◇ 17 村で
―――カンカンカンカン!
木製の楽器みたいな軽めの高い音が外から響いて目を強制的に覚まされる。
続いて、教会でもあるんだろうか、からん、ころんと鐘の音が鳴り響いた。なんだかちょっとミスマッチ。
「何かあったの? それともこれも文化?」
「…………そんなわけない。ほら、みてよ」
わたしの疑問に対して、窓際に立っていたハルは手招きしつつ答える。
木製の枠から外をのぞくと、あわただしく若い男の人が走り回りながら木の音を鳴らしていた。表情まではよく見えないけど、全身で必死さが表現されていた。
あまりよくない予感がした。
「……いこ」
わたしはハルにそう言って階下へとほとんど走るようにして下がる。
「ああ! 大変です! オオカミの群れが!」
その瞬間に声をかけてくれた宿屋のお母さんのおかげで、一瞬で状況は把握できた。
わたしはそのまま外に出ようとして、
「外は危険です! 建物の中に!」
止められる。
「……建物の中は安全ですか?」
「ええ、よほどのオオカミでなければ建物の中まで入ってくることはないはずです」
「それなら……今、建物の外に出てる人とかは大丈夫なんですか?」
「それは…………」
さっき外を走っていた男の人もそうだけど、その時に結構人が走っていた。
返答はない。どういうルールなのかはわからないけど、つまりは必ずしも大丈夫とは言えないということかな。
わたしは扉に右手で触る。
「きみがそんなことする必要性、ある?」
「必要性……あるよ。わたしの信条のためかな。わたしが、イヤだから」
「ふーん…………こんなの災害みたいなものなんだから、みんな諦めてるのに?」
ハルがわざとらしく宿の女性に目を向ける。女性は思うところがあったのか、視線をそらした。
無視して、扉を開ける。
外に出て、すぐ自分で扉を閉めた。
鍵の閉まる音を背後に、ぴょん、と十メートル程度を軽く飛ぶ。本当に便利だなぁこの体。
小さな村なので、上から見渡すとすごくこじんまりとしている。簡単に見通しが効いて、村の入り口あたり、五十メートルくらい先だろうか。そこに朝日を背負った十数匹のオオカミの群れが見えた。
入り口付近に人影はない。それでも、少し入ったあたり、ここから入り口に向かって左手あたりにあるちょっとした広場にはまだ数人がいた。二階建ての建物の窓から様子をうかがっている人がいて、目が合う。飛んでる私に驚いていた。
さて、とびだしてきたはいいけど……どうすればいいんだろう。
とりあえずオオカミを追い払うか倒すかしなきゃいけないんだけど……できるかな? ぱっと見ふつうくらいの大きさだよね。見た目も変じゃないし魔法とかで昨日みたいに倒せるよね?
わたしがすこし迷っていると、オオカミが広場に向かって一斉に駆け出す。
まずい。
そう思った瞬間に、わたしは昨日と同じように魔法弾を丸めて投げる。
キィン、という音を軌跡として残し―――外れる。着弾のとともに地面を少しえぐったけど、それだけだ。さすがにこのくらいの距離があると当たらないらしい。今まで結構適当に投げても当たってたのに。
オオカミは攻撃に気づいてこちらを一瞬見たような気がしたけど、すぐに広場に向かいだす。
わたしは慌てて空中を飛ぶように走り、近づきつつもう一度てのひらに光弾を作り出す。
魔法の範囲攻撃で想像しやすいのはビームか光弾の嵐……散弾。必要な魔力量が少ないのはたぶん散弾―――そう考え、
「―――それっ!」
指先で水の球をバラバラにするみたいなイメージで散弾を想像する。
あ、まずっ―――と思った直後にはちょっと吐血。魔力がずるりと抜けてった感触がした。大した吐血量じゃなかったので表に出さずにそのまま飲み込む。
想像以上に散弾は広範囲に広がり、十数匹のオオカミの群れにまとめて直撃した。ついでに、地面にうらみでもあるのかってくらいの連続音が響く。……よかった、特に村の建物とかに当たらないで。というかこれ、魔力構造にダメージを与えるってやつのはずなのに地面えぐれるっておかしくない? その辺よくわかんないよね。
一応、急いで近づいてみるとあたりにオオカミが気絶していた。ついでに地面もちょっとえぐれてる。人の通り道で固くなってた地面がえぐれてて、ちょっとすごい。わたしがこれをやったっていうのも信じられない。ファンタジー世界はとんでもないね。
