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寂しがり屋と思考する転生聖女のお話。  作者: 池中 由紀
諦念する少年と森に住む者たち
19/56

◇ 19 食事と会話


 ぱちぱち、と火が爆ぜる音と血の匂い、そして肉の焼ける臭いで目が覚めた。


「やっと起きた? なんてね」

「ハル……? いだっ!」


 体を起こそうとして右手をついたところで激痛が走って身体をひねる。


「なにしたかしらないけど、またきみは怪我してたよ。もっと自分の身体をいたわったらどう?」


 右手を見ると、皮膚自体は奇麗に再生していた。でもさっきの感覚からして内側がぐちゃぐちゃなのかもしれない。

 右手をかばうようにして身体を起こす。

 火の回りには木の棒に刺さった肉がたくさん並んで焼かれている。ちょっと離れた場所に解体された大狼の姿があった。……無残なもので、毛皮しか残っていなかった。


「逃げても追ってきそうだったから……」

「もっとちゃんと逃げればよかったんじゃない? 奴隷商人から逃げるときみたいにさ」 

「そんなことしたら町が襲われてたかもしれない」

「でも、こんな無理してたらきみが死んでたかもしれないよ?」

「それは……そうかも」

「そうかもって…………」


 わたしの答えに呆れたようにハルがいう。ため息が地面に届きそうだ。


「ぼくには理解できないね。正直あの村なんか君にとってそんなに価値があるとこだとも思えないし、逃げちゃえばそれで済むことだった。そんな怪我してまでオオカミを退治する必要性があるとはとても思えない」

「わたしの怪我は、治るみたいだし。でも人が死んだら治らないよ」

「だからきみだって死ぬ可能性はあっただろ? ……いや、まさか不死とかいう気?」

「それはないよ。魔法が使えるからって死なないわけじゃない」


 イェルは確か、肉体あまり依存していない代わりに魔力に依存しているとか言っていた。ということは、依存先を失えば死ぬことにはなるんだろう。これが平均的な人間か? といわれるとたぶん違うんだろうけど、でもだからと言って不死であるとは思えない。


「だったら早めに退治は諦めて逃げればよかった。逃げるべきだった」

「……どうしてそこまで不満そうなの?」

「不満? ……別に、そんなこと……いや、不満かな。ぼく、きみみたいに甘い考えで、最善ばっかり重視する行動は好きじゃない」

「甘い考え……そうかもね。でもわたしはわたしの選択に悔いはないし、結果にもたぶん、満足してると思う。村は助かったでしょ?」

「そういう問題じゃない。そりゃ、村に被害はなかったし、きみはこうして生きてるかもしれない。でもそれは問題じゃないんだ。きみは死ぬかもしれなかったってことをもう少し重く考えないの?」


 死、か。

 わたしは正直に言って、死ぬのはそこまで怖くない。


 だって転生だから。もう、一度死んでしまっているのだから。

 これは延長戦であって、うたかたの夢だとしても文句のないものだ。

 いや…………もしそうでなかったとしても、わたしは自分の選択を不思議には思わないだろう。


 だって、知性は等しく可能性なんだから。


「わたしという個体が死ぬ可能性と、村の人が死ぬという可能性は、等価値かな?」

「なに、それ」

「わたし一人が死ぬ可能性と、村の人百人が死ぬ可能性は、同じ重要度で扱うべきかな?」

「…………理解できない。きみは、きみ自身の危険と村の人の危険を天秤にかけて、大してかかわりもないいきずりの村人の危険を重視するっていうの?」

「うん。それに、本当にわたしにはどうしようもなかったらそこで逃げればいいことだよ。やれるだけやってみることの危険性くらいは、わたしはかぶっていい」

「…………ふーん。そ。まぁ……信条にとやかく言う気はないけどさ。食べる?」


 そうして話を切り上げ、ハルがオオカミ肉だろう串焼きを差し出す。

 わたしはまだいいたいこともあったけど、その行動をハルの拒絶だと受け取り、串焼きを食べだした。

 オオカミ肉も結構癖がある割にたんぱくっていう謎の表現をしたくなる感じなんだけど、さすがにこう連日で食べてると飽きてくるかも。


 なんとなく思い付きで肉を魔力で染めてみる。左手で握った串を伝って肉に魔力を放り込む。……特に外見に変化はない。

 まぁ変わらないこともあるかな、と思って食べるのを再開すると、


「うわっ!」


 ぶしゅ、と肉汁が飛び散った。あつっ。服とか汚れなくてよかった。


「……きみ、染めれるんだ」


 わたしが何をしたかはハルにはわかるらしい。でもそれよりも肉の味が気になるので先に食べてみることにする。

 今度はやけどしないように食べると……完全に別物の肉がそこにはあった。


 ぱさぱさとまではいかないけど固めだった肉がやわらかくなっていて、繊維をそこまで感じさせない食感に変化している。飛び出してきたことからもわかるように暖かい液体が出てきていてジューシー。というかこんな液体はどこに隠れてたんだろうね? それともこれは魔力だったりするのかな? とにかくおいしい。むしろおいしすぎて量がいらないかも。高級品とかって量がなくてもおなか一杯になると思わない? わたし、日本では大して高いもの食べたことなかったけど、たっかい肉食べたときにそう思ったな。


