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寂しがり屋と思考する転生聖女のお話。  作者: 池中 由紀
傍観する物質と共存する者たち
43/56

◇ 43 サイクロプスと冒険者


 しばらくして、不毛の土地を無事に抜けた。


 その後も特に問題なく空の旅は続く。不毛の土地を抜けたとはいえ、荒地であることには変わりなく、割と山がちな土地で徒歩での移動は面倒そうな感じだ。崖とかもあるし。少なくともわたしは歩いて移動するのはちょっと怖い。いや今はもう怖くないのかな? 身体強化あるし……どうなんだろ。でも不意に転んだら痛かったりびっくりしたりはしそうだよね。

 

 とはいえ、たまに人が歩いているのを見るようになった。さほど多くはないけど、武器とか持ってるところからしてあれが冒険者なのかもしれない。たまにこっちに気づいたようにしてみている人もいたけど、一瞬だけ驚く様子をみせるくらいで、大した反応はなかった。


 存在するのは人族だけではないようで、トカゲっぽい生き物とか、豹っぽいのとか、空からでも確認できる大型動物が幾らか見えた。この世界、虫ですら巨大化したりするらしいし、どんな魔法か知らないけど巨大な生物は珍しくないのかな。それはそれで不思議だけど……。

 

 普通、単純に体を拡大したりしたらうまく機能しなくなるからね。呼吸とか熱とか…………まぁ、解剖したら中身は別物なのかもしれないし、魔法進化が巨大化をしやすいとかそういう理由があるのかもしれない。生物実験はあまりやろうとは思わないけど、純粋な興味はある。

 

 人が狩りをした後で解体してる様子とかも見えたりした。巨大生物は人間にとって危険ではあるだろうけど、同時に食料とかにもなっているんだろう。あたりが血まみれになってたりするのはちょっとびっくりするけど、新鮮ではあるだろうしちょっと美味しそうでもあった。

 

 そんな感じで地上を観察して飛び続けて、現在。

 

 アムリーには少しだけ空で静止してもらっていた。

 

「それで———あれ、大丈夫かな……?」

 

 眼下には足場の悪い荒地で横転した馬車と、それを守る人々が見える。数人が馬車に隠れ、数人が剣とか槍とかを一方向に向けていた。


 その切先の延長線上には、一つ目の巨人が立っていた。

 

 イェルがわたしの言葉に反応する。さほど興味はなさそうに話だす。


「サイクロプスか。……荷を捨てて全力で八方に逃げれば被害は最小限ですみそうだが、抵抗する気だな。あの集団だと、それなりの被害は避けられなさそうだが?」


 後半にかけてイェルの声はわたしに対する問いかけになる。まぁそうだよね、わたしがわざわざアムリーに止まってもらったのは、助けた方がいいのかを気にしたからだっていうのは簡単にバレるだろうし。

 

 打算がないわけじゃない。ドラゴンでどこまで街に近づくかとかは割と迷ってたことだし、会話して情報が手に入ったらありがたいし。それに人助けは、仮にそれが身勝手なものだとしても、悪いことばかりでもないと思う。わたしもそれで十五年も生きてきたのだしね。

 

 ただ、わたしはイェルの予想通りには即答しなかった。

 

「じゃあ、サイクロプスって知性を持った生き物なの?」

「…………。ロクシー、お前はそこだけは徹底してるんだな」

「どうなの? まだ睨み合ってるからいいけど」

「どういう判断をするかは知らないが。あれは大きな猿だ。二足歩行を稀にして、稀に武器を道具として使うものの…………会話ができるわけでもなく、円滑な意思疎通はほぼ不可能。一部の研究者が、サイクロプスの知能が極端に低い理由は、巨大な瞳が脳の容量を小さくした結果だとして、脳が思考を司るという説を主張していたはずだ」

「説……まだ説なんだ。いや、今はいいや、じゃあ降りよう」

 

 確かに言われてみると脳が思考や自我を司ると考えられ、研究によって明らかにされたのは割と近代のことだったかもしれない。エジプトのミイラは脳を保存しなかったとか、運動機能とかは司るかもしれないけど神経の中枢みたいな考え方はされてなかったとかは聞いたことがある気がする。

 

