第二十八話 「鳥・犬・魚」
この国はいま、優しいプーチン主義が支配している。マスコミに圧力をかけ、左派的な言説を弱体化し、民主的な手段で議会の過半数を握った。強大な権力を手にした現政権は、解散権による野党コントロールを通じて、立法したい法案のほぼ全てを実現することができた。
とはいえ俺は、現政権のイデオロギーが右寄りすぎることを理由にプーチン主義と呼んでいるのではない。ロシアの第二代大統領に就任したプーチンは、政治経済にわたるきわめて強固な難題を抱えていたが、それらはいずれも、冷戦終結からソ連邦崩壊という短い期間の政権運営に起因していた。自由主義経済の導入による国営企業の民営化と、それによる財閥の寡占化である。
同時期の中国は国家資本主義の道を選んだが、当初はどちらが成功モデルになるか誰もわからなかった。結果は歴史が雄弁に物語る。ロシアは失敗したのだ。そこで発生した影響は国民生活に波及し、経済成長率は長年にわたりマイナスを記録、人びとは飢餓一歩手前の貧困を余儀なくされた。
プーチンが変えようとしたのはごく一部の人間しか幸せになれない借り物の自由主義体制である。ロシアはソ連に戻れることはないが、社会をかつての状態に近づけることはできる。それは、一九九〇年前後に失ったものを取り戻すことだ。原油価格の高騰という好運にも助けられ、彼はみずからに課した難題を見事に乗り切ることに成功した。
冷戦集結後の日本社会の抱えた問題も、具体的な課題こそ違えど、プーチンが直面した状況と明確な類似があった。一九九〇年前後、この国に埋め込まれた課題が二つある。そのうちの一つが、バブル経済崩壊の後処理と、その遠因となっていた円高である。
前者は土地に代表される信用価値を下げ、後者は輸出企業に打撃を与えた。そして両者が噛み合されることで、企業は海外に拠点を移すようになり、日本経済は空洞化した。税収と賃金は下がり、財政問題とデフレが生じた。失われた二五年と呼ばれる大停滞が続き、経済成長率はゼロ近辺まで押し下げられた。
もう一つの課題は、朝鮮半島を中心とした安全保障問題である。多くの人びとの認識において忘れられていることだが、冷戦は欧州で終わった。それにより東アジアには冷戦の遺物が残され、大国のパワーがひしめき合う政治的な均衡地帯と化した。
具体的なリスクで言うと、半島北部を占める朝鮮国家の核開発と、共産党独裁を続ける中国の軍拡である。両者を放置したことで潜在的な危機は増していったが、日本は平和憲法を掲げ、主体的な安全保障政策をとれないでいた。
現政権が経済的課題に取り組んだのは、権力基盤を確立するためだったと思う。長期的に累積したデフレを解消すべく、異次元の金融緩和が発動された。それは株高と円安を演出し、輸出と外需によって景気の回復がなされた。外需が落ち込み、金融政策の限界が見えてくると、大胆な給付により消費を刺激し、労働制度の改革とともに移民の導入が決まった。
前者は数年後、ベーシックインカム政策へと発展し、後者は日本の労働生産性を大幅に押し上げた。畳み掛けるような経済政策はようやく物価上昇を生み、社会は緩やかなインフレのもと、安定飛行へ移ろうとしている。
翻って政治的な課題だが、対外的な安全保障の点で大きな進展があった。象徴的な出来事としては、環太平洋戦略的経済連携協定の発効が挙げられる。同協定は、太平洋諸国に自由経済圏を確立し、独裁的な国営経済を続ける中国を排除するという思想のもと、アジア版NATOとも言うべき安全保障体制の受け皿となるものだった。
最大の難関は米国で誕生した新政権だったが、中国の覇権がアジア全体に及ぶことを恐れる積極介入派が主導権を握ったことで最終的に議会の批准を勝ち取った。紆余曲折があったものの、四半世紀のあいだ世界をリードしたグローバル化と自由貿易は、保護主義による抵抗をかろうじてくぐり抜けたのだ。
それと並行し、東アジアの不安定さは急速に改善され始めていた。状況を主導したのは、驚くべきことに日本だった。冷戦構造の脱却を掲げた現政権は、朝鮮抜きの対外関係を模索した。領土問題を棚上げすることでロシアに接近し、日露共同で五カ国協議を提案した。
この動きに呼応したのが米中である。米国は朝鮮の核廃棄を一貫して主張し、保有容認派の中国と対立してきたが、新政権になると一転して中国の方針を受け容れ始めたのだ。四大国が脱冷戦へ向けて足並みを揃えたことで残されたピースは、半島統一をめぐって国内世論が割れている韓国だけとなった。もっとも新たな東アジア秩序に遅れをとるわけにいかないから、韓国が五カ国協議で賛成票を投じるのは時間の問題だろう。
稀に見る長期政権となる中、現政権はこれらの問題に果敢に取り組んできたように思う。プーチンほど強権的というわけではないが、国家のパワーはぎりぎりまで追求する。対内的には財政出動という飴と、労働政策という鞭を巧みに使い分け、対外的には脱冷戦型の秩序を描いてみせた。
マスコミの力を押さえつけたことには根強い批判もあり、それこそが現政権のあり方を「優しいプーチン主義」と名指す理由であるが、公平に評価するなら罪より功が上回る。日本を出口の見えない袋小路へ追い込んでいた一九九〇年前後の失敗を、彼らは半分以上取り返すことができたし、その成果を誰も否定することはできない。
失われた二五年という微睡みから目覚め、たった数年で政経両面でこの国を変えてみせたことの対価に、現政権によって改憲がなされようとしている。そこにはまだ幾つもの妥協点がありそうだが、はっきりしているのは俺は傍観者に過ぎないということだ。
こうした現代史のことを、社会人になってからずっと、三つの視点から見ていた。鳥と犬と魚。鳥は情況を俯瞰し、分析する。犬は地道に取り組み、生活者の視点から眺める。魚は陰に隠れ、水面に映る世界に幻想を見る。
それぞれが異なる想像力を持ち、自分と世界の関係をはかってきた。「優しいプーチン主義」の行く末にも異なる意見があった。
差し詰め俺は鳥の眼を持っているから、この国の未来がよく見える。移民を受け容れたことは毒にも薬にもなるだろうし、長期的に見ればメリットのほうが大きい。
けれど魚の眼を持つ者が冗談めかして言ったように、一度塩漬けにした魚は、元どおり新鮮な魚に戻らない。社会においても同じことが言える。一度移民を受け容れた社会は変質し、元どおりになることは決してない。もっともそこで生じる不安定を代償に、俺たちは衰退のレールからポイントを切り替えられたわけだが。
少し短いので19時に続きを連続投稿します。