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寂しがり屋と思考する転生聖女のお話。  作者: 池中 由紀
諦念する少年と森に住む者たち
3/56

◇ 03 森


 甘かった。


 健康っぽい五体満足な身体さえあれば、正直何でもできると舞い上がっていた。

 でもちょっとは許してほしい。十五年ぶりの感覚に感動して変な全能感を錯覚するのは、まぁそんなに奇妙なことじゃないと思ってほしい。


 歩き始めてすぐ、ぷにぷにした足の裏が痛くて痛くてたまらなくなった。

 枯れ葉すら、踏みしめると痛いくらいだ。痛みなんて久しく感じてなかったわたしにこの痛みは強すぎる。


 痛いからと言ってちょこちょこ、ぴょこぴょこ歩いていると、もちろん歩幅なんてものすごく小さいから全然前に進んだ気がしない。

 進んだところで、延々と森が続くばかりで、何も代り映えしない。


 森の恵みとかってもっと簡単に見つからないのかな? 果物とまでは言わないから木の実とかないかなぁ、と探しているのだけれど今のところ見つかってない。どんぐりみたいなのは落ちてたしキノコとかはちらほら見たけど、もうちょっと食べやすいものがほしい。そもそも子供の背丈じゃあ全然見通しが悪いし。


 そして寒い。本当に寒い。


 日光の差し込み方からして正午くらいかな。だから結構あたたかいはずだけど、さすがに秋に裸でいるのはどう考えても自殺行為だと思う。

 かといって、服になるような葉っぱなんてあるわけないし、毛皮なんて取れるわけないし、そもそも動物が見当たらない。


 ずっと歩いてると、のども乾いてくる。


 致命的だ。


 食べるものもなければ、水分補給もできない。

 このままだとどう考えても死んでしまう。


 食べるものは、まぁ我慢すればどんぐりでもキノコでも食べてしまえばいいけど、水は本当にどうしようもない。

 水は本当に重要だと、のどか乾きだしてから焦燥感がつらい。


 地面を掘り起こしたら水って出るんだっけ? たぶん出ないよね。出るところは出るんだろうけど、子供の手で掘って何も出なかったらたぶんゲームオーバーだし。


 雨まで待つ……というのも怖い。いつ降るかわからないし。大体それだと容器がほしい。でもそんなの作れるわけないし、……地面に穴を掘ればいいかな? いやさすがにそれは……それに土にも浸み込んじゃいそうだしね。


 果物があれば水もちょっとは取れる……けど食べ物が見当たらないのに果物なんてどう考えても高望みしすぎだよね……。緑色の葉っぱとかをすりつぶして水を絞ったりできないかなぁ。あ、噛む分にはちょっと水が出たりするかも? ……たぶん唾液として外に出たりする分のほうが多いような気がするし、やめとこうかな。


 やっぱり川か井戸みたいなのがほしい。そう思うと山じゃないのは歩きやすくていいかな、と思ってたのは間違いかも。山なら十中八九川がある気がするし、地下水が地表に現れる可能性も高い気がする。歩いた感じ、多少の凹凸こそあれ、ほとんど平らな感じなので、山ということはないだろう。悲しい。


 そんなことを思いながら、のそのそと歩き続ける。

 たまに立ち止まって耳を澄まして、せせらぎでも聞こえないかなぁと頑張るのだけれど、全く聞こえてこない。


 もちろん周囲をきょろきょろと観察しても、見つかるのはどんぐりか、あとは木が立っているばかり。赤とか黄色とかなのは木の葉だからがっかり、……ってあれ?

 よく見ると、赤く染まった葉っぱの上に小さく丸い赤い実が乗っていた。


「果物!」


 思わず走って、


「―――へぶっ」


 ……転んだ。痛い。


 やっぱり子供の体って不便……。


 でも子供だからか、あんまりけがはしなくて済む。ちょっと肘をうったけど、血は出てないから大丈夫だろう。

 申し訳程度に身体を払って、今度は慌てずにゆっくりと近づいた。

 近づいてみると、わたしの手がとどく範囲よりもずっと高い位置に、サクランボみたいなつやつやした小さい果実がすずなりになっていた。

 直接手では取れそうにないし、結構しっかりした木の幹のわりには凸凹してるわけじゃないから木登りもできそうにない。


 ああ、木の枝とかがないと……。


 そう思って周囲をふらふら歩くと、運よく自分の背丈よりも長いくらいのちょっとした杖になりそうな枝を見つけたので、てしてしと枝を振り回して果実を落とす。結構頑丈な枝だからと調子に乗って果実付きの枝を折る勢いで振り回していると、ボロボロとサクランボみたいな実が落ちてきて楽しい。こういうゲームがあったような気がする。


 結構な量が落ちたところで、拾い集める。……服とか籠とかがないから集めるのすら一苦労だ。

 集めてみると、やっぱりサクランボみたいに見えるし、ちょっと触った感じもつるっとしていて似ている。

 ただ、押すとぷにっとしているわけではないので、水分量は少なそうだ。まぁ野生の果物なんてそんなものかもしれない。


 初めて食べ物っぽいものが見つかったということで、早速食べてみることにした。

 きれいな身を一つもいで、親指の先っぽ程度の赤い実を、ゆっくりとかじってみる。

 思ったより水分を含んでいるようで、シャリシャリとした感触の中にどろりとした感触がわずかに混じる。まぁ食感は及第点かな。お味のほうは―――


「―――にっっが! 苦! なにこれ!?」


 限界まで炒ったコーヒー豆に泥を混ぜてもう一度焦がしたような、苦みと泥臭いえぐみが口の中で暴れる。ちょっと果汁が口に入っただけなのに味蕾を踏みつけていじめるような味が!


