◇ 04 二日目
ちゅんちゅん、という鳥の鳴き声で目が覚めた。
動物の痕跡を初めて観測したことにちょっと興奮したけれど、身体がとてもだるくて喜びが打ち消されている気がする。
スズメっぽい、というか病室で散々聞いた鳴き声とほぼ同じなのでほぼ確実にスズメだろう。姿は見つからないけど、木の葉のささやき以外の初めての音に多少なりとも癒しを感じる。というか感じないとやってられない。
癒しを糧に立ち上がると、昨日の疲労を残した足が悲鳴をあげた。筋肉痛もつらいし、足の裏は痛いし、土に触れてた部分の肌がずきずきするし、なんだか体温がちょっと高いし、頭はふらふらする。
……もうこれ、今日が限界かも。
ああ、でも死ぬ前に一度世界を見れただけでも良かったと思えるなぁ。
ただまぁ、もうちょっとこの健康な体でいろんな体験がしたかったけど、それは高望みなのかもしれない。
空を見上げる。見える範囲に雲一つない晴天は、水を求めるわたしにとっては呪わしい。雨を待つという選択肢はなさそうだ。
とにかく水がなければ死ぬ。
そう思ってわたしは歩き始めて、しばらくして。
「―――! ……………………」
わたしは天啓のようなひらめきを得て、迷っていた。
正確には困っていた。
いつまでたっても見当たらない水源が、非常に身近な場所にあることに気づいたからだ。
わたしの体が正常な人体ならば、もちろんかなりの割合は水分であって、さらに言えば定期的に水分を排出するのはごぞんじのとおり。
そう、尿だ。
……ただわたしは困っている。
なぜなら、昨日からずっとこの体で排泄はしてないのだけれど、特に尿意がわいてこないからだ。
嫌なひらめきを得てしまったけれど、いずれ来るときまでに考えておかなければいけない。
でもたぶん、それは無理かな。よく覚えてないけど、確か不要な物質とかをなるべく少ない水に溶かして排出するのが尿の役目だよね? まぁ水分が不要な時は水分も多くなるだろうけど、今は絶対にそんなことはあり得ないし、飲み水に適したものが出てくるとは思えない。別に不潔とかそんなことはこの際思わないことにしても、そもそも飲めないだろう。脱水症状でも海水を飲んではいけないのと同じだ。
あーよかった。
……いや、飲み水が手に入るならその出所はどうでもいいと思えば、不運なんだけど。
というかこんなことを考え出すくらいにはわたしは追い詰められている。
立ち止まったらその場で屍になる気がして、定期的に耳を澄ませることはやめた。そもそも耳を澄ましても頭がぼんやりとして集中できない。
それでも惰性でわたしは歩きつづけ、お日様がわたしをいじめるように真上に現れたころ。
ふいに、ぴちゃり、という感覚が足の裏を襲う。
(え? ―――いだっ!)
そしてそのままずるり、と滑って転んだ。
ちかっ、と視界が瞬く。
頭打った……とても痛い。
でも、頭が濡れている。
濡れている、ということは……
(水…………! 水!)
