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寂しがり屋と思考する転生聖女のお話。  作者: 池中 由紀
諦念する少年と森に住む者たち
22/56

◇ 22 森のお話


「森を題材にしろって言われても困るんだけど、でも森っていうのは結構面白い概念だと思うよ。文化的には昔から非日常の入口だったり外敵の生息地として身近なものだし、実務的には多くの動植物の住処であり複雑な生態系を育んでるわけだから」


 目的地不明のままに歩き出した直後、森について話せという無茶振りをイェルから賜ったために無理やりひねり出してそんなことを言う。


「ねぇロクシー、ぼくにはきみは全然困ってるようには見えないけど」

「そうかな? 困ってるとまとまりのないまま話しちゃうからやっぱり困ってるんじゃないかな?」

「どうでもいいから続きを話せ」


 ぴしゃりとしたイェルの言葉に促され、わたしは続きを考える。


 続き、続きねぇ……話題をどっちに膨らませるかで結構話す内容が変わるし困ったな。


「じゃあどっちがいい? 文化の話か実務、科学というか研究の話か」

「研究の方でいい」


 特に迷った様子もなくイェルが答える。うーん、モーターの話とかにも食いつきが良かったし、イェルは理系気質かもしれない。だとしたら中途半端な知識しかないわたしよりもまともな理系人間がこの世界に転生して来た方が、イェルにとっては幸運だったかもしれないね。そもそもわたし以外に転生してる人とかいるのかよくわかんないけど。


「どうした?」

「あ、ごめんごめん。……じゃあわたしが話す前に、普通、森の生物に関してどういう風に考えてる?」

「普通に弱肉強食で強い奴が弱い奴を食べてる、とかじゃダメ?」

「ふむ。……複雑という言葉を尊重するならば、死体を処理するような生物や、特殊な状況下で強弱関係の反転するような生物、さらには寄生生物などにも言及するべきか?」


 う、ハルはともかくイェルは結構詳しそう。わたしの付け焼き刃でしかない知識で満足させられるだろうか。

 

「ハルの考えは1番基礎的な理解として正解だと思う。イェルは詳しいね、わたしの戯言なんて聞かなくても……よくないですねはいすみません」


 じとーっとした視線をぶっすり刺されて言葉を翻す。


「そうだなぁ……イェルの言うように、森の中にしても環境は多様なんだよ。ここみたいな樹冠に覆われた森ですら、風雨なんかでの倒木一つで環境はガラリと変わって生息する生き物も変わってくる。先駆的にニッチを埋める動植物に溢れ、その後それらの死後に成長する種とかにバトンタッチするとかさ。ちょっと洞窟があったり川があったりするだけでも変化するし、一方でそれら全てを内包するのが森なんだよね。大雑把には弱肉強食で的を得てはいるんだけど、季節や環境一つで強弱は反転したりする。そもそも被食者は必ずしも弱者であると考える必要もないしね」


「どういうことだ?」

「生き物ってなんで生きてるんだと思う? ……あ、宗教的な理由があったらわたしにはわかんないからごめん」

「家族とかが繁栄して欲しいから? 後はやっぱり死ぬよりは生きていたいし」


「まぁそうかな。えと、ちょっと変なこと言うけど、生き物の目的は同じ種類の子孫を残して繁栄することだって考えることもできるんだよ。どの生物も基本的に自分と同じ種類の生き物を増やす方法を持ってるでしょ? 子供を産むとか、種子をまくとか。そうしないと生き物は絶滅しちゃうから、残ってる生き物がそういう機能を持ってるのはある意味で当たり前なんだけど。だから例えば、そうやって子孫繁栄させることが生き物の目的だとするでしょ? そうすると、いろんな戦略があるんだよね。その一つには、捕食者ではなく被食者に甘んじる、という選択肢もあるんだよ」


 言葉を区切ると、イェルは歩きながらも早く次を話せと言わんばかりに視線を刺してくる。わたしは別に専門家じゃないんだからそんなにスラスラ考えをまとめられない。ちょっとくらい待って欲しい。


「捕食者……鷹とかでいいかな、兎だけを捕まえて食べる鷹がいたとして、鷹は兎を捕まえるために鋭い鉤爪を持ち、大空を自由に飛べるだけの軽さや複雑な構造を持ち、体力を持ち、鋭い目を持ち、大きな身体を持ってるでしょ? 兎だってそれなりの機動力とか、周囲との保護色とか鋭敏な耳とかを持ってるかもしれないけど、鷹ほどじゃないよね。そして、そういう構造を構築するためには時間的にも栄養的にも強度的にも、コストが必ずかかってくる。時間的コストは強者が弱者になりうる妊娠中や幼少期の増加を招くし、栄養的には例え多少摂食が難しくなったとしても栄養価が高い食料、……例えばすばしっこい小動物なんかを食べなきゃいけなくなるし、強度的には複雑で繊細だから不意の怪我や天災、環境変化なんかに脆弱になる。捕食者は食事するときには被食者を獲物として捉えてるから強者のように見えるけど、実際のところ非常に危うい橋を渡っていて、なんなら被食者に生かされているようなものだったりするんだよ」


