◇ 33 殴り合い
意外とダメージが入っていたのか、逃げたドラゴンの飛行はおぼつかない。魔力を溜めたり吸い取ったりするクパの実を突っ込んだおかげだとすれば、それなりに有効な攻撃だったのかも。
大樹を隠す領域にまでドラゴンが侵入する前になんとか止めたいところだけど……
「それで、何か策でもあるのか?」
「うーん……今考えてるところなんだけど……」
さっきの様子からして、外部的、物理的な攻撃はあまり効き目があるように思えない。眼球などの急所狙いは効くのかもしれないけど、そういう取り返しのつかない攻撃をしたいとも思えないし、だとすると魔法的な攻撃とかをする必要性があるかな。
一方で、適当な光弾を魔法で打っても鱗に弾かれて終わりだった。
眼球に魔法を打ち込む? でも大抵重要な器官ってデリケートだしなぁ……。
「……ロクシー、お前が何を考えて躊躇してるかは知らんが、ドラゴンはあれでも頑丈な生き物だ。多少乱暴に止めたところで、それが原因で恨まれたりはしないだろう」
わたしの考えを読んだかのような発言。そんなにわたしの表情は読みやすいかな? ドラゴンを追って飛んでいる最中だから表情なんて見にくいはずなのに。
「最初っから恨まれてるようなものだから?」
「……別にそういう意味で言ったつもりはないが。お前の体も相当頑丈だろう? 同じくらいとは言わないが、ドラゴンはこちらの世界の基準でもかなり特殊な生き物だ。弱い存在ではもちろんない。正直なところ、呪いが効いているのも疑問なくらいだ」
「へー……思いっきり正気失ってそうだったしちょっと意外かも」
愚かな人類がどうとか言ってたし。
わたしが多少の驚きを含めていうと、イェルはため息り混じりに返してくる。
「ドラゴンは高慢になりがちだからな。正気を失っているとはいえ、元々ああいう感じの思想がないわけではなかったんだろう」
「それはちょっと……———かわいそうだね」
「かわいそう? 傲慢な思想を持ってるのにか?」
「だってそうでしょ? 元々持ってたとしてもあそこまで自分を見失ってたわけじゃないだろうしさ。誰だってある程度は心の中で、綺麗じゃない考えを持ってたりするものだし」
「…………。そうか」
前方には、ドラゴンがぎこちなく飛んでいる。さほどスピードが出ているわけではなく、もうすぐ追いつけそうだ。黒い霧みたいな魔力? がまとわりついていて、逃げようともがいているようにも見えた。
「まぁ、元から高慢なのかもしれないけど。そういうのはとりあえず呪いを払ってから考えればいい気もするしね」
「策は?」
「……物理で殴る」
「効果ないと思うが」
「いや、ほら、ボディーブローって内臓に効くとかいう話があるんだけど。教えてもらったみたいにさ、魔法を込めて魔法を浸透させて内部にダメージ与えれば効きそうじゃない?」
わたしができることから適当に思いついた案をイェルに提示してみる。
空中で並走していたイェルは、少し驚いたような、呆れたような表情をみせて、
「確かにそれは有効かもしれないが……」
「問題が?」
「…………。ロクシー、お前はさっきのブレスを見て何も感じなかったのか?」
確かにあの空気そのものが一瞬で高温になったかのようなブレスに恐怖感がないわけじゃない。というか普通にあの巨体が突進でもしてくれば、普通に自動車にはねられたようなもので無事ではいられないし、間近に迫られて恐怖心がなかったわけじゃない。
それでもわたしはその恐怖心を優先しようとは思えなかった。
…………どうしてだろう?
「自分の行動が理解できていなさそうな顔だな」
呆れの中に得意げな表情を口元に混ぜてイェルがいう。
それが少し面白くなくて、わたしは不満を口先に混ぜて言い返した。
「イェルにはわかるって言いたげだね?」
「……お前みたいな死にたがりのことはよくわかる。単純に、自己評価が低いから自己犠牲に走るのだろう」
「別に自己犠牲がしたいわけじゃ……」
「自分と他人を等価に扱うというのは、それ自体が自己犠牲に近いとは思わないのか?」
「それは……」
それは、そうなのかもしれない。自分のことを大事にする態度を基準にするのであれば、その発想は正しいといえそうかも。でも、
「そうかもしれないけど。でも、本当に自己犠牲がしたいってだけじゃないよ? 前も言ったけどさ、頑張れば自分も傷付かずになんとかなりそうな問題なら頑張ってみたいってだけだからさ?」
「…………。言いたいことがなくもないが、まぁ、いい。お前の体が幸か不幸か頑丈なのは確かだしな。せいぜい死なないように頑張ってみろ」
「もちろん。イェルも手伝ってよね? 危なくない範囲でさ」
「遺跡の外でできる範囲で、だ。……ほら、もうすぐ接敵するぞ」
ドラゴンの背が大きく見えてきた。あの背中とか、お腹とかを思いっきり殴って魔力を叩き込んで大人しくするというのが、作戦とも言えない作戦なのだ。うまくいくかはわからないけど……やってみるしかないよね。
「じゃ———いくよ!」
一気に空中の床を蹴って接近する。身体能力を魔法とかいう謎パワーで跳ね上げているからできる芸当とはいえ、自由に体が動くのは楽しすぎる。喧嘩中に考えることではないのかもしれないけどね。
ドラゴンはわたしの接近に気付いてすらいない。接近したところで、背中の鱗に突き立った魔法の剣がよく見えたので、わたしは思いつきのままに体を動かす。
「そ……れっ!」
突き立った剣を右手で引き抜くようにして吸収して、そのままヒビが入った鱗から内部にねじ込むようにしてパンチを叩き込む。
「グァ———!」
バキン、という音と一緒にドラゴンが喉から濁った悲鳴を上げて、地表に墜落していく。
手応えはあったし、意外と効いたかも?