あおむけの状態から身体を起こし振り向くと、そこには小川とも呼べない水の流れがあった。
子供の足幅程度の水が、地表をすべるようにして流れている。高低差も大してないし、水の流れる音もほとんどしていない。でも、真上から差し込む日の光を乱反射してきらきらと煌めいていてきれいだ。水も澄んでいて、少なくとも見た目は飲めそうだし、仮にこれが汚い水だとしてもわたしはのむ。たぶん、そうしないと死ぬ。
両手で水を、……掬えるほどの水深はなかった。あれ? そういえばいつの間にか枝がなくなってる……? まぁいっか。
仕方ないのでほとんど這いつくばるようにして水面に唇をつける。冷たくて気持ちい。
そのままちょろちょろと水を飲むと、身体にいきわたるような感じがして心地よい。……思えば、これが初めて何かを身体に入れた瞬間かもしれない。偽サクランボは入る前に吐き出しちゃったしね。
思ったよりも冷たくて、土っぽい感覚もない。まぁ慌てて飲むと砂が口の中に入ってきて、あのきゅっとした土の味がするんだけど、ゆっくり飲めば問題はなかった。
あまりにも水深が浅すぎてほんのわずかずつしか飲めないので、そのまま数十分はそうしてたかもしれない。
それと、自分の顔を見たけど、正直十五年前の顔とか忘れたけど、少なくともちょっと違う気がする。日本人っぽくない顔つき、という意味では同じだけれど、個人を特定するような特徴としてはちょっと違うような気がする。
ただ年齢は見た感じ幼いといってよさそうだった。二桁の年齢に達しているとは思えない。
とりあえず水を飲むことには満足して、次に砂とか枯れ葉とかで汚れきったからだを水洗いしていく。
水洗いといっても、座って、ちょっと掌でせき止めてわずかにたまった水で汚れを落としていくだけだ。……あ、せき止めればもっと上品に水のめたかも。まぁ誰かに見られてるわけでもないし、いいか……。
でも身体を洗うのは意外と難しかった。
泥を掬わないように慎重に水を使わなきゃいけない。そして、森の汚れはなかなか頑固で落とすのに何度も何度も水をかけなきゃいけなかったからだ。あぁ服がほしいです。
それでも、日が直上からちょっと傾く程度の時間で、わたしの体は奇麗になった。石鹸とかないからいうほどきれいにはなってないだろうけど、それでも見た目は結構さっぱりだ。
水分補給もできて、ちょっと元気も出てきた。
まぁ次は食糧がないと死ぬんだけど……。
でも水の流れが見つかったのはすごくラッキーだ。
とりあえず、これを下っていけばいい。
川幅はどんどん広くなるはずだし、何より人の住む町とかはたいてい水源に隣接しているものだ。
町があったら保護してもらえるだろうし……いや?
そうだ、なんだかずっと歩いてて忘れてたけど、そもそもわたしは今どこにいるのか全く分からないんだった。ここはどこ、わたしの身体は何、という状態なのだった。だとするとここが日本とは限らないし、海外かもしれない……というかたぶん海外だと思う。日本でこんな平坦な森ってあんまりないような気がするからだ。海外だとすると……治安のいいところがいいなぁ。ストリートチルドレンとかたくさんいるところだと、町に着いたところで死にかねないし、せめて保護とかしてくれるといいなぁ。
でもまぁ、どちらにせよ、なるようにしかならないし、なるようにはなるのだ。とりあえず人のいる場所に行きたいというのは、そう間違った指針でもないだろう。
死んでしまったらそれはそれで、まだあきらめもつくしね。
わたしはそうして、下流に向かって歩き出す。
魚とかいないかなぁとか思いながら水の流れを眺めてみたりもするけど、水深も幅も明らかに足りない。森の食べ物も、まだあの偽サクランボとキノコ以外は見ていない。野イチゴとかってないかな? あれって秋にはないんだっけ?
とりあえず水が見つかって今日は耐えられそうだけど、さすがに何も食べずにいたらあと何日耐えられるか分かったものじゃない。
今日の夜は何か無理にでも食べたほうがいいかもしれない。
何も見つからなかったらあの偽サクランボを無理に食べるしかないかなぁ、それは嫌だなぁと思いながら、わたしは歩き続けた。
