◇ 12 身の守り方
それからまた一週間程度、イェルから魔法のことをレクチャーしてもらった。
とりあえず指から怪我しないように魔法弾を打つことができるようになったし、洗浄魔法とかマッチの魔法とか、そういう日常生活ですごく役立ちそうだけど簡単な魔法を教えてもらった。これを早く教えてもらえればもう少しまともに森で生活できただろうなぁと思いつつ、いや教えてもらえてたら森で生活する必要性もないか、とか考えたりした。
魔法弾に関しても、こう、魔力の質を変えるだけで肉体にダメージを与えるか魔力構造にダメージを与えるかを選べて、無力化したいだけなら後者を使うといい、とか言ってわたしに思いっきりぶつけてきた。ひどい。案の定血を吐いて、その場に動けなくなったけど、わたしじゃ参考にならないよね? とイェルに訊いたら謝ってきたので許す。
それと呪文詠唱についても。こっちの魔法は別に呪文や魔法名が必須ではないけれど、大規模な魔法になればなるほど呪文や魔法名によるブーストが重要になってくるらしい。イメージが大切なのでその補助もできるとか。まぁわたしが使えるような小規模で小さい魔法ならそういうのは必要ないので、知識だけだったけど。
あと、障壁も教えてもらった。魔法障壁って魔法使いっぽいよね! とちょっと興奮したんだけど、イェルから聞いた話はもっと面白かった。魔法陣と同じく構造を理解しなければいけないこととか、展開したときにどうしても魔力の流れが光ったり、光らずとも見えてしまうために構造がばれてしまうと対策されたり技術が流出するためにカモフラージュにもものすごい力が入れられてたりすることとか。ついでにイェルは自分が透明でほぼ魔力の流れもばれない障壁を開発して使っていることを自慢していた。確かにわたしが思いっきり魔法弾を投げて割ったとき、特に何も見えてはいなかった。
そういう面倒くさい部分をすぐに理解したりは難しいし、理解したところで構造を理解するのはすぐには無理なので、一番簡素でポピュラー、かつ汎用性のあるやつを教えてもらった。大抵の魔法使いはこの魔法陣を最初に覚えて、自分で魔改造していくらしい。それに行き詰ったら、一から制作する。……研究者とかいそうな感じだね。
で、魔法弾もそうだったけど、わたしは自分で触ってない部分に障壁を展開したりすることができなかったので、手をかざして展開するものと、あと全身の皮膚上に展開するものとを教えてもらった。この一番簡単なレベルだと、構造の理解はほとんどいらない。ある程度の魔法使いなら、防御したい! って強く思うと、勝手に魔力が構造をとって流れてくれるらしく、わたしも一応その機能が働いてくれた。ある程度はこれでいけるから安心らしい。……脳内自動翻訳とかもそうだけど、たまに意味不明なくらい便利なものがあるよね、この世界。展開した魔法障壁は丸と傍線の多い記号じみた文字で文章? が光っててちょっと楽しかった。
さて、そんなわけでわたしはいつの間にか魔法の使える少女になってしまったのだけれど、イェルはもう一つ魔法を教えてくれるらしい。ちなみに属性魔法とかはうまく使えなかった。どうせ燃費も悪いし汎用性も悪いので使えなくてもいいとイェルは言っていたけど。
恒例の遺跡の広間。石でできていることと、中央に大きな水晶が鎮座している以外は、ほとんど体育館みたいな空間で、イェルがいう。
「あと教えて使えるようになりそうなのは、この打撃魔法だな。浸透撃だとか魔力撃などと呼ぶ。犬とかを遠くから魔法弾で無力化できればいいが、近づかれたのに魔法弾は、お前の場合特に使いづらいだろう?」
「身体強化とは違うの?」
「もちろん併用はするが、物理的な打撃力を攻撃の要にするのはあまりお勧めできない。基本的に直接の殴打は自分にもダメージが返ってくる分、身体強化の際に防御に多くを割く必要性が出てくるからな。その点、魔力によって攻撃すれば帰ってくるダメージは軽減されるうえに強さのコントロールも楽だ。ついでに魔力ダメージにすれば昏倒を狙うこともできる。捕縛なんかには便利だな」
「……ゼロ距離で魔法弾を当てちゃう感じ?」
魔力ダメージを入れる、ということはつまり殴ったり蹴ったりの時に魔法弾を飛ばして充てるということと同じようなものだろう。漫画とかでよくある、『気』とかをパンチで飛ばしたりするあれに近かったりしないかな?