 ぺっぺっと思わず吐き出す。まだ嫌な味が口いっぱいに広がっているけど、これ以上ひどくなることはない。……あぁ一口で食べたりしなくて本当に良かった。


 見た目はサクランボと大差ないのにこんな危険な味がするなんてやめてほしい。せっかく頑張って落としたのに努力が水の泡だ。……まぁ味を確認してからたくさん落とすべきだったかも。

 それに、もしかすると、食べ物が本当に見つからなかったらこの果実を食べなければいけないかもしれないのだ。

 大体、まともに食べれそうなやわらかさのものが見つかったのは初めてなのだから。


 そんなことを考えるとまた気分が暗くなって肩が重くなってくる。

 まともに歩けるうちに、せめて少なくとも水を確保しないと本当に死んでしまう。逆に、水さえあれば数日くらいなら何とかなる気がする。ほら、断食とかでも水だけ飲んで生きながらえたりはできるわけだし。やわらかそうなわたしの子供としての体も、どうも栄養状態は悪くなさそうだし数日なら耐えてくれると思う。耐えてほしい。


 そんな希望的観測で少しでも気持ちを上向きにしつつ、わたしはまた歩き出した。

 長い枝を片手に、たまに立ち止まって水源を探してみたりしつつ。

 ただただ足を順番に前に出すことを繰り返す。


 水音はしない。さっきの偽サクランボ以外で食べられそうなものは見つからない。というかさっきから偽サクランボが群生してる。おいしそうな色が恨めしい。


 足裏が痛いのを我慢して必死で歩き続けて、疲れて足が痛くなっても歩いて、あぁそういえばサバイバルの時って体力を使い切る前に休息するんだっけ今更遅いけど、とか思い始めたころには日が暮れ始めて、それでも惰性で歩き続けて頭がふらふらしてきたころ。


 水音を探すために立ち止まったら、足が崩れてその場にへたり込んでしまった。

 日が暮れてから緩やかに暗くなった周囲は、すでに日も落ちきって暗い。


「寒い……」


 それに、何より寒かった。

 意識すると、歯がかちかちと音を鳴らしだす。あぁ、これって寒い時に勝手に動くんだね、とかどうでもいい感想を抱きつつ、自分の体を両手で抱きしめる。


 表面積を減らした分だけちょっとましになる。でもそれも気休め程度のものだ。

 こんな状態で夜を明かしたら、絶対風邪ひくし、というか夜を越せるかも怪しい。


 とりあえず近くにあった大きな木の幹に背中を預けて、風から身を守りつつ表面積を少し減らす。う、ちょっと背中が痛い。……少し離れていい感じの距離を探した。ヤマアラシみたいだ。


 さて、どうすれば寒くないだろう。

 服もないし、動物もいないし、いや動物がいても毛皮を取ったりなんてできないけど。やっぱり葉っぱの布団っていうのが一番ありがちな発想だけど、いうほど枯れ葉の多い森ではないのだ。落葉樹がそんなにないのか、まだ時期が早いのか知らないけど、布団になるほど落ち葉は落ちていない。


 子供の背丈と力じゃあ、みずみずしい葉っぱを大量にもいで集めることもできない。その辺に生えてる草には、被れたりしそうだからなるべく触れないようにしているし、それもたくさん生えてはいなかった。

 じゃあ、土……と考えかけて、やめる。森の土は、なんだかちょっと腐葉土みたいに黒く湿気気味で、冷たい。大体、わたしの力ではどちらにせよ掘ったりはできない。


 あれ……? これもしかしてどうしようもない……?


 ここに来るまでに大きな洞窟とか、中がうろになってる大木とか、そういう都合のいいものはなかった。仮にあったとしてもそこまで戻るとか無理なんだけど、どちらにせよこの森にそういうものは珍しいか、もしかしたら全くないのだろう。大体そんなものは日本の森にもない。


 わたしはあきらめて、胎児のように身体を抱いて、可能な限り表面積を小さくするように努める。身体を震わせると振動で体があったまるような気がした。


 土や小石、ぴょこぴょこ生えてる草が肌にあたる感覚はとても不快だけれど、土が当たっている範囲はゆっくりと体温で温まってくれる。……あぁ、これなら土が掘れたら多少はあったかかったかも。


 眠ってしまえば寒くてもなんでも意識がなくなって朝になるはずだから、我慢して眠ってしまおうと努力する。寒さを意識すると眠気が吹き飛んでしまうので、感覚を意識的にマヒさせるような感じで、無理やり眠気を呼び起こす。……植物状態の時のことを思い出してちょっと嫌な気分にはなるけれど仕方ない。


 このまま眠って目が覚めなかったりして、とかぼんやり思い出したころ、わたしは眠りに落ちた。

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