運命の出会い②
一時間目がやっと終わった。
北原先生が教室から出ると、周りのクラスメイトはスマホを取りだす。先生の前で出すと怒られるからだ。
章太は机の教科書類も片付けず、徹平の席へ向かった。
「さっきの話の続き」
「あぁ、それか」
もう忘れていたのかと、章太は思わず苦笑した。
「前に猫飼ったこと言っただろ? その猫さ、すごく頭が良いんだ」
「なんだ、ペット自慢かよ」
徹平は見るからに興味が無さそうだ。
「スーって名前なんだけど、俺の体操服袋とか持ってきてくれるんだぜ」
「そりゃすごい」
徹平は鼻くそをほじる。こんなんだからモテない男なんだ。顔はイケメンなくせに。
章太は親友のその様子に少し腹が立っていた。
「嘘だと思うなら、見にこいよ」
「お前ん家漫画あるし、行こうかな」
「じゃあ、放課後な」
こうして章太は徹平と約束をした。
後はたわいもない話を続け、二時間目の授業を迎える。
やがてすべての授業は終わり、放課後になった。
部活動に行く生徒、そのまま帰宅する生徒。
沢山の生徒達が教室から次々と出ていく。
「着替えに行こうぜ」
徹平が言った。その手にはスパイクと着替えの袋を持っている。
「猫のこと忘れてないよな?」
「あたりめーよ」
どうだか。章太は浅くため息をついた。
今から約3時間。サッカー部である二人は練習する必要がある。
章太も荷物を持ち教室の扉へ向かったその時、黒板を消している西井咲の姿があった。
「有森くん、藤田くん。部活頑張ってね」
向こうもこちらに気づいたのだろう。微笑みながら咲は言った。
天使だ。そう章太は思った。
「う、うん」
章太は少し顔を赤めながら言う。
「ばいばーい」
徹平は相変わらず変わらない。その変わらなさが章太にとって羨ましくもある。
咲の言葉のお陰か、なんだか今日の練習は頑張れる気がした。
◆◇◆◇◆◇
「西井さんて、可愛いよなー」
練習の帰り道、徹平がぼそっと言った。
外はすっかり暗くなり、徹平の顔はよく見えない。
「確かに。あんな娘が彼女になってくれたら良いのにな」
「ぷっ、お前には不似合いだよ」
徹平は大袈裟に笑った。
「お前だって、不似合いだ」
章太も負けじと言い返す。そんな二人の会話は短く、あっという間に有森家に着いてしまった。
「おじゃましまーす」
章太が家のドアを開けると、徹平を中へ招いた。紀美子の足音が聞こえる。
「あら、てっちゃんじゃない」
「おばさん、こんばんは」
徹平は無難に紀美子に挨拶をした。慣れているせいか、靴を脱ぐと階段を登り、さっさと章太の部屋へ向かう。
「ニャーーン」
「うおっ、びっくりした」
徹平が部屋のドアを開けると、足の間からスーが出てきた。
そして真っ先に章太の居場所へと行く。
「ただいまスー」
「おいおい、犬みてぇだな」
章太はスーを抱き上げ、撫でた。スーはとても幸せそうな顔をしてゴロゴロと唸る。
スーは徹平には目もくれない。それほど章太に夢中な様子であった。
「ほら、可愛いだろう?」
「結局ペット自慢だったな。でも確かに可愛い」
章太はスーをそのまま部屋へ入れると、下ろした。それでも尚スーは章太の側を離れようとしない。
「猫種は?」
徹平は、本棚から適当に取り出した漫画を広げると言った。
「多分これ」
章太は椅子に座り、ノートパソコンを立ち上げると、猫の画像を表示する。
画面に映った大人猫は、スーにそっくりではあるが模様等が違っていた。
「スコティッシュ……フォールド? カッコいい名前だな」
徹平は広げていた漫画を一端閉じ、画面を見て言った。
スーは章太の膝に乗って寝ている。
「医者もそう言ってたから、多分そうだと思う」
「ふーん。あ、エロサイト」
