いつもの日常にスパイスを①
「ニャーン」
「駄目だよ、今から学校なんだから」
スーは章太の腕に絡みついて離そうとしない。
昨日は章太にとって驚く事が起きすぎた。そのせいか、章太は少し眠そうだ。
「スーも学校に行くニャ!」
「駄目だってば……、ってなんで喋ってんの!?」
「きっと愛の力ニャ〜」
スーは大袈裟に言う。
「迷惑な話だよ……。まぁ付いてきても良いけど、絶対に人間の姿になるなよ」
「やった! 章太大好き!ニャ!」
スーは猫の姿で大はしゃぎする。
「これ、もし姿が戻った時の保険だから」
章太はスーに体操服を渡そうとするが、今のスーは猫なのでどうやって持たせようか少し戸惑う様子であった。
「でも今日体育あるんじゃ?」
スーの言葉を気にせず、章太は体操服のヒモをスーの腕に通してリュックのように持たせた。
「借りるから良いよ。裸でうろつかれるよりマシだ」
本当なら連れて来るべきではなのだが、章太は何かを期待していたのかしれない。
つまらない学校も、スーがいるなら楽しくなる気がしたのだろう。
「行ってきます」
「ニャ!」
そうして、二人は外に出た。
「ニャニャニャニャーン♪」
スーは隣の塀を嬉しそうに歩いている。それを見ると、章太もなんだか嬉しそうな顔になった。
そして短い通学路が終わり、ひとまず章太達は門前で別れることにした。
章太は学校の敷地内に入り、下駄箱を目指す。
「(あ、西井さんだ……)」
下駄箱まで行くと、咲の姿が見えた。思わず小さくガッツポーズを取る。
「おはよ」
バレないように軽く深呼吸してから、章太は挨拶をした。
咲は振り返ると笑顔で、
「おはよう」
と返してくれた。
いつ見ても彼女は笑顔で、とても可愛い。
章太は高校1年生の時から、知らず知らずに彼女を見かけては目で追っかけていた。
しかし彼女は周りからも人気者で、振られることを恐れ告白することが出来ずにいる。
「今日なんか小テストとかあったかな」
咲と少しでも話がしたい章太は、ありきたりな話題を選んだ。
「英語の単語テストがあるよ」
「え、勉強してねーわ……」
嘘だ。本当は2日前からちゃんとしている。
「有森君いつも点数高いから大丈夫だよ」
「西井さんには勝てないけどね……」
章太はガックリと頭を下げた。それを見て咲もふふっと笑う。
あれ、なんだか良い雰囲気じゃないかと章太は一人舞い上がった。
「えー本当だってばぁ」
そんな章太達の隣を女子二人が通り過ぎる。
「うっそぉ」
スカートは激短で、見るからに頭が悪そうだ。咲とは天地の差である。
しかも片方はスマホを弄ってることから、本当に仲が良いのか疑わしくなる。
「だから、猫耳の生えた人が歩いていたんだってぇ」
章太は少女達の方へ、バッと振り向いた。
「有森君、どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
あははと誤魔化し、そのまま教室に向かう。
教室には着いたが、章太はしばらく立ち止まった。
「絶対、スーのことだよな」
章太は教室のドアの前でしばらく悩んでいる。すると、何やら覚悟を決めた顔になった。
「(探しに行こう!)」
まだ幸い時間はある。
1時間目は数学なので、移動教室でもない。
章太は荷物だけ自分の席に置き、急いで教室から出た。
「あ、章太!」
教室から出ると、徹平に出会った。
「おはよ」
「おはよじゃねーよ。お前忘れてたろ」
しまった!と、章太は今日は朝練があることをすっかり忘れていた。
「先生、怒ってた?」
「後で謝った方が良いと思うぜ」
面倒事が増えてしまった。どちらも自業自得ではあるが。
顧問の高橋先生は後にしとくと、面倒くさい。しかし遅刻してしまったことにすればまぁ何とかなるかもしれない。
「教えてくれてサンキュ。そうだ、猫耳生えた人見かけてないか」
「はぁ? お前寝ぼけてんじゃないの」
徹平は呆れながら言った。駄目だ、徹平は当てにならない。
こうなったら闇雲にでも探しにいくしかないようだ。
「あ、おい! 1時間目始まるぞ!」
徹平の話も聞かずに、章太はとりあえずグランドまで走りだすことにした。
もし居なかったらすぐに戻ればいい。
◆◇◆◇◆◇
一方、その頃のスーは。
「うーん、体操服大きいなぁ」
校舎の裏で着替えに戸惑っていた。
しかも袋には下着が入っておらず、なんだか気持ち悪い。幸い長袖は入ってあったので、ボタン2つ浮かび上がる……なんてことは無さそうだ。
しかしこれが章太の体操服だと思うと、なんだか不思議な気持ちが沸いてくるようだった。
「これからどうしよう」
猫の姿なら自由に出来るしバレても大したことは無いが、人の姿だと色々とマズイだろう。
自分で制御できないことにスーは不自由さを感じていた。
それに体操服には『有森』と大きく書かれてあるので、章太を知っている人間なら不審に思うかもしれない。
スーはしばらく校舎裏で考え込んだ。
「ん、誰かいるのか?」
まずい!
後ろの方から足音が聞こえる。
どこか隠れなければとスーは辺りを見回す。
物置のような物はあるが、残念ながら開かない。とりあえずT字型の変わった道具の陰に隠れることにした。
隠れたにも関わらず、男は迷わずこちらへ向かってきた。
「見えてるぞ」
「あ、あはは……」
ジャージ姿に髭面。見る限り男は学生ではないようだ。肩には笛のようなものをかけている。
スーは立ち上がると、逃げる準備をした。
人間姿であれ、運動神経には自信がある。だって自分は元猫なんだから。
「さよならっ!」
そう行ってスーはバッと振り返り逃げようとした。しかし……
『バッシーン!』
T字型の道具に引っかかり、ダイナミックにこけた。
「お、おい! 大丈夫か?」
男は心配そうに言う。
「大丈夫でふ……」
でもちょっと痛い。
「足、怪我してるな。保健室行くか」
「いえ! 結構です」
「いや、駄目だ。……んっ? その体操服は有森のじゃないか」
男はスーの胸元を見て言った。
何だか嫌な予感がする。しかし、逃げようとしてまたドジしてしまいたくない。
「ほら。とにかく行くぞ」
とりあえず、引っ張られる形であったが男についていくことにした。