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猟奇的なマリア  作者: 作家椿
3/7

高校生の頃

 日本へ戻っていた私に待ち受けていたのは、苦悩の日々でした。いえ、間違いを犯したからこその苦悩の日々だったのだと今になれば分かります。それは単純な過ちであり、延々と続けてきた間違いでもありました。

 英国にいた三年もの間、日本にいたままの家族と、如何にその縁を取り持ち続けるか、教えてくださったのは西野先輩でしたので、当然、西野先輩とは家ぐるみの付き合いをすることになっていました。それは私にとって幸いであり、そして、単純な方の過ちの原因を、少しだけ持っていました。

 グラスゴーからロンドンへ、ロンドンのヒースロー空港から成田空港へ、成田から東京都心に抜け、新幹線に乗り換えて、郷里へと帰っていく。その道すがら、どこかへ忘れてきた何かが、私の中に満ち足りていくのを感じました。今になればその感情がなんなのかというのは説明できますけれども、当時の私は、当然のことながらそれが初めてでしたので、これが一体何なのか、分からずにいました。ただ、決して不快ではありませんでした。とても暖かい物でした。

「本日も全日空をご利用いただき……。当機はまもなく東京・成田空港に……」

「本日も京成スカイライナーを……。まもなく終点京成上野です……」

「お客さん、もう八重洲口に……」

「この電車はひかり×××号博多行きです……」

 海外で何年もの間を過ごした思い出は、はっきりとした重さとなって、鞄に詰まっておりました。ですので、私は三年前の記憶をたどり、東京駅のあの巨大さを避けるために、敢えて上野からタクシーを拾うことにしました。タクシーであれば、グラスゴーにいた頃に使い慣れた物でもありましたし、なにより荷物を自分で持たずに済むというのは、大層に有り難いことだったのです。それほど、あれだけ妄想に耽り、ほぼフェアリィとしか話していなかったというのに、記憶は、思い出は、重さとなって鞄に詰まっていたのです。

 グラスゴーを離れるときは、それはそれは寂しく思いました。決して親しいとは言えなかった物の、私に心を許してくれるような方々もおりましたし、何よりも、フェアリィと離れることが、まるでちっぽけな喩えで非常に恐縮なのですが、身の引きされるような、というのが一番ぴったりであろう感覚でした。

 当然、西野先輩はもうおりませんでしたから、私を真に慰めてくれるのは、離れるべきフェアリィだけと言うことになります。そしてこれもまた当然のことなのですが、それがフェアリィであるからこそ、私は涙を枯らすということをまるで知らないかのように、泣き続けました。

 ロンドン・ユーストン行きの特急列車に乗り込んでも尚、私は泣き続けました。ですが、なんと言うのでしょうか、泣きはらした後の、あの特有のぼうっとした感覚……。あれこそが、本当の意味でのリアルであったような気がします。

 そして、何度も何度も、フェアリィの別れ際の言葉を思い出しました。

「またね。また後で」

 またね(See You)。また後で(See you Later)。私も涙ながらに、同じく、また後で、と返しました。それが、英国で私が発した、意味のある最後の英語でした。

 そう、また後で会えるのです。三年という月日が如何に長く、如何に短いかは、身をもって知っておりましたから、それは苦痛ではありませんでした。いえ、私はそれ以上に長い年月を、ずっと『待って』いたのですから、それは短い年月なのだと、私は自分に言い聞かせました。

 そうすると、フェアリィや、この英国特有の緑、決して教科書通りとは言えない英語、そんなものが、私の中で静かに息を潜めていきました。

 そうして、フェアリィと三年後にもう一度出会ったら、私も少しは笑える女になっていよう、そう決心しました。

 先ほど、思い出は重さになると、申し上げました。同時に、途方もない力ともなることを、思い知らされました。いえ、あの事件が、私の中で稲妻であり続けるのです、それは当然のことだったのでしょう。しかし、当然のことであったからこそ、私には自覚できずにいたのです。

