◇ 25 スライム退治
「……で、危険な生き物の駆除ですか」
「なんか森が荒れた理由というより、森が荒れたからって感じがするけどねー、ぼくには」
森の中に少し不満げなハルの声が飛んでいく。
わたしたちはあれから木霊の集落で話を聞いた。半人半植物の生活環境なんて正直な話全然想像できてなかったけど、意外と普通な感じだった。むしろ木を含んだり寄り添うように木造の建築物があってちょっとだけ驚いた。ほら、半植物っていうくらいだから木製のものとか使わないかな? とか思ったりしたんだけど、そうでもないらしい。
普通の人間の住処とそれほど大きな違いがないためにあまり取り乱すことなく話は聞けた。木霊も、殆どが頭にちょっとした花を持っている程度の違いで、話を聞いている時にたまーに足が根っこみたいになっている木霊も視界に入ったくらいで、基本的には人間と見た目は大差ないらしい。
そんなわけで話自体はよく聞けたのだけど、特に役に立つ話は聞けなかった。というか、木霊も森が荒れている理由はよくわかってなくて、でも荒れてるのは困ってるから対症療法的に問題を解決しながら原因を探ってるところのようだった。
「す、すみません、えと、その、無理にとはいわないので……!」
「そうだね、嫌だったらハルは集落で待っててもいいんだよ?」
「……別に文句言ってるわけじゃないからいい」
ぷいっ、と少し恥ずかしげにハルが顔を背けるのを見ると、なんだか年相応の子供って感じがしてちょっと可愛い。
「一般的に言って魔力の溢れた森はそれなりに危険だが。話にあったようにドラゴンの目撃報告も多い。あまり気は抜くなよ」
「ドラゴンかぁ。わたしにとってはこう、お伽話でしか聞いたことのない存在だったよ」
「人に利用されてるあんまり賢くないドラゴンを除けば、割とお伽話の存在だよね。ぼくもさっきを除けば直接そういうドラゴンを見たことはないなー」
「でもドラゴンを倒す必要性はないんでしょ?」
「その、ドラゴンに手を出すとあとが怖い、ので……刺激しないようにして貰えると、その、えと、助かります」
「むしろ倒してはならないな。ドラゴンの種類によるが、あまり人間と関わり合いにならないことを望んでいることも多い。余計な手出しをすれば同種同族から報復を受ける危険性すらある。その割に気まぐれに生息域を変えるのは面倒だが……強大な種族にはありがちではある」
あー、まぁ住む場所って大体は食料とか天敵とかの問題が大きいもんね。強い生き物はそういう問題を自分で解決できちゃったり無視できるから、生息域に縛りがない、というのは理解できなくはない。人間はその筆頭じゃないだろうか。ほら、原人とかもアフリカから拡散して言ったのだ、とかいう話があるけど、どんな寒冷な土地でも温暖でも湿潤でも乾燥していたとしても、人間は割と住んでしまえるって感じはするよね。あんな感じでさ。
森の中を適当に歩きつつ、一応は奥の方へと足を進めながら目的を確認する。
「とにかく、ドラゴンじゃなくて普通の害獣とかを駆除すればいいんだよね? 魔物か害獣かとかその辺の違いはまだわかってないけど」
「ちゃんとした区別はないから、魔法をたくさん利用してるかどうかで適当にいえばいいよ」
「そうだな。魔物というのは体を維持するレベルや高度な魔法構造を持つものをさすことが多く、害獣は魔法と縁の薄い生き物のうちで人などの知的生命を害するものを意味することが多い。その意味ではドラゴンは魔物と呼ぶべきかもしれないし、巨大化した毒狼なんかも魔物と読んでも差し支えはないだろうな」
「へー、あの大きな狼、ぱっと見は普通の狼だったけど魔物なんだ?」
特に頭を働かせずに浮かんだ言葉をそのまま口にすると、イェルは呆れたようにして、
「ロクシー、お前は自分で言ってなかったか? 空中を蹴って接近してきて肝を冷やしたと」
「あー……、たしかに」
「そうでなくとも短期間に特異的に巨大化した個体は、魔物と呼ぶべきだろう。話にもあったが巨大化した虫なんかもすでに目撃されているようだから、今回はその辺りを駆除すればいいはずだ」