そうおもってイェルに訊いてみると、
「全然違うわけではないが、少し違う。わざわざ魔法弾にしなくても、直接魔力を使って相手の身体に浸透させるなりして攻撃できる分、多少の自由度がある。まぁもちろん魔法弾を当ててもいいが」
「あ、つまりあれ? 剛の身体強化攻撃流派に対して柔の魔力攻撃流派ってこと?」
「剛だとか柔だとかはよくわからんが、流派のように仲間意識があるのは確かだな。両方使えばいいものを」
そうかな? そういう住み分けって結構実用的にも重要だったりするけど。まぁいいか。
「それで、どうやるの?」
「まずは―――」
イェルはそれから魔力攻撃のやりかたを教えてくれた。
といっても、とりあえず使うのは魔力弾で攻撃するよりも接触する分だけ楽に強く攻撃できる方法だけだった。魔力弾の時は球体に収束させてから相手にぶつける感じだったけど、こっちは腕とか足に集めて準備しておいた魔力を、接触の時に相手の身体に叩き込む感じ。イメージがちょっと違う。
イェルの予想していた通り、わたしは接触から発動させる魔法は難なく使えるようになった。イェルを相手にちょっと練習した後、わたしが気を使ってあまり全力でやらなかったのを見かねてか外に出た。空がちょっと重い曇りだったけれど、雨は降っていない。
イガどんぐりのうち実をつけていない木に対して、試しに魔力撃とやらを使ってみろ、と言われ、掌を木の幹に押し当てる。鰹節を張り付けたみたいな感じのある木の幹はがさがさぺりぺりしていた。
そのまま腕に集中させていた魔力を打撃力として叩き込むと、
―――パァン!
冗談みたいに木の幹が風船を割ったときのように弾けて幹の一部が消え去り、
「ロクシー、倒れてくるからよけろよ」
完全に一部をなくした幹は斧なんかで倒す時とは違ってめりめりという音なしに倒れてきた。つながっている繊維がない分、速度が速くてちょっとひやりとする。
「とりあえず護身はできそうだな」
過剰防衛になりかねない気しかしないんですけど。まぁ打撃力にしなくて気絶狙いができるっていうのはすごい便利だけどさ。
大体、わたしは一つ気になっていることがある。
「打撃じゃなくて剣とか槍とか杖とかじゃダメなの? わたし、別に格闘家だったわけじゃないし、近づかれたときに殴る蹴るなんかでうまくいくかな?」
「素人なのは剣も無手も同じじゃないのか?」
……確かに。一応体験したことがあるのは剣道とか柔道とかがあるけど、別に有段者とかになったわけでもないし、遊びでやってたようなものだし。体育の授業でやったりもしたけど、それだけだ。
「ただ確かにリーチが長いのは有利だな。緊急性と汎用性という意味では無手が一番便利だが。……だが武器はどうせ手に入らないだろう? 肉体のようにある程度きちんとした魔力構造がないものを強化して使うのは面倒なうえにもろいからな」
あ、そうなんだ。その辺の木の枝を適当に強化すれば名刀になるんだと思ってたけどさすがにそううまい話はないんだ。
「あ、でもそれなら魔力で剣を作っちゃえばいいんじゃない?」
よくあるよね、そういう魔法。
わたしの思い付きに対して、イェルは、ふ、と小さく笑ってから答える。
「こんな風にか?」
いうと、突然中空に諸刃の剣が現れる。どちらかというと光る魔力弾を集めて剣の形にしたような感じだ。その剣を、イェルは袖に隠れて見えない手で持った。あ、そういえばまたあの長袖の服着てる。
「そうそう、そんな感じ。できるならそっちの方が便利じゃない?」
「そうでもないぞ。これは割合、魔力を無駄に使用するからな。だができるのなら便利ではある。やってみるといい」
