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寂しがり屋と思考する転生聖女のお話。  作者: 池中 由紀
諦念する少年と森に住む者たち
20/56

◇ 20 遺跡と遺物


「ほら、あそこ」


 途中からちょっと間違えたかな、とか思い始めていたんだけど、遺跡を見た瞬間にその疑念は確信に変わった。


 だいたい、よく考えるまでもなくイェルのところに遺物なんてなかったよね。たぶん。

 だとしたらハルの知ってる遺跡はそれとは別物で、イェルは何の関係もないということになる。


 ただ少し良かったこともあって、この森に入った瞬間からイェルとの魔力共有が感じられるようになった。理屈は分からないけど、少なくともイェルはこの森にいるらしい。

 ハルによって指さされた遺跡は、遺跡というより、ただの石段がむき出しになっているだけのようなものだった。武骨な石の床があって、ちょっと高くなった床がその上にのっかっている感じ。


「目的の遺跡とは違ったみたい。……でもちょっとおもしろそうだし見てみようか」

「あの何にもない遺跡を面白そうで見に行く人は初めて……いやそうでもないか」

「そうでもないんだ」

「まあたまに聞くような気がするかな。もっと必死でこんな何もないところにたどり着くもんだから死ぬほどがっかりするよ」


 そりゃあそうだろうなぁ。遺物とか何とか言う単語が飛び交う場所なのに、ぱっと見ただの石段があるだけなのだから。 

 わたしの納得を同意だととらえたのか、ハルが訊いてくる。


「きみもがっかりした? 目的はよくわかんないけど、遺跡はあれだけだよ」

「別にがっかりはしないけど……一応、近づいてみていい?」


 地表に降りて、遺跡を眺める。上空から見たものと特に大差はない。多少気になるのは、野ざらしになっている石床が雨や土による風化を受けていないように見えることくらいかな。でもここ、魔法のある世界だしそういうのくらいどうとでもなるような気がする。

 わたしはなんとなく舞台の中央へ向かう。


 こういうところで魔法とかを使った儀式をしていたんだろうか。遺跡ってことはたぶん、古いということだろうし、この世界の文化が気になるところではある。森の中にあるのだから自然信仰なんかの儀式のための場所なんだろうか。それともここはずっと昔は栄えていた場所だったりするんだろうか。

 わたしは少しだけ感傷的になって、石舞台の中央で思考する。


 変化は突然だった。


 がこんっ、と石床が数センチ下がって、一瞬、光る。


「えっ?」

「ロクシー!?」


 つまらなそうに、少し遠巻きに待っていたハルが叫ぶ。

 床が発した光で視界を白に染められたわたしは、そのまま視覚が回復するのを待つ。


 数秒後。

 回復したわたしの視界に入ってきたのは、どことも知れない遺跡の中だった。


 周囲を見ると、ちょうどイェルと一緒に魔法を使った広い空間に近い。天井は高く、石造りの体育館みたいなあの場所だ。地面は固く、石づくりではあるんだろう。というかよく見てみたら、さっきの石の床そのままだ。6メートル四方くらい? の床の周りは壁とかと同じグレーっぽい色だった。……これってあれかな、転移魔法とかそういう?


 でも物理法則的には転移とかは意味不明だからこの世界にはないのかなとかちょっと思ってたりもしたんだけど……。


 あたりには特に何もない。


 少し嫌な感じがするのは、入り口とか出口がパッと見た感じでは見当たらないからだろう。イェルのいたところですら隅っこの方には出入り口があったりしたのに。体育館みたいに窓がたくさんついてるわけじゃないから、ちょっと閉塞感がある。明かりは天井に壁、床に埋め込まれている光る石のおかげで不足はないのが救いかもしれない。


「…………本当に体育館みたい」


 わたしは周囲を見た結果、見つけたものを見てそう思った。

 前方に舞台のような空間があったのだ。


 体育館って一番前に校長が離したり、文化祭とか集会で使うためのちょっと高くなった空間があるよね? あんな感じだ。ただ、すべてが薄暗い石作りで、落ちる明かりもぼんやりと頼りないせいか神秘的にも思える。構造はものすごく似てるんだけど。