「うう、ちょっとそれは見たくないかも……」
集落でミトよりも落ち着いた木霊の女性が言うには、魔力が充溢した森には巨大化した虫が現れるらしく、すでにいくつかの種類で目撃されてるらしい。別にわたしは虫が特別苦手というわけじゃないけど、その、あんまり拡大してみたいとは思わない。てかてかしてたりふさふさしてたり、ズームで見るのは……ちょっとね。
基本的にはイェルが警戒とかはしてくれるらしいので、わたしは完全に気を抜いて、なんならピクニック気分で森を歩きながら談笑しているのだけど、こう、いきなり巨大虫とかに襲われたら取り乱す自信しかない。適当に周囲を見ながら奥へ進んでいるけれど、ちょっとずつ森が深くなっているような、じっとりと空気が重くなっているような感じはする。あと、日中だからあんまり目立たないけどうっすらと光る植物が増えてきている。光るのはやっぱり魔法なんだろうね。奥の方が魔力が多いという話だし。
しばらく適当に会話しつつ森を歩いていると、イェルが全員に素早く声をかけた。
「止まれ。……ロクシー、あそこに魔物がいるな。スライムのようだが、それなりに面倒な魔物だから気をつけた方がいいぞ」
「え、イェルがやってくれるんじゃないの?」
「お前はほかに人がいないと勝手に自分1人で突っ込んでくらしいからな。私がみていられる時に見てやっておいた方がいいだろう」
「…………信用ないなぁ。別にいいけど、じゃあちょっとした生態とか気をつけることとか教えてくれる?」
わたしがちょっと無茶っぽいことしたのって、狼の時だけだよね? それだけでここまで信用を失うのはちょっと不満かも。別にそんなに猪突猛進で突っ込むタイプじゃないのに。
不満が少し滲み出ていたのか、イェルは少しだけフォローするような感じで言う。
「安全なうちに経験を積んでおくこと自体はいいことだろう? ……スライムの注意点だが、これは基本的には知能もなく動きも鈍いことが多く危険も少ない。人の世では有用な種を養殖したりもすると聞いたことすらある。だが種類が豊富で中には有毒種や肉食の種、果ては寄生型や当然のように巨大種もいるため油断すべき生き物ではない。そもそも魔物だからな。魔物と呼ばれる種は基本的になんらかの意味で注意を払うべきだ」
「あ、スライムの核とかでしょ? ぼくが聞いたことあるのは、甘くて美味しかったり薬で使われてるってことくらいかな」
「へー……それでイェル、あれは普通に魔法弾で無力化できるの? 力加減は?」
視線の先で子犬程度の大きさのピンク色のジェル状の生き物がぷよぷよと跳ねているのは、正直言ってかなり違和感のある光景だけど、駆除するという点で重要なのは魔法弾が効くかどうかだけだ。だってわたしが使える魔法ってほぼそれだけだし。あとは身体強化とかできるけど……得体の知れない生き物とか触りたくないよね。しかも毒とかの危険性もあるなら触らないのが正解だと思う。
わたしが訊ねると、イェルは少しだけ挑戦的な笑みをにやりと浮かべた。あ、これはからかってきそうな予感。
「そのあたりも含めてやってみるといい。森を荒らす魔物を退治するために森を荒らすことにならないように気をつけてな」
「じゃあこれでいいかな?」
軽い牽制に近い、でも当たったらそれなりの威力になるように力加減して、人差し指でスライムを指差す。……ちらりとイェルを確認するものの、特に焦っている様子もからかう様子もない。ハルはわたしが何をするのか注目していて、ミトもおんなじようにしている。一応、何かいきなり危険なことにはならなそうだ。
そう思ったわたしはそのまま魔法弾をスライムに向かって放つと、大したタイムラグもなくスライムに直撃し、直後に目の前に魔法弾が———
「———ぅひゃっ! ……あ、あぶなぁ」
跳ね返ってきた魔法弾から身をよじって躱すと、後ろの方で木に当たったのだろう、パン、と弾けたような音が聞こえた。……イェルがにやにやしてるような気がする。あんまりわかりやすい表情を作るタイプじゃないけど、あれは絶対にやにやしてる顔だ。
「ねぇイェル、跳ね返ってきたんだけどどう言うことかな?」