「ああ、なるほどな。その考えは中央に反発する奴らが現体制を批判するときに使ったりするものにも近いな。王や貴族は地方を治める役割を持ち権限を持ってはいるものの、実際のところ一般市民、農民が存在しなければ生きてはいけないのだという発想だ。まぁこの場合は鷹と兎ほどのバランスはないようにも見えるが……」


 へー、貴族とかあるんだね。ってことは専制君主的な制度なんだろうか。民主主義とかより人がどうやって動くかわかりやすいような気もするし、異世界人のわたしにとっては良いことなのかな? まぁあんまり関係ないかな。

 

 そんな風に別のことを考えると、イェルが再びぶっすりと視線を刺してくる。うぅ、これはもっと知ってることがあるだろう話せ、という感じの視線だ。まぁ確かに、わたしの話したことはイェルにとってそこまで目新しいものではなかったっぽいし、不満なのはわかるけど。わかるけど! わたしにちょっと期待しすぎじゃないですか。ただの一般人なんだからご自慢の魔法でもっと他の研究者様とか捕まえてきてください!


 言葉を飲み込みながら、わたしは必死に言葉を操る。


「……イェルが不満みたいだからもっと変なこと話すけど、生き物には設計図があります」

「……神さまの?」

「…………」


 ハルが無造作に小石を放り投げるように純粋な疑問をぶつけてくる一方で、イェルは獲物を吟味するように目を細める。琴線に触れたようで何より……いや折角だからもうちょっと優しい視線の方が良かったな……。

 

「神様のものかはわかんないしここでも正しいかはわかんないけど、卵とか種とかがものすごく小さいのにそこから成長して赤ちゃんとかができるのは、そういう設計図があるからなんだよね。で、設計図は自分と同じ設計図を持つ入れ物として、生物というものを作り出すんだよ。ほら、親と子供とかって顔が似てたりするでしょ? あれは人間の中でも似ている設計図を持ってるからなんだけど、そうやって設計図は自分をコピーして……自己複製していく。設計図を主体として考えると、生き物自体は入れ物にすぎなくて、ただただ自分と同じものを増やしていくことが目的になるんだよね」


「…………。種を存続させる機構がない限り絶滅するという理由に根拠を示そうとしているのか……一応、筋は通っているが……」

「あ、でも本当は設計図を主体として考えるのはあんまり良くないんだけどね。あくまで、森とかの自然環境の中で存続するのが今の設計図なだけで、設計図自体に意思とかがあるわけじゃないと思うから」

「でもまって、ロクシーの言った通り親と子供は似てるけど、おんなじじゃない。同じ設計図を増やしたいんだったら同じ顔になるべきなんじゃ?」


「そうそう、そういう誤解を生みがちだから設計図に意思があるわけじゃなくて、環境に選別されているだけだっていうのは念押ししておいた方がいいんだよね。あくまで自己複製するような設計図が環境によって選別されているだけであって、設計図自体が自分のコピーを増やそうとしているわけじゃないんだよ」


 必死になって説明していると、イェルがいたずらっぽい笑みを浮かべてわたしに言う。


「つまり、完全に同じコピーを産むよりも、すごく似てるだけの子供を産んだ方が環境によく選別される理由があるということか。それは……———文脈的に、森の複雑さに起因すると考えれば……複雑で変化していく環境に適応できるだけの備えとしての多様性、のようなものがあった方が有利になると言うことか?」


「うぐっ……まさにその通りなんだけど……やっぱりイェルの方が詳しいんじゃ……」

「私のはお前の話しから推測しただけだ。それに今回の話は魔法にも似たような概念があるからな」

「魔法に?」

「妖精との契約などでそういう多様性を利用した方法がある。基本的に力を借りるだけであるとき、相手とうまく対話できない場合などは躱せない雨のように契約を準備しておく、という方法がな。あまり被らないように多様性をあげると成功率は上がるが、それと似たようなものだろう?」


 あー確かに多様性が役立つ場面自体は結構ありふれてる気もする。下手な鉄砲数打ちゃ当たるじゃないけれど。そう思えば別にそこまで突飛な考えでもないか。


 ちょっと感心しながらイェルを見れば、さぁもっと私の度肝を抜けと言わんばかりに爛々と目を輝かせている。うぅ、そういう勝負じゃないでしょこれ! ちょっと思い直してよね! とか思いつつ、わたしはさらに話題を捻り出す。