 なんにせよ、猿と同じだというのなら、それに襲われている人を助けるのはそこまで悪いことじゃないだろう。そもそも…………仮に相手が暴漢であったとしても、助けること自体は悪いことではない気もするし。知性がある場合は互いに理由があったりして横から割って入るのがちょっと怖いというだけで。

 

「アムリー、ここまでありがとう。割ともうすぐ街なんだよね? 他の人と交流するのも面倒だろうし、わたしたちのことはここでおいて行っていいよ」

「…………そうか。ではな」

 

 言うが早いか、アムリーはばさりと翼を羽ばたかせてわたしたちを振り下ろしながら飛び去る。まぁ空に障壁はって立てるし別にいいんだけど、別れは結構そっけないものだった。


 アムリーが飛び去るのを横目に、わたしとイェルはサイクロプスと冒険者っぽい人たちとの間に急降下していく。鏡の中からクパの実をいくつか取り出して、即席で投擲用の魔力の玉を作りながら。確か、遺跡でイェルがこの威力ならサイクロプスに有効だって言ってたはずだ。それに純粋な魔力ダメージなら命を即座に奪うことはないというのもいい。こんな便利な物があったらあっちの世界だったら麻酔銃みたいな取り回しの難しいものを使わなくて良さそうだ。今は関係ないけど。

 

「———なんだ!」


  重力にほぼ逆らわずに落下し、着陸ために減速するくらいに近づいたとき、冒険者っぽい男がこちらに気づいて叫ぶ。驚きが多くて、敵意はないが警戒はしている。意思疎通はできそうだった。

 

「サイクロプスに襲われてるのを見かけたので! 助けは要りますか?」

「———っ、いや、ありがたい!」

 

 男は一瞬だけ後ろを振り返ろうとしてやめた上で返答をしてくる。後ろには……護衛してる人? とか横転した荷馬車があるけど……報酬とかを心配したのかな。別に情報以外は要求する気はないけど。

 

 サイクロプスは見た目の印象通りか、動きや反応は鈍い。ゆっくりと驚いたような感じでたじろいでいる。それでも四メートルくらいはある巨体からはそれなりの圧があった。わたしもイェルも体は幼いし尚更だ。

 

「イェル、これで大丈夫そう?」

「それだけの魔法弾を当てれば吹き飛ぶ———いや、気絶狙いか。意味があるとは思わんが…………頭を狙え」

「それじゃ……———それっ!」

 

 特に躊躇せず思い切り投げつけると、キンッ、と高い音が空気を切り裂き、直後にサイクロプスの顎に斜め下から魔法弾が突き刺さった。ゴッ、と鈍めの音が鳴り、サイクロプスは……緩やかに後ろへと倒れ伏した。ドサ、と意外と呆気ない音がして、静寂が戻ってくる。……妙な呆気なさは、命のやりとりにありがちな気もする、なんてことを考えて気を紛らわせた。

 

 一応、身体強化を続けて警戒はしつつ、男の方へと振り返った。

 

「……助かったよ! よしみんな、急いで馬車を戻してくれ! 俺は少し話をしておく!」

 

 男がそういうと、周囲にいた人がその号令に従って動き出す。一応、リーダー的なポジションの人なのだろう。みんな見た目は普通の若い大人に見えるけど、この男の人は周りと比べれば少し自信みたいなものが所作に現れている気がした。

 

「それで……こちらの手持ちは殆どが食料品なんだが……何か要求があれば、できる限り応えるつもりだ。できれば目的地のフメルの街まで行ければ、よりきちんと応えられるが……」

「えっと……?」


 常識がわからないので、隣のイェルに視線を流す。

 イェルはすぐにそれに気づき、軽く息をついた。


「こういう職業の人間は、それなりに相互に助ける暗黙のルールがある。その場合、助けた側の要求する報酬を、常識的な範囲で可能な限り飲むのが通例だったはずだ。通常は金銭とか、この場合は積荷をいくらか要求することも多いだろうが……どうする?」

「それなら報酬はあんまり……あ、少額でいいのでいくらかお金をください。わたしたちもフメルの街に———行くので、その時の滞在費用が数日分でも浮くと嬉しいです」

 

 イェルに視線でフメルという名前で正しいことを確認しつつ、男に要求してみる。

 

