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寂しがり屋と思考する転生聖女のお話。  作者: 池中 由紀
諦念する少年と森に住む者たち
16/56

◇ 16 村へ


「いやぁ、ロクシー。タダ宿が手に入るなんて運がよかったね」

「…………そうかな」

「そうさ。これで野宿しなくて済むんだから」

「…………」


 あれから日が暮れるまでひたすら走り続けたわたしは、地面もオレンジ色に染まるころに村に到着した。百人はいないかな、程度の村で、見た目はヨーロッパのド田舎、という印象。全体的に石造りの家も地味でボロボロだけれど、丁寧に手入れをしている感じはする。村の周辺、申し訳程度に作られた木の柵の外側には畑っぽい単一の植物が密集している区画が結構広がっていて、自給自足というテーマを絵にした時に浮かぶような風景だ。


 でもそんな街の風景をじっと見ている余裕はわたしたちにはなかった。

 村の近く、街道からちょっと外れた草原にいた少年が、オオカミに襲われていた。

 オオカミといってもわたしの左腕をいただいたやつじゃなくて、商人が飼ってたようなドーベルマンくらいの、それほど大きくないやつだ。


 それでもわたしと大差ないくらいの子供がどうにかできる相手じゃない。魔法があるから大丈夫かも、とか思わなくないけど、イェルの話とか、ハルの様子を見るに、魔法を使えるのはそこまで多くないし、外敵を撃退できるほどになるとなおさら少なそうだった。大体、大丈夫かも、というのは、大丈夫じゃないかも、という言葉に対して無力だ。


 わたしがその光景を結構な高度から見つけたとき、今にもとびかかりそうなオオカミが少年と対峙していた。わたしは慌てて高度を下ろし、ハルと取り返した袋を地面に置く。そのままハルが何かをしゃべるのを聞かず、まっすぐに少年のもとへと向かった。


 近づきながら、少年が危なくないように、純粋に魔法的なダメージをイメージして光球を右手に作る。少年もオオカミもこちらに気づいてはいない。上空から見た時点で思ったけど、遠すぎる。このままじゃ―――


「っ―――」


 オオカミが動いた、と思った瞬間、わたしは思わずその場から全力で光球を投擲した。

 物理法則を無視して嘘みたいにまっすぐ直進する魔法弾。投げる瞬間に感触はあるのに重力を感じているようにはあまり見えないのは不思議だ。


 そのままオオカミが少年にとびかかる直前、そのわき腹に突き刺さった。……よかった、少年に当たらないで。あたっても直接怪我したりはしなかっただろうけど…………ってよく考えたらオオカミに襲われてるのだからとても危ない。その事実を認識した瞬間にわたしは肝が冷えた。


 そのままぐったりして動かないオオカミにおっかなびっくり触れようとしている少年のもとに慌てて近づき、止めた。

 少年はわたしにお礼をして、魔法が使えるなんてすごいんだね、とか言いながらわたしを褒め殺した。同い年くらいに見えるわたしに尊敬のまなざしを向けてきてくすぐったい。


 少しするとハルが追いついてきて、どこからか取り出したナイフでオオカミの喉を割いた。あまりに躊躇のない行動にわたしは少し驚く。豚のと殺くらいは見たことあるけど……。動物をむやみに殺すのは抵抗があるけど、さすがに村の近くに現れる害獣を野に返すべき、とまでは思わない。あと食料の問題もあるし……オオカミっておいしそうじゃないけど。


 そのまま少年と一緒に村に行って、オオカミの毛皮とか肉とかを適当に売ってお金を作って宿を借りた。ちょうど少年の家が宿屋だったらしくてお金は払わなくていいとか言われていたけれど。

 そういう流れで、ハルは運がいいねといったのだ。


「わたしたちにとっては運がよかったけど……あの子にしたら災難だったよ」

「? 何言ってるの? あの子だってぼくたちがいなかったらオオカミに襲われてたんだから、みんな運がよかったんだよ」

「…………なるほど」


 その発想はなかった。いや、確かに、それはその通りかも。


 言われてみると本当にその通りな気がする。別に誰も不幸にはなってない。……いやもちろんそれはどこを基準に物事を考えるかということなんだけど。


「それに食事までついてくるんだよ? 肉はぼくたちの提供だけど、久しぶりにまともな食べ物が食べれるなんて運が良すぎる」


 ハルの言う通り、この宿にはちゃんと食事がついてくるらしい。

 殆ど寝床のベッドだけの簡素なつくりの宿泊室でしばらく待っていると、少年が、下に食事を準備したと言いに来た。へー、こういうのって部屋で食べたりするものじゃないんだ。いや、でも見た感じこの宿は部屋の数が今いる二階の四部屋くらいしかないし、だからまとめて食べるのかな。


