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寂しがり屋と思考する転生聖女のお話。  作者: 池中 由紀
諦念する少年と森に住む者たち
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◇ 26 巨大虫退治

 

「ねね、イェル、アレは何? わたし相手したくないなー」

「……狼よりは安全だぞ?」

「狼基準はやめよ?」

「飛びかかられるとやな感じだよね。ぼくには退治できないしロクシー頑張ってね」

「あの、その、あれは森をすごく荒らすので、倒してもらえると……」

 

 木陰から少し離れた位置をみんなで見ながら小声で会話する。視線の先には、大型犬程度の大きさの巨大な虫がいた。……正直言ってめちゃくちゃビジュアルが悪い。黒い体に白い点々が付いていて、頭の先には細長いツノのようなものが付いている。それだけならいいのに、身体中でパクパクと口? が付いてるのは、誰が見ても気持ち悪いと思うんじゃないだろうか。アレはなんなんだろう。呼吸穴とかなのかな。体が巨大化してるってことは必要とするエネルギーとかも増えてるだろうし……でもこの世界だと魔法とかあってどうとでもなりそうだけど。そんなこと言ったらイェルに笑われるかな。

 

「すっごく不本意だけど、イェル、生態は?」

「アレはアノプロフという、巨大化する虫の中では有名で危険性も低いやつだ。その割には森をひどく荒らす…………というのは木霊の方が知っているだろうな。いずれにせよ、素早く近づいてふつうに倒せばいいだろう」

「わ、わたしたちはカッテレトって呼んでます。森の土を掘り返したり、木々を倒したり、とにかく森を破壊するので、その、とても困る生き物です」

「あー、ってことはアレが巨大化した暴れツノ虫ってこと? へー、あんな風になるんだ、そりゃあの虫が大きくなったら厄介だよね」

 

 ……みんなおもいおもいの名前で呼ぶんだね。覚える気もないしもう全部忘れた。現実世界でも生き物には文化とかに依存して色んな名前が付いてたけど、この世界もそういうところは同じなんだね。自動翻訳機能とかがあるくせに、固有名詞はそのままの発音だったりもするあたりがすごく興味深いというか不思議なんだけど、だからこそこうやって色んな呼び方があるのかもしれない。

 

「確認だけど、イェル、剣で切ったら体液がぶしゃー、とかそういうことはないよね?」

「なっても綺麗にすれば———ないから安心しろ」

「ならいいけど。他に気をつけることは?」

「えと、その、カッテレトは基本的に群れを作りますし、巨大化すると群れごと巨大になることもあって、そういう意味で危ないんです。あの辺、見てもらうと、その、わかりますが、木がたくさん倒れているので……多分、群れが近くにいると、思います」

「ハルも魔法使えるんだから手伝ってよね? 狼を倒せるんだから虫だって倒せるでしょ?」

「えー……まぁいいけど、ぼくはあんまりたくさんは相手にできないからね」

 

 一通り確認して、わたしは細剣をにぎった手に力を込める。さっきよりもちょっと真面目に魔力を込めて、折れないようにしておいた方がいいかな。だって直接触って駆除するのは嫌だしね。イェルが素早く近づけって言ってたし、それなりに身体強化もかけて、わたしは一言かけて突っ込む。

 

「じゃ、強く当たってあとは流れでお願いします?」

 

 適当なことを言って踏み切ると、巨大虫アノプロフのすぐそばまでひとっ飛びできる。ガジガジと木の幹をかじっているようにも見える犬程度の大きさのそれは、やっぱり近くで見るとなおさら目を背けたくなる。どうしても身体中の穴がパカパカしてるのがダメだね。


 手に握った細剣で撫でるようにして、虫を切断する。特に抵抗なくするりと刃が入り、ぱっくりと体が上半身と下半身? で真っ二つになった。体液はほのかにピンクっぽい感じ。あんまりじっくり見るのも嫌だけど、なんだか虫の体の中ってスカスカなんだね。目に見えるつぶつぶの穴がたくさん、…………ちょっとダメだこれ気持ち悪い。

 

 じっくり見すぎて気持ち悪くなりそうだったのでわたしは目を背ける。そうすると、木々の間、遠くから黒い塊が近づいてくるのが視界に入った。うぇぇ、アレ、結構な数いるよね? というか捕捉されるの早すぎじゃない?