 成田行きのファーストクラスに腰掛けると、綺麗なスチュワーデスの方が、「ようこそ、浜坂佳織様。本日のフライトはおよそ……」と、丁寧に挨拶をしてくださいます。そうだ、三年前もそうでした。この、日本にしかない、気遣いとも違う、かいがいしさとも違う、日本人であると慣れきってしまった物、それを感じると同時に、ああ、終わったのだ、と感じ、同時に、始まるのだと感じました。そして、疲れに似た感覚を味わいました。

 私は空腹ではありませんでしたので、「夕食は後ほどで結構です、それよりも珈琲を持ってきていただけませんか?」と訊ねました。兎に角、珈琲の鮮烈な苦みを味わいたかったのです。すると、スチュワーデスさんは、少しおかしそうにお笑いになり、そして流暢な英語で「イギリスではどちらに滞在されていたのですか?」と逆にこちらに訊ねてきます。そこで、私は、日本語に対し、英語で返していたことに気付いたのでした。その言葉は、西野先輩の朗らかさとも、フェアリィの霊感とも違う、なんと申し上げれば良いのでしょう、大人の柔らかさ、でしょうか、そのような物を持っていました。

 私の決心は、そこで達成されました。なんと、いとも自然に笑うことが、微笑むことができたのです。自分が可笑しかったからか、それともスチュワーデスさんの言葉が面白かったからなのか、もしくは安堵したのか、それは分かりません。ですが、とても自然に、微笑が浮かびました。

「グラスゴーです。三年前から留学していて、今日終わったところです」

 今度は、自然なはずの日本語で、きちんと答えることができました。

「それは長旅ですね。ずっとグラスゴーにいらしたのですか?」

「はい、ずっと。手紙などはしたためておりましたが、この三年間、ずっと日本には帰らず、今日、ようやく帰ることになった次第です」

 なんということでしょう。なんという力なのでしょう。私はいとも簡単に微笑み、このような自然な会話すら、意識せずにこなすことができるようになっていたのです。ああ、フェアリィ。あなたのおかげです。あなたに対し、笑える女になると言う決心をした、そのためには様々な思い出があった、だからこそ今私は、微笑み、会話することができるのです。

「では、イギリスについては、わたくしどもなどよりよほどお知りなのでしょうね。珈琲は冷たい物、暖かい物、どちらをご用意いたしましょうか」

 まだ春先で、時折冷える日も続きましたが、その日はうららかな日和で、夕刻の機内もまた、柔らかな(気温という意味での)暖かさに包まれていました。

「暖かい物をお願いします。これから十数時間、お世話をおかけしますが、よろしくお願いします」

「承知いたしました。珈琲はすぐにお持ちいたします。何か御用が御座いましたら、お気軽にお声をおかけください」

 言って、深々とお辞儀をすると、そのスチュワーデスさんは去っていきました。

 私は、実家が裕福であることにも、同時に感謝しました。乗務員の方に、わざわざ名前で呼んで頂ける。それもとても気さくに、柔らかく接していただける。欧州から日本へと向かう飛行機でも、ファーストクラスの住人になることで、それは初めて許されることでした。

 珈琲は、言葉通りすぐに持ってきていただけました。離陸までの短い時間で、私はなんとかそれを飲み干すと、シートベルトをしっかりと締め、そして何故か目を閉じました。

 日本に着いてからのことは、もうしっかりと決めてありました。西野先輩と同じ高校へと進学するのです。これまでと違い、男女共学であることに対し、多少の不安と、それから何か未知の物に触れる時特有の楽しみがありましたが、フェアリィと別れたからには、西野先輩くらいしか、家族以外に頼れる人はおりませんでしたので、西野先輩と同じ高校に通うことにしたのです。

 高校もまたミッションスクールで、所謂進学校と呼ばれる物でしたが、校則はあまり厳しくなく、自由な校風だと、伝え聞いておりました。そこにもまた不安と、それから期待を感じていましたが、西野やよいという方が私の側にいてくれる限り大丈夫だ、と、そう確信もしておりました。

