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寂しがり屋と思考する転生聖女のお話。  作者: 池中 由紀
諦念する少年と森に住む者たち
13/56

◇ 13 契約魔法


「契約魔法だが、どのようなものであっても基本的には両者の合意が必要になる。普通の契約と同じだな」

「それで召喚獣を読んだり大魔法を使ったりするの?」


 遺跡の大広間でのレクチャーが始まる。

 契約魔法といえばやっぱりこう、派手で大きな魔法というイメージがあるのでイェルに訊くと、ちょっとだけ呆れたようにしていう。


「そういうものもあるが、まぁ、それはいい。基本的に強大な力を持つ側に主導権があるからな。知っておくべきは、強制契約と自由契約との違いくらいだ」

「…………強制力があるかないかの違いにしか聞こえないけど」

「まぁ、その通りだ。強制契約は犯罪者や捕虜、奴隷にたいしてのみ使われるものだが、契約に従って契約者の自由を縛る。自由契約は契約内容に抵抗でき、履行する必要性が必ずしもない」

「…………」


 戦争、あるんだ。


 捕虜ってことは戦争があるってことだし、魔法の使いどころがあるってことはそれなりに規模や頻度高く戦争が起きてるってことなきがする。


 あと奴隷って、どのレベルか知らないけど特権階級とかがあったりするんだろうか。ギリシャ型の奴隷制度なのか、あるいはアメリカのような感じなのか。人権とかって割と近代の発明品だと思うから、それほど変な話でもないんだけどどの程度の制度なんだろう。いやそもそも古代ギリシャにおける奴隷とかの制度は、名称から受けるほど悲惨ではないという主張もよく聞くものだけどさ。


「普通の契約と同じで、基本的には強制契約はしなくていい。契約の感覚については知っておいた方がいいと思うが」

「感覚?」

「ああ。まずはこの『私が右手を挙げたときにロクシーも右手を挙げる』自由契約がいいだろう」


 ……なにその何の意味もなさそうな契約。あ、いや意味がないから試しにちょうどいいのか。


 イェルが地面に簡単な丸とちょっとした文様を書いただけでこちらを見る。


「こっちにこい。ここで私と握手をした状態で魔法を発動すれば、契約完了だ」

「いいけど……自由契約と強制契約との見分け方ってどうするの?」

「強制契約に特有の感覚としては痛みと不快感だな。それと大抵は長い詠唱か大掛かりな準備を必要とする。そして血液も必要な上、何より心からの同意がなければ成立しない。契約詐欺はこういう理由からまず皆無だ」

「心から同意……」


 怪しげな文言ではある。


 だってほら、人の心を誘導することとか、洗脳するとか、別に不可能じゃないと思うし。そもそも魔法があるんだよ? 相手を意のままに操るとかいかにも悪役っぽい魔法だと思わない? 大体、現実でも不平等な契約を結ばせる方法なんていくらでもあった。人質とか、武力とか。そういう圧力をかければ、心から同意できたりすると思う。


「お前が何を考えているか知らないが、ほんの少しでも同意できない場合は契約は成立しない。ましてや脅しのもとに強要したり、精神を魔法的に操ったりなどしたところで、成立することはまずない。だから基本的には心配しなくてもいいぞ」


 考えてることが顔にでていたのだろうか、っていうくらい的確な返答。ありがたいけどわたしってそんなに単純な顔してるかな。

 でも疑問は氷解したし、イェルのもとに行って手を握った。対してイェルは軽く握り返したうえで、


「では、契約するぞ」

「うん、いいよ」


 答えた瞬間、ぴりっ、と軽く痺れるような感覚が掌から首当たりまで流れた。痛い感じではなく、甘く響くような感じ。快感というほど刺激的ではないけれど、ちょっともどかしいような、そんな感覚だ。


「……これが自由契約の感覚?」

「ああ。契約時の感覚はさして不快でもないだろう。そして、それが履行されるときの感覚も試しておくぞ。といっても、右手を上げるだけだが。契約の履行時の感覚は強制契約と自由契約で大して違いはない。ただ、抵抗できるかどうかだけだ」


 言い終わるとすぐ、握っていたイェルの右手がわたしの手から離れて行って、するりと上げた。

 自分で意識しないままに右手が上がって―――試しに抵抗したら肩のあたりで止まった。


「まぁ、そうやってちょっと抵抗すれば自由契約は反故にできる。覚えておくといい」

「要は自分が意識しないでも契約に従って身体が勝手に動いてくれるってこと?」

「理解が早くて助かる。加えて、契約は基本的に一回で効果を失う」


 言いながらイェルが自分の右手を一度下げてからもう一度上げた。今回はわたしの手は何の反応も見せず、上りも下がりもしない。……中途半端な体制で右手を止めているわたしが妙に気恥ずかしくなって自分の意思で手を下げた。どちらにせよ特に自動で身体が動いた感覚はなかった。