 段差のきつい階段を下りて、一階に行くと、火の入っていない暖炉の近くにテーブルといすが準備されていた。あ、すごく西洋っぽい見た目。ちょっと肌寒いけど、確かにまだ暖炉が必要なほどの温度でもないよね。


 見回すと、わたしたち以外の宿泊客はいなかった。まぁこんな村に来る理由はあんまりなさそうだとは思う。


「本当にありがとうございました!」


 料理を運んできた女性がいう。この人が少年の母親だ。

 なんでも最近はオオカミだけじゃなくて魔物が活発になってきているから家の近くでおとなしくしていろという言いつけを無視した少年をものすごく心配していたらしく、わたしたちが村にかえってオオカミを売ってるときに周りの人だかりを押しのけて近寄ってきた上に、お礼にもてなすからただで泊まってくれとまで言ったのがこの人だ。


 十歳に届くかという少年の見た目からするとだいぶん若いような印象を持つけど、地球でも昔は結構どの地域も結婚年齢が低かったと思うし、そこまで不思議はないかもしれない。あとその、宿屋にはおばちゃんっていう謎の方程式が頭で明滅してる印象に引きずられてるかも。

 とりあえずお礼は適当に受け取って、目の前の料理を見る。


 ああ、これ、初料理じゃないです?


 果実をちょっと魔力染めにする以外の食べ物でまともに食べたのってイガどんぐりくらいだったよね? それも不味くはなかったけど料理ではなかったし。

 でも今目の前の食卓に並んでいるのは正真正銘、料理なのだ。


 割と透き通ったスープに野菜と肉がゴロゴロ転がってるものと、黒っぽいパンに、あとは小さめのステーキだ。ラズベリー色のソースがかかっていて、見た目だけだとすごく高級料理っぽい。器が武骨な木製じゃなかったらほんとに高級料理に見えてたと思う。あ、食器も全部木製だ。噛んだら折れそう。というかこんな村でもフォークとかスプーンがあるのってすごいような気が。食器の開発って地域にもよるけど結構最近までなされてなかったりするもんね。ヨーロッパでさえ中世くらいだと手づかみも多かったはずだし、文化的に手づかみのところも多いはずだし……というか世界的に見たら手づかみの方が地域的には広かった気がする。


 手で食べるのって割と合理的だよね。きれいに洗えば別に汚くないし、そこは箸とかフォークとかと条件は同じ。人間の体の内で敏感な感覚器の一つはもちろん指先なわけだから、それで感触を楽しむとかっていうのも理解できる。食感を楽しむのと同じでさ。箸やらフォークよりも自由に動かせるし。まぁ熱い食べ物とかスープとかは 食べづらそうなのと、手が汚れるから食事を中座したりしづらいのがデメリットかな?


 そう思うとなんで食器って発達したんだろうね。最初っから箸とかスプーンとか使ってるわけじゃなさそうだし……というかスプーンはまだわかる。汁物飲みたいよね。でも箸って……食べづらいだけだし意味不明じゃない? 宗教的な理由とか? ……いや何でもかんでも宗教的理由で説明するのはおかしいかな。大体、宗教的理由って後付けのことも多いと思うしさ。やっぱり食事中の中座が可能なのは大きそう。それと熱いものが食べたいからという理由は思いつくけどどうだろう。日本料理はあんまりアツアツのイメージないけど、中華料理には結構当てはまるかも? ……あ、米が理由とか? 米って炊かないと食べられないし、熱いうちじゃないとまた成分が戻って食べれなくなるよね。…………いや、手で食べるインドとかでも米って食べるしなぁ……いやいや、ジャポニカ米かインディカ米かって違いはあるかも。ジャポニカって割ともっちりしてて、スプーンにべたべた引っ付きそうだし、手で食べたらくっついて熱そう。箸文化のある中国とか日本とかはジャポニカ米を食べてるとかそういう共通点があったりしないかな?


