章太の部活動①
「スー、もう猫には戻れないのか?」
章太は隣で歩くスーに尋ねた。
「そのうち戻る……と思う」
スーは自信なさ気に言った。
「そっか。……まぁ、俺は教室に戻るとするよ。家の鍵渡しておくから、家に帰りな」
そう言って章太はスーに明太子のキーホルダーが付いた鍵を渡した。
「でも、お母さんがいるんじゃないの?」
スーは、不安そうに聞いた。お母さんとは、紀美子のことだろう。
章太は微笑みながら、
「今日は母さん、友達と遊びに行くらしいから大丈夫」
と右手の親指を立てて、ビシッと答える。
スーもたちまち笑顔になると、いつの間にか二人は階段の前に来ていた。
「それじゃここで。まっすぐ帰れよ」
「うん」
章太は上の階段へ登り、スーは下に降りた。
「(そういえば、スーについて詳しい話聞いてないなぁ)」
章太は歩を止めずに頭を少し抱えると、しばらくして後で聞こうと思った。
昨日の夜の出来事であったので、章太は頭の整理がついていないようだ。
それなのに学校に連れて来てしまったことは、あまりにも軽率な行動だと反省する。
スーにとっても、章太にとっても。これからの事を考えることが大切だろう。
◆◇◆◇◆◇
やがて全ての授業が終わり、章太は徹平と共に部室に来ていた。
「こんにちは」
次々と入ってくる先輩に、二人は挨拶を欠かさない。
「おう、今日は緩めのメニューだけど、気を抜くなよ」
クラブキャプテンである谷村裕人が言った。
彼は章太達よりも先に来ていたのだろう。ユニフォームをもう纏っていた。
「ヒロ先輩、彼女出来たらしいっすね。おめでとうございます」
徹平は谷村に突然笑顔で話しかけた。こういう所があるから、徹平は先輩に好かれている。
「おめでとうございます」
釣られて章太も言う。
しかし、章太は谷村に彼女が出来たということが初耳である。
「ありがと」
谷村は微笑み、それだけ言うとスポーツドリンクとタオルを持って部室を出た。
入れ違いに、章太と同学年や後輩のメンバーが続々と入ってくる。
「よく知ってたな」
章太は隣で着替える徹平に話しかけた。
「昨日お前ん家の帰りに二人でいるとこ見たんだ。暗くてよく見えなかったけど、なかなかレベル高いぜ」
徹平はなんだか誇らしげに言った。
「へぇ」
章太はあまり興味の無さそうな返事をする。
「釣れない奴。そんなんだから彼女出来ねーんだよーばーか」
「お前もだろが」
と、二人は話している間もさっさとユニフォームに着替えていた。
「でも章太には可愛い女の子いるじゃん」
二人の会話に突然入り込んできたのは、同じ学年の杉森である。
杉森が言っているのは恐らくスーのことだ。章太とクラスが違うというのに、もうそんなところまで噂は回っていたのかと章太は肩を落とした。
「その、従妹だから」
妹という意味では間違っていない言い訳をしつつも、章太はお茶を一口飲む。
「名前なんていうの?」
杉森は獲物を狙う鷹のような目で聞いた。
「教えない」
章太はぶっきらぼうに答える。
「でもいつからあの娘来てたの? 昨日居なかったじゃん」
今度は徹平が聞いた。
「恥ずかしがって出なかっただけだよ」
本当の所、章太達と一緒にご飯を食べていたが。
「章太先輩!」
三人でしばらく話をしていると、突然後輩の達也が部室に来て、叫んだ。
達也は背が小さく、可愛めの顔をしていることからタツ坊と親しまれている。
「どうしたタツ坊」
「高橋先生が、外周走れって言ってましたよ」
「げっ、忘れてた」
これから部活が始まるというのに、最悪のスタートになりそうだ。
激短ですが、遅くなるよりマシですかね。