とりあえず魔力回復のためにクパの実を、と思ってまさぐるけど数個しかない。奴隷商にでも取られたかな……。ちょっと不安だから今は食べるのをやめておこう。
まだ大丈夫だけど、ちょっと疲れたのでそこから歩いて宿まで戻り、ハルを連れてきた。わたしはオオカミをさばいたりはできないから。
「………きみ、空飛べるのもそうとうだけど、こんなこともできるんだね」
「え? えっと……魔法使いはこういうこともできるんじゃないかな?」
「そりゃそうだけど、魔法使いがこんな辺鄙なところで瀕死になってるっていうのが変なんだよ」
「そうなの?」
「そうなの、って……」
呆れたようにハルがこちらを向いていう。右手に光るナイフが揺れた。
「あと、さすがにこの数のオオカミをここで解体するのはどうかと思うし、どうせ村に売るとか引き取るとかしてもらうわけだし、先に話を―――ロクシー!」
わたしの向こう側に視線を向けてハルが叫ぶ。
振り返ると二頭のオオカミが猛スピードで五メートル先に、
「来たれ、其れは影の地の剣―――!」
顔めがけてとびかかってきたオオカミに咄嗟に反応できず両手でかばったところで、横から何かつぶやいたハルがナイフを投げ、サクサク、と二頭のオオカミの首筋に突き刺さる。二本?
さっと後ろに飛び、少し浮いておく。地上って怖いね。いきなりオオカミに襲われたりするなんて。
襲ってきたオオカミは集団よりちょっと大きい。群れのリーダー格だったりするんだろうか。首筋に刺さったナイフに痛がってバタバタと動いていて、ちょっとかわいそうな気もした。
刺さったナイフのうち、一本は真っ黒だな、とか思っていたら消え去った。きゃんきゃん、という甲高い鳴き声を上げながらじたばたと暴れて、そのうち動きが鈍くなって止まる。水のない場所でさかさまに犬かきをしたみたいだった。
「えっと……ありがとう?」
「どういたしまして。もうちょっと気を付けたほうがいいんじゃ?」
「うん、びっくりした……。あとその変なナイフにも驚いた」
わたしはハルが死んだオオカミから抜いたナイフを指さしていう。
「これ? まぁこれは、教会の院長の餞別にさせてもらったものだしね」
「餞別にしたって……」
とってきたってことか。
「すごいでしょ? これ、魔法が組み込まれてるんだ。使うとナイフが一瞬だけ増えてくれるんだよね」
「何か言ってたのが使うってこと?」
「そうそう。こういう魔法具とかは、起動するのに呪文がいることも多いんだよ」
呪文か。……イェルの話が正しければ呪文を必要とするのは高度な魔法じゃなかったっけ。これってそれだけ価値があるものなのかな。
「そんなほしそうな顔してもあげないよ?」
「別にほしくないけど……不思議な剣だねって」
「魔法使いなんだからこのくらいの魔法は使えるんじゃ? それに、ロクシーが使った魔法のほうがどう考えても強いじゃん」
魔法が強いっていうのもなんだか子供っぽい発言だよね。なんてことをハルの発言を聞いて思う。もちろんハルは子供そのものなんだけどさ。
それからわたしたちは村の人たちにオオカミを処理して引き取ってもらう。
わたしは特にお金とかが欲しかったわけじゃないんだけど、なんだかものすごい感謝されて結構なお金をほとんど押し付けられるようにしてもらった。この金貨とかちっちゃいけど重いし、なんだか価値がありそう。金貨とか銀貨ってどのくらいの価値なんだっけ? 金貨って数万くらいは値打ちがあったような気がする。
町の人たちの中にはわたしのことを勇者だとか聖女だとか言っている人までいた。そういう職業とかってあるんだろうか。わたしはやんわりと否定しておきつつ、あまり聞く耳を持っていないようだったのであきらめる。
オオカミの群れはたまに森から出てくるそうで、そのたびに皆、室内にこもってやり過ごすらしい。大抵は誰もけが人は出ず、町が荒らされる程度らしくて、わたしがわざわざ倒したりする必要性はなかったのかもしれない。実際、地面をえぐっちゃったしさ。
何にせよ、そうして街に得られた数十匹のオオカミの肉は村に提供する。というかなんとなく流れでそういう運びになって。
そのままちょっとしたお祭りが始まった。