ということなので、わたしは剣をイメージして魔力を集めていく。空中にお絵かきする感じで、自分の手で握る剣を想像すると、魔力弾の時と同じように光が集まって形作っていく。あ、意外と簡単かも、と油断した直後、
「―――ごほ、げほごほ、うぅ、かふっ」
くらっ、と視界がぼやけたかと思ったら血を吐いた。肺が痛い感じ。肺って痛覚あるのかな。つらい。
せっかく作りかけた剣の形はとっておきながら、少し体内に戻す。自分で染めたクパの実を食べて、魔力を回復した。この回復は基本的に魔力的な回復に過ぎないから、身体自体の回復はその魔力を使って行わなければいけないのがつらい。治れ、と思えばたいてい治るけど、魔力は使ってしまうのだから。
「……だから魔力を無駄に使うといっただろう」
呆れたようにイェルがいう。いやいったけどさ、こんないきなり来るとは思わなかったよ。
形としては殆ど剣の形になっていたので、そのままちょっと魔力を流して完成させる。見た目はイェルのものとそう変わらない感じだ。
「木を切ってみればいい?」
「お前のそれじゃあ切れないだろうがな」
「イェルのは……切れるんだろうね。でもなんで?」
「剣を作る際の魔法構造を理解しているわけじゃあないだろう?」
なるほど。またその構造か。魔法は便利なものだと思ったけどそうでもないね、いちいち構造とかが絡んでくる。まぁ勉強する内容がたくさんあるのは、個人的にはちょっとうれしい気もするけど。
試しにその辺の木に打ち付けてみたら、棒でぶん殴ったときみたいにはじかれた。あ、でもこれで打撃武器にはなるかも。別に切りたいわけじゃないし、これで魔力撃を乗せればいいよね?
という思い付きを行動する前にイェルに話すと、
「それも、できるならな。たとえできたとしても威力がお粗末なことが多いぞ」
試してみるとイェルの言う通り、できないことはないけど大して攻撃力は高まらず、木に傷はほぼつかなかった。そもそもあまり魔力が流れていかない感覚がある。どうせこれも構造とかいうやつのせいだろうし、一夕一朝には無理だろう。あれ、一朝一夕だったっけ? まぁどっちでもいいか。
構造がないと切断できないということなので、ちょっと切断について考えてみる。
物質は原子とかでできてるんだよね? 原子核は陽子と中性子で、プラスの電荷になってて、電子はマイナスだから引き合って周りをまわっている。これが原子だよね。……あれ、陽子と中性子ってなんでくっついてるんだっけ。中性子って名前の通り中性だったはずだけど…………たぶん今考えてもわかんないか。
で、物質は原子が集まってできてる。まぁ剣だし、鉄を考えてみるとして。鉄が物質としてひとまとまりなのはよく考えてみると不思議な気もする。だってただの粒子だよ? しかも原子核と電子だよ? それが何でひとまとまりの、目に見える大きさの鉄として存在するのかって、一見するとかなり意味不明だ。
必死で読書による理系知識を呼び起こす。わたしは別に理系の人間というわけでもないので全部読み物からの情報でしかなくて、数式とかに裏付けされてるわけじゃないから怪しげでもあるけど、まぁ仕方ない。
でも確か、たぶん、原子核同士がまとまって物質になるのは、電子の共有なんかが理由だと思う。雑に言って、共有された電子たちが糊のように鉄の粒子同士をくっつけてるわけだ。たぶん。だとしたら、切断はその引き合う力を超えて外力が与えられたときにおこるということになる。
ちょっと傷が入るとそこから亀裂が広がったりするっていうのもこれだと理解できる。つまり、引き裂かれたやつらから、隣接した引き裂かれてないやつらが引き合う力を受けて、引き裂かれる方向に同じ力が働くからだ。同じ原因の力だから、同じくらいの大きさであるはずで、だから引き裂かれやすくなっている、というのはなんとなく想像はつく。