 

 わたしはその場をばっと飛びのいてイェルたちのいる木陰まで下がる。

 

「イェル、早速仲間が大挙して押し寄せてるっぽいんだけど!」

「だろうな、アレはそういう種だ」

「だろうなじゃないよあんなの一人で対処できないし手伝って!」

「魔法弾を使えばいいだろう? あとはハルと頑張れ」

「え…………魔法弾でいいなら最初からそう言ってよね!? 無駄に近づいてまじまじ見ちゃったでしょ!?」

 

 言っている間にもアノプロフの群れが近づいてきている。その数は十匹や二十匹では収まらず、数が多いからだろうか、ギッギッ、というような鳴き声? みたいなものまで聞こえる気がする。

 

 わたしは地面を蹴って地表から離れる。やっぱりちょっと高いところにいると安心感があるよね。狼の時はそれで危ない目にあったけど、物理的に離れているのはそれなりに安心できるものだと思う。樹冠よりも高く飛び上がると虫が見えづらいので、そこそこの高さで見下ろしつつ、散弾の魔法を意識する。そろそろ魔力が足りなくなる頃合いだなと思い、森の中だと割とどこでも取れるクパの実を飲み込みながら、虫の群れが近づいてくるのを待つ。一応、護身用? のために細剣は取っておくことにした。剣で切り倒せるのは確認したし、散弾で倒せなかったら近づいて倒せばいいだろう。

 

 大量の虫の群れを十分ひきつけたかな、と感じた瞬間に、わたしは散弾を群れに向かって思いっきり叩きつけた。

 

 結構派手な音と共に土煙みたいなのが上がって、視界が悪くなる。この魔法は土煙が必ず上がるようになってるのかな。まぁ今回は前回と違って物理的なダメージも多少はいるようにしてるからかもしれない。


 少し待つと視界が晴れてきて、虫の群れの様子が見えてくる。群れのサイズにできるだけ合わせて頑張って広範囲に叩きつけた甲斐があって、後ろの方の一団以外はほとんど全部バラバラに吹き飛んでいた。一匹だけ当たりどころが良かったのか、五体満足で歩行している個体がいたので、するりと近づいて剣で切る、

 

「ばかっ、下がれ!」

 

 と、すぱん、と虫を真っ二つにした直後にいつの間にか近づいてきていたイェルにお腹を抱えられて無理やり後ろに下げられた。一瞬みぞおちを殴られたかと勘違いしたくらいの勢いだった。

 

「ってことは、アレは危ないってこと?」

「ロクシー…………お前の魔法弾に耐えられた時点で警戒してもいいと思うぞ。見ていればわかるが、おそらくアレは———」

 

 促されて虫の方を見やると、ぶしゃあ、と真っピンクな体液が虫の体から吹き出てきた。どろどろとした粘性を持っている上に、明らかに他の個体の体液と違って量が多い。散弾でとり逃した虫の一団までその様子に怯えるようにして近づいてはきていなかった。

 

 どろどろで自然のものとは思えないほど目に痛いピンクの体液は、意志を持っているようにぐちょぐちょ動きながら自分が出てきた虫の体を取り込んで溶かしていく。

 

「なにあれ、アレってさっきちょっと言ってた寄生型のスライムとかそういう?」

「そうだな。そして、大抵寄生型は宿主が死んだ時に外に出てきて他の個体に乗り移る上、毒やら酸やらを使って皮膚を食い破るものも多い。まぁスライムのうち……人型のものに寄生するものは殆ど見かけることはないし、アレも虫に寄生するだけだが……酸は危険だろう」

「そだね。ありがと、イェル」

「ふむ。……お前が軽率な行動をするということが再確認できたな?」

「……散弾が外れたかと思ったんだよ」

「あれだけ派手にやれば直接当たらずとも爆風だけで吹き飛ぶだろうに」

「…………それで? アレはどうすればいいの?」

「アレも、スライムであることには変わりはない」

 

 なるほど、ってことはさっきみたいに細くて鋭い魔法弾だったらふつうに効くわけか。というか、そうか、だから虫が散弾に耐えられたってこと? いやそんなの咄嗟にわかるわけなくないかな? いやイェルにとっては常識的なことなのかもしれないことだけどさ。

 

 あまり弾け飛んで飛び散らないように、弾けさせるためにくっつける魔力は少なめにしておく。イェルは弾けさせる必要性はないみたいなこと言ってたけど、今回のは割と不定形っぽい感じだし、全体に攻撃? した方がいいような気がするのだ。

 

 適当に放った魔法弾は、抵抗なくスライムに突き刺さり貫通して、パチン、とちょっと情けない音を残して小さく破裂した。消化途中? の虫の体の周囲に飛び散ったスライムは、先ほどとは違ってそのまま微動だにしない。あっけないものだ。

 

「これで、あとは後ろの———あ、逃げ出してる」

 

 あとは最初にやり損ねた虫の一団だけだよね、と思って見た先では、仲間が一瞬でやられた様子になのか寄生スライムになのか、とにかくどこか怯えた様子? いやまぁ虫だから表情とか全くないしわからないけど、とにかく一団になって進行方向を反転させて逃げ出していた。

 

「ハル、一緒に追いかけて倒して!」

「……もう一回ロクシーがまとめて倒せばいいんじゃ?」

「アレは疲れるの!」

 