「次は強制契約の感覚も知っておいた方がいいが……当たり障りのない契約のうちで楽で一般的なものがなかなか思いつかないから困るな。親しいもの同士が使う『お互いが悲しい時に素直に泣く』だとか『笑う』だとか半分ジョークみたいなやつはあるが……」


 なんだか黒歴史とかいざこざを起こしそうな契約だね。発動すると思ってた時に発動しないとか、発動しないで分かれたりしたりとか。まぁでも、それで害はないと思うし感覚を知るためだったら別に内容なんかどうでもいい気がする。悲しい時に泣いて、うれしい時に笑うとか当たり前だしね。特にこの体はなんだか涙腺が緩い気がするし、それでいいと思う。


「それでいいんじゃない? 悲しい時に泣く、とか別に言われなくてもやるようなことだし」


 わたしがいうと、イェルが少しあきれたように息を漏らしてからいう。


「まぁ、お前がそれでいいなら私には何の問題もない。内容はどうでもいいしレジストしてもいいが、感覚は覚えておけよ」


 別に抵抗するほどのことでもないし、将来、強制契約を結ぶことがあるかもわからないから成立する感覚を味わってみたいからレジストはしないけど。

 イェルがいつの間にか持っていた小さなガラス玉のようなものを床に放り投げると、シャン、と優しく鋭い音が響いて光る円形の魔法陣が一瞬にして描かれた。すごく魔法っぽい演出。


「強制契約だから?」

「この水晶のことなら、そうだ。手順や魔法構造をその場で準備していては日が暮れるからな。だが魔法陣の上でやる以外は自由契約と同じだ」


 言って、わたしの手を取って握手する。……痛みと不快感とか言ってたからちょっと身構えてしまう。


「強制契約は少しだけ時間がかかる。まぁ受け入れる意思が準備できていないと一瞬で破棄されるから安心していいが、多少の不快感は感じておくといい」

「別に抵抗する気はないけどね。初めていいよ」


 わたしがそういった直後、鈍い痛みが掌に突き刺さる。痛いことは痛いけどどちらかというと不快な感覚。子供に掌を踏んづけられたような感覚かな? 耐えられないほどではないけど痛い。抵抗する気はないのでそのまま待っていると、じりじりと痛みが這い上がってきて、肩を通り過ぎてさっきと同じく首当たりまで上ってきた。


 このまま頭まで上ってきたらやだなぁと思っていたら、脈絡なく痛みが消える。


「抵抗しなかったのか。内容に異論がなくとも不快感で失敗することはよくあることなんだがな」

「耐え難いほど不快でもなかったし……」

「そうか。まぁいい、これで最低限、契約魔法については分かっただろう」


 個人的には妖精とかとの契約で魔法が使えるやつが気になるけどね。召喚魔法とかってちょっとロマンがあると思わない? まぁ別にそんなロマンを求める必要性もないのだけれど。というかそれより、契約魔法について気になったことがある。

 そんなことを頭の片隅で考えつつ、地面に描かれた魔法陣に手を当てて光を消しているイェルに質問してみる。


「強制契約も自由契約も、一回限定っていうのはちょっと使い勝手が悪い気もするけど」

「ああ、もう一つ継続契約もある。だがこれは自由契約の一種でしかなく、基本的に必ず抵抗はできるようになっている。非常に術式が面倒くさいことから使われる機会は限られているがな。最も一般的なのは、魔法使いの師匠が弟子に対して使ったりするものか」


「何のために?」

「主に魔法の指導のためにだな。あるいは教鞭の対価として魔力を回収することもある。逆に魔力の乏しい弟子に魔力を分け与えるために使われたりもするな」

「へー……それは便利そうだね」


 イェルの魔力は膨大だろうし、血を吐いたらすぐ回復できるようになりそう。


 そんなわたしの考えを見透かしてイェルは薄く笑いながら言う。


「魔力の共有の契約を結んでもいいぞ? だが断っておくが、私が膨大な魔力を使えるのはこの遺跡を利用しているからだ。お前がここを出ていくときについていくが、その際はほぼ魔力を失う。お前の期待通り、膨大な魔力は使えんぞ」

「そうなの? それならますます契約しなきゃ」


 わたしがそう返すと、イェルは訝しげに眉を顰める。


「ますます? どういうことだ?」

「だって外ではイェルが今のわたしより弱くなっちゃうってことでしょ? そんなの危ないよ」


「…………。ロクシー、お前くらいなら何とかあしらえるとは思うぞ。だがまぁそれでもいいというのなら共有の契約を結んでおこう。少し待っていろ、水晶を取ってくる」


 言い残して、イェルは水晶を取りに行き、三十秒もしないうちに戻ってきた。その右手にはさっきの指先ほどの水晶とは比べ物にならないほど大きな、直径三十センチくらいはありそうな水晶を浮かべている。


