14.手ごたえ
キャラクターの人生を年表を作ることでイメージし易くする……と、始めたのですが、取り組んでみると、非常に楽しい作業で、少々拍子抜けするくらいです。全てを想像だと世界観から考えなければならないので、初めですし、現実世界の世界に沿ったものに合わせて年表を作り始めることにし、『液』の方から手を付けているわけですが、これが、予想外に楽しい。当然、そのキャラクターの人生の年表ですから、そのキャラクターのみが出てくるわけではない。たとえば、現実の世界の話ならば、当然、母がいたり、父がいたり、兄弟がいるならば、途中誕生したり、色々と周りで一番身近な方との関わりも年表に登場するわけです。そこで起こそうとする事件を考えたり、実際の時代背景と照らし合わせたりして、キャラクターの常識や世界観を何となく頭の中にイメージしていく。この作業が、非常に面白いわけです。
多分、この話を未知の世界に当てはめるのであれば、その世界の始まりから作っていかなければならないと思うので、少々大変かもしれないですが、あまりにも大変なら、出来たばっかりにしても良いわけですし、実在の歴史を参考にして適当に変えていっても良いわけです。
そのキャラクターの父や母がいるのならば当然現実の世界ならば遺伝があるわけですし、そうなってくるとおのずと家庭環境なども出来上がってくるし、物語の核が作られていくわけです。
まぁ、全てのキャラクターの年表は大変だというのならば、メインキャラクターに留めて、後は雰囲気で匂わせる程度でも小説の進行にはあまり影響は無いように思います。でも、にくづきが甘くなるのかな。
年表を作っていて、自然に湧いた疑問、といいますか、小説の書き方に入ってくる考え方なのだと思うのだけれど、小説に出てくる事件などは、その年表の中の一部分の出来事を当然写し取ったものなわけです。
細かく心理描写まで加えていくわけですから、当然そうなります。
そうなると、どの部分を強調して描写するのか、しないのかも、選択肢として出来てくると思うのです。
時間の描き方の調整ですよね。たとえば、私たちは、24時間周期で自転する地球で生きているわけですから、地球の自転が変わらない限りは、一日は24時間あり、その中に朝や昼や夜があり、睡眠時間があり、食事の時間があり、勉強や趣味の時間があり、仕事の時間があり、と区切っていくと意外と、自らの個人的な時間を過ごすことが忙しい方程難しくなってくるわけです。たとえば、一日中、家に引きこもって過ごしている方の一週間の体感時間と、一週間、海外を飛び回り、家庭に仕事にと自分の時間もあまり持てない程充実している方の体感時間とは異なっているわけです。小説とは物語上であれ、生きている人を描くわけですから、例えば暇な人と忙しい人と絡ませようと思えば、まぁなんというか、忙しい人が無理をする設定にしなければおかしいわけです。もっと言えば、人によって暇な活動時間帯と忙しい活動時間帯があり、よっぽどのことがなければ、その時間帯が擦りあわないと出会えなくなってくる、、ということになります。まぁ、今の時代はインターネットがあり、SNSがありますし、携帯電話もありますから、出会ってしまえばいくらでも調整は可能かもしれないですけれど、環境に違いがありすぎる当人同士を出合わせるやり方となると、それなりに理由を作らないと出会えないとなります。
そういった意味で、年表づくりは、偶然を作り上げる作業ともいえると思うので、非常に楽しいです。事件も起こせますし、キャラクターに愛着も湧いてきますし。
まだ、年表は出来上がってはいませんが、出来上がったら、もっと詳細な相関図を作成して、キャラクターの内と外を作り上げていこうかなと思います。
今回、非常に悩んだのですが、挿絵を添えることはやめることにしました。作者である私の絵は、個が強すぎるので、イメージが固まってしまうことが怖いのです。影響があまりなさそうな作品には挿絵をしていこうとも考えますし、絵は好きなので万々歳ですが、飽くまでもこちらのサイトさまには小説を書きに来ているので、その小説に合う挿絵を!なんてものに必死になり始めてしまえば、なんだか本末転倒の哀しい結末しか待っていないような気がしますし、今回は自分にお預けをしようと思います。暫く絵はお休みです。
この作品は、一応簡単ではありますが、プロットを作り、大まかにどのようなことが起こるのかも決めている小説ではあったので、それをより細かくしていく形なので、年表を作ることによって小説の結末が大きく変化するということは起こらないのですが、もしかしたら、小説の雰囲気が少し一変してしまうかもしれないので、話の分量が少し増えたり、話そのものの大幅な編集が行われるかもしれないです。話の本筋の流れに変化はないので、この辺は誤差の範囲だと自分では考えています。
しかし、小説は楽しいですね。取り組んでみてよかったなぁと今本当に考えています。




