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寂しがり屋と思考する転生聖女のお話。  作者: 池中 由紀
諦念する少年と森に住む者たち
36/56

◇ 36 軽い代償

 

「さて、ロクシー。弁明はあるか?」

「いや、その、ほら、褒めてくれてもいいよ?」

「その右手を見てなお褒められるとでも?」

 

 ハルと共に脱出した直後、周囲の呪いや核の処理は終えていたらしいイェルに捕まる。周囲にも穴が空いていたり木が切り倒されたりしている様子からして、地上もまぁまぁ面倒な子のになっていたようだ。

 イェルの様子は……ビキビキ、という青筋が聞こえてきそうだ。表情はあまり変わってないけど、怒ってることはよくわかる。

 

「ほら、い、生きてるしさ? 褒めて?」

「…………。………………」

「な、なにか言ってよ」

「……どうした? パタパタ右手を動かして誤魔化さないのか?」

「う……」

 

 きっと全部見透かした上でイェルはそうきいてくる。外見がわたしと大差ない少女でも、怒られると普通にちょっと怖い。

 まぁでも、右手が肩口から消え去っているので、このくらいで済んでいるのはマシな方なのかもしれない。

 はたはたと中身のない袖が揺れる。

 

「何をした? いや……そうだな、なぜこんなことをした?」

「なぜって……」

「ロクシー、お前は例えばその右手がもう二度と回復しないと言われてもいいのか?」

「回復しないの?」

「お前は知らないだろう? 今お前がどういう状態か。もしそれが回復しないくらいに酷い状態だとしても、それが覚悟できていたのかを聞いている」

 

 叙々に最初の怒りが落ち着いていく代わりに、イェルの言葉が冷えて鋭くなっていく。

 覚悟……覚悟か。

 

「絶対的な覚悟があったとは言わないけど……でも、あの場では最善だったと思うな。それでも、待ってればイェルが助けてくれた? わたし、実は急いで無駄なことしちゃったかな」


 これは脱出した時に少し気になったことだ。周囲を鎮圧したっぽいイェルがいるのなら、わたしが余計なことをするまでもなかったのかもしれない。

 そんなわたしの不安に対して、イェルはため息をつき、


「……いや。周囲状況を鑑みても、地中でお前たちが移動させられていたことを見ても、呪いで探知が難しかったことを見ても無駄ではない。が……その状況もわかっていたわけではないのだろう?」

「移動? ……えと、わかってなかったのはそうだけど……」

「だから覚悟の有無を訊いている。知らないことを放置して勢いで行動するのは愚か者のすることだ」

「……それはごめん。でも覚悟自体は少なからずあったよ。それに———じゃあ、教えて?」

 

 わたしは素直にイェルに頼んでみることにする。

 イェルは虚を突かれたように反応が一瞬止まった。

 

「…………何をだ?」

「わたしのこと。体のこと。イェルは……見ればある程度はわかっちゃうんでしょ? だから怒ったり呆れたりしてくれてるし。でもわたしはそれを知らないから、どこが限界かもわからない。頑丈だってことは教えてもらったけど。だからさ……イェルがもっと教えてくれると、とても嬉しいな」


 わたしがそう本音を言うと、イェルはあからさまなため息をついた。そしてイェルにしては珍しく、わざとらしく少し首を傾けてわたしに言う。

 

「なぜそうしなかったか、わかるか?」

「わたしが信用できなかったとか?」

「信用? ……ああ、ある意味ではそうだな。ロクシー、お前はそれを教えたら限界ギリギリまで自分の体を傷つけそうだったからな」

「別にそんなことは……」

「その右手はどうだ」

「うぅ…………」

 

 まぁ確かに、呪文唱えて全力で魔法を使うだけで右手が消え去るとは思っていなかった。でももう魔力量も少なかったし、広範囲を吹き飛ばす魔法はあれくらいしか知らなかったのだから許してほしい。

 わたしが言葉に詰まりつつそんなことを考えていると、イェルは言葉を続ける。

 イェルがわたしの袖のそばにまで近づいてきたのは、遠巻きに見ているハルやシャロンから会話を隠すためかもしれないけど、ちょっと可愛らしい動きにも見えた、

 

「……前にも言ったが、お前の体は魔力に強く依存しているし、魔力でできているようなものだ。恐らく物理的には、頭でも吹き飛ばされない限りは死なない。魔力がある限りは。……だが一方で魔力に依存していると言うことは、呪いや封印、阻害には弱い。そして重要なことだが……体が魔力でできているようなものということは、失えばそれだけの魔力が必要になる。欠損ダメージは一般的にも回復の難易度が高いことは覚えておくべきだ」

「それは、まぁそうだろうけど……でもわたし、一回狼に腕食べちぎられたけど数日寝てたら回復したらしいよ?」

「物理的に噛みちぎられただけなのと、魔法的に、しかも自ら犠牲にして喪失したのでは状況が違う。それでも一、二週間で回復自体はするだろうが……」

「なら問題ないような……」

 

 わたしが少しホッとして呟くと、イェルがギロリとわたしを視線で射抜く。それから少し呆れたように表情を和らげ、からかうように続いた。

 

「だが、痛いぞ」

「え?」

「恐らく右手に関わる魔法構造の部分が全部吹き飛んでいる。そこからお前の体が回復していくわけだが……剥き出しの神経を作り出していくようなものだ。せいぜい後悔して苦しめよ」

「で、でも前回は別に……」

「前回は噛みちぎられた痛みと魔力切れで気絶したと言っていただろう? 天然の麻酔があったようなものだ。これに懲りたら、少しは自分の体をいたわるといい」

 

 言われて、少し怖くなる。痛いってどのくらいだろう。別に全力で頑張ることは嫌いじゃないけど、痛いことは好きじゃない。……痛み止めとか麻酔の魔法とかないかな? いやあるよね? 