今日はいつまで歩き続けよう。あまり長く歩くとまた疲れてしまうし、そろそろ、おなかすいた、から飢餓状態になりそうな感じがする。早めに休むことにして、仕方ないからあの偽サクランボを味を我慢して食べるしかないかな、とかそんなことを考えながら水の流れにそって下っていく。食べれそうなものはキノコとどんぐりみたいなのと、偽サクランボしか見当たらない。キノコはちょっと怖いし、どんぐりって食べれるんだっけ? 固そうで消化悪そうじゃない? まぁ偽サクランボの次に食べてみようかな。そんな低レベルな争いじゃなくてもっとおいしそうな野イチゴとか野リンゴ? とかが食べたいけど。
昨日から結構森の中も歩いたし、おいしそうな食べ物の一つや二つあってもいいのにな、と思いつつひたすら歩く。水を飲んでちょっと落ち着いたからか、昨日は目につかなかったものとかもちらほら視界に入った。
例えば虫。蚊が飛んでて裸のわたしはちょっと嫌な気分になったけど寄ってこなかったのでよし。でっかいカメムシみたいなてかてかした緑色の丸っこい親指程度の大きさの虫が木にとまってたりした。わたしは別に虫が嫌いでも好きでもないからスルーしたけど、……虫食って別に文化としては普通だよね、食べれたりするのかな? とか考えた。
虫を食べるのに嫌な気分はそんなに感じない。クモはカニっぽいし、サソリはエビ、ムカデはシャコ。イモムシとかクリーミーでおいしそうじゃない? 衛生面だけ大丈夫なら結構おいしいと思うんだよね。日本じゃ流通に乗ってないから怖くて食べれないけどさ。
ただ生で食べるものなのかな? とはちょっと疑問に思う。やっぱりこう、どんな食べ物も、本来は野菜とかですら、基本的に加熱はするものだ。消毒殺菌、そして構成要素の変性を引き起こせる加熱はものすごく有用だ。人類が進化した理由は火を恐れないからだ、とかいうよくある想像も、そういう意味では自然な想像だとは思えるよね。本当にそれが正しいかは知らないけどさ。
ハチとかがいればはちみつとかは明らかに食べれそうでいいんだけどなぁ、でも山のハチって地面に巣を作ったりするんだよね? そんなの見つけられるわけないよね? というかミツバチ以外もはちみつって作るんだっけ? とか思いつつ、カメムシもどきはスルーした。……カメムシモドキって名前の虫いそう。ナナフシモドキとかみたいに。いるのかな? ……いやどうでもいいか。
虫のほかには、雑草とかは結構目につく。大きな花をつけるようなのは見当たらなかったけど、小さい白とか黄色の花はたまに咲いていた。日光の大半は木々の腕に遮られてるのに健気に頑張ってるなー、とかよくわからない感想を持ったり、大きな花だったらやわらかくて食べられるかも? とか切羽詰まった思考をしてみたりしたけど、これも基本的にはスルーだ。
大体、山の草木に触れるのはちょっとな、と思う。しかも裸で。もし刺激物とか分泌するタイプだと、被れるのは目に見えてる。もっというと、葉っぱがとげとげしてたり、枝と茎の中間みたいな色合いの焦げ緑の植物とかは枝も葉っぱも白くて細い毛みたいなものが生えてるものがあった。あれ、棘だとしたら触ったらひどいことになるよね。
まぁそんな風にいろんなものを見つつ歩いていると、だんだんと水の流れの幅が広くなってくる。肩幅くらいはありそうだ。
思ったより早く幅が広くなって、水生の魚とか両生類に期待が持てるかも! と歩いていると、森が割と突然一気に開けてちょっとした広場に出た。
結構傾いた日の光が、開けた水面に反射してまぶしい。
沼だか池だかよくわからない、結構大きな水たまりがそこにあった。
ぱっと見、半径十メートルくらいはある円形、と言っていい感じの沼だ。もちろんきれいな円形ではないのだけど、大体円形と言ってよさそうだ。子供の背丈での概算だからもうちょっと小さいかもしれない。
まずは縁をぐるりと回りながら探索をしつつ、考える。
さっき魚とか両生類にも期待とか思ったけどそれも火が使えない今は怖いかなぁと思う。基本的に生きてる動物には寄生虫がつきものだし、身体がやわらかい系の動物は寄生虫がうじゃうじゃいるイメージがある。大体水生生物とか寄生虫が多いのは当たり前だとすら思う。だって、水の中で過ごせるから。地上で空気中に漂うという戦略に比べて、水の中を漂うという方法は寄生虫に要求するリソースは少なくて済む気がするからね。地上の寄生虫は食物か、蚊による媒介とかくらいしか寄生経路がないからそこまで寄生虫が多いイメージはない。……イメージだから実際のところは知らないし、その辺の野生の大型動物とかどう考えても寄生虫まみれだとは思うけど。