「さっきのより大きいんだね」

「継続契約だからな。それに魔力共有用ならば高度なものを使っておいた方がいい。道が荒れていては物流が滞るように、魔力を通す道も整備されていた方がいいに決まっているからな。―――っと」


 巨大な水晶を地面に放る。人の頭ほどもある大きさには全く似合わない音が響く。さっきと同じ、しゃん、とガラス質でいて鈴を鳴らしたかのような音。本当に水晶をあんな風に床に投げたらものすごい音で割れそうなものだけれど不思議だ。


 現れた魔法陣の図面はさっきよりもずっと複雑で、なんだか見とれてしまう。アラベスク模様とかに近いかも。

 契約のためにイェルのほうへと近づいて、その手を取る。


「では契約しよう。継続契約とはいえ自由契約の一種、契約が発動しても拒絶できるし、契約自体を破棄することも強く念じればそれだけで可能だということだけは覚えておけ。面倒だから破棄してほしくはないが」

「分かった。別に破棄する気はないけど―――んっ」


 ピリッ、と指先から首にかけて走る痺れ。やっぱりちょっともどかしい。かゆくないけどかゆいような気がするみたいな。それにしてもあれだけ大きな水晶で大掛かりな魔法陣を使った割に、右手挙げると同じくらいの刺激しかないのは拍子抜けかも。

 契約が終わると勝手に魔法陣が消える。さっきのより高性能なのかな。


「これで契約は完了だ。お互いに魔力容量の半分程度までは共有できるようになっているはずだ」

「ほんと? 試してい?」

「ああ。だがあまりたくさん持って行って容量を超えるなよ」

「そんなたくさん試さないよ」


 量に注意しつつ、ちょっとだけイェルの魔力をもらうぞ、と念じる。そうすると、念じただけで、どこからともなくすっ、と魔力量が増えた。


「……接触せずに魔力を移すのは効率が悪いぞ」

「そうなの? じゃあ次から気を付けるね」

「それと、相手に抜き取られる感覚も知っておけ」


 イェルがわたしの手を取って、そこから魔力を抜き出していった。大した量じゃない。クパの実を染めるのに必要な程度だ。抜き取られる感覚は……特に変な感じはしない。献血っぽい感じ? あれも多少痛みはあるけどそれだけだし。


「さて、これで一応は一通りお前に教えられることは教えたな。雨も上がったようだし、一度昼飯を食べるといい」

「うん。ありがと、イェル。色々教えてくれて」

「お前の話も面白いから別にいい。それと褒めても水をくむのはおまえだからな」


 ちぇー、ここから水場って結構距離があって面倒なんだよね。魔法で出してくれてもいいのに、あれは結構つかれるらしくてイェルが嫌がるし。

 でも仕方ないのでわたしは水を取りに行く。基本的に水を飲むのはわたしだけだし、実のところ不平を持つのも変なのだ。


「じゃ、わたしが水を取ってくるから、イェルは何か料理とかしてみてよ」

「料理だと? ……ふむ。いいだろう」

「え、いいの? 言ってみるものだね」


 あ、待てよ、今までクパの実すら食べる必要はないとか言ってたイェルって料理とかできるのかな……?


「言っておくが私の料理はおいしいから期待していていいぞ」


 ……これは信じていいのか、それともフラグなのかどっち?


 なんて、わたしが考えていることがわかるのか、イェルは少し不満そうに低めの音程で口にする。


「作るのは面倒だからこそ、面倒なことをやる時は全力でやるのだ。いらんというのなら作らんが」

「いる、いるいる。じゃあ料理はお願いね」


 せっかくのチャンスなのでイェルにはお願いして、わたしは水を取りに行くために部屋を出た。

 遺跡の入り口付近に置いてある水晶を抱えて、外に向かう。さっきと同じく人の頭ほどもある大きさの水晶は、便利なバケツみたいなもので水を吸い込んでくれる。


 遺跡を出ると、水っぽい空気に青臭さが溶け込んでいる。雨上がりって感じだ。さっきの雨は通り雨のようですぐに止んだらしい。まだ曇ってはいるけど、空はそこまで重い色をしているわけではなかった。


 それにしても料理か。イェルをちょっと疑ったけど、そもそもわたしは料理とかあんまり得意な方じゃなかったし、じゃあ作ってみろとか言われるとかなり困るんだよね……。ふられなくてよかった。


 そんなことを考えつつ、そういえば雨上がりなのに水たまりがないのは地表が健全だからなのかな、人間の手が入ったところに水たまりができるのは単純に地表面が不健全だからな気もするし、なんてことを考えながら水場へと向かった。

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