で、力というか圧力は、面積を小さくすればするほど局所的には大きくなる。
切断というのは、要は、薄い鉄の刃の部分で、強い圧力を物質にかけることで、物質の共有結合を切断するということだろう。たぶん。だから薄い紙とかでも皮膚が切れたりする。
だとしたら要は、細く薄くすれば切れるんじゃないだろうか。
ということで、剣をレイピアのように細くしてみる。レイピアって刺突剣とかいうくらいだから突きがメインなんだろうけど、これは切るためのものだ。……あ、強度が問題になって折れちゃうかも? あぁだから剣は刃口じゃない部分で強度を強めてるんだろうなぁ。……まぁとりあえず魔力で強化できるという点は普通の剣とは違うし、試してみよう。
剣の形に広がっていた魔力を収束させて、針のように細い線へと形を変える。収束させていくと抵抗力みたいなものを感じるようになり、折れないように強い芯を入れながら細く細くまとめていくのには魔力を使う。……ものすごい魔力を無駄遣いしているし、確かにこれでうまくいったとしても役に立たないかもね。
血を吐く前にクパの実を食べながら、全力で収束させていく。
「おい、何かやる前に何をするか話せといっているだろう?」
「あ、そうだったごめん、わすれてた」
ちょっと夢中になっていて話すのを忘れてた。
イェルに、わたしの切断に対する理解をかいつまんで話す。ものすごく興味深そうにイェルはわたしの話を聞いて、半信半疑のようではあったけれど原子だとかの構造も理解していた。そもそもわたしの理解は絶対どこか間違ってるだろうし信じてくれないほうがいいんだけどさ。
かいつまんで話したとはいえ、イェルの興味関心による質問によってかなりの時間がかかった。その間にわたしは何度もクパの実で魔力を補充しながら細い針のような剣を完成させていた。収束させればさせるほど、霧のように柔らかく広がる光が強くなっていってちょっと神秘的だ。芯の部分は針くらいの太さしかない。
「折れるかどうか……」
「その辺の木ならば切れるだろう。私の剣と打ち合ったら折れることは保証しよう」
やっぱりそうか。まぁいいや、とりあえず木を試しに切ってみよう。
いきなり思いっきり打ち付けてぽっきりいくと、苦労したわたしの心もちょっとぽっきりいきそうだったので、すー、と空気をなでるように緩やかに剣を振った。
つつー、と滑る剣筋。
何の抵抗もなく木の幹を通過した。
そのまま、斜めに入った切断面からずるずると幹が滑って、切断口が地面に突き刺さった後で、倒れた。
……おおー、すごい。
「切れた……」
「そういう魔法は見たことあるが、無駄に魔力を使うことと、その割に強度が貧弱なのがネックだぞ」
あ、やっぱり知ってたんだ。あんまり驚いた感じじゃなかったもんね。
せっかくなので、強度を改善させるために、普通の剣の形の外郭を準備してくっつけるようにした。要は、収束させた針の剣を刃口の部分に使うという発想だ。
イェルに見せると、
「多少はましになるだろうが、それでも私のこの剣でも打ち合えないと思うぞ」
「じゃ、やってみていい?」
ということで、イェルが横に突き出した剣に対して、私の付け焼刃で切りかかってみた。
ぽっきりおれた。
……ちょっとは打ち合う感触はあったんだけど、パキン、という安っぽい音と共にわたしの剣がイェルの剣に折られていた。
「……イェルのやつが特別すごい、とかいうオチはないよね?」
「この程度なら出来のいい魔法使いが使ってくるレベルじゃないか? まぁそもそもそんな奴とけんかになることなんてそうはないと思うが」