 とりあえずそちらに近づいてみる。ぱっと見では階段のない構造だったので魔法で飛び乗ると、横から階段がつながっているのが見えた。そんなとこまで体育館の構造と同じなんだね。

 舞台の上は奥行きがなく、特にものもない。


 唯一目を引くのは、円形の枠組みに縁どられた模様。……イェルが使ってたのに似てるから魔法陣かな。

 近づいてみるとやっぱり魔法陣に見える。わけのわからない文字が書いてあって、いかにもって感じ。

 舞台の上を含めて出入り口があるようには見えなかったし、これでまた瞬間移動のような移動をするためだったりするんだろうか。

 一応、もう一度この空間からの出入り口がないかを探してみたけれどなかったので、意を決して魔法陣に乗ってみる。……これで反応が無かったりするとここで餓死、みたいな未来が首をもたげてくるのでせめて反応してほしい。


 なんてことを考えていたら、突然、床が消えた。


「っ! ―――え?」


 始まる落下、足下には先の見えない奈落。

 思わず空中に床を作って立とうとした私は絶句する。


 魔法が使えない。


「ひぃゃああああぁぁぁぁ!?」


 悲鳴が無駄に響く。穴の直径は数メートルあり、わたしの手足は壁には届かない。

 トラップだったとしたら、これでわたしは死ぬのかな、なんて思いつつ落下する。

 必死で抵抗するが何の効果もなく落下していく。


「―――うひゃっ!?」


 とぷん、と水に落ちたような感覚。

 でも思わず漏れた声は響いているような気もするけど普通に聞こえる。眼も開けていられるうえに、呼吸もできた。

 それでもなぜか、空気が重く感じる。水ほどではないけど流れのようなものすらあって…………熱かった。


 熱のようなものを認識した直後に視界がぶれた。


 いつの間にか周囲は暗く、頭上遠くにわずかな穴が開いているだけだったが、その穴がずるりとぶれた。

 相変わらず魔法は使えない。それでも意識だけは手放さないように必死で我慢する。

 魔力を吸収したときと同じような感じかもしれない、と思う。

 視界がぶれる感じとか、熱感とか。

 それが正しかったとして、魔法を使って発散ができないので意味はないけど。


 いや、魔力が原因なら……と、わたしは手足に魔力を集めてみた。

 魔法こそ発動はしないけど、体の中の魔力を集めることはできる。

 魔力の過剰摂取が身体に悪いと仮定したとして、脳とか内臓系をやられなければ一応生きていられるような気がしたからだ。……また植物状態になるのも、身体が動かなくなるのもわたしには耐えられないだろうけど、それは耐えてから考えればいいと無理やり納得させる。


 すぐに四肢が痛くなる。体の内側からぎゅっと指先つま先に血液とか骨とかを無理やり押し付けるような感覚。必要以上の魔力が神経をゴリゴリ削るような、そんな痛みだった。


「あ、ぐ……」


 歯を食いしばって耐える。何度も怪我して回復して分かったことだけど、手がかみちぎられたりするよりも、こういうじわじわした怪我のほうが痛い。つらい。持続するし、神経が健康だとより鋭敏な痛みが伝わってくる気がする。


 予想は正しかったのか、外から魔力が身体に侵入してくる感覚があった。

 特に顔周りから入ってくる。その理由は侵入経路から明らかで、目口鼻、そして耳の穴から侵入してくるらしい。呼吸にも紛れ込んでいる。

 そのまま放置しておくと脳が茹るような熱感があるので、わたしは最優先で頭の魔力を移動、四肢に押し付ける。


 手足が悲鳴を上げるけど、気にしない。

 もう落下に気を回す余裕もないまま、ひたすらに侵入してくる魔力を体の先に送り続けた。


 そのうち、両手両足が魔力でいっぱいにされて、痛みすら感じられなくなって動かなくなる。神経が焼き切れたように言うことを聞かず、それ以上の魔力を受け付けてすらもらえなくなる。というか、胴体のほうに流れ込んでこないようにするので精いっぱいだ。


 ―――人体で重要じゃない場所ってどこ?