「…………本当にそれだけでいいのか?」

「少なすぎて不安なら、色々教えてください。えーっと、わたしたち、すごい田舎から来たので色んなことに疎いんです。さっきのわたしたちの会話でバレてると思いますけど」

「いや、ありがたい! ということはここからも同行してくれるってことでいいのか?」

「あー、そうですね。お願いします」

「本当に助かる! ———よし、みんな、今日中にフメルに安全に着きそうだぞ! 準備を急げ!」

 

 男が喜びをあらわにして命令を出しながら、集団へと合流していった。

 同年代の男性や女性、あと商人っぽい人は……横転してた馬車を立て直す作業をしていたと思っていたけど、結構こっちの会話に耳を側立てていたらしい。慌てて作業を再開していた。

 

 その様子をボーっと眺めていると、イェルが横からわずかに咎めるように囁いてくる。

 

「……サイクロプスは放置できないぞ」

「…………やっぱりそうなの? 人を襲った害獣だから?」

「そうだな。そういう話はなかったか?」

「熊とか、猿とか、ゾウとかで似たような話はあったかな……」

 

 特別、動物愛護をバカにする気もなければ、全肯定する気もないけど、これはたまに話題になっていた話だった。自然を奪っておきながら自分たちに害をなす動物を駆除する身勝手さを感じないわけではないし、一方で無闇に動物を保護すれば様々な被害が拡大することも知っている。動物によっては一度人を害した場合に、繰り返す習性があるものも多い。それを思えば、サイクロプスも同じように駆除すべき害獣なのだろう。

 

 完全に納得できるわけではないけれど、ある程度は仕方のないことだということもわかる。その詳細を考えるのは今ではないことも。だからわたしは、実務的な問題に目を向けて、目を逸らすことにした。

 

「放置できないのはわかったよ。でも、どうやって……処理すればいい? 埋葬? それとも引き取りとかできるの?」

「サイクロプスは……どうだろうな。人型に近い生き物は食用にされることはあまりないが、多少は魔法の構造もあるから需要がないわけではないはずだが……それこそ、あの冒険者に全部頼んでしまえばいい。面倒なことから逃げるのも、立派に報酬だろう」

「それは……まぁ、そうかな」

 

 ちょっとずるい気もするけど。でも、やってることは大差はない。実際、常識を知らないのだからどうやって行動するのが良いのかもわからないというのも正しいしね。彼らに任せてしまうのは、それなりに合理的で間違ってはいない選択肢のような気がする。

 

 馬車の立て直しが済んだ彼らに、サイクロプスの処理を一任した。

 

 話を聞いた彼らは、サイクロプスには巨大な目を主として需要があるし、討伐報酬も出る可能性があるから、解体して一部を街へ持ち込むのがいいのではないかと勧められた。

 

 わたしはそれを了承して、彼らがサイクロプスを解体して血肉や骨の一部、そして頭を分離させて馬車へ積みこむ様子を眺めるだけでことが済んでいく。……眺めるだけとはいえ、流石に巨体なだけあって血も肉も内臓も大きく、あたり一面は凄惨な様子にはなったけれど。

 

 残った肉は燃やすなり埋葬するのが良いのだが、巨人なだけあって量が多すぎて難しく困っていた。


 そんな様子を見かねてか、イェルが燃やしておいてやろう、と一言だけ呟き、地面に何やら魔法陣を描いて直後に燃え上がって全てが灰になる。


 ……イェル、遺跡の外に出たら弱体化するとかなんとか言ってたけど、嘘なんじゃない? 普通にありえないというか、魔法っぽいというか、ほら、冒険者のみんなもちょっと引いてるよ? ……いやまぁ、実力を見せておくことは重要なのかもしれないけどさ。

 

 煙も少なくぼろぼろの骨になったサイクロプスに、思うところがないわけでもない。

 

 わたしはせめてもの供養に、地面を掘って、かき集めた骨を埋葬する。

 その行動は冒険者としては割と自然なものだったらしく、アンデットが出ないようにする方法は知っているのだな、なんてことを言われたりした。


 アンデットとかいるんだ、嫌だなぁ、なんてことを思いながらも、自己満足かもしれないけれどせめてもの冥福を祈る。


 聖女がどうとかいうシステム? があるのなら、なんでも助けられたらいいのにね。

 なんて虫のいいことを考えながら、わたしはその場を後にした。

 

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