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後半戦

『なあなあ、サチ。ちょっと』


「どうしたのユッキー」


『長い眠りから覚めた気がする』


「冬眠でもしていたの?」


『期間にして、ちょうど2年ぐらい』


「冬眠どころか季節が2度巡ってるわね」


『3度巡らなくてよかったぜ』


「3度巡ったら中学1年生も立派な中学3年生ね」


『……3度巡ったら中学1年生は高校1年生だぞ?』


「大学への受験戦争はもう始まっていたわ」


『やっぱりサチはそういうとこバカだなあ』


「は?最新鋭のアンドロイドに向かってバカだなんて、死にたいみたいね」


『俺もアンドロイドだから死にはしないんだなこれが』


「つまりは不老不死」


『永遠の命は人生の味を薄くする』


「格言的なの出たわね」


『自堕落に不老不死を生きるより、世界滅亡まで残り10分と追い詰められた勇者の方が輝きを放つもんだ』


「私も格言的なの思いついたわ」


『聞かせてくれ』


「出来立てのカレーは水をかけることにより味を薄くする」


『単なる事実だなそれは』


「ユッキーはお父さんの遺伝により将来頭を薄くする」


『単なる事実とは認識したくないなそれは』


「この調子でいけば、一冊の格言集が綴れそうね」


『ふさふさの祖父の隔世遺伝を期待するぜ』


「一冊の格言集を出版する頃には、私も立派な3年生かしら?」


『人生を3度くらい巡らせればお前の格言集も出版出来るかもな』



『お金が欲しいな』


「お金は欲しいわ」


『無欲なアンドロイドが10億円手に入れた時の話とはなんだったのか』


「あの10億円は掛け布団として利用してるからダメよ」


『確かに掛け布団はないと困る』


「お腹冷えちゃうからね」


『お腹冷えちゃうと翌日お腹痛くなっちゃって大変だ』


「うちのアパートはおトイレが一つだから独占されちゃたまらないわ」


『そうなったら俺は大家さんのところに借りに行くよ』


「大家さんのこと恐れていたと思っていたけど、おトイレ借りるぐらいには仲良しだったのね」


『2年ぶりだからそういう細かい関係性があやふやなのはご愛嬌だ』


「1年生も立派な3年生ね」


『俺と大家さんはマブダチだからな』


「もしその時になったら、どんな感じでおトイレを借りに行くの?」


『まずは3回、ドアをノックだ』


「うんうん」


『大家さんがドアを開けたのを見計らったところで』


「なるほど」


『指先と、膝とおでこを、地に付ける』


「五七五調で土下座してんじゃないわよ」


『滞納した家賃を前に友情は成り立たないのであった』


「仲良しさんほどお金関係はきっちりした方がいいってわけね」


『以上の手続きを踏まえ、ようやくおトイレを貸して頂けるのだ』


「友情どころか上下関係がハッキリしてる言葉遣いね」


『1回につき100円払うことで、ようやくおトイレを使用させて頂けるのだ』


「そんなとこでも踏んだくられてるのね」


『2年の月日だってただ無為に過ごせば何も進展なんかないって教訓を得た』



『幸せになりたい』


「幸せにはなりたいわね」


『そのためにはまず、幸せとは何なのか論じる必要がある』


「あら。分かりきったことを言うのね」


『なにやら達観した物言いだな』


「簡単だもの。考える時間が勿体無いぐらい」


『それなら聞かせてもらおうか。お前の幸せを』


「たった一言で十分ね。あなたの隣にいること、それが私の幸せよ」


『……サチ』


「……ユッキー」


『くせえな』


「くさいわね」


『鼻がひん曲がりそうだ』


「自分で言っといてなんだけど、私なんかもうひん曲がっちゃってるわ」


『そんな恥ずかしい台詞、よく言えるよな?』


「ええ。だって別に、本心じゃないもの」


『熱い手のひら返しが待っていた』


「ユッキーといることが不幸せってことはないけど、幸せランキングベスト1000にギリギリ入るぐらいの位置だもの」


『順位低過ぎだろ。せめて100……出来れば10位ぐらいには入れといてほしかったぜ』


「10位の幸せは、そうね。洗濯物を取り込んだ後にちょうど雨が降り始めた時かしら」


『ん?俺ってその程度の日常の幸運に負けるの?』


「9位は……そうね。11月11日の11時11分11秒を意識的に認識した時かしら」


『年に1度の幸運と言えば両手を上げてはしゃがずにはいられないが、ちょっとそれも』


「8位は、アイスの当たり棒が……」


『……そんなささやかな幸せランキングの中で、俺は1000位にいるのか?』


「正確には違うわね。998位よ」


『まだ二つの後ろ盾が……ちなみに、その二つはなんなんだ?』


「999位は……そうね。たこ焼きにたこが2個入ってた時」


『たこ焼きに僅差で競り勝つ人生』


「栄えある1000位は、宝くじで10億当たった時かしら」


『価値基準がおかしい』


「一般市民が億単位のお金を当てて人生狂わすって話、あるじゃない。身の丈に合わない幸せは、ともすれば重荷となってその人を押し潰すって話よ」


『なかなかリアリティのある話だな』


「ちなみに幸せランキング堂々の第1位は、働くことなく月々25万円が非課税で生涯振り込まれ続けることよ」