 わたしは魔力を取り除いているとはいえ熱で浮いている脳みそを必死に回して考える。

 ……意外とそれは明らかで。

 というか、植物状態の時を思い出せば簡単だ。

 消化器が壊れても点滴でどうにでもなる。即死はしない。触覚がなくなっても、怪我が怖いだけで生きてはいける。

 わたしはおなか周りにまずは魔力を集めだし、


「うぇ……」


 ……ちょっと吐き気を催したが我慢する。


 腸とかそういうのは気にしない。

 ……というかはっきり言うと、こっちに来てから排泄してないんだよね。たぶんいらないんじゃないかな、この体には。

 でも食事をして吸収してるってことは必要なのかな。

 まぁいいや、脳が焼けて死ぬよりはましのはず。


 何度も吐き気がして胃液がのどまでせりあがってくるけど、無理やり押し込んで、魔力を頭から逃がしていく。

 一応、大きな血管は守った方がいいのかなとか思いつつ、足の動脈とか背骨あたりとか腰の後ろあたりは守ったりはしていたけど、それも徐々につらくなってきた。


「っげほ、ごほごほ」


 行き場をなくしつつある魔力が肺にたまりだして、息が苦しい。

 吸っても吸っても呼吸ができないような苦しさ。

 ひゅうひゅうと苦し気な呼吸が耳障りだ。


 心臓とか肺とか、そういう重要な体の器官を守りつつ魔力を押し込む。押し込まれた場所は膨大な魔力にすりつぶされるように悲鳴を上げるが、我慢するしかない。そのたびに視界がぶれた。

 やがて首当たりまで魔力に満たされたころ、つぷっ、という音とともに魔力の侵入が途絶える。


「―――っ!!」


 直後に視界に石床が。


 わたしは床を作ろうとして……手足が動かない。そうだった。

 でもちょっと魔法は発動したような気がする。

 距離からしてもう十秒はない。


 うまく着陸する方法……じゃあパラシュートを想像―――うまくいかない、えっと、じゃあ、……ダメ! 間に合わない!


 わたしは咄嗟に魔力に祈る。

 強いイメージや望みは、ある程度は魔法になるはずだから。


 ―――わたしを守って!


 返答は光の大爆発になって返ってきた。

 光が視界を埋め尽くすと当時に、浮遊感を感じる。爆発音はなく、キィン、と高い音だけが耳についた。


「―――うぐっ」


 わたしは地面に墜落する。だいぶん勢いが殺されていたのだろう、そこまでの衝撃はなかった。……まぁ手足や体の感覚がだいぶんあいまいなので痛みとかがないだけかもしれない。

 やがて周囲に拡散し続けていた、わたしを爆心とした光の奔流も収まっていく。


 あおむけの状態から周囲を見渡そうとして……ダメだ。首が動かない。

 手足の感覚もないし、あぁまた植物状態かな……という想像をすると背筋が凍る。


 わたしは二度と植物状態にはなりたくない。

 それだったら死んだほうがましだ。

 身体感覚を、身体を失うくらいだったら死んでやる。


 でもまだ自暴自棄になるのは早い。この体はトンデモだから、治るかもしれないし、たぶん治ると思う。

 それでも実際に今現在は身体が動かないわけで、わたしの心がかき氷のように摩耗していくのを感じた。


 いや、まって、ここはファンタジックな魔法世界なのだ。


 魔法で無理やり身体を動かしたりできないだろうか? たぶんできそうじゃない? というかできると信じればできるんじゃない?


 わたしはその妄想を強く信じる。実際、生体が肉体を動かすのも、すべて、血液とか、エネルギーとか、筋肉を使った、物理的なものだ。精神力とかそんなふわふわしたものなんかじゃない。

 だとしたらそれを魔法で模倣することくらい、できて当然だよね?