「そうだなぁ、さらにいうとそういう変化の蓄積として種族、種が分化していく、っていうのは流石に初耳だったりしない?」

「…………。……どういうことだ?」


 一瞬じっとりと粘性の高い視線がありもしない中空に飛んだ気もしたが、イェルは素直な疑問をわたしに示す。

 

「まぁその、宗教観と衝突したりした場合は戯言だと流して欲しいんだけど、例えば暑いところの動物は放熱器官として大きな耳を持ってたり、寒い地方では深い毛皮を持っていたりするでしょ? 必ずしも特質が似ているからといって近いわけでもなかったりするけど、そういうのは実は遠い昔は同じ種類だったりするんだよね。それが、生活する環境に選別されて違った特質を持つようになるんだよ。おんなじ鳥でも違った特質を持つのも、環境によって選択された戦略が違ってるだけで、元々はおんなじ種類だったりする。それどころか、水中に住む魚と陸上に住む人間とかの動物だって、ずっとずっと昔はおんなじ種類だったりもするんだよ。ここでも正しいかは知らないけど……」


 ロクシーのいた世界ではかなりの確度を持って信じられる説なのが進化論だ。まぁその、畜生どもと人類が同根であるなんて考え方は価値観によっては受け入れられないものだとは思うけれど。

 

「暑い地方と寒い地方との違いという部分は理解しやすいが……人間と魚が同種だっただと? 体の作りから何から何まで違うが、それすらもその設計図の変化の蓄積によるものだと、そう言いたいのか?」


 イェルの発言は驚きに満ちている……ように見えて妙な確信に近い感情を持っているように見える。なんでだろう? 驚かれるのは予想してたけど、また何か魔法に対応する概念でもあるのかな?

 

 わたしの戸惑いを目ざとく見抜いたのか、イェルは軽く笑いながらいう。

 

「お前の常識ではどうなのか知らんが、見かけの構造だとか性質など魔法でどうにでもなるからな。生物も少なからず魔法を利用しているし、長い年月をかけて変化するのに違和感はない。そもそも半魚人だとか木霊だとかいう種族の間のような特性を持つ存在もいるくらいだ、驚きはするが信じられないというほどでもない。ただそうだな……」


 半魚人!? そんな存在が生きてるの? というわたしの混乱をよそに、イェルが言葉を切ってチラリとハルを視線で示す。わたしにはその意味するところがわかったが、ハルは誤解したようで、

 

「きみたち2人はすごい魔法使いっぽいから常識がないのかもしれないけど、身体を変化させるとかそんな魔法は普通使えないからね?」

「でもまぁとにかく、必ずしも魔法に頼らなくても長い年月と偶然と必然が重なって行けば、いろんなことが起きて多様な生命を育んだりするんだよ。そしてその多様性は、こういう森にも深く影響を受けてるから。ーーーほら、ちょっと森を見る目が変わってこない? 広大で複雑な森の中という縮尺や、小指の先ほどの空間にすら、微生物による選択と選別、太古の昔から連綿と続く物語チックな何かは簡単に妄想できる。……なんてね?」


 電気とかの時もそうだったけど、イェルは魔法なしで凄いことが起きる、ということに驚きを示しがちだ。それを予測しながら返した答えはイェルを満足させるに足るものだったようで、今度こそ驚いたような感心したような表情を見せた。……やったね、これは勝ったと言っていいよね?

 

 何と戦っているのかよくわからないけどちょっとした達成感を感じつつ、ふふん、と笑いがもれる。なぜ得意げなんだとかイェルが言ってる気がするけど気にしない。

 

 と、唐突にイェルがわたしの手を取り、


「隠れるぞ。ドラゴンだ」

「え!?」

「静かにして動くな。静かにできるなら上を見てみるがいい」


 言われた通りに体を止めて、ゆっくりと上を見てみる。


 たしかにそこにはドラゴンと呼べるものがいた。樹冠の向こう側、木の枝の間、青空を背景に淀んだ緑っぽいドラゴンがふらふらと飛んでいる。巨体を支えるのには明らかに小さすぎる羽と悠然とした動きを見るに魔法的な何かで飛んでいるんだろうなぁとか思いつつ、ドラゴンを見上げる。


 淀んだ黒っぽい空気がドラゴンにまとわりついているような感じもして嫌な感じだ。この世界には呪いとかそういうのもあったりするんだろうか。あったとしたら嫌だなぁ。


 幸いなことに、ドラゴンはそれからわたしたちに気づくこともなくふらふらと飛び去っていた。というかあのドラゴン、正直言って地上を気にした様子が特にない感じがする。それからわたしがドラゴンに関してより詳しく聞こうとしたところで、


「見ろ。目的地への案内人がそこにいるな」


 ついっ、とイェルが指をさして木々の間を示す。

 目を凝らすとかなり遠くに少女のような人影があるように見えた。

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