徹平は章太からマウスを奪うと、お気に入りの欄から『ドキッ☆猫女子パラダイス』を開いた。
「おい、やめろよっ」
「はははっ! いくら猫にはまってるからって……くく、面白い奴だな」
「いいだろ別に……。って、痛い! 痛いよスー」
その時、章太の膝に寝ていたスーが起き出し章太の腕を噛みだした。
まるで怒っているかのようだ。
「嫉妬してんじゃねーの?」
徹平が興味津々にその様子を見る。流石に徹平もこれを見て、スーが賢いことを認めたのだろう。
スーは気が済むと、再び丸くなりまた眠りだす。
「てっちゃん。晩御飯食べてかない?」
突然ドアが開くと、エプロンを付けた紀美子がひょっこりと現れた。
章太は慌ててパソコンを閉じる。
「食べる! やった、ありがとうおばさん」
徹平は喜び跳ね上がった。その振動でスーが目を開けて膝から降り、大きな欠伸をした。
恐らくスーもそろそろご飯の時間だと察したのだろう。
「徹平。漫画ちゃんと片付けろよ」
「わかってるわかってる」
小躍りする徹平とご飯はまだかとそわそわするスーの姿が、章太には重なって見えてなんだか面白かった。
「今日ビーフシチュー?」
徹平が尋ねると「そうよ」と、紀美子が答えた。
「おばさんの料理は旨いから好き。母ちゃんにも見習って欲しいよ」
「あら。さっちゃんだって料理上手じゃない」
「おばさんには敵わないよ」
そう言いながら徹平はイスに座った。
章太もスーにキャットフードと水を用意してから、いつもの席に座る。
「今日練習どうだった?」
紀美子が尋ねた。
「いつも通りだった」
すかさず章太が答える。
スーと徹平は、並べられたご飯に夢中だ。
「良かったわね」
「サッカーは良いけど、学校はつまんない」
章太は正直に言う。
「ふぁひかにな」
徹平が口に物を入れながら喋ったせいで、何を言っているか分からない。
食べてから喋ろよと章太は注意した。
徹平は昔から行儀が悪い。彼の母親である彩月が優しすぎるからだろう。
これではまるで章太が親の様である。
「ニャー」
ご飯を全部食べ終えたスーは、また章太の膝に飛び移った。
茶色と白色の混じった毛が丸くなる。章太がいつもブラッシングしているのでとても艶やかだ。
こんなに懐いたのも、愛情込めて育てているからに違いないのだろう。
「おばさん、御馳走様でした」
「はいお粗末様でした」
もうこっちも食べ終わったのかと、章太は急いでビーフシチューを胃へ流し込んだ。
時計の針はもう8時を指している。
「すまん。俺、もう家に帰るよ」
徹平は台所へ食器を片付けてから言った。
「あぁ、もうそんな時間か」
章太も一端食べるのを止めると、玄関まで徹平を見送った。
「じゃーな。おばさんもバイバイ!」
「またおいでね」
徹平は靴を履き、ドアを開け出ていった。
それを見届けると章太達はリビングへ戻る。そして章太はご飯の続きを食べ始めた。
「今日父さんは?」
ビーフシチューを綺麗に平らげた章太が尋ねた。 スーは相変わらず膝の場所をキープする。
「残業で遅くなるみたいよ」
父親である修也は新聞会社で働いている。最近はビックスクープがあったらしく、色々と忙しいらしい。
「そっか」
これ以上会話は続かず、章太は食器を片付けるとさっさと部屋へ戻ろうとした。
「あ、しょうちゃん。お風呂沸かしたから早く入るのよ」
「分かった」
紀美子はなんでもちゃん付けする癖があった。章太はしょうちゃんは恥ずかしいので、何度もやめてほしいと言ったことがある。
しかし、全然直してくれる気配は無いのでもう諦めた。
「スーちゃんもお部屋に戻るのよ」
「ニャー」
あれだけ反対していた紀美子だが、いざ飼うとなるとなんだかんだスーを溺愛していた。
章太には及ばないが、紀美子にも懐いているのだろう。