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寂しがり屋と思考する転生聖女のお話。  作者: 池中 由紀
諦念する少年と森に住む者たち
28/56

◇ 28 実験植物

 

「ものっすごい強い匂いですね……虫でも呼んで受粉とかですか?」

「この糖蜜を空気に溶かしたかのような強烈な誘引臭こそ、サイザクの特徴ですわ。匂い同様に取れる蜜は極上に甘い甘味になってとっても美味しいんですのよ。今回は魔力量と匂いの強さを調べているのですけれど、予想通りに相関しているわね」

 

 吸い込むだけで肺がべたべたになるんじゃないかと思うほどに濃密で甘ったるい匂いの中、わたしはシャロンの話を聞いている。

 

 研究にちょっと興味を見せただけでものすごい勢いて食いついてきたシャロンとエゼルは、彼らの工房? 研究所? に案内してくれただけではなく、色んなことを進んで教えてくれた。扱い的には子供に対するものだったから、わたしの見た目が子供っぽいからというのもあるのかもしれない。

 

 というかなんだろう、わたしが想像した通りの研究者って感じだ。とても愛想が悪い割りに自分の専門っぽいことに関係した内容には早口でまくし立てる感じ。わたしは早口で情報過多な会話は嫌いじゃないからいいけど、こういうのって苦手な人も多いよね。実際、ハルとかミトはそこまで興味なさそうだし、ちょっとだけ嫌そうな顔をしている気がしないでもない。イェルは……なんだろ。不機嫌そうと言えば不機嫌そうだけど、内容自体にイライラしてる感じはあんまりしない。なんでだろうね?

 

「この植物は素直に甘い匂いで虫を誘うんですね。魔力とかによく依存するのなら悪臭とかになったりもするんですか?」

「面白い着眼点だがこいつはそういう類の現象が起きた記録はないはずだ。正直言ってこいつは研究対象としてはすでに枯れているようなものだ。……甘味は人を惹きつけるからな」

 

 長身のエゼルが呆れたようにシャロンをちらりと見た。あぁ、研究ずきのシャロンでも甘いものは欲しくなるらしい。まぁ頭脳労働者って甘党のイメージがあるような気がしないでもない。ほら、脳みそ動かすのには糖分は必要なのだよ、みたいな軽薄な絵が浮かぶような感じ。多分あんまり正しい想像じゃないんだろうけど。

 

 甘ったるい匂いは強烈だけれど、見た目はそこまでへんな植物でもない。葉っぱがツヤツヤしてる低めの木で、ちょっと熱帯っぽい感じがする。ああいう、つるつるてかてかしてる固そうな葉っぱを持つ種類ってなんか名前付いてたよね。照葉樹とかだっけ? 忘れちゃったけど、葉っぱにニスを塗ったような、つやりとした照りが有る感じからすると正しそう。でも、そのくらいありふれた普通の植物に見えた。

 

 そんな考えを読み取ったのか、イェルが少しからかうようにして、


「……どうした、ロクシー。見た目に派手なものでなければつまらないか?」

「いや、そういうわけじゃないよ。でもまぁ植物としては結構スタンダードな感じはするね」

「あら、ロクシーはもっと派手なものが知りたいのかしら? たしかにサイザクはありふれていて特別な生態も持たない植物ですもの、少し地味ですわよね。———そうね、アレなら派手かしら?」

「あ、一応危なくはないのでお願いします」

「俺たちが面倒なだけだ、そんなものに近づけるわけないだろう? それにそこの二人は魔法使いなのだろう、どうとでもなる」

 

 いや、たしかにイェルはなんでもできそうなちゃんとした魔法使いだしその認識も間違ってはないのかもしれないけど、わたしは違う。正直言って変に信頼しないでほしい。ちょっと研究というか雑多な知識欲が強めの、少しだけ魔法が使える一般人なのだから。

 

 わたしの願いは彼らには届かず、……というかさっきからエゼルとシャロンは自分の研究について話すのが楽しくてしょうがないようで他のことに気を払ってない。そのままわたしたちを研究所の別の一角に案内した。

 

 外から見て、ビニール温室っぽい作りだが、ビニールではなく不透明な布で覆われた一角。地面に魔法陣が描かれてるのは温度調節用とかなのかな。

 

「中に入ってみろ。さっきのものよりは刺激が強いだろう」

 

 少しニヤリとしたエゼルが促してくる。視界の端で少しイェルが眉をひそめたような気もしたが、あまり気にせずに中へと入った。

 

「ぅげっ……」

 

 ギョロリ、と。

 

 無数の瞳と、目があった。

 

 ほっそい茎に不釣り合いなほど大きな葉っぱが自重せずに広がっている。ちょっとしたテレビ画面くらいの大きさのそれには、びっしりと黒と白のまだら模様がでこぼこに付いていた。その全てが大小様々、ぼつぼつ、つぶつぶとした眼球で、その全てと目があっている今、正直言ってすごい気持ち悪い。

 

 思わずじっくり観察してしまったけどすぐに目を離して、小さい温室から飛び出した。

 

「刺激は強かったけど、流石にちょっと気持ち悪すぎるかな」

「だがこのヨートカプの木は非常に興味深い植物なのだ。魔力の充溢した土地において巨大化するだけでなく、眼球が行う邪視の強度が若干上がっている。そもそもあいつは生育からして特徴的で、樹冠の切れ間に現れる日光を非常に選択的に好む。例えば落雷や魔物によって森の一部が破壊された時、場合によってはこいつが群生して森の隙間を埋め尽くすだろう。それだけではない。見ればわかるだろうがあの眼球は果実のようなものでもあり、邪視の呪いを振りまくとはいえよほどの特殊個体でもない限り大したことはない。……つまり破壊された森の一部分は一転して、鳥や虫たちの———」