 そうして成田に着き、京成に乗り換え、上野からタクシーで東京駅の八重洲まで抜け、新幹線へと更に乗り換えました。

 久しぶりの郷里は、たった三年前のことなのに、よく覚えておりませんでしたが、やはり私を安堵させました。私は心の中で、二つのことを唱えます。あの、自分なりの聖母マリアへの祈り、フェアリィへの祈り。その時の私には、それで十分だったのです。




 過ち。そう、それは過ちでした。しかし、その時は純粋に正しく思えたことでした。黄金色、と言っても足りない。翡翠色、と言っても足りない。私にとっては、限りなく透明に近い、月光のような色をした正しさでした。

 高校の入学式を終え、そうして、学校生活が始まります。一日目は、いわば校内の説明と、それから校則の説明、それから二日目の冒頭に、おまけのような形で各々の自己紹介が付け足されました。

 ミッションスクールとは言え、私のような『お嬢様』は希な存在で、制服のスカートを短くするでもなく、クラスの男子の誰が良いだとかいう話に加わるでもなく、これから為すべき事、やらねばならぬ事を、己の中で、よりいっそう鮮明に構築するための三年間だと、私は捉えておりましたが、それは本当に希な存在で、これもまた陳腐な喩えになって恐縮なのですが、他の皆は、それぞれの青春を謳歌しようと必死になっているようで、私は『真面目ぶっているいけすかない女』という刻印を、入学式そうそうにして打たれました。

 しかし、それも一日目だけのことで、二日目、つまり学内の説明やその他諸々が行われた日の、先ほど、おまけのような、と申し上げた自己紹介の際に、それは私にとって全く意図しない形で、打ち砕かれました。

 それぞれが、おどけたり、生真面目だったり、いろんな風に、自分のことを話します。私は何を話して良いのか分からず、兎に角、佳織とだけは呼ばれたくないこと、それから、英国に三年もの間いたから、日本のことに少し疎いこと、それだけを伝えようと思い、それをどのように文章にするか、言葉にするか、それだけを考えておりました。やがて自分の順番になっても、まだそれは形になっておりませんでした。ですので、立ち上がるやいなや、

「浜坂佳織と申します。下の名で呼ぶことは避けていただけると幸いです。英国への留学から帰ってきたばかりで失礼が多いかと思いますので、ご迷惑をおかけするであろうことをお詫びします。……」

 などと、本当に、おおよそ高校生の自己紹介とは思えない、それこそ『お嬢様』その物の言葉を、口にしてしまいました。

 そうして、言ってしまってから、例の悪癖が、鎌首をもたげます。顔が赤くなっていくのが、自分でも分かります。ああ、大人の女の人に対しては、ああも簡単に微笑むことができたというのに。ああも簡単に、己を説明することができたというのに。どうして私は、こうも。孤独への道を、自ら開いたような物だ、と己を呪いました。笑える女になる、ということは、孤独とは逆の道を選ぶ、ということだというのに。

 しかし。

「じゃあ、浜坂さんのことはなんと呼べばいいの? イギリスではなんと呼ばれていたの?」

 そう、担任の、山口先生が仰ります。ああ、そうだ、私は、リリウムという名を、いただいていたのでした。フェアリィ、私に、力を。

「白百合を意味するラテン語で……」

 必死の思いで、そう絞り出します。そうすると、先ほどまでの流れの中で、自分は冗談と笑いとお菓子でできている、などという自己紹介をした、クラスメートの井畑夏美という女子が、

「じゃあ、ゆりしーでいいんじゃない?」

 などと言います。そこで私は、あの事件の事を思い出しました。あの時、彼からもらった白百合が、目の前に、鮮やかに、鮮やかに浮かびます。

 笑い声がしました。クラス中が、男子も女子も関わらず、皆、笑っていました。

「ゆりしーか。白百合からゆりしーって」

「可愛いじゃん、浜坂さんには似合ってると思う」

「ていうかそれ以外俺考えらんね。井畑マジ天才」

「決定、決定。浜坂はゆりしー」

 などと、口々に、皆、嬉しそうに、楽しそうに仰っています。私はますます顔を赤くするばかりでしたが、同時に嬉しくもありました。英国での三年間、ああも仄暗く過ごしていた私を、彼らは、彼女らは、こうも簡単に受け入れてくれるのですから。