あぁそう思うと火って偉大だなぁ。森の中で火をつける方法とか、浮かばなくもないけどできる気がしない。火打石みたいなものを探すとか、例のぐるぐる回すやつとか、火をつける方法はあるんだろうけど、そんなの記憶を頼りにやってみてもたぶんつかない。つく気がしない。
というか寄生虫の話だけど、大型野生動物って寄生虫で死んだりしないのかな? いや、寄生虫で死ぬようなやつを食べる個体は淘汰されてると思えば自然かな? 人間にはそういう淘汰圧が働かないから、寄生虫側が人間の行動に対応できないと思うと自然だ。たぶんそんな気がする。
まぁ寄生虫がいて死ぬとしても、魚がいたら生でも食べてみたい気はするけどね。……でも沼っぽい水場に住む魚とか泥臭そうだしあんまりおいしそうじゃ無いなぁ。川魚のほうが寄生虫の危険が高い、みたいな噂があった気がするけどあれは本当なんだろうか。さすがに十五年前の記憶なんてあやふやだ。
そんなことを考えながら外縁を回りつつ、池の様子を見る。
水は結構透き通って底が見えている。水深はぱっと見は足首から一番深くても膝までいかないと思う。泥がたまってる感じもないし、沼って感じではないかな。枯れ葉とかがちょくちょく浮かんでるけど、汚れた感じもしない。
水深がそんなにないから魚は期待できないなぁとか思いながら見ると、メダカみたいなちっちゃい魚はたまに泳いでいた。あんなにちっちゃいと捕まえて食べてもおなかの足しになりそうにないなぁ。
たまに掌で握りこめてしまうような沢蟹? がいたけど、カニって食べられる場所が少ないし、あれだけ小さいとほぼ外郭だろうからなぁ……。あんまりいい食べ物ではなさそうだ。あとタニシみたいなちっちゃい貝。でも却下。ほら、軟体動物というかナメクジとか貝とかあの手のものは本当に寄生虫の温床だっていうイメージが強いから。
そんな風に生き物に注目しながら池を回ると、すぐに一周してしまった。
……一周してしまった。
つまり、水の流れはここで終わっていた。
運が悪いパターンだと思う。要はここで水が伏流してしまっているわけで、次に地表に出てくるのがどこだかわからない。水源をまた見失うのは非常に怖いので、このあたりを拠点に探索をしたいところだけど、それを可能にするにはこの付近で食料を調達できなければいけないわけで。
怖いとかなんとか言ってないでメダカもカニも食べる羽目になるかもしれない。
頑張って火をつける方法とか考えてみようかなぁとか思いつつ、今日の移動はここまでで終わらせる。そろそろ足の痛さが限界を超えてきたし、頭のふらふらがすぐそこに迫ってきてる気がする。あとやっぱり、今日の朝から体温がふわっとしてて、要は体調が悪い。実はたまにけしょけしょといやーな咳が出ていて、ちょっと怖かったりするのだ。やっぱり裸はよくない。
今日の食事は偽サクランボで我慢しようと思う。
幸い、この偽サクランボはそこら中になってるし、ほら、もしかしたら甘い実をつける気があるかもしれないしね。果実が甘いのってたぶん基本的には品種改良のおかげでしょ? だとしたら野生にも程度こそあれ多少は食べやすいのもあるはずだし。
せめて焦がしたコーヒーくらいの苦みで、泥臭いえぐみがなければそういうものだと思って食べれるんだけどなー、と思いつつ、池の周囲にある偽サクランボをちょっとずつ味見していく。味蕾を踏みつける焦がし泥コーヒーの味がするこいつは、木によって多少味が違うような気もしたけど、気もした程度でしかなかった。仕方ないので一番ましだと思う木の偽サクランボを、……あぁもう大きな枝がないんだった。
手元の仮に使っていたちっちゃな枝を捨て、大きめの枝を探して、……見つからなかったので適当な木の枝を体重をかけてぶら下がりつつ折って調達する。それをバシバシあてて果実を落として、池の近くの木の根元まで運んだ。
