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寂しがり屋と思考する転生聖女のお話。  作者: 池中 由紀
傍観する物質と共存する者たち
42/56

◇ 42 不毛の土地


「綺麗な風景もあれば、こういう風景もあるんだね……」

「ロクシー、お前は不毛の土地は見たことがないのか?」

「うーん……砂漠は知ってるけど、この感じはないって言った方がいいかなぁ……」

 

 アムリーの背に乗って飛び続けてだいぶ時間が経った。森や平原を越え、山も越えたところで現れた風景は、それまでの光景とは打って変わって茫漠としたものだった。

 

 砂漠でもない。ただ荒地が広がっていて、所々に砂漠のような場所があったり、霧が深くて地表がまるで見えない場所があったり、灰色で生き物のいなさそうな泥沼が広がっていたり、かと思えばクレーターのようにでこぼことした地域があったり。なんなら霧が黒いところすらあった。

 

 共通して、生き物や植物の影がほぼ全くない。


 イェルによると、この類の土地は不毛の地と呼ばれて各地に広範にわたって広がっているらしい。確かに名前の通りただただ不毛で、見ただけでも生きるのに向いてないのはわかる。


 でも正直かなり違和感のある土地だよね。現実で不毛の土地なんてあったかな? いや、まぁ環境問題とかで破壊された土地が元に戻るのに時間がかかるとかそういう話はあるけど……魔法にも魔法産業廃棄物とかあるんだろうか。あったとして、こんな広範囲にわたって劇的な効果があるとはあまり思えないし、思いたくもないけど。

 

「原因はわかってるの? わたしの知識だと、こんな劇的な環境の変化は異常だけど」

「あって当然という認識の者が多いが……ロクシー、お前の知識は気になるところだな。それはまた後にするとして…………太古の昔から存在する以上、説もそういうものになる」

「つまり、太古の実験の結果だとか、失われた文明の名残とか?」

「そうだな。……比較的広がっている説には、神々の戦争の傷痕だというものもある。お前も見たように、あまりにも不毛の土地の不毛さと多様さが極端だからこそ、実験や名残では説明がつかないと考えるものも多いのだろう」

「……神々の戦争」

 

 魔法のある世界だ。そもそも木霊とかエルフとかいる世界なのだし、神様というか、人間よりも遥かに優れた能力とか技術とかを持った存在がいてもおかしくはない。それは失われた文明とかと区別がつくかは微妙だけど…………でもまぁ、戦争の跡地というのはわからなくもない話だった。

 

 だってクレーターとか、爆発の後かなとか思うものもあったし、妙な地割れの後とかは巨大な動物の引っ掻き傷とかに見えなくもないしね。向こうの世界では考えない発想だけど、神々の戦争と言われてもそこまであり得ないとは思わない。

 

「でも、荒れた土地を放置し続ける理由は?」

「あぁ、簡単な話だ。土地に無数の毒や害のある物質が存在していて、殆ど全ての生き物が暮らすことのできない土地になっている。浄化する方法がないわけではないが……手間も時間もかかる上に、危険なものだ。……そういう土地はなかったのか?」

 

 イェルに聞かれて、思いつくものはいくらかある。公害による水質汚染、原子力爆弾による放射汚染なんかは、規模が違うかもしれないが似てはいるだろう。そしてそれらは、浄化する方法がないわけではないが手間も時間もかかる。

 

「規模はともかく、似たような話はあったかな。でもそっか。自己犠牲はともかく、安全で効率の良い浄化の方法とか考えたり見つけたりするのも面白いかもね」

「あぁ……呪いとは段違いに難しいから、お前が直接浄化するのはやめておけ。というより、そんなことをしたら私が止める。殆ど無駄だからな」

「まぁその……仮にできても、そんなに軽率に浄化したりはしないよ。国とか色々、面倒なこともあるだろうし」

「…………そうか。ならいい」

 

 国がどういう形態なのかは大枠でしか分かっていない。


 なんとなく専制君主制っぽいだとか、戦争をする程度には大規模な国家が複数あるだとか。

 それでも過度に関われば、いずれにせよ自由を奪われることになるのは明らかだった。それはきっと、イェルが避けたいことでもあるだろう。


 わたしは別に国という存在に思うところは何もないけど、自由を奪われる可能性が高いのは怖いし避けておきたい。まぁ国のものを利用したりしてる以上、多少は貢献するべきだとも思うけど……今のところ旅行客みたいなものの範囲であることにしたいなぁとは思っていた。

 