 第一の苦難は、こうして、いともたやすく乗り越えさせていただくことができました。私個人ではどうしようもありません。フェアリィへの誓いも、あの飛行機の中だけで終わっていたかも知れません。けれど、それでも、皆の朗らかさ、暖かさが、私を、苦難の中にいることをよしとはせずにいてくれたのです。

 昼休み、私は静かにお弁当を食べたかったのですが、クラスメートの方々は、それをよしとはしてくれませんでした。英国での体験や、私の英語について、彼ら、彼女らは、とても興味を惹かれていたのでした。とりわけ、先ほどの井畑さんが、私についての出来事を、酷く知りたがっておりました。私は、愚直な女です。そして、愚鈍な女です。それらを交わす術など持てようはずがありません。馬鹿正直に、それらに答えようとし、そして件の悪癖によってそれらは阻害されるのでした。

 ただ、井畑夏美さんには、こちらからも、好意、でしょうか、悪からぬ感情を覚えました。他の方々は、言葉を選ばぬのであれば、ただただ好奇心によって、私のことを知りたがっているようでしたが、井畑さんだけは、彼女の言葉を借りるのであれば、『お菓子を食べるのを嫌う女子はいない』という例えによって代表されるように、私との時間を楽しもうとしてくださっている様子でした。

 昼休みには、結局お弁当を食べることはできず(井畑さんは、食べながら下品にではなく喋る、という特技を持ってらっしゃいました)、しかし、井畑さんと出会えたことに感謝しつつ、放課後、西野先輩と帰路を共にしました。道すがらにある小さな公園で、遅い昼食を摂っていると、またもや、ひょっこりと井畑さんが顔を出しました。

「おーい、ゆりしー!」

 公園の入り口からさほど遠くもないベンチでお弁当を食べているというのに、井畑さんは、酷く大きな身振り手振りで、私を呼びます。私は口を拭き、お弁当の蓋を閉め、小さく手を振り替えしました。

 私の予想では、彼女はまた私と共に『お菓子を食べよう』としていたのでしたが、それは違いました。彼女は、思い切り手を振ると、別れの挨拶をし、そのまま去っていったのでした。

「今度はゆりしーか」

 西野先輩が、おかしそうにお笑いになります。

「つくづく百合に縁があるねぇ、リリウムは」

「彼女に……井畑さんに付けていただきました」

 持参の珈琲を、魔法瓶の蓋に注ぎながら、私は答えます。もう、食事を摂る気分ではなくなっていました。

「さっそく友達ができたの?」

「いえ、そういう訳ではありませんが、彼女は私にとても親しくしてくれます」

「あんたの人柄に惹かれてるのさ。あ、あたしにも珈琲頂戴」

 言って、西野先輩は、自分の水筒の蓋を、私に差し出します。私はそれに、ゆっくりと珈琲を注ぎました。湯気が、柔らかく私の頬を撫でました。

「今度さ、映画でも見に行こうか。あたしがおごるよ」

 少しの間、西野先輩の笑みには、恐らく私の顔にも似ているであろう、ほの暗さが漂っていました。しかしそれは本当に少しの間、珈琲を飲み干すと、彼女の笑みは、あの快活で朗らかな物に変わっていました。

「いえ、私が出します。その代わり、井畑さんも一緒に、というのは、いけませんか?」

「やっぱり友達ができたんじゃない」

 にやり、という風に、西野先輩が笑顔を作ります。驚くべき事に、昔の私であれば、いえ、井畑さんに出会う前の私であれば、その言葉に萎縮し、下を向いて赤面してしまったことでしょう。ですが、赤面こそしましたが、私は西野先輩の目を、まっすぐに受け止めることができたのです。