水洗いしたら苦みが水溶性だったりして薄くなったりしないかなぁと思って洗ってみると、多少は味がましになった気がする。……味がましになったのか、わたしの舌がマヒしてきたのかよくわからないけど。
とにかく、絶対に食べられないほどの味ではなくなってきた気がするので、わたしは無心でそれを胃の中に入れ続けた。
あんまり食べ過ぎるのもよくないし、両掌で救える程度に抑える。それでも不味くてくじけそうになった。おいしい料理はそれだけで偉大だ。
食べ終えたころには、徐々に日が落ち始めていた。
昨日の経験から穴を掘って眠るのは多少なりとも寒さの軽減になると感じたので、もうちょっと池から離れた木の根元を掘ってみることにした。
手で掘ってみると、あたりまえだけど表面をのぞいて結構固い。ただ案外掘り進められそうで、実際その辺に落ちてた枝とか小石とかを駆使して削ってから手でどかす、という作業をするとちゃんと穴になりそうだったので、わたしは必死で掘り進める。昨日はすごく寒かったから、今日は暖かい寝床がほしい。というかそうしないと体が壊れて死んでしまう。
地道に地道に掘り進める。日が暮れて、夕焼けが池を染めた光景にちょっと見とれて手を止めた以外は、夜になるまで必死に掘り続けた。
結局掘った穴は、深さは二十センチくらいでぎりぎりわたしが入れるくらいの縦長の棺桶みたいな穴になった。ちゃんと掘れたのは運がいい気がする。このままここで眠って目を覚まさなかったら土をかぶせるだけで埋葬ができそう。
という頃になって、わたしは自分の行動を後悔していた。
いや別に、穴を掘ったことじゃない。
偽サクランボだ。
…………胸やけがして吐き気がする。
実は夕焼けに見とれた後くらいから、気持ち悪いなぁと思ってたのだけど、それは疲れからくるものだと勘違いしていた。
でも今はそれが勘違いだったことがわかる。だってすごく気持ち悪い。胃が。
わたしは耐えられなくなって、池からも寝床からも離れるために走って、もういいかなってちょっと気が抜けたところで吐いた。
ちょっとどろっとした果実と、酸っぱい胃液が……いやそんなとこまで凝視しなくてもいいか、と一瞬思ったけど、いやいや自分の健康はちゃんと直視しておかなくては―――
「うぇ……」
なんで人間の身体って一回嘔吐すると続けざまに反射的に嘔吐しちゃうんだろうね。
わたしは数回吐いて、すっきりする。吐しゃ物も特筆すべきところはなかった。結構消化されてるようなそうでないような。多少は消化されていたらいいなぁ。あんまり消化できてないと今日、何にも食べなかったのと同じような状態になるよね? あぁどうしようかなぁ、でももう夜も遅いから明日じゃないと……。
そんなことを思いながら、わたしは池まで戻って口元とか体とかを洗って、それからちょっと上流に行って水を飲んだ。やっぱりたまってる水はあんまり飲みたくないから。
さて、気を取り直して寝床に戻る。
早速寝転んでみると、これが結構いい感じだ。少なくとも風が直接体にあたりづらくなってるのは重要な改善だと思う。体感温度って重要だよね。ただ地面がやっぱりちょっと湿気た感じでひんやりするので、周囲の枯れ葉とかを敷き詰めて軽減する。
あとはやっぱりかけ布団の代わりになるものがほしいけど……枯れ葉はそんな大量にないし、というか風で飛んでっちゃうし、かといって土というのも……。湿気ててひんやりするのは分かり切ってるし、土をかぶせるのとかぶせないのってどっちがいいんだろう? 掘ってる間に多少は乾いてると思うけど……。
せっかくなので多少は乾いた土だけ近くに寄せて、寝転んでから足のほうにだけかぶせてみた。生乾きの土の感触はちょっとひんやりしてて、かぶせたほうがよかったかどうかはよくわからない。
まぁいいか。それでも昨日と比べたら段違いにましで、ちょっと暖かさすら感じられるのだ。裸でこれは相当ましだといえるだろう。
わたしはそのまま掘った穴の中に横になる。木々の隙間から見える満月がちょっとまぶしい。……目を閉じる。
昨日みたいに植物状態の時を想起させるような、意識的に寒さを無視するようなことをせずに、意識が重く地中に落ちていくような感覚。
その感覚を少し心地よく感じつつ、わたしは眠りに落ちた。