ服を気にせず着続けていたけど、やめておくべきだったかもしれない。
イェルはイェルで袖が長かったり短かったり魔法で変えているっぽい様子はあるものの、黒っぽいゴスロリ服を一応は大人しめにした感じの服装で、普通に目立つ。イェル曰く、レベルの高い魔術師とかは服装にも仕掛けが多くそれぞれ独特の服装をしているものだから気にするなとは言っていたけど、こうして注目されてしまうのならそれも考えものだった。
まぁでも、いずれにせよ、聖女かどうかに対する答えは決まっていた。
「聖女……ではないですよ。そんな勝手なことを言ったら国に叱られてしまいます」
「あー……いや、そうか。遺物持ちの聖女じゃないってことだな。だがその服は相当できのいい魔術具でもある。……流石にそのレベルのものはフメルにはない」
……まぁ、この服も遺跡で手に入れたようなものだし、遺物かもという推測は当たっていたりする。するけど、それを正直にいう訳にはいかない。国に祭り上げられたり、利用されたりするのはできれば避けたかった。
わたしの答えをどう捉えたかはわからないけれど、男はそれ以上追求はしてこなかった。ドラゴンから降りてきたわたしをみた女性は、私たちにとっては聖女よ! みたいなことを言ってひとしきりお礼を繰り返して満足したようで、彼女の持ち物らしい美味しい干し肉とかをご馳走になった。
干し肉は意外と不味くも硬くもなかった。魔力を流せば、という条件付きだったけど。魔力で染めるという料理方法の万能さに堕落してしまいそうだよ。
それからしばらく男と会話を続け、巨人や大猫とか、男のみたことのある魔物の話を聞いたりしつつ時間を過ごした。
元々定員オーバー気味だったのか、ちょっと息苦しくもあったので、ちょっと外に出ます、ついていくので大丈夫です、とだけ言ってイェルと一緒に外に出た。
景色は変わらず荒れていた。ただ遠くに山や森が見え始めていて、徐々に人間や生物の暮らしが想像できるようなものには変わってきている。
わたしはイェルと一緒にゆっくりと歩く馬車に合わせて歩き出す。
「やっぱりこの格好、やめたほうがいいんじゃ……」
「ロクシー、お前はまだ他に不意打ち対策のできる服を持っていない。それに前にも言ったが、女性の魔法使いならそこまで珍しいタイプの服装ではない。気にするな」
「そうはいうけどさ……面倒ごとに巻き込まれなければ不意打ちの心配をする必要もないんじゃ?」
「予想できないから不意打ちという。それと……これはきちんと言ってなかったかもしれないが、ロクシー、お前は見るものが見れば元から目立つ」
「え?」
「一度お前の肉体を調べたことがあったが、前にも言ったように極端に魔力に依存している。なんなら精霊の類かと勘違いしてもおかしくない」
そんなに目立ってたの? と少し驚く。実験に巻き込まれたかもとか、魔力に依存してるとかは聞いてたけど。見る人が見ると目立つレベルだとすると、確かに何もしなくても不意打ちを警戒すべきなのかもしれない。魔法使いのふりをしておけば少しは誤魔化せるのかもしれないし。
「それってかなり目立つかもってこと、だよね。それなら仕方ないかなぁ…………」
「……聖女として国に召し上げられる気はないのか?」
「うーん……えーっと、怖いから。わたし、まだここのこと全然知らないけど、国っていう存在がどういうものかはそれなりに知ってるよ。だから、それこそ自由が奪われるかもってことはわかるし、色々と面倒な政治とかに巻き込まれる可能性がかなりあるのもわかる。イェルも言ってたよね、国と民衆が認める聖女が違うとか。それって、民衆が認めなくても国が認める意味があるってことだし、面倒ごとの予感しかしないよ」
「……そうか」
イェルは残念がっているような、喜んでいるような……つまりわたしにはよくわからない感じで答えてくる。イェルの声色は結構こういう微妙な色合いのことが多い。わたしに感情を読ませないためなのか、誤魔化すためなのかはわからないけど。
「それより、思ったより治安は悪くなさそうだよね」
「そうか? 冒険者の多い街は治安が悪い印象があるがな」
「……まぁ定住してない流れもので、あらごとにも慣れてる人が多いって意味ではそうかも。でも人が多く集まってて商業的にも栄えてるなら、少なくとも裕福な人はいるし。あと一定以上の人が集まったところって、軽犯罪は増えるけど重大な犯罪は割合として減ったりすることもある気がする。気がするだけだけど」
「どうだろうな。最後の点に関してはあまり同意はしないが……ある程度栄えていれば安全な地域がある可能性が高いというのは同意する。その分、危険な地域の影が深くなったりはするが」
犯罪云々は正直今適当に思いついただけなので、実際にどうだったかは知らない。実際に先進国とかの一部ではそういう傾向があったりするのかもしれないけど、それはよほど発展して、かつ法治が進んだからというのが理由な気もするしね。
「でも買い物ができそうでよかったよ。この服よりいいのがないっていうのはちょっと残念だけど」
「……どうしても変えたければ、自分で作ればいい」
「自分で…………流石にそんな美的センスはないというか、技術はないというか……って、そういうイェルは作ってるの?」
「当然だ。そもそも魔法使いなら自分で作ったほうが取り回しがいい。魔力の通りや隠蔽のやりやすさも大きく違う。……ロクシー、お前のその服は相当に良い品だから不便は感じないのだろうが」
「ただの初心者がこの服以上のものを作るのって無理な気が……ってそうだ、ならイェルが作ってくれれば……」
「自分で作らないと意味がない。魔力を編み込んだり、構造を入れ込んだりな。その服は妙にお前の魔力に馴染んでいるが……手に入れた場所が場所だ。特殊なものだろう。だから残念ながら、私がお前に作ってやることはできない」
割と本気で残念に思っているようにため息をつく。色々とわたしのことを考えてくれてるイェルは、わたしの謎の服に思うところがあるのかもしれない。
「じゃ、暇な時にちょっとづつ教えてよ。そのうちできるようになるかもしれないしさ。……というかイェルの服は、イェルの趣味ってこと?」
「……何か問題が?」
「いや、全然。むしろすごい似合ってると思う。なかなか似合う人の少ない服装だとは思うけど、イェルならバッチリだと思うよ」
「…………。そうか」
しばらくそんな感じで割と緩やかな会話をイェルと繰り返す。
見知らぬ人と喋ると意外と気を張って疲れてたんだなぁ、なんてことを思いながら、二人で会話を楽しんだ。