「しかもうつむかなくなった。お祝いだよ、やっぱりあたしに出させて」

「分かりました。お祝いなら、受け取ります」

 そして、微笑むことができました。ああ、フェアリィ。あなたの力は……。




 明くる土曜日、私は井畑さんと一緒に、都心へ向かう電車の駅に向かいました。勿論、西野先輩と、井畑さんと、それから私とで、映画を見に行くためです。西野先輩もまた、冗談のお好きな人柄でしたので、『冗談と笑いとお菓子でできている』井畑さんとは、たちまちの内に仲良くなりました。そして、この私ですら、思わず吹き出さずにはいられないような冗談を、二人で交わしていました。

「さてさて諸君」

 都心に着き、真っ先に入ったのは、映画館ではなく喫茶店でした。私たちは午前の遅い時間に集合し、都心に着く頃には、お昼時になっていたからです。簡単な昼食を済ませ、食後の珈琲を飲んでいると、わざとらしい咳払いを一つしてから、厳粛な面持ちで、西野先輩がそう仰いました。

「我が友リリウムと、その友井畑夏美の親交を深めるために、私は映画館に行くという選択肢を諸君に提示した。だが」

 そこで彼女は、鞄の中から、沢山の映画のポスターを取りだし、テーブルの上に並べました。わざとらしい演説口調に合わせるように、井畑さんもまた、わざとらしい厳粛な顔持ちをしていました。

「どんな映画が良いのか、私には皆目見当が付かない。甘酸っぱい青春映画か? それとも砂糖菓子のようなフランス映画か? いやいや意表を突いてアクションや時代劇という選択肢もある。だが、私は諸君等の意見を尊重したい。なにせこういう場なのだから。井畑君、何か意見はあるかね?」

「西野議長、いっそのこと映画にこだわらず、我々の親睦を深めるためにあらゆる手段を行使すべきと、わたくしは上申いたします」

 わざわざ、さっと手を挙げてから、井畑さんもまた演説のような、漫画のような口調で返します。

「ということは井畑君」

 いたずらっぽい笑みを、西野先輩が浮かべます。

「そういうことであります議長」

 同じような笑みを、井畑さんも浮かべます。

「ゲーセンか!」

「カラオケであります!」

 二人の声が重なります。私は思わず、またぷっと吹き出してしまいました。

「いやいや議長、帰国して一ヶ月のゆりしーお嬢様に、ゲーセンはきついっしょ」

「井畑君、英国でどれほど日本の歌が流通していると思うんだ。このあたしですらチャゲアスくらいしか知らんぞ」

「先輩、古いっす。せめてミスチルにしてください」

「しょうがないだろう! イギリス暮らしが長かったんだ!」

「イギリスと言えばロックの国でしょ、先輩」

「ジャパニーズ・ロックとブリティッシュ・ロックは全く別物だ! あとあたしゃロックは苦手なんだ!」

「なら何ができるんです! 映画館で黙りこくるなんて親睦を深めるどころかいやらしい雰囲気になっちゃいますよ!」

「あたしとリリウムの英語力をみせつけるとか」

「あ、それ魅力」

「うん、そうかも」

 お二人が、今度は私の方をじっと見つめます。この、二人だけの冗談の応酬から一転して、私までそれに混ぜられるとは思いも寄りませんでしたので、私はただ、ぽかんとお二人の目を交互に見ることしかできませんでした。

「まぁ冗談はこれくらいにして、確かに映画館は駄目かもね」

 私は思わず苦笑を浮かべてしまいました。どこまでが冗談で、どこまでが本気なのか、私のような愚鈍な女には、皆目見当が付かないほど、高度な会話をお二人は交わすのですから。

「服でも見に行こうか。地下街でも流して、ウィンドウショッピングしよう」

「あ、それならゆりしーも疲れませんね、先輩」

「高校生の週末としても至って真っ当だし」

「うん、それ魅力」

「じゃあ行くかー。あたしが出しとくから、井畑後輩は甘えるように」

 お二人は、ほぼ同時に立ち上がりました。私の苦笑は、まだ続いていました。


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