 大体、身体強化はそれに近いことをやってるんだろう。


 わたしは動かない全身に魔力をいきわたらせる。

 さっきまで身体を満たしていた外からの魔力は、爆発で空っぽになっていた。

 それでも手足は動かないままで、身体感覚すらない。

 そんな手足に身体強化の時の感覚を無理やり感じ、そこからさらに魔力を芯に通した骨格をイメージする。

 筋肉みたいな収縮とかの組み合わせで身体を動かすのは複雑で脳みそがパンクしそうなので、身体全体に神経と同時に筋肉をいきわたらせる感じ。

 じりじりと魔法が身体を侵食していく感覚がある。神経が生きてなくてよかったかも。これ、多分、絶対痛いよね。

 全身に自分の魔力がいきわたったあたりで、身体をその骨格を動かすことで動かしてみる。


 右手が動いた。


 脳みその命令で直接魔力の骨格を動かすと、それに肉体がついてくるような感じだ。あんまり好きな感覚じゃないかも。肉体感覚がなくってさ。

 それでもわたしはあおむけの状態から立ち上がるために魔力の骨格を動かした。操り人形みたい。

 立ち上がって周囲を見渡すと、ちょっとした空間になっていて……奥には祭壇のような空間がある。

 そこには、わたしの身体が、


「うひ…………」


 またわたしは裸だった。服がきれいさっぱり消し飛んでいる。


 ……この世界は服にうらみでもあるの? 転生直後も裸だったし……。


 恨み言をつぶやきながら、見ると、やはり小さな丸の中にわたしの身体が映っている。

 つまり鏡が収められていた。


 ……あれが例の遺物、とかいうやつなんだろうか。


 遺跡から飛ばされたってことはその可能性は高いようにも思う。

 それにしては上の模様に乗ったら死にそうになったり、物騒な遺跡だけど……いや、むしろ遺物を守るためなら自然なのかもしれない。


 わたしは近づいて、鏡を手に取った。

 手に取った感覚は特に変わったところのない普通の鏡だ。

 鏡って結構魔術とか宗教とはかかわりは深いよね。時間とか、異世界とか、そういう象徴でもあるから。民間伝承でも神話でも、鏡は特別な意味を持つものだ。それは別に日本に限らず、世界中の物語で。

 のぞき込むと、鏡面にはわたしの顔がくっきりと映っていた。


 こちらの世界に来て初めて明確に自分の顔を見たかもしれない。日本にいたときと似ているけど細部が違う。正直こっちの容姿のほうがずっときれいだと思う。まぁいまのロクシーは幼女だし、大人の意識から見た子供はかわいく見えるだけかもしれない。

 なんとなく鏡面を手で触ろうとすると、波打った鏡面が抵抗なく指を飲み込んだ。


「!」


 慌てて手をひっこめる。手には特に変化もなく、鏡面も元通りだ。


 ……これ、本当にどこかとつながってる?


 そんなことを思いついた瞬間に、変化が起きた。

 ばちっ、という静電気のような音と一瞬の閃光とともに、鏡が消える。

 とたんに、この鏡は九重鏡(ここのえのかがみ)という鏡で、物質を異空間に保管できる道具だということが理解できた。理解できたというよりは、直接脳に入り込んできたような感覚に近い。


 正直ものすごい気持ち悪い。

 だって自分が理解しているものじゃないのに勝手に理解できるんだよ? わたしが身体に縛られていることを否応なしに感じさせられる。肉体に依存してしまう精神。肉体は呪いなのだと。

 でもそれ以上の不快感はなく、ただ鏡のことについてだけがわかった。ひとまずは安心する。


 なんだかゲームみたいな話だ。ファンタジックな異世界というよりも、こういうのってゲームっぽい。なぜか理解できてしまう遺物とか、まさにそんな感じじゃない? ふざけたことを考えつつも、わたしは途方に暮れる。

 遺物もいいけど、出口がないからだ。


 身体を魔法で無理やり動かすことはできるけれど、かなり疲れる。身体じゃなくて脳が。無理やり身体に魔法の神経を通してそれを動かすこの感覚は、耳をピコピコ動かすとか、髪の毛をわさわさ操るとかそういう類の筋肉を使っているような感じだ。要はもともと動かない部位を動かせという魔法を使っているということで。

 疲れたのでその場に横になる。

 ……裸だと石床は冷たいはずだけど、殆ど温感はない。感覚も魔法で……いや、それやるとものすごく痛そう。やめとこう。


 戯れに鏡を想像すると、目の前に現れる。

 それにしてもこのタイミングでは全く役に立たない道具だよね。わたしの手持ちのものは服すらないのに。鏡だったら転移魔法くらい使えればいいのに。


 ちょっとイライラしたのですぐに鏡は消して、わたしは横たわる。

 疲れたし一回眠ってから行動しようかな。一回眠ったら身体が自然に動くくらいまで回復してくれないかな。この体ってすぐ回復するから便利でいいけど、どのくらいで回復するかまだよくわからないから怖かったりもするんだよね。


 わたしがそんな風に眠ろうとしたとき、床に魔法陣が浮かび上がり、床が光りだす。慌てて魔力を全身に通して立ち上がると、さっきも見たような感じの魔法陣だ。ということは、転移魔法?