確かに。明らかに過剰防衛というか、こんなの使ってくる相手と殺し合いする予定は全くない。別に勇者でもないのだし、魔物を倒すぞー、とかそういうモチベーションはないのだ。わたしがしたいことといえば異世界旅行とかだから、ちょっとお金を稼ぐ能力があって身を危険から守ることさえできれば良い。
だとすると、とりあえず木を切れるくらいの刃物を作れるようになったことがありがたいことだろう。ものが切れるって便利だと思う。あたりまえだけどさ。
折れた剣先が地面に転がっている。淡い光を保ったままで、拾い上げることができた。……そういえば魔力の集まりって、魔法弾もそうだけど、触れるんだよね。触ってる感触はあんまりないっていう不思議な感じだけど。
「魔力って収束させるだけで固まったりするの?」
「むしろ収束させるだけだと固まってしまう。だから魔力を操って、うまく構造を入れたり固まらないようにするわけだが。お前のその剣はさして構造を入れていないだろうから、そのうちその破片は崩れてから消えるはずだ」
イェルが言い終わったころに、わたしがつまみ上げていた剣の破片が光る砂のようになって崩れだした。掌くらいの大きさがあった破片は、三秒くらいで空気に溶けて、消える。
見とれてたら握っていた方の、長さが三分の一くらいになってしまった剣も消え始めていたので、慌てて身体の中に戻した。
「う……」
「ばか、全部戻すな、多少は外に放出しろ!」
ぐにゃり、と熱に曲げられたように視界が歪んだところでイェルが声をかけてくる。慌てて右手を銃身として魔力を空に放出すると、ばしゅ、と何かが抜ける音とともに一メートルくらいの半径で円柱のようなビーム? が飛んだ。
「いぃいだいぃぃ…………」
細い針を千本くらい突き刺したような耐え難い鋭い痛みが右腕に広がり、痺れたようになっている。案の定血まみれだし、うまく動かせないし、ちょっと動かすだけで新しく針が刺さる。痛い。とても痛い。
「ロクシー、少し慌てるとすぐにそういうミスをするな、お前は。あれだけたくさんクパの実で補給しながら作った剣なのだから、お前の扱える容量をはるかに超えてることくらいわかるだろうに」
言われてみるとそうだけど、咄嗟のことなので……。
ちょっとだけそういう不満をじとっとした湿度の高い視線でイェルに伝えると、
「いだだだだっ」
「治してやるから黙っていろ」
腕をとって治療してくれる。暖かい光が集まってきて、すっ、と体にしみ込んだかと思うと痛みが消し飛ぶ。緩やかな風が腕をなでると、それだけで血液が霧消した。
ちょっとだけ残響のように痛みがあるけれど、普通に腕が動くようになってちょっと安心する。
「やってみてわかったと思うが、剣を作るのは便利ではあるが時間も魔力もかかる上に作り終わった道具はたいてい捨てる羽目になるからな。必要な時はあるかもしれないが、害獣なんかに対しては殴っておいた方が手っ取り早いだろう」
まぁ確かに咄嗟に作って対応するのは難しそうだよね。魔力が物質っぽい性質を持ってるあたりから、頑張ればいろんなことができるような気もするけど、それこそが構造が云々とか言っている魔法な気もするし、そう簡単なことでもないんだろう。
「最後にお前に契約魔法を教えてやろう。遺跡に戻るぞ」
イェルに言われて、わたしたちは遺跡に戻る。
ちょうど天気も崩れ始め、遺跡に入った直後くらいに、地面がぽつぽつと濡れだした。
……十五年ぶりの雨か。いや、雨音は嫌になるくらい聞いたけどさ。
なんとなく感傷的な気分で遺跡から出て、雨を感じてみる。小雨程度なので不快感はない。
「……おい、何やってる、早く来い」
イェルの催促が飛んできたのでわたしは遺跡に戻る。
雨にぬれに行くなんてちょっと子供っぽいかな? でもどこかの生物学者が雨に濡れるのは気持ちいとか言ってたような、とか思いながらもイェルの後に続いた。