 結構な勢いで魔力を使うから連発するとすぐ吐血コースだ。クパの実で応急回復はできるけど、多分あんまり良くない。


 一応ハルは手伝ってくれるようで虫の一団を追いかけてくれている。イェルはただ傍観しているだけだけど、まぁミトの近くで守ってあげてると思うべきかもしれない。


 逃げる虫たちをハルが例の分裂する短剣で一匹づつ仕留める。……一匹づつ? とか一瞬疑問に思うけど、よく見ると分身する短剣の方だけを投擲して、手元にも短剣を残しているらしい。あーなるほど、複数の敵がいるから武器を手放したくないってことかな。

 私も魔力をなるべく抑えた光弾を使って虫を一匹づつ仕留めていく。特に反撃の心配がないのはありがたい。近づかなければただの虫だしね。

 しばらくそうして虫を追いかけまわしつつ一匹一匹丁寧に駆除を続けた。さあようやく一桁匹くらいになったかな、というところで、


「なっ! 消えた!?」


 短剣の飛距離がそれほど長くないために先行していたハルが立ち止まりながら叫ぶ。私の目にも忽然と虫たちが姿を消した様子は見えた。

 

 ……特に虫たちが何かした様子もなかったよね? って事は———

 

 わたしはそのまま空を軽く駆けて、

 

「———ぐぇっ」

「ロクシー、お前は何故そうも警戒心がない?」


 近づこうとしたところをイェルに抑えられる。首の後ろ側の服を掴むから喉がしまって変な声が出た。

 

「……こっちの常識はないから仕方ないでしょ」

「じゃあ早く覚えるんだな」

「覚えるから、今度は何?」


 わたしがイェルに訊ねると、イェルは少しからかうようにして言う。


「ふむ。……なんだと思う?」

「どこか遠くに瞬間移動か、まだそこにいるけど見えなくなったか、あとは一瞬で消しとばされたとか? でも最初のはあまりにもファンタジックだし、最後のは周りが荒れてないから違和感があるかな。って事で見えなくなっただけでまだなんらかの意味でそこにいるんじゃない?」

「……正解を与えるか迷う微妙な答えだな。だがまぁ、隠蔽されているというのは正しい」

「じゃあ保護色とかを魔法的に使って身を隠せる種類って事? それにしては奥の手を使うのが遅すぎるんじゃない?」

「そうではない。森に身を隠すのは何も虫だけではない」


 そりゃあ爬虫類とか動物とかいくらでもいるだろうけど……そういう意味じゃなさそうだ。だとしたら……ああ、魔法がちゃんと使えるって事は、


「じゃあ人間とか木霊とか、そういう知的生命の隠れ家とかそういう?」

「恐らくな。そして、それなりの術者のようだ。……面倒な」


 ぞくり、と底冷えするような声がイェルの口から漏れる。


「こ、怖い事はしないでよ? わたし、物騒なのは嫌だよ?」

「……そうか。だが、群れからはぐれた存在は、はぐれるだけの理由を持っているものだ。それがどのような理由であれ、面倒なことには変わりはない」

「…………」


 イェルもそうなの? と聞いてもいいのだろうか。


 イェルは視線を下げているだけで、わたしにはよく感情が読み取れない。呆れているようで、どこか憂鬱そうでもあり、多少苛立たしさを感じさせるような気もした。そんなことを考えていると、わたしが少し怯えや恐怖を含んだ視線をしていたのに気づいたのかもしれない。イェルは軽く、ふっ、と笑って、


「旅物語に血みどろの一節は不要だろう? 身に危険がない限りは怖い事はしない。安心するがいい」

「うん。……ありがと、イェル」


 わたしがそういうと、イェルは少しだけ恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 空中で話しているわたしたちの会話がひと段落するのを待っていたのか、地上からハルが、


「それで、ぼくらはどうすべきかな? 隠れてるような人の領域に侵入しても大丈夫だと思う?」

「……転移でなく、森の中であり続けるようなら私がどうにでもしてやろう。転移であった場合は危険だが、それは先に確認すればいいだろう」

「い、遺跡の主様に守っていただけるのなら、あの、その、とても安心です」

 

 ミトの声に、イェルは少し妙な視線を一瞬だけミトに刺した。ミトは気づいていない。敵意ではないけれど、なんだか妙な視線だった。

 

「とにかく、私が先に調べつつ中に入ることにする。勝手はするなよ」

 

 イェルはそういって地上に降りてから私たちを先導する。わたしには特になにも見えない部分で突然立ち止まり、手を伸ばし———あ、そういえば手のひらが隠れる袖じゃなくなってる。アレは遺跡の中だけで着るのかな? 動きづらそうだしそうかも? とか無駄なことをわたしが考えている間に何かを調べたのか、軽く息をついた。

 

「私が中に入った直後、三歩分待っても戻って来ないことを確認してから入ってくるようにしろ。———では、いくぞ」

 

 イェルがそういってするりと歩きだすと、一歩めが地面に着く前に消え去った。前もって知っててもかなり驚きのある光景だったけど、言われたことは守った方がいいだろう。

 

 視線をちらりと使ってハルとミトに確認しつつ、わたしたちはイェルに続くのだった。

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