「相手の構造を知らないとそういうことになる。一つ勉強になったな?」
「…………。ミトさん、あれはどうやって処理すればいいか知ってます?」
「え! あ、えと、あれはただのスライムのはずなので、その、適当に木の棒とかでつぶしちゃえばそれでいい、はずです……」
……つまり魔法に対する対抗ができるわりに物理防御みたいなのが疎かってことかな? 一つの能力が高いと別の能力が低いっていうのはありがちな感じだけど。
しょうがないのでその辺に落ちていた木の棒を手にとって、スライムに近づく。三十センチ程度の大きさのスライムは近づいてみると結構な威圧感? というか存在感? のようなものを感じなくもない。ぴょんぴょん跳ねてて飛びかかられたら嫌な感じだと思う。だから近づきたくなかったんだけど。
「イェル、一応確認するけど、危険はないんだよね?」
「少なくとも狼よりはな」
まぁそりゃそうだろうけどさ、と少し不満を漏らしつつ、わたしはびしばしスライムを叩く。ちょっと身体強化もかけていたからか、3回くらい叩いたところでスライムはばしゃりと音を立てて崩れ去った。すごく呆気ない。軽い牽制だったとはいえ魔法弾を跳ね返した生き物とは思えない呆気なさだ。
「あ、あそこにもいる。……イェル、駆除して方がいいよね?」
「それが目的なんだろう? スライムは割と群生しがちだからな。頑張れよ」
「……イェルもハルも手伝ってくれてもいいんだよ?」
黙って見てるだけの二人にそう提案してみるものの、全然手伝ってくれる気はないようで、頑張って、とかなんとかいうだけだ。横でミトが木の棒を探しているのとはすごい違いだ。
仕方がないのでそのまま黙々とスライムを叩いて駆除していく。危険がないというのは確かで、ぴょんぴょんと飛び回るわりにはこちらに攻撃してきたりはしない。そもそも敵という認識とかもないんじゃないだろうか。逃げてる様子もないしね。まぁその、パッと見でも知性を持つような脳みそとかのような構造が見えない時点で不思議はないのかも知れないけど。
3、4匹倒した頃には飽きてきて、一匹倒すのに3回くらい叩かなきゃいけないのが面倒くさくなってくる。……魔法剣とかダメかな? 魔法弾は跳ね返されるかも知れないけど、針みたいな鋭さだったら貫けたりしそうじゃない? 木の棒で潰してる時の感じだと内圧が高くて弾けたりはしなさそうだし、いい案だと思う。
そう思って、適当にレイピア型の魔法剣を作る。スライム相手なのであまり頑張って魔力を使わないで作ることで、吐血なしで細剣が右手に収まる。
「へー、ロクシーはすごいね、魔法剣なんて作れるんだ。ぼく、魔法剣なんて初めて見たよ。さすが聖女の遺跡に認められるだけはあるね」
「聖女の遺跡? あれってそんな大層なものなんだ?」
「え、知らなかったの? っていうかぼく言ったよね? 遺物を手にした存在はこの国では聖女だって。そういえば、それにしてはロクシーは……」
じぃっ、とハルがわたしのことを見つめてくる。なんだろう。聖女にしては知性が足りないとか幼すぎるとかいうつもりだろうか。まぁそりゃ外見は一桁年齢の外見だけどそんなまじまじと女性の顔をみるものじゃないですよハルさん。
しばらく言葉を待っていたが、ハルは特に何をいうこともなく視線を外して耳の後ろあたりをかいた。気まずそうな顔をしていたし失礼なことを考えていたに違いない。
「そういえば遺跡の話とかちゃんとしてないよね。……イェル、あとでちゃんと教えてくれる?」
「……後でな。今はほら、そこにいるスライムの群れをなんとかした方がいいだろう」
ちらりとイェルがミトとハルに視線を向けた感じからして、あんまりおおっぴらに話さない方がいいこともありそうだったので、わたしは素直にスライム駆除に戻る。
手元には適当に作ったレイピアのような魔法剣があるので、これでちくりとやればスライムが潰せるはずだ。……イェルもわたしが剣を作ったのを見て慌てた様子はないし、大丈夫だと思う。手近なところにいたスライムに細剣をえいっ、と突き刺すと、
———パンッ!