「やめてちょっと流石にそれは想像したくない」

 

 と言いつつ、ちょっと止めるのが遅かった。ぎょろぎょろした目玉が果実のようなもの、のあたりで止めておくべきだった。大量の虫や鳥が目玉に集って啄むようすを想像してしまった。

 

 そんなことを後悔していると、イェルがするりと前に出て温室の入り口の布の扉を僅かにめくり、内部を見た。すぐにこちらにむきなおり、エゼルに向かってわずかに目を細めつつ、

 

「ふん、あれほど大きく多くの瞳を持つ木が出ているのだ。森が荒れた原因を知らぬとは、なかなか妙なことをいうものだな」

「知らんものは知らんとしか言えない。俺たちはこの森に魔力だまりができていることを知って、近くで見られる植生について研究しているだけだ。森が通常と違う原因に興味があるわけではないからな」

「なら、あの大樹を切り倒しても文句はないということか?」

「そんなわけないでしょう? あれほど魔力を貯めた大樹を無計画に切り倒せば、それこそ森にどのような影響が出るかわからなくてよ。それに、あなたも魔法使いならば魔力の源については知っているのでしょう? 源はしばしば自然に隠されるもの。あれは源の一つなのです」

「あ、わたしはそういう事ぜんぜん知らないから教えて欲しいな」

 

 ……イェルとかこの世界の人がノリノリで喋り出すとわたしはすぐ置いてけぼりになるから、その都度聞かないといけない。タイミングを見るのが難しすぎるけど。

 

 シャロンは、あら、知らないのかしら、と言いつつ丁寧に説明してくれた。とはいえ、簡潔に言ってしまえば言葉の通り魔力の湧き出すような場所のことで、まぁ、それは見ればわかる。淡く光ってるしね。少し面白かったのは、しばしば森や洞窟に隠されるものだというところかもしれない。シャロンとかエゼルは何か超自然的な意思のようなものの存在の可能性すらも示唆しているという……まぁ妖精とかが現実にいる世界だからそういう考えは自然だ。

 

 だけどなんとなく、単に運が良くそういう環境にあった魔力源が成長したとか、そういうことはないのかな? とか思わなくもない。ほら、そういう妖精のいたずらっていうのもありそうだけど、たまたま環境に適合したものがそういう風に成長していくっていうのはよくあることだと思う。あるいは、その複合とかかも。

 

 もう一つ面白かったのは、魔力源かどうかは規模まで含めて割と厳密に? わかるらしい。安定した魔力の湧き出し、魔物の増加や発光と発熱に加えて、特別な石が光るかなどでかなり精密に判定できるという。

 

「エイカーの三条件か。まぁ三条件と言いつつ最後の一つであるサロメアの石の発光があればいいようなものだが」

「前提条件を厳密にしておくことは重要ですわよ。……それに、わざわざ三つにしたのはどこの誰ともしれない魔法使いたちですもの」

「それは初耳だが、まぁいい。———それで、お前たちは結局、自分たちはただ研究をしているだけで森の異常とは無関係だと、そう主張するという事でいいのか?」

「ああ、そうだ。……だいたい、俺たちよりも原因っぽい奴はいるだろう?」

 

 イェルが強めの口調だからか、エゼルも少し不機嫌そうに言ってくる。でもなんだろう? あからさまに魔力を貯めてる木の近くで研究してる科学者? 魔学者? よりも怪しい存在なんて、そうそう考え付かない気がするけど。

 

 わたしがそうして少し不思議そうにしていると、イェルがあからさまなため息をついた上で沈黙を保つ。わかってるくせに教えてくれない気だ。仕方ないのでちらりとハルを見ると、ハルまで少し驚いたような顔をしてから口を開いてくれる。

 

「ロクシー、ほら、さっきみたじゃん」

「さっき見た? ……あぁ、あのドラゴンのこと?」

「そうだ。しかも見ればわかっただろうが、アレは群れからはぐれている上に呪いのようなものまで受けていた。どう見ても森の異常には関連しているだろうさ。俺たちもたまに侵入してくるドラゴンには研究の邪魔をされて腹がたっているところだ」

 

 ドラゴンが関係している、というのは確かにそうかもしれない。はぐれたってことは普段はいない生き物ってことだし、あれだけ大きな生き物で、イェルが身を隠せと言ってくる程度には危険な生き物なのだから環境に与える影響も強いだろう。伝説とかの連想からいうと、知能を持っていてもおかしくはない。その場合はさらに環境への影響が大きくなりうる。ほら、知的生命の環境負荷って基本的に大きくなりがちな気がするのだ。

 

 そう考えつつ、一方でロクシーはこの研究者コンビに対して少し違和感というか、不信感のようなものが浮かんでしまう。

 

 例によってちらりとイェルを見てみるが、流石にそれだけで気づいて助言をくれたりはしない。でもまぁ、今のところそれほど敵対的な会話にはなってないし多分大丈夫じゃないかな。大丈夫だといいな。

 

 わたしはすぐにそう判断して、二人に訊ねた。

 

「でも、魔力源を隠したのはお二人ですよね?」

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