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寂しがり屋と思考する転生聖女のお話。  作者: 池中 由紀
諦念する少年と森に住む者たち
27/56

◇ 27 森の研究者夫婦


「う、わぁ…………すごい」

 

 イェルに続いて結界? の内側に入ったわたしは、目の前の光景に思わず声が漏れる。

 日中にもかかわらず明らかにぼんやりと発光していることがわかるレベルに光を帯びている大木が、百メートルくらい先で堂々と根を張っている。周囲に他の植物はなく、この距離で首が割と斜めに向いてるってことは———すごいサイズだ。ファンタジックな物語によくある世界樹的な何かのようにすら見えて、ちょっとだけ神々しさすら感じる。

 

 ハルもミトも驚いているようで、わたしの横で立ち止まって釘付けになっている。少し先で立ち止まっていたイェルは大樹を見ていたが、わたしたちが入ってきたのに合わせてか緩やかに振り返る。表情は……よくわからない。ちょっと不機嫌? まぁわたしは自分の持ってる表情読解力が低いことはわかってるけど。

 

「森の木霊はこれに関して何か知っているのか?」

「い、いえっ! こんな現象が起きているなんて、その、誰もしりませんでしたっ!」

 

 イェルがほんの僅かに下げた声にもびくりと反応して、ミトが弁解する。……本当にイェルはどんな扱いなんだろう。ここまで怯えてるとちょっと気にならなくもない。

 ハルもそんな二人の様子に少し思うところがあったのか、わざとらしい軽い口調で、

 

「知ってたら僕らの目的地は最初からここだったはずだよ? 明らかにアレ、ヘンだし」

「…………。流石にここまで魔力が溜まっていれば森の異常に全くの無関係ということはないだろう。原因か結果かはわからないが……」

「ねね、イェル、じゃあやっぱり光ってるのが魔力ってこと? こういうことは珍しいの?」

「珍しいな。ただ、ありえないというほどでもない。ロクシー、お前が言っていたように森のバランスは複雑怪奇なもので、いつなにが起きてもそれほどおかしなことではないからな。だが———」

 

 イェルがわたしたちの後ろ側へと視線を飛ばす。軽く確認したが誰かがいるわけではない。

 

「———隠蔽されているというのは非常に面倒な感じではある。これだけの魔力を、これだけの範囲に及んで隠し通すというのはそれなりに高度な魔法使いだと言っていいだろう。中の雰囲気からしてそれほど攻撃的な人格ではなさそうではあるが……」

「たしかに、魔力が溜まっているところを隠して何かしてる、っていうとちょっと怪しい感じはするよね。それだけで怪しむのもどうかと思わなくもないけど。……ていうか、そもそもイェルでも気づかなかったの? 一応、同じ森に住んでたのに」

「……私は自分のテリトリーに侵入されない限り、森自体に干渉もしなかったからな。森の所有権を主張する気はない」

 

 ため息をつくようにイェルが口にすると、ミトはあからさまに安堵したように息を吐いた。一方でハルが少しわざとらしく驚いたようにして、

 

「ってことは、やっぱりイェルがあの有名な———」

「そうだ、遺跡に住まう魔法使いの一人だ。———だがハルよ、外出中の見慣れぬ魔法使いの出自を暴くのはやめておいた方がいいぞ?」


 ハルの発言を遮って答えたイェルは、軽薄な笑いでハルをたじろがせる。ついでにミトまで一瞥して怯えさせているし、あんまり触れられたくないことなのかもしれない。

 少し驚かし過ぎたと感じたのか、イェルが少し張っていた声を緩めて言う。


「魔法使いには秘密が多いものだ。生きている魔法使いは強大な力を持つものも多い上に、人格に問題があるものも多い……というのはお前もよく知っているだろうに」

 

 と、

 

「———ふん、俺たちは魔法使いだが人格に問題があるとは知らなかったな」

「要件は何かしら? 時間を無駄にしたくありませんので、手短にお願いするわ?」

 

 唐突にイェルの向こう側から二つの人影が近づいてくる。むすっとした成人男性と尖った印象を受ける華奢な女性が、その印象からは意外かもしれないほどに寄り添って近づいてくる。パートナーなんだろうか。

 と、いうか……すごい、耳が尖ってる。俗に言う妖精耳とかエルフ耳? とかいうやつだ。まぁ木霊なんていう半人半植物がいるくらいだから驚くべきじゃないのかもしれないけど、この人たちも人じゃないのかもしれない。

 