 なんて考え事をしていると、横から女性が話しかけてくる。


「特に食べられないものもないって話だったので一番おいしい料理を提供しますね」

「ありがとうございます」

「はい、ゆっくり食べてくださいね。食べ終わったら、呼んでください」


 そういって母親は奥に戻っていった。

 戻り始めたころにはハルはがっつき始めていたけど。

 わたしも初めてまともに調理された食べ物に期待しつつ、でもオオカミ肉っておいしいのかなぁ、とか思いつつ食べ始める。


 まずはスープに手を付ける。木製のフォークでもちゃんと具材は刺せた。

 あ、見た目はゴロゴロと具が転がってて雑な割に意外とおいしい。

 というか、なんだろ、これ。不思議なおいしさだ。


 雑然とした強烈な個性あふれる食材が、ぎりぎりスープで仲裁されて一つの枠に収まってる、みたいな感じ。芋っぽいのはちょっと泥臭いし、ニンジンっぽいのはなぜか青臭いし、豆はカリッとしてて食感が浮いてるし、オオカミ肉は癖のある味がする。チーズみたいな? これって下味のせいだったりするのかな? よくわかんないけど、個別に食べるとあまりおいしくない感じなのに、スープと一緒に食べてるとなぜかおいしく感じる。……わたしの基準が森生活で下がりすぎたわけじゃないよね? まぁ別にそれでもいいんだけど。オオカミ肉もちょっと癖は強いけど、好きな人は好きそう。わたしはもうちょっと普通の肉のほうがいいかな。


 適当にパンを食べつつ、ステーキも食べてみる。パンは見た目通りぱさぱさしてて固めだね。スープにつけるとちょうどいい感じだから、たぶんあのスープはそういう目的なんだろう。ハルもそうやって食べてるし。


 ステーキ肉は非常においしかった。

 とても。

 ものすごく。


 ……もうちょっとまともに言うなら、スープと違って癖が薄かった。ジンギスカンをちょっとだけ牛肉っぽくした感じかな? ふわっとした油のにおいは牛肉っぽい。かかってるソースも野菜ベースの甘みがあるソースで肉にあっていた。


「おねえちゃん、おいしいでしょー?」


 少年が横から話しかけてきた。


「うん。すごくおいしいよ」

「だよねっ! こいつら、食べるとおいしいんだけど……」

「いつもあんな風に村の近くに来るわけじゃないんでしょ?」

「最近はあいつら、村の近くで結構見るよ。みんなピリピリしててちょっと嫌だ」


 少年が不満そうに言うと、ハルがつぶやくようにして言う。


「森で何かあったのかも。ロクシー、きみもオオカミに襲われたって言ってたし」

「どうだろ。わたしは普段の森の様子とか知らないからわかんないけど……」

「でも最近の森は変だよ」


 少年が断言した。


「どうして?」

「なんか、夜にたまに光ったりしてるし……」


 ……夜に光るって、イェルと一緒に天体観測……じゃないけど、あの時に見た気がする。電灯が森にぽつぽつと飲み込まれたような光景。あれは別に日常的な光景ではなかったのかもしれない。


「あの、ぼーって光る?」

「おねえちゃんも見たことあるの?」

「多分。でも結構きれいだと思ったけど」

「みためはきれいだけど、いつも光ってないのに光ってるのはちょっとヤダ」


 そういわれるとそうかもしれない。光るわけないと思ってる部分が光ってたら、やっぱりちょっと薄気味悪いかも。


 それから少年と少し会話して、食事がすんだところで食器を奥に下げていった。

 料理自体には満足だった。


 やっぱり火とかって重要だよね。調理という文化に万歳!

 あ、でもそういえばイェルの料理は食べ損ねたな……。


 というか、またイェルとは会えるんだろうか。

 いきなりオオカミに襲われて逃げてきたせいで、遺跡の場所なんてわかんない。

 上空から探すにしても見つかるかな。見つかってもまだイェルはあそこにいるのかな。


 ……イェルと話すのは結構楽しかったんだけど。


「考え事? おなかもいっぱいになったし、早く寝よ?」


 ハルにせかされて宿泊室に戻る。

 そういえばハルは異性なんだけど、特に誰も気にした様子はなかったな。まぁ誰も気にしないなら問題はないか。


 二つあるベッドのうちの一つで眠る。


 ベッドはイェルのところよりもずっと硬くて、寝苦しかった。


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