盛大に弾けた。
「…………。イェル?」
ふふっ、と軽やかに笑っているイェルをじっとりと見つめてやると、イェルは余計に楽しそうに笑う。絶対どうなるかわかってて黙ってたよねあれ。
弾けたスライムが身体中にかかって割と気色悪い。ピンク色だし。ゼリー状の感触って手のひら以外で感じたくない感覚だよね。まぁ毒とか酸とかはないからこそイェルは何も言わなかったんだろうけどさ……。
「ふふ、考えればわかりそうなものだがな? 魔法弾を跳ね返す割りに木の棒で潰せるのは、スライムという種が基本的に魔物であり、つまりは魔法構造への依存が大きい種だからだ。魔法的なものに対する反応の方が大きくなるに決まってるだろう? 魔力の塊の剣を突き刺すなんてことをすれば反応して弾けるのも不思議ではない。……また一つ勉強になったな?」
くすくすという音が聞こえそうな声色でイェルが煽ってくる。
「もう……うぅ、ベトベトして気持ち悪い…………」
「あ、ぼくに近づかないでね」
「ロクシー、対処法は教えたことがあるだろう?」
「えーと? …………ああ、体を綺麗にするあれ?」
血液とかが空気中に溶けるようにして消えるあの魔法なら、身体中の汚れを落とすのには便利かも知れない。
ぎゅっと目を閉じて、魔力で自分の皮膚を撫でるように意識する。そよ風を意識するような感じ。そうすると、するすると肌の表面を空気が流れていき、次の瞬間には不快感が流れ去っていく。それだけで、ベトベトした感覚はどこかへと消えてしまった。
「いいなぁ魔法使いは。そんな簡単に綺麗にできるなんて」
「……わたしが使える魔法ってあんまりないけど、確かにこれは便利だね」
あとはマッチの魔法と魔法弾と身体強化、空を走る魔法に魔法剣、障壁と自分の体を砲身にするアレ、くらいのものだ。まぁ魔法って適当に念じるとある程度使えたりするから、マッチ程度のレベルだったら想像するだけでできそうな感じはするけど。
「それよりイェル、……以上の研究からわたしは回答を得ました」
「……ふぅん? 私には魔法弾を跳ね返されて身を縮めたり魔法剣を刺してベタベタになっているようにしか見えなかったが、何がわかった?」
「表面部分で魔法弾を跳ね返したり内容物を留めてて、内容物は表面の強度を超えて魔法的なものと反応する……ってことは、こうして———」
わたしは少し離れたスライムへと人差し指を向ける。想像するのは、針のような弾頭とビー玉のような反応の種となるための魔力だ。
ひゅん、と飛んでいった魔法弾は、今度はスライムに跳ね返されることなく貫通し、魔力と内容物が反応する。パンッ、と小気味良い音とともにスライムが弾け飛んだ。
「おおー、すごいすごい。でも魔法が使える人限定の方法だよねそれ」
「…………まぁそうかな」
「で、でもすごく助かります。わたしがスライムを倒そうと思うと、その、結構叩かないといけないので……」
ミトのいうとおり、さっきから横で手伝ってくれているのだけど、身体強化を使ってズルしてるわたしとは違って結構な回数叩かないとスライムの表面を破ることはできないようだった。あ、だからハルは手伝ってくれないのかな。わたしの方が魔法ありですごく体を動かせるって知ってるもんね。空とか走ったしさ。
「まぁいいや、コツもわかったし疲れるほど魔力使わないし、あとは作業だね」
わたしはそれから周囲のスライムを片っ端から魔法弾で撃ち抜いて弾けさせた。途中でイェルがまだ多少楽しそうにしているのはなんだろうな、とか思いながらもスライムを潰し続けたのだけれど、理由は周囲にスライムが見当たらなくなった時点でイェルが教えてくれた。
「わかったことを全て組み合わせる必要性はなかったな、ロクシー。……別に弾けさせる必要性はなかっただろうに」
針型の弾で貫通さえすればよかったってことか。うう、確かにそうかも。わざわざ破裂させるのは無駄だよね……。
「いいよいいよ、いい勉強になったし。他にも魔物とかはいるんでしょ? 危ないのが出てきたらイェルが何とかしてよ?」
わたしがそういうと、イェルは軽くこくこくと頷きつつも、ロクシーになんとかできない相手なら逃げた方が楽だ、と言ってくる。まぁ正直言って、万が一の時の安心がもらえればそれでいい。イェルはわたしよりずっとすごい魔法が使えるということだけでも、随分と安心できるのだから。
一帯のスライムを駆除しきったことをミトはとても喜んでくれた。まぁ駆除の様子見てたら結構手間のかかる相手っぽいもんね。
そのままわたしたちは、ミトに先導され森の奥へと進んでいく。わたしは、あんまり危険じゃなくて、できれば今みたいに面倒くさい性質を持ってない魔物がいるといいな、なんてことを考えながら歩くのだった。