「……ロクシー、お前が何を期待しているか手に取るようにわかるぞ。だがそんなものは使うことを私が許さない」

「な、なんでさ」

「干渉するからな。肉体だけが主に損傷しているのとは違って、魔法構造も損傷している今は、干渉するような魔法は使うべきじゃない」

「うぅ…………あ、じゃあロクシーが、」

「回復も無理だ。言っただろう? 酷いものには外から手を出さない方がいい。……というか他人に回復してもらう方がよほど痛いし効率が悪い」

 

 思いつきは即座に否定される。というか確かに前にそんなことを言っていた。ってことは、わたしは向こう数週間右手が痛いのが確定らしい。悲しい。……いや、でもその程度で済むならやっぱり問題はなかったということなのかもしれない。回復する傷は、別に負ってもいいものだと思う。悪戯に傷つく必要性はないけど、意味があれば。

 わたしがそんな納得をしていると、イェルはよりわたしの体に身を寄せるようにして呟く。

 

「お前の体の出自が気になるところだな」

「え? それは……わからないけど」

「だろうな。なんらかの実験なのか捨て子なのかよくわからないが、いずれにせよ普通の体では無い。あまりにも性能が高いしな」

「転生の時に神様がおまけしてくれたのかもよ?」

「神様? ……お前は神を知ってるのか?」

 

 するり、と少し距離を取ったイェルが真顔で訊いてくる。

 

「いや、なんていうのかな。わたしの方だとそういうお話があったりするってだけ。この世界にはいたりするの?」

 

 神が実在するかもまぁまぁ気になることではある。わたしたちの世界がどうだったかはわからないけど、少なくとも超常現象が多発するようなことにはなっていなかった。……わたしの不運を助けてくれたりとかさ。けど、ファンタジーの神様とかは結構派手に動いたりするものだとも思うのだ。

 そう思ってイェルに訊いて見たのだけど、反応は微妙なものだった。


「神話の怪物みたいなものはいるし、そういう意味では神というか、強大な存在はいるが。いずれにせよ虚弱であるよりはいいだろう」

「まぁ確かに、わたしにとってはここは神話の世界と変わらないよ。魔法があるし、個人で滅茶苦茶なことまでできる。神様そのものかどうかは置いておいて、それくらい強い存在がいてもあんまり驚かないかもね。……というか、イェルも大概じゃ無いの?」

「……まぁ、遺跡にいる私はそれなりに自信はあるが。遺跡の外ならロクシー、お前と大差はない」

「わたしと大差ないって、それって結構すごいってことでしょ?」

「それは———そうだな。その辺の人間と比べたら私は色々できるな」

「まぁ、現状じゃわからないよ。そのうち、それも分かるといいね。旅の途中でさ」

 

 わたしは軽口をイェルに放る。イェルは同意を疲れたように深い息で返してきた。

  

「…………。さあ、いくぞ」

「え、待ってよここは大丈夫なの?」

 

 イェルがするりと踵を返して進み出すのを止める。周囲はイラストチーズみたいに穴だらけだし木は一部倒れていて、森は明らかに荒れている。というかわたしが脱出してきた穴もぽっかり口を開けているし、普通に危険だと思うんだけど。

 わたしの質問に、イェルは一瞬だけ振り返ってスッパリと答える。

 

「後日だ」

「どして?」

「魔力がない」

 

 そのままスタスタと歩き出したので、わたしは追いすがりながら考える。

 ……なるほど。当たり前すぎる理由が返ってきた。それもそうか。わたしは殆ど空っぽで、これ以上魔法を使おうとすればまた右手の二の舞だろう。イェルもさっき一撃必殺を投げた時に疲れたようにしていたし、魔力は心許ないというのはわかる。……大体、今から龍に会いにいくんだよね。

 そうだ、今からドラゴンに会いにいくのだった。……正直不安は大きい。弱らせて墜落させたとはいえ、会話して交渉? するには相手の意識ははっきりしてなければいけないだろう。そしてはっきりしているということは、また暴れ出したりブレスを吐き散らしたりするのかもしれない。

 わたしのそんな気持ちを見透かしてかどうかはわからない。それでも横で歩くイェルはわたしに確認してきた。

 

「お前は結局、話して解決したいのだろう?」

「まぁ、知性があるならなるべく知性で物事を決めたいよ?」

「ならお前がやりたいようにすればいい。一応、私とシャロンあたりで警戒はしておくが」

「……うん。ありがと」

 

 わたしがそういうと、イェルは先を行こうとする。さっきまで横を歩いていたので、照れ隠しにも見えなくもない。多分普通に違うだろうけど。それにしてもイェルはドラゴンの位置を確信しているように先導していく。まぁ、あれだけ小さい呪いの核も殆ど場所を特定できたのだから、ドラゴンともなれば簡単すぎるのかもしれない。

 しばらくはシャロンやミトたちと歩く。……右手が吹っ飛んでるのを見たハルは不満を隠そうともしなかったけど。まぁ、やっぱりまだわたしみたいな態度が好きではないんだろう。


 そうしてそのまま多少進んだところで、イェルは皆を止める。どうやらこの先にドラゴンが倒れているらしい。

 シャロンは相変わらず目を輝かせているが、そのほかの人たちはみんな脅え気味だ。

 イェルが振り返る。

 

「さぁ、お前が話したいといったのだ。やってみるといい」

 

 わずかに挑戦的な色をした声は、それ以上に優しさを含んでいる気がした。

 

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