 それにしても、別にアムリーが悪いわけではないけど、他人がいると向こうの世界のことが話せないのはちょっと面倒だなぁ。環境破壊の歴史とか、国家のあり方とかの話もイェルは興味を持ってくれそうなんだけど。比較的理系的な興味の持ち方をするイェルだけど、別にこういう内容が嫌いなわけではなさそうだしね。

 

 そんなことを考えつつ、わたしは会話を少し巻き戻す。

 

「でも、じゃあ魔法の実験で環境に影響を起こすような事故とかもあるってこと? 例えばどんなのがあるの?」

「そうだな……雪国に突如として現れた常夏の領域だとか、逆に火山口が一夜にして氷に覆われるだとか、その程度の事故は探せば見つかるレベルか」

「へー……それはやっぱり、気候の研究とか火山の不活性化とかを目論んでたりとかしたのかな」

「まぁ、魔法は秘匿されることも多いから詳細は不明であることの方が多いが、大方そういう割と安直な話だろう。そこまで珍しい話でもない」

「環境、めちゃくちゃそうだね……」

 

 そこまで珍しくないってことはそのまま環境に影響を及ぼしてたりするわけで。雪国に常夏の領域とかあったら上昇気流とかどうなって嵐がどうなるのかとか、割と酷いことになってる予感しかしない。でもまぁ逆に魔法とかあるし全然平和なことだってあるだろうけど。その辺はわたしの常識というか知識が必ずしも通用しないことには気をつけた方がいいなぁとは思う。

 

「めちゃくちゃなところもあるが、案外、実験で荒れた土地は落ち着いていることも多い。恐らく、不完全であっても周囲の環境とのバランスをとるような準備がされていることが多いからだろう。最初から敵対国を荒らそうなどと考えているとき以外に、わざわざ自国を荒らすことは、そんなに多くはないだろう」

「そんなに多くはって……まぁ、政治で内輪揉めとかし出したらなんだって有りうるのかな。その辺の面倒臭さはどこも同じだね」

「そういう意味では、次の場所は安定している場所だ。この不毛の土地に四方を緩やかに囲まれているからたどり着くのには面倒なルートを使うか、こうして空を飛ぶかくらいしか選択肢がない。そのくらい不毛の土地に隣接しているが……環境は荒れているわけではなく、山や豊かな森林もあったはずだ。かなり昔の記憶だから、今もそうかは知らないが」

「アムリーは知ってる?」

「詳しくはないが。それなりに大きな街が森や山に囲われていたのは見たことがある。廃墟ではなかったし、今でもそうかもしれないな」

 

 訊ねればアムリーは返してくれる。次の目的地が廃墟だったら困るので、この情報は結構ありがたい。まぁアムリーが提案してきたわけで、それなりに大丈夫だと判断はしていただろうから、当たり前の返答ではあるのかもしれないけど。

 

「後どれくらいで着くかな?」

「日が高く登ったのちに、傾いて気温が上がりきった頃か。……それはそうと、お前たちは昼飯がいらないのか?」

「あー……魔力はたくさん保存して準備しといたから。適当に補充しておけば、飢えることはないかな。だよね、イェル?」

「そうだな。優れた魔法使いは食事を捨てても生きることができるようになる。とはいえ……わざわざ食事を抜こうとしているわけではない。今のように、取るのが面倒なときに気軽に食事が抜けるというだけだ。ドラゴンも似たようなものだろう」

「ふん。我々は元から魔力が食事のようなものだ。その意味ではあの森はいい場所だったが…………まぁ仕方ない。人の近くにいると面倒ごとが多いからな」 

 

 食事を適当に済ませられるのは便利ではある。魔力を貯められるクパの実を目一杯集めて魔力を片っ端から詰め込んで保存してあるので、仮に食事がまともに取れない日が続いてもかなりの期間生きながらえることができるはずだ。なんでもしまえる鏡に容量という概念があるのかは知らないけど、今のところ限界も見えてないしとてもありがたい。魔力を充填しておけば、保存も効くらしいし、とっても便利な実だ。名前が複数あるのも頷ける。

 

 まぁでも、わたしは美味しいもの食べるのも好きだしわざわざ抜こうとは思わないけどね。

 

 空の旅は長い。


 エコノミークラス症候群とかになる心配はあんまりないかもしれないけど、たまに身体強化をかけてアムリーに刺激のないように体を動かしたりしつつ、街にたどり着くまで不毛の土地を眺め続ける。


 綺麗な風景とはいえないけれど、見たことのない風景を種として、色々な考えを作ってみることはできる。

 アムリーがいるし、あんまりイェルと色々話せるわけでもないしね。

 

 そうやって環境やら国家の構造だとかを考えて、空の旅を続けるのだった。


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