 皆の様子を伺ってみると、イェルは少し不機嫌そうに二人を見つめているだけで、ミトはかなり動転して対応できそうにない。ハルはハルで一歩引いて見てる気満々だ。まぁ、いろんなことを知ってるイェルが自分から話にいかないのには何か理由もあったりするだろうし、わたしが話しかければいいかな。

 

「ええと、まずこんにちは。わたしはロクシーです」

「自己紹介が要件を聞くのに必要あるのか? 俺がエゼルで、彼女がシャロンだ。さあ、要件はなんだ?」

 

 イェルなんか目じゃないくらいにつっけんどんだし不機嫌を隠そうともしてない。まぁ何か用事があったのかもしれないし、こちらもやるべきことは決まってるからさっさと訊いてしまおう。

 

「ではその、最近森が荒れてるんですけど、何か知ってませんか?」

「知りませんわ」

 

 ついっ、と吐き出された端的な音声のみで拒絶される。

 

「……えーっと、生き物とかが巨大化したり危険な生き物が普段いないところにいたりして、魔力が溜まってるここと何か関係がありそうなんですけど、知りませんか? 森で暮らす者たちが困ってるみたいなんです」

「そのようなことを言われても、知らないものは知らん。森が荒れているというが、この程度の変化はさほど珍しいことでもないだろうに」

 

 あれ、そうなの? さっきイェルは珍しいって……いや、その辺の感じ方は個人差があってもおかしくはないのかな? 1%に100回チャレンジして当たらない確率が高いと感じる人もいれば低いと感じる人もいるんだろうし。

 少しだけ驚いている間に、横からイェルが会話に加わる。

 

「ではお前たちはここで何をしている? ———ああ、余計なことは言わずに要件にだけ答えればいいぞ」

 

 ———ってめちゃくちゃ喧嘩腰! そりゃ相手もあんまり態度は良くなかったけど何もそんな風に言わなくても!

 

「何? いや、お前は…………」

 

 エゼルといった暫定エルフ? は一瞬怒りを混ぜた視線でイェルを見たが、次の瞬間には眉間に大量の皺を寄せて難しい顔になった。そうして、何かを諦めたようにわざとらしいため息をつく。

 

「だが、本当に俺たちは知らん。俺たちはただ、ここで研究してるだけだからな」

「———研究!?」

「なんだ、そっちの小さい、なんだったか、ロクシーか。お前は研究に興味があるのか?」

「あ、えっ、……と、まぁ……」

 

 思わず声を出してしまい少し恥ずかしいやら、そもそも魔法使いの研究に興味ありますって言っていいのかがよくわからないやらで言い淀む。ほら、魔法使いの研究とかって一子相伝で秘密主義、とかよくあるし、興味ありますって言わない方がいいかもとか思わなくもない。

 

 まぁでも正直にいえば興味はある。ほら、わたしは色んなことを考えるのが好きでいつも頭の中が煩い自覚はあるのだけど、本物ではないとも思っているのだ。一種のコンプレックスと言っていいかもしれない。わたしは自分でできる範囲で様々なことを深く考えることが好きで、それは研究っぽいものではあるのだけれど、本物ではないのだ。わたしのしていることは、本物の研究とは言えず、ただ素人が頑張ってちょっと考え事してるだけなのではないか……みたいな考えは常に浮かんでしまう。そういう意味で、本物の研究には興味があるのだ。

 

「幼いのに魔法の研究に興味があるだなんて。見所があるわね?」

「シャロン、お前は研究のことしか考えてないから他の見所など考えたこともないだろう?」

「まぁ、わたくしだってエレンのことくらいは考えていますよ。それで……ロクシーと言ったかしら。わたくしたちはあなたのお手伝いはできそうにありませんけど、研究に興味があるのなら見ていってもいいわよ? ついでに何か気になるのなら調べるといいわ。わたくし、ただ研究しているだけで人に疑われるのはあまり好きではありませんから」

 

 研究に少し興味を持っただけでものすごい手のひら返しだ。いや、でもなんだろう、科学者とかってこういうイメージがなくもない。研究以外のことには何にも興味がなくて、そのことに関してばかり喋っているような。

 ちょっと気になってイェルの方をちらりと見て確認するが、特に怒ったり困ったりしている様子はない。わたしがやりたいようにやれ、という感じで傍観しているだけだ。ということは、イェルがどうにか対処できるレベルの相手ということらしい。多分。

 

 だとしたら、わたしのいうことは決まっていた。

 

「ありがとうございます。では、お二人はなんの研究をしてるんですか?」

 

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