でももちろん、これだけで終わりだとは思えない。
追撃を入れるために地表に向かってもう一回———
「———ガァアァ!」
「———っ」
地面に接触したかと思った直後、ドラゴンがあからさまに怒り狂った叫びを上げつつ即座に反転して突っ込んできた。
———まずい、勢いついてて回避は無理、障壁、無理、いや、
急ブレーキをかけつつわたしは本能のままに目前に迫ったドラゴンの頭を横から蹴り飛ばして直撃を避けようとした。
バキン、とさっきと同じように鱗がはじけたような音とともにドラゴンがわたしの側を通過していく。……ボキン、という音も同時に聞こえたような気がしたが無視しよう。
そのまま通過して遥か上空まで登って行ったドラゴンから目を離さないようにしながら、空中に作った透明な床にもう一度乗って体勢を整える。
「痛っ……」
「当たり前だ。折れてるぞ、その右足。……貸せ」
「え? ———いだぁ!」
いつのまにか近くまで飛んできていたイェルに無遠慮に右足をつかまれ激痛が走る。骨に響く、削れるような痛みが走った直後、すぅ、と引いていく。
「毎回思うけど、イェルってすごいよね」
「遺跡の近く限定だがな。森の外ではこうもいかない」
「その調子であのドラゴンを叩きのめしたりは?」
「無理だな。この、……遺跡の中でもない限り私は魔法以外のことは得意ではない」
「運動は苦手ってこと?」
「呑気な表現を使うものだな。右足が折れる運動がしたい者は相当奇特だと思うが……油断しすぎだ。ちゃんと体全体をある程度は強化しておけば、そう簡単に骨が折られることもないだろうに」
呆れたようにため息をつくイェルの言葉はとてもありがたい。実務的な意味でも役に立つけど、それよりも安心する気がする。……こういうのを油断っていうのかもしれないけど。
ドラゴンはまた反転して突っ込んできている。ブレスとかよりも物理で殴りかかられたほうがよほど厄介だと考えていることがバレているんだろうか。
わたしは身体中を意識して守るように魔力を行き渡らせつつ待ち構える。
「イェルも手伝ってくれてもいいんだよ?」
「遺跡の外の私は後方支援向きだ。回復もしてやっただろう?」
そんなことを言いながらイェルはススーッ、とわたしから離れていく。まぁ確かに、骨折を一瞬で治すとかしてくれたし、すでに手伝ってくれているといっても間違いではないかな。
会話の合間に距離をつめたドラゴンが、まっすぐに突っ込んでくる。
正気を失っているのか、怒りのせいなのか、動きは単調だ。
今度は待ち構えて、十分に右足を意識して振り抜いた。
鱗の割れる音。ドラゴンはまた悲鳴を上げて横に吹っ飛んでいく。反動でわたしも飛ばされるが、今度は右足が痛んだり、折れた音もしなかった。確かにちゃんと強化していれば折れないという言葉は正しいらしい。
右足で空中を踏み切り、ドラゴンに接近する。
ドラゴンが———予想どおり雄叫びと共に反転したので、十分距離を詰めてからもう一度わたしは空中を蹴って上空へと方向を変える。
自由に空を飛べるわけではないわたしは、常に空中を跳びまわっているようなものだ。ドラゴンがどんな原理で飛んでいるのかは知らないけど———わたしより小回りが効きそうには見えない。
案の定、ドラゴンはわたしを見失ったのかそうでないのか、進行方向を変えられず直進している。わたしはそのドラゴンの背中、最初に思いっきり拳を捻じ込んだ位置に狙いを定めて急降下した。
イェルにもらった靴は割と立派なもので、靴底は木製なのかなんなのか結構硬い。そのまま体を一回転させて、かかと落としを魔力と共に叩き込む。再度墜落していくドラゴンにそのまま追いすがり、鱗の剥がれた背中を殴り飛ばして———
「———ぅぐっ!」
直後、衝撃と共に明後日の方向へ飛ばされる。全身が痛い。
げほごほと咳き込みながら体勢を整えてドラゴンを見やる。今度は急に反転することなく地面に墜落し、鉄塊がめり込んだかのような低い大音響が響き渡った。
多分、ドラゴンが吹き飛ばされた直後、横から振り抜かれた尻尾に不意打ち気味に殴り飛ばされたんだろう。ドラゴンの向きが変わっていた。
(効いてはいるんだろうけど……———アレ、嫌な予感がするなぁ)
地表でゆっくりと体勢を整えているドラゴンは、苦しそうに低い唸り声を上げ続けている。それはきっと打撃が効いているという意味でもあるんだとは思う。けど、同時にドラゴンにまとわりつく黒いもやが蠢いて、濃くなっているように見えた。
(大人しくなってもらってから解呪しようって話だったけど……)
弱らせれば弱らせるほど呪いが悪化するのなら、この作戦は失敗だよね。
首にかけたサロメアの石を使ってドラゴンを魔力的な視点で観察してみると、やっぱり呪いは酷くなっているように見える。だとしたら、もう多少危険があっても近づいて直接やってみるしかないだろう。
体の痛みを意識的に無視して立ち上がる。
突っ込んで、背中にしがみ付いて、なんとかして呪いを祓うだけだ。大丈夫、難しいことじゃない。そんなことを自分に言い聞かせながら、わたしは痛みが引いていくのを待つのだった。




