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猟奇的なマリア  作者: 作家椿
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最初に知って頂きたいこと

 もし自分に、人並みという物が適応されたなら、どれだけ楽な人生だったでしょうか。私は、所謂『標準』からは、酷く逸脱した精神の持ち主であり、酷く逸脱した人生を送ってまいりました。

 何がいけなかったのでしょうか、と神に問えば、すぐさまに『お前の心が悪いのだ』、という答えが返ってくることは、明白でした。

 なら、私は神にこう問い返したいのです。ただ一人の男を思い続けることが、何故いけなかったのか、と。

 けれど、それに対する答えもまた、明白でしょう。

 始まりは、ほんの些細なことでした。本当に、秋の初めにセミが鳴かなくなるような、春の始まりに雪が溶け始めるような、そんな、酷くありふれていて、それでいてそれを観測した者にとっては、酷く感動的なことでした。

 しかし、それは万人に等しく与えられる、万物の理でしょう。彼の行動もまた、そうだったに違いありません。けれど私には、それは稲光のように、雷の語源が神鳴りであるのと同じように、私を撃ち抜くように感ぜられました。

「佳織ちゃん、これ、あげるよ」

 彼とは当時親しくしておりました。所謂子供の戯れとも言えるでしょう。けれど『標準』から酷く逸脱した私には、それは、衝撃的なことでした。

 彼は、私に一輪の白百合を、微笑みながらかざしたのでした。

 内向的ながらも、なんとか彼や、彼の友達(友達の友達、というのがどれほどあやふやでおぼろげな物か、分かっていただけるとは思いますが、私には、それをも壊す気概はなかったのです)と、多少なりとも、笑顔を交わしたり、言葉を交わしたりは、かなり苦労を強いられることではありましたが、することができました。

 そうして、彼は屈託無く微笑み、私に一輪の白百合をくれたのでした。

 その当時、私の周りでは、私のことを下の名前で呼ぶのは、家族を除いては彼だけでした。だからでしょうか、未だにその出来事が、私の中で、先ほども申し上げたとおり、稲妻のような力と魅力を持っているのは。

 私は、困惑しました。一緒に眺めているだけで幸せだった白百合を、私の物として認めてくれた彼の行動や、その事になんの疑問も差し挟まないそのほかの『友達の友達』……。こんなに美しい物が、私に与えられて良いのか。いや、与えられるだけならまだ良い、独占しても良いのか。

 今でもそうですが、私は人に少しでも親切にされると、非常に困惑してしまう性分なのです。況や、ほんの小さな子供のであった当時をして、本当に私に、何ができたというのでしょう。

「浜坂、顔、赤い」

 何もできず、ただその白百合を食い入るように見つめていると、そんな声が聞こえました。ええ、そうなのです。困惑するだけならまだ良いのです。何もできないだけならまだいいのです。私はすぐに顔を赤く染めてしまう悪癖があったのです。

 それを指摘された私は、ますます顔を赤く染め、かといって差し出された白百合を受け取ることもできず、はしたない喩えで非常に恐縮なのですが、丁度おしっこを我慢してどうしようもなくなっているかのように、なおさらもじもじするしかできなかったのです。

 けれど、この、目の前の白百合と、彼の微笑は、どうにかしなければならないのも、また事実でした。

 その事件が起きた時刻のことは、はっきりとは記憶しておりません。夕暮れ時で、もう家に帰らねばならなかった時間だったのか、それともまだ日は高く、これからも彼や『友達の友達』と一緒にいることが許される時間が続いていたのか、それすらも判然としません。

 ただ、私が取った行動は、驚くほど馬鹿げた物でした。

 差し出され、かかげられた白百合を、奪い取るように自分の手に収めると、そのまま、走ってその場から去り、家へと帰ってしまったのです。

 年の頃は五つでした。まだ、少女と言うよりも幼女と言った方が正しい、そんな年齢でした。


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