「おいしい……ハルもやる?」

「いいの?」

「もちろん」


 わたしは手近な串を……あ、とりあえず今食べてるのをハルに持ってもらって、手近な串を取って染めてハルに渡した。

 それから食事を食べつつ、会話する。


「それで、ハルはあれからどうしてここに?」

「そりゃ、空が光ってそれから音沙汰なしじゃあ、みんな心配はするだろ」

「見に来てくれたってこと?」

「で、来てみればロクシーと大狼は寄り添うように倒れてるし心臓に悪かったよ」


 あぁ、たしかにとどめを刺した直後に意識を失ったからそうなるかな。


「……ごめん」

「確認してみたらオオカミはこと切れてたから、痛む前に解体して、いらないところを焼いたり肉を村に持って行ったりしてもらったよ。本当はロクシー、きみも宿屋に連れて行こうと思ったけど…………怪我がバレると面倒だろうから」

「怪我がばれると? どういうこと?」

「そりゃ、そんなボロボロの右腕がきれいに元通りになったら、普通は気味悪がるか、よくても聖女だなんだと祭り上げられることになるよ」

「…………そうかも」


 言われてみればイェルは別として、普通の人がこんな回復を見たらドン引きだろう。そう思うとハルは不思議だ。わたしが左腕を失った状態から回復しているのを知りつつ、わたしのそばにいるのだから。……実際、なんでだろう。


「そんなかんじ。それで、これからどうする?」

「どうするって……」


 どうしよう。特に何の予定もなければ目的もない。一応、奴隷商からは逃げるだろうけど、逃げたときの様子からして普通に逃げきれるだろう。だとしたら―――あ。


「森の遺跡とか、知らない?」


 わたしの質問にもう見慣れた怪訝そうな顔をしてハルが返す。


「知ってるも何も、森に遺跡があることは常識だろ。遺物のことを知らない?」

「遺物?」

「神代の道具、神々の武具とか呼ばれるすごい魔術具のこと。そういうのが遺跡には収められてるのが普通で、そういうものを持ってる人間のことをこの国じゃあ聖女とか呼ぶんだ」


 ……聖女ってちゃんと定義のある存在だったんだ。というか、


「だったらわたしを聖女呼ばわりはおかしくない?」

「そりゃ、国が定義する聖女と民草が敬う聖女が違うなんてよくあることだろ?」

「ああ、そういう……まぁいいや、それで遺跡の場所は分かる?」


 わたしが訊くと、ハルは鼻で笑う。


「わかるに決まってる。この辺の人間はみんな知ってるさ。というかきみ、本物の聖女になりたかったの? それにしては遺物についてすら知らないしよくわかんないな」

「別に聖女になりたいわけじゃないし遺物はどうでもいいんだけど……」


 それでも、わたしは遺跡に行きたい。

 だってイェルに会えるでしょ?


「じゃあ何、遺跡に巡礼でもする宗教でも信仰してるわけ?」

「別にそうでもない……ってそんな宗教あるんだ」


 わたしの質問にハルは肩をすくめる。


「まぁこの国じゃあ異端側だろうけど。まあいいや、じゃ、次の行先は遺跡?」

「ハルも来るの?」

「まだ奴隷商が追ってくるかもしれないからきみといたほうが安全なんだよね。きみがどうかは知らないけど」


 ああそうか、確かにハルは一人で逃げるのはつらいかもしれない。わたしのわがままに使わせるのは悪いかなと思っただけなんだけど、完全に失念していた。


「そうだね。じゃあ、お願い。わたし一人じゃあ場所はわかんないし」


 そういって、わたしたちは出立の準備をする。

 といっても、食べれるだけ食べて、周りの後片付けをするだけだ。

 大方片付け終わって、火の始末もしたところで、ハルが毛皮をかぶってわたしにいう。


「じゃ、お願い」

「え?」

「え、じゃないよ、歩いていくの面倒くさいから飛んでいこうよ」


 あ、そういうことか。

 わたしはハルを毛皮ごと抱きかかえる。……なんか赤ちゃんを抱いてるみたいだな。たぶんそんなこと言うと怒りそうだけど。


 わたしはそのまま空に飛びあがり、ハルの指さす方向へと走り始めた。


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