 逃げるべきかな? と一瞬思う。でもこれから逃げて一生ここにいるよりは、どこに行くかもわからないけどこれに乗っかった方がいいような気がする。それにまさか、遺物のある部屋に餓死体を閉じ込めるっていうのもおかしいだろう。いやそういう宗教とかありそうだけど、そうじゃないことを信じたい。

 すぐに視界が白に染まって、直後に心臓が上に動いた。


 落下する。


 そして着水……いや、また魔力だった。あぁ、こっちの罠のパターンもあったなら逃げてたのに。

 後悔するわたしの予想を裏切って、魔力は体の中には入ってこない。ただ表面をするする流れていくだけで……すぐにばしゃり、と魔力だまりを抜けた。


「え?」


 瞳に太陽光が刺さる。


 眼下には緑の絨毯が地平線まで広がっていて……まだ心臓が浮くような感覚。いや心臓の感覚ばかり気にしてるのはほかの部位の感覚がないからだけど。


 つまりは空高く放り投げられていた。


 体に魔力の骨格を入れた状態で魔法を使うのは難しくてうまくいかない。

 パラシュートの想像をもう一回チャレンジするけど当たり前のようにうまくいかず、そうこうしているうちに地上が近づいてくる。


 遺跡が少し光っていて、近くにはわたしに気づいていないハル、と……イェル!?

 なぜかそこにイェルがいて、ハルに詰め寄っているようにも見えたが、風切り音でわたしには何を言っているかは聞こえてこない。

 大体今はそれどころじゃなくて。


 墜落の前にわたしはもう一度魔力を想像力だけで展開して、身体を守る。イェルたちがこちらに気づいたのが一瞬見えたけれど、白で視界が埋め尽くされた。

 さっきと同じ魔法だからだろう。勢いを殺しきれることはなく、わたしの身体はべしゃりと地面にたたきつけられる。痛くはない。でも肺から空気が絞り出されて苦しげな声が勝手に上がった。ぐえ。

 視界が回復する前に、身体に魔力を通して無理やり立ち上がる。

 少しすると視界が回復して、遺跡の石畳の上にイェルとハルがあっけにとられたようにこちらを見ていた。


「うひゃっ! ―――あれ?」


 そうか、わたしが裸だから! とすぐに察したわたしはその場にうずくまり身体を両手で抱えたところで、視界にわたしの裸が入らなかったことに驚く。

 見ると、わたしはいつの間にか服を着ていた。

 いつの間に? と一瞬疑問に思うけど、まぁたぶんさっきの最後の落下の時かな。魔力が服を作れるのか? とか疑問だけど、まぁ転移ができるくらいなんだから作れるんじゃないだろうか。

 いきなりうずくまったわたしを不思議そうに見ながら、ハルがいう。


「よかった、無事だったんだ!」

「う、うん、まぁ一応……」

「いや、ロクシー。無事には見えんぞ」


 見た目通り幼女の声のイェルが、声質には全く似合わない不機嫌さを混入させた声を発した。じとっと湿気て重いハチミツみたいな視線が、じりじりと迫る。どこか見透かしたような視線を見るに、わたしが身体を無理やり動かしていることがばれているのかもしれなかった。


「ちょ、ちょっと疲れたけど大丈夫」

「いきなり消えたからびっくりしたよ! それにその恰好、きみは遺物を手に入れて聖女になったってこと?」

「ど、どうかな……」


 ちら、とイェルの方に助けを求める。

 と、いつの間にかイェルはすぐそばまで来ていて、


「とりあえず、お前は休め」

 ほとんど不意打ちのようにして首筋にふれたイェルの右手から魔力が流れ込んできて、意識を失った。

 

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