『10億円よりリアリティのない話だな』


「一度に得る金額は人生を狂わすほど多額ではないけど、十分贅沢が許される金額。お金は正義よ」


『そこについては一言も反論できない俺がいる』



「綺麗な心を取り戻したい」


『荒んだ大人のような見解』


「私がホコリだとすれば、ユッキーはヘドロぐらい荒んでいるわね」


『俺をめっぽう下に置くな。似たようなもんだろ』


「まあともかく、純然たる子供と比べたら、私とユッキーなんかバイキンもいいところね。とっとと土に還った方がよっぽど地球のためよ」


『自己卑下のスピード感がすごい』


「お金について話し過ぎたわ。もう少し、ハートフルな話をしましょう」


『例えば、どんな?』


「……………………」


『そこで押し黙るな』


「……………………今日も、良い天気ですね」


『内容スッカスカ過ぎるだろ』


「綺麗な心を取り戻すためにはどうしたらいいのかしら」


『わからないことはグググる先生に聞こう』


「2年前からグググる先生にはお世話になりっぱなしね」


『色々出たぞ…… まず、《陰口を言わないこと》』


「私、ユッキーがいないところでユッキーの陰口言いまくってるわ」


『……次。《人の幸せを喜ぶことが出来る》』


「自分は自分、他人は他人。ユッキーがアホみたいな顔で幸せを噛み締めていても、私が幸せでなければ妬ましくて仕方が無いわね。そんな綺麗事、反吐がでるわ」


『…………最後に、《思いやりを持って他人に接すること》』


「私、他人にめちゃめちゃ優しくしてるわよ。イケメン限定だけど」


『……ソォイ!』


「感情の爆発を感じたわ」


『綺麗な心を取り戻すのはお前には無理だってことだけはわかった』


「そ。じゃあ諦めようかしら」


『切り替えの早さだけは賞賛に値する』


「うだうだ考えるのは性に合わないわ。私は私の道を行くだけよ」


『ちなみに俺は、サチが優しくするイケメンの対象に入っているのか?』


「笑えないジョークは耳が汚れるだけよ」


『……ソォイ!』



『平和に暮らしたい』


「まるで戦場を駆ける英雄のような物言いね」


『実際はサチの命令でタイムセールへ駆ける使いパシリの物言いなんだがな』


「安くなった時に買わない選択肢など無いわ」


『まあ、その程度の買い物なんてのは何でもないんだがな…… 平和そのものだよ』


「平和、ね……」


『……』


「……そろそろ、《組織》に勘付かれる頃かしら?」


『んー、それはわからないが、あまり猶予は無さそうだな』


「平和に暮らしたいってユッキーの望みは、まあ、同感ね」


『そろそろ、身体の方もな』


「それも心配だけれど…… 《E2システム》の懸念も残るわね」


『そうだな……』


「……」


『……』


「…………」


『…………なあ』


「何かしら?」


『突発性事件勃発ごっこ、もう膨らみそうにないんだが』


「私も限界は感じていたわ」


『《組織》って何の話?』


「さあ?《全日本黒ごま協会》のことかしら」


『《全日本白ごま協会》とバチバチに争ってそうな組織名だな』


「実在するか不明な組織のことはどうでもいいとして」


『E2システムのE2って何?』


「さあ?《エラ呼吸2段重ね》の略かしら」


『もはや意味がわからん』


「何でもかんでも意味を見出そうとするのは現代人の悪癖ね。無益な話に花を咲かせられないようじゃ、暇潰しなんて出来ないわよ」


『俺が怒られる流れになってやがる』


「組織に狙われるような事件でも起これば華のある人生なのだろうけれど、そんなものはフィクションに過ぎないのね」


『そんなことはないぞ?サチと過ごす毎日はとても刺激的で、毎日が大事件の連続だ。ハートがドキドキしっぱなしで、いてもたってもいられないよ』


「……ユッキー」


『……サチ』


「くっさ」


『くさいな』


「くさ過ぎて鼻はもう飛んで行ったわ」


『……こんなグダグダでいいのか?』


「別に、いいんじゃない?スペクタクル満載の日常なんて疲れるだけじゃない。ちょっとくらいグダグダな方が、日常としてはちょうどいいわよ」


『お。サチにしては珍しく、初めて格言集に綴れそうな格言的なの飛び出したな』


「……日常にそぐわない血の惨劇をお望みかしら?」


『コメディーチックに締めくくろうとした所に急展開を持ち込むんじゃない』


「そ。じゃあ締めくくられた後に惨劇をお見せすることにするわ」


『締めくくられないことを祈るばかりだな俺は』


「お話を締めくくるまではせめてみんなの思い出の中で、究極美人の私と、景観を損なうことに罪悪感を抱きながらへこへこと生き永らえるユッキーという2人が今日もどこかで生きている、って思っといてもらいましょう」


『客観性の欠片もないなこの女は』


「お話はここで終わっても、私たちは明日どう生きるか考え続けこの先も人生は続いていくのね」


『お。ようやく二つ目の格言か?まだまだサチの格言集出版までには時間がかかりそうだな。人生を2回巡らせるぐらいにはな。ははは』


「惨劇を開始するわ」

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